カテゴリー「01)存在の詩」の108件の記事

2024/05/03

カテゴリ「存在の詩」について

1)あらま!戯れに検索してみれば、107! 残すはたった1記事のみ。これはまとめるしかない。書かれたのは3月9日から、5月の3日まで。2ヶ月ほどの旅路であった。この間、私は古希を迎えた。

2)そもそもこのカテゴリ名が、正しかったかどうかはわからない。最近の私は、ひたすらタロットを引いた。一巡したと思っていたが、まだまだ深さがあった。ピタッとハマることがよくある。

3)次はどんなカテゴリ名にしよう。「存在の詩2」はなさそうだ。「古希古希」もないなぁ。「新米会長始末記」も、他で使ってるし。「更に参ぜよ三十年」も長すぎるなぁ。町内会会長として二週間。多忙を極める。「疲れる」の言葉はタブー。自ら愉しむ。次元の変わった廃材アートだと思うと、これまた楽し。

4)せっかく、楽天ブログ「素晴楽堂消息」がスタートしたのだから、全面的にそちらへ移動するか。実際は、楽天イーグルスや、子供ミュージカル、勤務型代理店への移籍、身内の転居新築、などなど、目まぐるしいほど話題は豊富である。

5)https://youtu.be/0yoM7ETNPIY?si=UcgYhGkjQpM1O2zL

6)この際、「セブンティブギ」とでもしておこうか。

7)  ここで、一句、出るかな?  

  踊ろうぜセブンティブギ春だぜよ  把不住

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OSHO ZEN TAROT 変化(CHANGE)

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OSHO ZEN TAROT 

10. 変化(CHANGE)

 生は愚かにも自らを繰り返す——あなたが気をつけるようにならないかぎり、生は車輪のように繰り返しつづける。仏教徒たちがそれを「生と死の輪廻(りんね)」と呼ぶのはそのためだ——時間の輪。

 それは車輪のように回る。誕生の次に死が来て、死の次に誕生が来る。愛の次に憎しみが来て、憎しみの次に愛が来る。成功の次に失敗が来て、失敗の次に成功が来る。ちょっと見てみるがいい!

 もし数日間でも見守っていられたら、ひとつのパターン、輪のパターンが現われているのがわかるだろう。ある日の晴れわたった朝、あなたはとても気分がよく幸せだ。ところが、別の日にはとてもだるく、死んだような感じがするために自殺を考えはじめる。

 すぐ前の日は、あなたはとても生命に満ちあふれ、至福で満たされ、深く満ち足りた気分でいることを神に感謝するほどだったのに、今日はとても不満で、なぜ人は生きつづけなければならないのか、その理由がわからない……。それがどこまでもどこまでもつづいていく。だが、あなたはそのパターンを見ない。

一度そのパターンを見たら、あなたはそこから出てくることができるのだ。
Osho Take it Easy, Volume 1 Chapter 7

解説:

 このカードのシンボルは、時間、運命、カルマを表わす巨大な輪です。この絶えず動きつづける円のまわりを銀河が巡り、周辺には黄道十二宮が見えます。周辺のすぐ内側には易の八つの卦、さらに中心に近づくと四つの方角があり、それぞれが稲妻のエネルギーで照らされています。

 回転するトライアングルがこの瞬間は上の方を、神聖なるものの方を指していて、中心には中国の陰陽、男性と女性、創造性と受容性を表わすシンボルが置かれています。世界でただひとつ変わらないものは変化そのものだとよく言われてきました。

 生は絶えず変化し、進化し、死に、そして再び生まれ変わっています。相反するあらゆるものが、この広大な円形のパターンのなかでそれぞれの役を演じているのです。輪の縁にしがみつこうものなら、目が回ってしまうでしょう! 台風の中心へと進み、これもまた過ぎ去ることを知って、リラックスしましょう。Copyright © 2011 Osho International Foundation 

 

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2024/05/02

OSHO ZEN TAROT 内なる声(INNER VOICE)

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OSHO ZEN TAROT 

内なる声(INNER VOICE)

 もしあなたが、あなた自身の内側に自分の真理を見いだしていたら、この全存在のなかにそれ以上見いだすものはなにもない。真理はあなたを通して働いている。

 あなたが目をあけるときは、真理が自らの目をあけている。目を閉じるときは、真理が自らの目を閉じている。これは途方もない瞑想だ。その仕掛けをまさに理解できたら、あなたはなにもしなくていい。

 あなたがしていることはすべて、真理によってなされている。あなたは歩いている、それは真理なのだ。あなたは眠っている、その休んでいるのは真理なのだ。あなたは話している、話しているのは真理なのだ。あなたは沈黙している、その沈黙しているのは真理なのだ。

 これはもっとも単純な瞑想テクニックのひとつだ。ゆっくり、ゆっくりと、この単純な方式によってあらゆることが落ち着いてくる。そうなったら、テクニックは必要ない。癒されたら、瞑想は捨てるものだ、薬は捨てるものだ。そうなったら、あなたは真理として生きる——活き活きと、光を放ちながら、満たされ、至福に満ち、自らがひとつの歌となって。

 あなたの生全体がどんな言葉もない祈りになる。あるいは、祈りに満ちている状態、私たちの俗世間には属していない恩恵、美、と言うほうがいいだろう。超えたものから私たちの世界の闇に差し込むひと筋の光。
Osho The Great Zen Master Ta Hui Chapter 23

解説:

 「内なる声」(インナー・ヴォイス) は、言葉ではなく、ハートの無言の言語で語りかけます。それは真理しか話さない神託に似ています。もしそれに顔があったら、このカードの中心に描かれている顔に似ているでしょう——油断なく、見守り、水晶をもっている二本の手に象徴されるように、光と闇の両方を受け容れることができます。

 水晶そのものは、すべての二元性を超越することから生じる明晰さを表わしています。「内なる声」は遊びに満ちたものでもあります。感情のなかに深く飛び込み、そして再び空へと舞い上がるために、浮かび上がってくるからです。

 生の海のなかで踊っている二頭のドルフィンのように——。内なる声は三日月の冠を通して宇宙とつながり、この人物のキモノに描かれている青葉で表わされているように、大地ともつながっています。

 生において、あまりにも多くの声が私たちをあっちへこっちへと引き回しているように思える時があります。そうした状況で私たちが混乱すること自体が、沈黙を探し求め、内側で中心に据わることを思い出させてくれます。そうして初めて、私たちは自分たちの真理を聞くことができるのです。Copyright © 2011 Osho International Foundation 

 

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2024/04/30

OSHO ZEN TAROT <9>内側へ向かう(TURNING IN)

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OSHO ZEN TAROT 

内側へ向かう(TURNING IN)

 内側に向きを変えることは、向きを変えることではまったくない。内側に入って行くことは、行くことではまったくない。内側に向きを変えるということは、あなたがあれこれと欲望を追いかけてきて、追いかけるたびに何度も何度も欲求不満にみまわれつづけてきたことを意味しているだけだ。

 どの欲望も惨めさをもたらすということ、欲望を通しては満たされることはないということだ。あなたはけっしてどこにも行き着かないということ、満足することはありえないということだ。この、欲望を追いかけてもどこにも行き着かないという真理を見て、あなたは止まる。

 止まろうと努力するのではない。止まろうと努力したら、またしてもそれは追いかけることだ——微妙な意味で。あなたはいまだに欲しがっている——あなたが欲しがっているのは、今度は無欲かもしれない。内に入るために努力しているのであれば、あなたは依然として外に向かっている。

 努力はすべて、あなたを外に、外側に連れ出すことしかできない。旅はすべて外に向かう旅だ。内に向かう旅はない。どうやって内側に向かって旅ができるかね? あなたはすでにそこにいるのだ。行こうとすることなど問題外だ。

 行こうとすることが止まったら、旅をすることも消える。欲しがることであなたの心がもはや曇っていないとき、あなたは内にある。「内側に向かう」と言われているのはこのことだ。だが、それは向きを変えることではまったくない。たんに外に出て行かないことだ。Osho This Very Body The Buddha Chapter 9

解説:

 このイメージの女性は、かすかな笑みを浮かべています。じつは、彼女は心(マインド)のたわむれをただ見守っているのです——。それらを判断せずに、止めようとせずに、同化せずに、まるで通りの往来か池の水面のさざ波でもあるかのように、ただ見守っています。

 それに、心のたわむれはあなたの気を引き、ゲームへ誘い込もうとして、跳んだりはねたり、あちこちに捻れたりして、ちょっと可笑(おか)しくもあります。心(マイド)から離れているコツをつかむのは、最大の祝福のひとつです。

 瞑想とは、ほんとうはそういうことなのです——真言(マントラ)を唱えたり、誓いの言葉を繰り返したりするのではなく、まるで心は誰かほかの人のものであるかのように、ただそれを見守ることです。

 今、あなたには、この距離をとって、ドラマに巻き込まれることなくショーを見守る準備が整っています。そうできるときはいつでも、「内側に向かう」というこの簡素な自由をじっくりと味わえば、あなたの内側で瞑想のコツが育ち、深まっていきます。Copyright © 2011 Osho International Foundation

 

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2024/04/27

OSHO ZEN TAROT  BEYOND ILLUSION(幻想を超えて)

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OSHO ZEN TAROT 

BEYOND ILLUSION(幻想を超えて)

 夢と現実の区別はこれしかない——現実は疑いを許すが、夢は疑いを許さない……。

 私にとって、疑う能力は人類への最大の祝福のひとつだ。宗教は疑いの根そのものを切りつづけてきたのだから、これまでずっと敵対してきた。

 そして、彼らがそうしているのにはわけがある。彼らは自分たちが説きつづけている幻想を人びとに信じてもらいたいのだ……。

 なぜ、ゴータマ・ブッダのような人びとは、全存在—— あなたの目撃している自己以外は、あなたの覚醒以外は全存在がただはかなく、夢と同じものでできていると強く主張したのだろう?

 彼らは、この樹々はここにはないと言っているのではない。この柱はここにはないと言っているのではない。

 「幻想」という言葉ゆえに、誤解してはいけない……。それは幻想と訳されてきた。が、幻想は正しい言葉ではない。幻想は存在していない。現実は存在している。

 まさにその中間にあるのがマーヤ——それはほとんど存在している。日常の活動に関するかぎり、それは現実として捉えられる。

 究極の意味においてのみ、あなたの光明の頂きからは、それは現実ではなくなる、幻になる。Osho The Great Zen Master Ta Hui Chapter 12 

解説:

 このカードの蝶は外側にあるもの——絶えず動いているもの、現実ではない幻想——を表わしています。蝶の背後には意識の顔があり、内側を、永遠なるものの方を見ています。

 両眼のあいだのスペースが開いていて、そこにはスピリチュアルな展開の蓮(ロータス) と、覚醒の昇る太陽が現われています。

 この内なる太陽が昇ることで、瞑想が生まれるのです。このカードは、現実とはなにか探して外を見るのではなく、内側を見ることを私たちに思い出させてくれます。

 外のものごとに関心を集中させると、私たちは判断することに巻き込まれてしまうことがよくあります——これは良いけれど、これは悪い、これは欲しいけれど、あれは欲しくない、と。

 こうした判断は、私たちを幻想、眠気、古い習慣とパターンの罠にはめたまま、放してくれません。

 自分の独断的なマインドを落として、内側へ入りましょう。そこでこそ、自分のもっとも深い真理、夢と現実の違いがすでに知られているところへと、くつろいでいくことができます。Copyright © 2012 Osho International Foundation

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2024/04/26

OSHO ZEN TAROT HARMONY(ハーモニー)

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OSHO ZEN TAROT 

 HARMONY(ハーモニー)

 自分のハートに耳を傾けなさい。どんな危険が伴おうとも、自分のハートに従って動くがいい。

 「完璧な単純さの条件は、あらゆるものより高くつくことはあっても、安くつくことはない……」

 単純であることはきわめてむずかしい。というのも、単純であるためには、あなたの持っているあらゆるものが犠牲になるからだ。

 単純であるためには、あなたはすべてを失わなければならない。人びとが複雑であることを選び、どうしたら単純になれるのかを忘れてしまったのはそのためだ。

 だが、単純なハートだけが神と共に手を取り合って打ち震える。単純なハートだけが神と共に深いハーモニーを保って歌う。

 そのポイントに行き着くために、あなたは自分のハート、自分自身の胸の高鳴り、自分自身のビートを見いださなければならない。Osho Dang Dang Doko Dang Chapter 3 

解説:

 瞑想してハートのなかで安らいでいるという体験は、つかんだり、強いたりできるものではありません。それは、私たちが私たち自身の内なる沈黙とさらにさらに調和して成長していくにつれて、自然とやって来ます。

 このカードの人物は、この体験の甘美さと繊細さを反映しています。ハートから現われ、第三の眼に向けてアーチを描いているドルフィンたちは、私たちがハートとつながりを持ち、そこから世界へと入って行くことができるときに訪れる、遊び心と知性を反映しています。

 今は自分をもっと柔らかくして、もっと受け容れるようにしましょう。というのも、言葉では言い表わすことのできない喜びが、すぐそこであなたを待っているからです。それを、あなた以外の誰かがあなたに示して見せることはできませんし、あなたがそれを見いだしても、ほかの人に言い表わす言葉は見つからないでしょう。

 しかし、それはそこに、あなたのハートの奥深くにあります。熟し、発見されるばかりになって——。Copyright © 2012 Osho International Foundation 

 

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2024/04/25

OSHO ZEN TAROT CELEBRATION(祝祭)

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OSHO ZEN TAROT 

CELEBRATION(祝祭)

 生とは祝うひととき、楽しむひとときだ。それを楽しみに、祝祭にするがいい。そうすれば、あなたは寺院に入るだろう。寺院はしかつめらしい顔をした人たちのためにあるのではない。彼らのためにあったことなどこれまで一度もない。生をよく見てごらん——どこかに悲しみがあるかね? 憂欝そうな樹を一度でも見かけたことがあるかね?

 苦悩にさいなまれている鳥を見たことがあるかね? ノイローゼにかかっている動物を見たことがあるかね? いや、生はそんなものではない、それはありえない。人間だけがどこかでおかしくなってしまった。人間は自分のことをひじょうに賢い、とても利口だと思うから、どこかでおかしくなったのだ。


 あなたの利口さ、それがあなたの病気だ。賢くなりすぎてはいけない。止まることをつねに覚えておくがいい。極端に走ってはいけない。少しの愚かさと、少しの智慧はいい。そして、その正しい組み合わせが、あなたをブッダにする……。
Osho I Celebrate Myself Chapter 4

解説:

 風と雨のなかで踊っているこの三人の女性は、祝祭(セレブレーション) は外側の環境にはいっさい左右されないということを私たちに思い出させてくれます。特別な祝日や公式な行事、あるいは雲のないよく晴れた日を待つ必要はありません。

 ほんとうの祝祭は、まず内側の深いところで体験された喜びから湧き起こり、歌と踊りと笑いの洪水となって、そしてもちろん、感謝の涙としても溢れだします。

 このカードを選んだときは、生において祝う機会と、それをほかの人たちに感化して広めてゆく機会がますます多く訪れ、その機会に対してあなたはどんどん開かれていくことが示されています。

 カレンダーを前にしていつパーティーを開こうかなどと気にすることはありません。髪をおろし、靴を脱ぎ、まさに今、水たまりで跳びはねましょう。パーティーはあらゆる瞬間に、あなたのまわり中で起こっています!Copyright © 2012 Osho International Foundation

 

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2024/04/22

OSHO ZEN TAROT  SILENCE(沈黙)

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OSHO ZEN TAROT 

SILENCE(沈黙)  

 全体なるもののエネルギーが、あなたを乗っ取っている。

 あなたは乗っ取られているのだ。もはやあなたはなく、全体がある。この瞬間、沈黙があなたに浸透していくにつれて、あなたはその沈黙の意義を理解できるようになる。

 というのも、それはゴータマ・ブッダが体験したのと同じ沈黙だからだ。それは同じ沈黙だ。荘子(そうし) や菩提達磨(ボーディダルマ) や南泉(なんせん)が……。その沈黙の味は同じだ。

 時代は変わる、世界は変化しつづける。だが、沈黙の体験、その喜びは、変わらず同じままだ。それこそが頼りになる唯一のもの、けっして死ぬことのない唯一のものだ。
それこそが、あなたの実存そのものといっていい唯一のものだ。
Osho Zen: The Diamond Thunderbolt Chapter 1 

解説:

 満月の、満天に星の輝く夜、その沈黙した鏡のような受容性が、霧の立ちこめた下の湖に映っています。深い瞑想に入っている空(そら) の顔は、深み、平和、そして理解をもたらす夜の女神です。

 今はまさに貴重な時です。内側で休むこと、自分の内なる沈黙の深みを宇宙の沈黙と出会うポイントまで垂直に下ろしていくことは、あなたにとって簡単なことでしょう。することはなにもなく、行くところもなく、あなたの内なる沈黙の質はあなたがするすべてのことに浸透しています。

 それが、ある人たちを落ち着かなくさせることもきっとあるでしょう。その人たちは世間のあらゆる雑音や活動に慣れてしまっているからです。気にすることはありません。あなたの沈黙と響き合うことのできる人たちを探すか、あるいは、独りあることを楽しめばいいのです。

 今こそあなた自身に帰る時です。こうした瞬間にあなたのところにやって来る理解と洞察は、後になって、あなたの生がもっと外に向かっている時期に、形として現われてきます。Copyright © 2012 Osho International Foundation

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2024/04/21

OSHO ZEN TAROT  SHARING(分かち合い)

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OSHO ZEN TAROT 

SHARING(分かち合い)

 四番目のセンターまで上がっていくと——それはハートだが——あなたの生全体が愛の分かち合いになる。

 三番目のセンターは豊かな愛を創りだした。瞑想で三番目のセンターに到達することによって、あなたはまさに愛で、慈悲で満ちあふれるようになり、それを分かち合いたくなる。それが四番目のセンター——ハートで起こる。

 普通の世界においてすら、愛はハートから出てくると人びとが思っているのはそのためだ。彼らにとって、それは風の便りにすぎない。聞いたことがあるだけだ。彼らは自分のハートに到達したことは一度もないのだから、ほんとうは知らないのだ。

 だが、瞑想する人は、最後にはハートに到達する。その人が自分の実存のセンター——第三のセンター——に到達していると、突然、自分のなかで愛と慈悲と喜びと至福と祝福の爆発が生じ、その力があまりにも強いためにハートを打ち、ハートを開かせる。

 ハートはあなたの七つすべてのセンターのちょうど真ん中にある ——下に三つのセンター、上に三つのセンター。あなたはまさにその真ん中にやって来たのだ。Osho The Search: Talks on the Ten Bulls of Zen Chapter2

解説:

 「火のクイーン」は豊かさに満ちあふれ、まさにクイーンそのものです。だからこそ、与えることができるのです。懐ぐあいを調べたり、後のことを考えてなにかを取っておくことなど思いもよりません。

 彼女は自分のまわりにある豊かさ、豊潤さ、そして光に与(あずか)れるように誰彼となく歓迎し、自分の宝を際限なく分け与えます。

 このカードを引いたときは、あなたもまた同じ状況―自分の愛、喜び、そして笑いを分かち合うことができる状況にあることを暗示されています。そして、分かち合うことで、自分がさらに満たされていく感じがわかるのです。

 どこかに行ったり、特別な努力をする必要はありません。自分のものにしたいとか、執着したりすることもなく自分の官能を楽しむことができるということ、創造性に満ちたその同じ感覚で子どもを産むことも、新しいプロジェクトを発足させたりすることもできるということがわかるのです。

 今、あなたのまわりのあらゆるものが「いっぺんにやって来る」ように思えるでしょう。それを楽しみ、そこにしっかりと足を下ろし、あなたのなかに、そしてあなたのまわりにある豊かさをあふれ出させましょう。Copyright © 2012 Osho International Foundation 

 

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2024/04/20

OSHO ZEN TAROT 変容(TRANSFORMATION)

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OSHO ZEN TAROT 

変容(TRANSFORMATION)

 禅のマスターは、ただの教師ではない。どの宗教にも教師しかいない。彼らはあなたの知らないことを教え、信じるように求める。というのも、そうした体験を客観的現実として表わす方法がないからだ。教師にしても、それらを知っているわけではない——信じたのだ。

 彼らは自分が信じたことを誰かほかの人に伝える。禅は信者たちの世界ではない。信心深い者たちのためにあるのではない。それはすべての信仰、不信仰、疑い、理性、心(マインド) を落とし、境界のない自分たちの純粋な存在へと入って行くことのできる、怖れを知らない魂(ソウル) たちのためにある。
 
 だが、それは途方もない変容をもたらす。だからこそ、私に言わせてもらえれば、ほかの者たちが哲学にかかわっているあいだに、禅は変態(メタモルフォシス) に、変容にかかわるのだ。
 
 それこそが真正なアルケミー。卑金属から金へとあなたを変える。だが、その言語を理解しなければならない。あなたの理性の働きと知的な心(マインド) によってではなく、愛にあふれたハートで——。あるいは、それがほんとうかどうか気にすることなく、ただ聴くことによって——。

 すると、突然、あなたがそれを見る瞬間がやって来る。それは、生涯を通してあなたを躱(かわ) しつづけてきた。突然、ゴータマ・ブッダが「八万四千の扉」と呼んだものが開く。
Osho Zen: The Solitary Bird, Cuckoo of the Forest Chapter 6

解説:

 このカードの中心にある人物は、巨大な虚空の花の上に坐り、変容のシンボル——幻想を断ち切る剣、脱皮して若返る蛇、壊れた限界の鎖、二元性を超越する陰陽のシンボルを手にしています。

 もうひとつの手は、開かれ、受け容れるように、膝の上に置かれています。さらにもうひとつの手は下へ伸ばされ、眠っている顔の口に触れ、私たちが休んでいるときに訪れる沈黙を象徴しています。

 今は深い手放し(レットゴー) をするときです。あらゆる痛み、悲しみ、あるいは苦況をただそこにあらしめましょう。それは「事実なのだ」ということを受け容れて——。

 これはゴータマ・ブッダが何年にもわたる探求の後、もうこれ以上自分にできることはなにもないと知って、ついにあきらめたときのその体験にとてもよく似ています。

 まさにその夜、彼は光明を得ました。変容は死のように、自らの時を得てやって来ます。そして、死のように、あなたをある次元から別の次元へと連れて行くのです。
Copyright © 2011 Osho International Foundation 

 

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