カテゴリー「12)述の巻」の107件の記事

2018/10/04

地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版<73>「述の巻」について

<72>よりつづく

「地球人スピリット・ジャーナル」
ダイジェスト版

<73>把不住述懐「述の巻」について

 新ブログ「把不住述懐」に移行して、実質的な最初のカテゴリ「述の巻」。愛読マンガ「浮浪雲」(ジョージ秋山 1975~2018)のタイトルにあやかって、今度のブログにはしんにゅう「」のついたカテゴリ名をつけることにした。

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 まず始まったのは、「把不住述懐」の中から「述」をとって「述の巻」とした。なんとかかんとか、自らのことを述べてみよう、という試みであるが、はてさてうまくいっただろうか。

 前回の「禅の巻」で、まだ途中だったiRobot=iBhaveshの制作は、あのまま完全にストップしたままで夏を過ごし、制作再開がいつ始まるのか、自分でも待っているところ。廃物アートのロボットと、我が肉体が、どこかで、いつかシンクロするだろう、その時、おそらく制作は再開されることとなる。

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 それに比して、始まってしまったのが、表装・表具の世界。こちらも廃物アートで、余っている壁紙や障子紙、切れ布などを活用してやろう、という試みだが、こちらはスタートしたばかり。情報収集の段階を出ていない。

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 畑は、グラスジェムコーンがまずまずの出来で、来年のためのタネを確保したうえで、すこしづつ、関心のある向きに、タネとして配ったりしている。かやの実の食用化も志向中。

 書かれ期間は2018/07/13~2018/10/04の間。新しく始まったのは「禅寺に捧げるこの一冊」 というシリーズ。 「今日の気分はこの3冊」シリーズは、今晩山小屋に泊まるなら、なんの本を持っていく?というコンセプトだったが、こちらは、お世話になったお寺さんに、もし一冊贈本するなら、というコンセプトである。これがなかなか楽しいが、また難しいテーマでもある。

 再読したいこのカテゴリこの3冊 は次の通り「OSHO、ZENを語る」 OSHO 玉川信明編 2002/02 社会評論社 単行本 263p
「ZEN MASTERS OF JAPAN: The Second Step East」 Richard Bryan McDaniel   (著) 2016/11 出版社: Tuttle Publishing ハードカバー
「表具図面集」
清水 研石 (編集) 1999/06 雄山閣出版 単行本: 308ページ

 「浮浪雲」のように、遊の巻とか、道の巻、達の巻、などと行きたいところだが、当ブログはまだまだその域に達していない。次は「迷の巻」とする。

<74>につづく

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再読したいこのカテゴリこの3冊「述の巻」編

<前>からつづく  

再読したいこのカテゴリこの3冊 

「述の巻」

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「OSHO、ZENを語る」 
OSHO 玉川信明編 2002/02 社会評論社 単行本 263p

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「ZEN MASTERS OF JAPAN: The Second Step East」
Richard Bryan McDaniel   (著) 2016/11 出版社: Tuttle Publishing ハードカバー

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「表具図面集」
清水 研石 (編集) 1999/06 雄山閣出版 単行本: 308ページ

<後>につづく

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2018/10/03

「把不住述懐」<30>/「さとりサマーディにて」<37>めぐりあわせ

<29>からつづく 

「把不住述懐」 
<30>めぐりあわせ   目次

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<36>からつづく

「さとりサマーディにて」 

<37>‎めぐりあわせ

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 最近、くさとりメディテーションにハマっている。ちょっとした時間があれば、庭にでて枯れ葉をむしったり、いわゆる雑草を抜いたりする。我が家に限らず、孫たちのマイホームで時間があれば、ちいさな庭の、ちいさな雑草に手をかけたりする。

 きょうは、カヤの木のかやの実をかたずけながら、小さな草たちをむしっていた。ふとそこに、老婆と初老の女性が立ち寄り、カヤの木の傍らにある薬師瑠璃光如来を参拝に尋ねてきていた。

 帰り足に声をかけられたので、腰を伸ばして雑談。このカヤの木のいわれを尋ねられれば、知っていることならと、概略をお話しする。実は、初老の女性の方は、最近さる方から、あなたの守護神は薬師如来ですよ、と教えられ、今日、隣町から参拝に来たのだという。

 あれまぁ、そうですか、などと話しているうちに、あれこの方は、我が小学校時代の同級生に似ているなぁ、と思いついた。しばらく談笑したあとに、そっとその旨を話し、その名前を言ってみると、あらま、やっぱりご本人であった。実に50年ぶりくらいの再会である。

 そして身の回りの話をしているうちに、実は、お互いが親戚であることを知ったのである。ああ、世の中は狭いな。そしてまた、この時間に、ここにお互いがめぐりあっていることに、これまた不思議なご縁を感じたのであった。

 最近、こういう、いわゆる同時性というのだろうか、シンクロニシティというのだろうか、そういうめぐりあわせに遭遇することがたびたびある。神仏のお導きと考えることもできる。

 最近、わが母親の認知度がいちじるしく低下しているように思われる。面会していても、話に対する反応は鈍くなった。どうかすると返事がないこともある。目が見えず、耳が遠くなった、というだけではない、なにか脳が委縮しているのではないか、などと彼女にとっては失礼な推測をしたりする。

 しかし、それに比して、周囲に及ぼす波動は、決して散漫なものではなく、密度のたかい、穏かで、なおかつ、広がりのあるものになっているように感じる。これもまた薬師瑠璃光如来のご利益か、などと感謝しつつ、今日もくさとりメディテーションを楽しんだのだった。

把不住述懐<31>につづく

「さとりサマディにて」<38>につづく

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「禅寺に捧げるこの一冊」<4>/「OSHO、ZENを語る」 玉川信明

<3>よりつづく

「禅寺に捧げるこの一冊」<4>
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<3>よりつづく

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「和尚、禅を語る」 <4>
玉川信明 2002/02 社会評論社 単行本 263p

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 大根引き大根で道を教えけり  一茶

 万巻の中から一冊を抜き出すというのは至難の業である。ほとんど不可能。もはや無意味と言ってもいい。どの本を取っても完全ではない。一冊を取り出せば、さらに数冊が必要とされる。数冊必要となると、もはや一冊には戻れない。

 このシリーズ「禅寺に捧げるこの一冊」、とはいうものの、ではどこの禅寺に捧げるの?となると、さらに問題は複雑になる。

 普門寺、柳生寺、資福寺、覚範寺、輪王寺、慶蔵院、林香院、活牛寺、護勢寺、招楽寺、秀麓齋、瑞巌寺、等々、身近にお世話になったお寺だけでも十指を超える。ひとりひとりの住職の顔が見えてくる。

 はてさてどうしたものか。このお寺にはこの一冊、あの和尚にはこの一冊、この季節ならこの一冊と、迷いはさらに深まる。究極には捧げる一冊など思いつかなくなる。一冊などと言わず、俳句でひとこと言えばいいのではないか。

 そんな時、一茶の俳句を一句、思い出した。

 大根引き大根で道を教えけり  一茶

 大根(だいこ)引きは、大根(だいこ)で道を教えるのである。その道をいくつもりがないなら、さっさと通り過ぎればいい。教えてもらった限りは、その指が土で汚れていようが、マニュキュアでネールアートされていようが、とにかくその道を目指して歩き始めるのが、礼儀であろう。

 いまさら、一冊を捧げると言っても、カウンターカルチャーを挑むわけでもなく、爆弾を仕掛けるわけでもない。ひたすら感謝の気持ちを、一冊に込めるのである。

 玉川信明著「和尚ラジニーシ、禅を語る」(和尚ガイドブック②)については、これまでなんどか当ブログでも触れてきた。決して高い評価を与えてきたわけではない。

 されど、大根引きが教えてくれた道が、大根引きだからと言って、決して間違っているとは限らない。その道しるべが大根のような土付きの汚れたものであったとしても、道そのものを教えてもらった限りは、ありがたく感謝して、その道を歩み始めるべきではないか。

 はてさて、この本を捧げられた禅寺は、この本をどう受け取るであろう。貧者であっても、一木一草でも供養せよ、という教えがあるかぎり、拒否されることはあるまい。その供養は、お寺のためになるかもしれないし、ならないかもしれない。

 大根引きもまた、道を教えたからと言って、大根を一本買っていけ、と言っているわけでもない。功徳など最初から求めていないのである。

 禅寺に捧げるこの一冊。今日の私なら、この「OSHO、ZENを語る」玉川版を選び取る。

玉川信明「OSHO、ZENを語る」<5>につづく

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2018/10/02

OSHO: There Is No Goal

「OSHO: There Is No Goal」  

No.4265

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「OSHO Rebellious Flower」 Hindi movie

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「OSHO RebelliousFlower」
movie 105min 2016 Hindi
The film on the life of guru Osho Rajneesh and his spiritual journey to enlightenment.  Director: Krishan Hooda  Writer: Jagdish Bharti  Stars: Prince Shah, Shashank Singh, Mantra
No.4264 

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「Zen Masters of Japan: The Second Step East」 Richard Bryan McDaniel

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「Zen Masters of Japan: The Second Step East」
Richard Bryan McDaniel   (著) 2016/11 出版社: Tuttle Publishing ハードカバー: 288ページNo.4263

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<1>よりつづく

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「曹洞宗青年聖典」 <2>
曹洞宗教化部 1966/05  新書版 100P 曹洞宗宗務庁
★★★★★

 43年ぶりに、輪王寺坐禅堂にて、参禅してきた。いや、正確には初めてだったかもしれない。というのも、1975年当時、21才の私が参禅していたのは、昔の古い坐禅堂だった。もっと小さく、かと言って格式の高い、極めて厳かな坐禅堂であった。

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 あの頃は、北山五山の一角である資福寺・覚範寺の裏手に若者文化のコミューンを作っていた。1975年、あの時、私の人生は大きく変貌した。

 正式な坐禅の手ほどきを受けたのは輪王寺においてであった。あの時、外人のビギナーたちも結構参禅していた。隣に坐る外人が、ゲーリー・スナイダーのような気分さえしていた。

 インドから帰国して、1979年頃、ふたたび輪王寺に参拝したことがある。その時の私の率直な感想を述べていけば、この境内は血の匂いがする、というものだった。だから、そこから参禅するということはなかった。

 あれから40年。私は再び輪王寺を訪ねた。昨年度からそのチャンスをうかがっていたが、ようやく一年して、参禅させていただけるような心境になった。坐禅堂は、新しく、大きくなっていた。いつ頃改装されたのか、今現在の私には分からない。

 10分間の経行(きんひん)を挟んで、40分、40分の坐禅である。率直な意見をメモしておけば、実にすっきりとした坐禅であった。たいへんありがたかった。今回も、隣に坐ったのは海外からやってきただろう男性青年だった。普勧坐禅儀のお経も、横文字で読み上げていた。

 今回の参禅だけではなく、実は心に決めた目標があるのだが、ここにはまだ記さないでおく。

 ZENの系譜に生かされていることに、感謝いたします。

 

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2018/10/01

「あなたの知らない道元と曹洞宗」 山折哲雄他

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「あなたの知らない道元と曹洞宗」
山折 哲雄 (監修) 2013/06 出版社: 洋泉社 新書: 190ページ
No.4262★★★★☆

 監修・山折哲雄となっている。あちこちから編集子が集めてきた雑学の、ひとつひとつが間違っていないことを、箔付けてくれていることにはありがたいが、はてさて、これだけの雑学を必要とする人はどれだけいるだろう。

 あるいは、雑学は逆に邪魔になることもあるに違いないのだ。もっと真摯に自己と向き合い、時には耳や目に入ってくる二つや三つの情報が、自らの立っている足元を固めてくれることはあるだろうが、余計な情報は、むしろ錯乱する遠因になる可能性もある。

 まあ、人によってだろうが、私にとってはそうだ。だから、知識先行ではいかない。あれ?あれはどうだっけ、という時に、ひとつふたつの調べものをするのはお手軽お調べ帖としては便利だろうが、本当に身に付いた、深い知恵として自らに身につくだろうか。

 この書はこのような成り立ちをしているのだから、それはそれでいいだろう。されど、大疑団としての自己に対しては、あまりにもお手軽な小技過ぎるのではないか。

 山折哲雄という名前で思い出した。彼は、たしか藤井日達上人の伝記をまとめた人ではなかっただろうか。月国の仏法は日の国に渡り、日の国の仏法を月国に返すとおっしゃった、藤井日達上人。かの人の法華経があればこそ、私の世界観が全うなものになることを、いまさらながらに痛感する。

 諸縁に感謝しつつ、待つアートの深遠さに触れる日々である。

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「ZEN 道元の生き方」 「正法眼蔵随聞記」から 角田泰隆

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「ZEN 道元の生き方」 「正法眼蔵随聞記」から
角田 泰隆   (著) 2009/06 日本放送出版協会 単行本: 309ページ
No.4261★★★★★

 ちょうど20才を過ぎたころ、私は叔父の造園会社で短いアルバイトをしていた。

 ある時、叔父に「人生で一番大事なものは何ですか?」と聞いてみた。実直な叔父は、ちょっと考えてから、「誠実さ、だと思う。そう学校では教わってきたな」と答えた。同じ質問を、わが母親にしてみた。「それはお金だろう。金がなければ何もできない」と即答した。

 反対を押し切って、まともな職にも就かないまま、元祖フリーターのような生き方をしている我が息子に、説教するのは、やはり、職を得よ、稼げ、まともな一人前の人間になれ」という意味で、そう答えたのだろう。

 同じ質問を母親の父親である、つまり私の祖父に同じ質問をしてみた。「人生で一番大事なものは何ですか?」

 祖父は即答した。「なんだ、そんなことも分からないのか?」。私はうろたえた。

 「それは、自未得度先度他だ」。

 「自分がまだ渡る先に、まず他の人を渡しなさい、ということだ。これが菩薩の生きる道だ。これが最高にエライ」。

 当時20歳の私は、すぐには理解できなかった。漢字も分からなかった。部屋に帰って調べてみて、その意味がわかった。それから、この言葉は私の胸に深く刻まれた。

  「施無畏」という言葉を教えてくれたのも祖父だった。

 700年前の道元禅師と、わがマスターOSHOの、言葉に違いはある。聞いている弟子たちが、違っているのだから、当然のことだ。字義道理、道元の世界を、この21世紀に生きることは無理だ。道元も言っている。生きたマスターに就きなさい、と。

 菩薩とボーディサットヴァの言葉の意味は、違っている。決して同じではない。道元の菩薩道を生きるのか。OSHOのサニヤシンを生きるのか。ボーディサットヴァを生きるのか。

 法華経によれば、ゴータマブッタの法輪は五五百年の2500年が一サイクルと言うではないか。現代人は現代のブッタをマスターとすべきなのである、と、そう思う。

 そして、自燈明、法燈明、とも言うではないか。我はどこに、我がブッタ、我がマスターを求めるべきなのか。誰か、偉い人の生き方も参考になろうが、自分は自分の生き方を、しっかりと見つめて、生きていくことになるのだ。

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「道元 正法眼蔵」 NHK「100分de名著」ブックス ひろさちや

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「道元 正法眼蔵」わからないことがわかるということが悟り NHK「100分de名著」ブックス
ひろ さちや (著) 2018/08 NHK出版 単行本(ソフトカバー): 148ページ
No.4260★★★★★

 
当ブログ記事「さとりサマディにて」の主人公さとりは、わが母親の名前である。現在96歳で施設にお世話になっているが、90歳近くまで一農婦として人生を全うした人だ。若いころ、彼女に名前の意味を問うと、「作を取る」から作取(さとり)なのだ、の一辺倒だった。

 その彼女は、除草剤のない時代から、夫に先立たれて、広く残された農地の草を取るのが、日々の仕事の大半を占めていた。そんな彼女を、近似の人達は、ちょっとひやかすように、今日もさとりさんが、草取りをしている、と笑った。

 最近、小さな市民農園を借りて、草を取る時がある。また、最近建売住宅に住まいしている孫たちを見守るため、待っている時間の間、敷地の隙間から顔をだす雑草を引き抜いて時間を費やしている時がある。

 あるいは、これも当ブログに毎回登場する樹齢千三百年のカヤの木の下草を、数週間に一度、引き抜きに行く時がある。私はあまり気が進まなかったのだが、奥さんが引っ張ってくれるので、最近は、週末の大事な日課にさえなっている。

 そんな私は割と最近、この草取りが好きになってきた。すっすっと抜けると気持ちいい。清掃したあと、数日過ぎて見にいくときれいになっているから気持ちいい。だが、ちょっと忘れていると、いつの間にか、茫々と雑草の背丈が伸びている。また、抜く。

 この作業が割と気持ちいいのだ。さとり、という言葉では、我が母親は多くを語ってはくれなかったが、作を取ることも、さとりだろうし、また近所の口さがない隣人たちがクサすように、草取りもまんざらさとりとも言えなくもないのではないか、と思う。

 この母親にさとりという名前を付けたのは、当時23才の祖父だった。彼は、近所のお寺に参禅しながら(私が現在参禅しているお寺)、この名前を思いついたという。彼は衝天釣月を法名に付けてもらうほどの禅居士だった。

 この祖父が管理していたカヤの木が、今、母親が代表となって管理している樹齢1300年のカヤの木である。この仙台市で最も古木とされる巨樹の下草を刈るのに、一回数万円を造園屋に払わなければならないという。

 なんでも金の時代であり、職人さんとしては当然のことであろう。されど、草取りが面白いと思うようになったのは、ごく最近であり、これからどのくらい続くかわからないが、私は、無給でこの草取りを続けるのは、結構たのしいのではないか、と思っている。

 私はふときずいてみると、道元ネットワークのただなかに産み落とされたような存在である。あっちもこっちも、道元に縁のある人々だ。ごく自然に道元禅師に敬意を払うようになった。そしてわがマスターOSHOの中に生きた道元を見る。

 禅を、達磨を、道元を教えてくれた祖父に、今はひたすら感謝している。そして、ちょっと手を抜くと、いつの間にか、茫々となっている我が迷いの草を、今日もまた、一本づつ引き抜いては、ああ、これは結構、気持ちいいかも、と思いながら、生きている。

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