カテゴリー「11)みんないっしょに空になれ」の108件の記事

2022/11/14

素晴楽堂記 編集中

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地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版<89>「みんないっしょに空になれ」について

<88>よりつづく

「地球人スピリット・ジャーナル」ダイジェスト版

<89>把不住述懐「みんないっしょに空になれ」について

1)このフレーズは、ドクター・セブンの歌からとった。1975年春、御殿場の仏舎利塔で、彼は夜通し歌っていた。♪みんな♫いっしょに🎶空に♬なれ〜♪

2)書かれたのは、2022/09/15から本日2022/11/13の期間、名残りは惜しいが、これくらいにする。ブログとしての期間は、2006/03から今日までなので、16年8ヶ月の期間となる。アクセス数はすでに200万を超えている。

3)何度も危機に襲われながら、結局今日まで続け、そして今日終焉することになったのは、一切経5048巻というマジックナンバーである。巻数では多少の混同はあるが、当ブログとしては、見事達成することができた。これが大きな踏ん切りのきっかけである。

4)ブログというWEB上の機能が登場し、図書館のオープン化が始まり、私は50歳という年齢を超えた、というタイミングが、このブログを産んだ。今や、動画が中心となり、自宅のテレビがウェブで世界とつながり、私もまた、古来稀なる年齢に達しようとしている。次の時代が押し寄せているのである。

5)この人生、全くの悔いなし、とはしないが、大きくやり残した、ということはない。あの時こうすればよかった、ということは確かにある。良いこともあまり出来なかったが、大きく道を外さなかったよな、と思う。周囲の愛と指導があったおかげだ。やり残した、というよりも、あれもやりたいし、これもこうしなくちゃね、ということは結構残っており、私の命が残っている限り、まだまだ楽しめる材料がたくさんある、ということである。

6)この世に生んでくれた父母、遊んでくれた兄姉、道を作ってくれた先生たち、大いに楽しんだ友人仲間たち、常にそばにいてくれた妻、立派に成長してくれた子供たち、近隣の人々。私の前に今大きく聳え立っているのは、千年を遥かに超えて生きている巨大な古木、そして数千年ぶりに動きを取り戻した法輪。私には5人のの孫がいる。この前のハローインで遊びに来てくれた近所の子供達。人新世を生きたことを誇らしく思う。

7)赤き月天王星も走り行く 把不住

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人新世の「資本論」<2>

<1>からつづく

1)この本は忘れた頃に図書館からやってきた。大変人気な新書で、そもそも私は書店で何度も立ち読みし、自分でも購入(しようとしたか、すでに購入)したはずであり、結局、大変お気に入りの一冊である。

2)しかるに、突然、この本が再びやってきて(自分でリクエストしておいたのだから)、意表をつかれて読み直し、何事か書こうとして、前回の自分のメモを見た時、もうすでに何も書くことがないことに、気がついた。

3)前回の自分の読み込みが完全で正しかった、とはとても言えない。難しくて、読み飛ばしたことも沢山ある。されど、大意は掴んだ。人新世という言葉も新鮮で、好きだ。ノマドやマルチュードについての論述も感謝しながら、読んだ。されど、何かが足りない。ハラリの本には、最終的に瞑想が書いてある。

4)基本的に、当ブログにおいては、最初から、マルチチュードの概念を追求しながら、結局は追い詰めることは出来なかった、ということになる。理詰め、論理的な積み上げ、学問的探究、そういうものを、ついには我がものにできなかったばかりか、積極的に放棄したことになる。

5)感性的であり、実存的であり、ごくありふれた人間であること。周囲の150人程度のネットワークの中で、手で触れ合えて、顔が浮かんできて、種々雑多な、当たり前の生活にいること。それが結局、我が、地球人スピリット・ジャーナルの結論である。

6)庭があり、畑があり、自転車があり、近くに家族が住んでいる。生活を営めるほどの職業があり、スポーツエリートじゃないけれど、まぁまぁの健康に恵まれ、本もあり、テレビもあり、たまには筆を持って俳句を作ったり、彫刻刀で像を彫ったりする。そんな人生が好きで、そんな人生であったことを感謝する。

7)  タガ外れ底は抜けたり月もなし   把不住

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映画『魔女の宅急便』予告編 実写版 <2>

<1>からつづく

 

 

 

1)なんとかプライムというやつに登録した。月500円らしいが、届け物が早く届くだけではないらしい。かなりの量の映画を自宅で、見ることができるのだ。

2)この実写版、なかなか感動的。前に見た時は、リビングの小さなテレビで見たらしい。4年前のこと。見たことは覚えていたが、ストーリーはほとんど覚えていなかった。アニメ版は、飽きるほど繰り返し見たので、あくびが出るほどだ。アニメ版ももちろん大好き。

3)前回の自分のブログを見ると、いつかこの実写版を、大きな画面で見たい、と書いている。今朝は結局寝床の中で、10インチ足らずのタブレットで見た。美しく、感動的だった。今夜か明日か、いづれ近いうちに、もう一回見よう。新しくきた、50インチ画面で見たら、なお美しかろう。

4)原作の角野栄子さんは、講演会で、自分は小さな時は、嘘つき少女だった(という意味のこと)とか言っていた。つまり、想像して楽しんでいたということであろう。

5)小学生の時からジャーナリスト志望だったはずの私は、嘘つきが嫌いだった。いや、自分は嘘をつかない、ということではない。うそをつかなくてもいい自分になりたい、ということだった。本当のこととはなにか。そんな私が、決定的にジャーナリズムを見限ったのは、身近に起きた学校紛争の報道についてだった。

6)それから真実の探究が始まった。フィクションではなく、事実。私自身が見たことでも、そうであるらしい、とか、と私は思う、と、表記するようになった。でもそれって、正しかったのか。文章においてはよりせ確認に表記しようとしたが、イメージとか、絵とか、コラージュなんて、全くの嘘っぱちの世界を楽しんでいた。写真じゃないんだから、最初から、みんな嘘だとわかっているんだから、自由に描いていいだろう?

7)この黒猫の宅急便、実写版、どこから嘘で、どこから本当なのか、私にはわからない。嘘だろう、ってところがない。事実は、私はこの実写版が好きだってこと。魔女も、猫も、東洋のある町、って設定も、私はその嘘を見抜けない。こんな世界がきっとあるんだ、と感じる。この映画は、真実だと思う。

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OSHO: Beyond Psychology (Preview). Natural death

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2022/11/13

おいしいコーヒーの真実

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アメリカのガソリンが信じられない価格に!EV、ハイブリッド、今後の日本は?

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2022/11/11

映画 『ファーザー』 公式予告

1)平均寿命と健康寿命には、10年ほどの開きがある。人生100年時代などと、浮かれていてはいけない。ちっとは若く見られることもある私も、この頃は、目立って白髪が増えてきたように、自分でも思う。大きな病気や体の障害は持ってはいないが、過信は禁物である。平均的に言えば、私の健康寿命は、ほんのあと数年で終了となる可能性も高い。

2)今回、このブログが終了することも、良い機会だと思っている。全く記録を残さないのも不便だが、決まりきった何かを残すのは、もう終わりなのだ。これまでの、脱字誤字や、散財するメモを纏めたりする次期になっているのだろう。目ばかりではなく、歯も、耳も、体の動きも、一年一年、若い時とは違った方向に、進みつつある。

3)数年前、母は98歳で逝ったが、その数日前、確かに、フレイルというか、自覚感覚に、異常が走ったように思えた。私の名前を認識しなくなったのだ。ほんの一瞬、ほんの数日だったので、これはある意味仕方ないかな、と納得した。しかし、もし、私が、そのような状態になったら、この映画のような状態になるのかも知れない。

4)一応、95歳まで現役で働くぞ、などと豪語してみるが、その顛末は天のみぞ知る、である。宣言は宣言、事実は事実である。そもそもそも、私は意図して、50代半ば、仕事量を減らし、隠遁の方向を見定めた。仕事を辞めたわけでもなく、山に隠遁したわけでもない。ごく普通の生活をつづけただけだ。だが、明らかに、クールダウンのプロセスに入った。

5)私に仕事は、時間に縛られて、何時から何時まで、という仕事ではない。また、ここでしなければ、という場所も決して指定されているわけでもない。行ってみれば、自由だ。言葉遣いとか、佇まい、服装、行動内容に、細かい制限がつくが、それでも、引退した人間とほぼ同様な暮らしぶりだ。しかしそれでもなお、現実の緊張感が刺激を与えてくれる程度には、外界と繋がっている。

6)こんな私でも、この映画のような奇妙な世界に入っていかないとは、言えない。ここから続いて、シックスス・センスのような世界に突入していかないとも、限らない。その時、どうなるか、まさに天のみぞ知るで、ちょっと楽しみですらある。

7) かやの実や懐深く抱かれおり  把不住

 

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2022/11/08

Buddha's Flute Osho Dream 1

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PRESIDENT(プレジデント) 最新号:2022年11.18号 (発売日2022年10月28日) 毎日が面白くなる 人生後半の時間術 9割捨てる! 限りある自分時間の増やし方

https://www.fujisan.co.jp/product/5774/new/

1)プレジデントは、多少まだ上昇志向が残っていて、自分達を勝ち組に分類しがちな御仁(おそらく男性多数)に人気のある雑誌である。かつてはビジネス臭が強すぎて、避けたい雑誌のトップに飾られていたが、最近は割とクールダウンしていて、じじむさい、ババ臭い記事も多くある。

2)この程度の特集は最近あちこちに散見されるのだが、逆に、あまりにもハマりすぎて、無視してしまう。プレジデントだったら、おっと思うコンビネーションなので、ついついフラフラと購入してしまった。

3)最近息子世代と話していて、最近は雑誌も新書もKindleが便利です、と言っていた。それもありかな、とも思うが、お茶の間のアイテムに、こんな雑誌が一冊転がっているのも、悪くないと思う。内容は結局ありきたりで、どれもこれも同じようなものだ。

4)当ブログはあと残り10記事で終了である。カタゴリまとめとと、ブログまとめの2つの記事を引けば、残り8記事である。このままskれを空間にしておく案もあったが、やっぱり埋めようと思う。目的の当ブログ一切経5048は完了している。やり残したことはない、と豪語する気はないが、新たなるエネルギーは湧いてこない。

5)TwitterやInstagramは、登録してあるけれど、我が指向性からはやや外れる。ブログのようなものがちょうどいいのだが、タイトルも内容も一新したものを再スタートしたいと思うが、具体的には何も決まっていない。おそらく何かあるだろう。

6)20プリウスでロングドライブ、二泊三日の旅をしてきた。我が20プリウスEX君も、ますます健在である。ララランドサントラスコア版の音を流して、二人して紅葉の🍁山路を楽しんできた。色々あって、ロードスターMiataMx5の憑き物も落ちつつある。まもなく出る60プリウスPHEVにも関心はあるが、我が人生最後の相棒は、20EXで、何の不足もない。

7)天恵を知るや知らずや秋実る  把不住

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