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2022/07/02

美の壷 もののあわれ

no4670 星4

1)美の壷。ずいぶん見たよ、この番組。30分で、コンパクト。草刈正雄もいい。だいぶ前は、たしか谷啓だったかな。

2)今回は、鈴がテーマ。

3)かつては、図書館から借り出した本を、手当たり次第メモしまくった当ブログ。それにも飽きて、最近は、何か吹っ切れたように、テレビ番組番組をメモし始まった。かつても少しはやっていたのだが、最近は、手当たり次第だ。ここから、何かが生まれるか。繋がるか。

4)イントロの部分のワンカットでピンときたのだが、ひょんなことで思い出したのが、天河神社。どこかに書いたことを、ここにもメモしておく。

5)最初に天川に行ったのが、1985年8月。何の予備知識もなく、シャンタンとヨシローに連れられて、ハイキング気分で行った。宿泊所は、宮司のお姉さんの経営する民宿。ご飯を食べて寝た。眠りについて、しばらくすると、枕元に女性が正座していることに気がついた。ありゃま、随分サービスのいい民宿だな、さっきのお姉さんかもな。しかと判断つかぬまま、熟睡した。寝入りが早かったので、朝の目覚めは早かった。でも、他の連中はまだ寝ている。もちろん枕元には誰もいなかった。一人で起き出して、神社の中を徘徊し始まった。昨夜は暗くなってから到着したので、神社はよく見ていなかった。その時初めて、私はこの神社は、弁財天を祀っている神社だと知った。そして即座に納得した。昨夜、枕元で見守ってくれていたのは、弁財天だったのだ、(というか、そう勝手に決めたのだが、笑い) 。そのあといろいろ起きたが、どういう訳か、翌年1986年の夏、同じ七夕の日にまた参拝することになった。

6)あの実に特徴的で、他に二つないのではないか。翌年の七夕に呼ばれた私は、神社の秘仏ご開帳にあたり、七夕にちなんで、あまのがわ、まずはあのつく名前の人から参拝してください、といわれて、早速最初に私が参拝することになったのは、驚いた。

7)今日の天河神社の宮司さんは、神酒乃祐氏ではなくて、柿崎匡孝(まさたか)氏になっていた。66代。

自己をはこびて、萬法を修証するを迷いとす。萬法すすみて、自己を修証するは悟りなり。道元

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