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2022/07/31

山本五十六と開戦

No4846 星4

1)「戦争を知らない世代」としての私は、抽象的な国家論や戦争論には、積極的に参加できないし、する気もない。されど、私の個人史に、戦争の影がないとは言い切れない。むしろ、この所からこそ、戦争論、国家論に参加できるかもしれない。

2)父は職業軍人だった。その当時、青春時代を送った国民たちは、個人の意見を圧殺され、ひたすら戦争へ加担するような言動を期待されただろう。期待を一身に浴びた父が、職業軍人を期待して行った経緯はうっすらとわかる気がする。

3)父は、中国大陸に渡り、敵弾に被弾した。一命を取り止め、本国に帰国し、事務的な軍務についていた。その父は、結局、戦後病弱な中で結婚し、3人の子供をもうけたが、早世した。私はほんの2才当時以降、父の存在を知らない。彼は、5年間の隔離病棟での療養生活ののち、亡くなった。私の記憶は、8才のこの当時からしかはっきりとはしない。

4)この父と結婚した母もまた壮絶な人生を送ったのだと思う。98才まで生きのびたのは、その悔しさ、そのなさけなさを大きなバネにしていたからである。細かいストーリーは書かない。しかし、ちちやははと同じ年齢になったればこそ、理解できる人生の機微というものがわかるようになった。

5)あの時、戦争さえ起きなかったら、と思わざるを得ないことが多くある。母も、そしておそらく父も、天皇を中心とした国家観を決して否定はしない。これしか知らないのだ。そのような人生を送ったのだ。

6)私は戦争は反対である。あの戦争がなかったら、父も、母も、もっと幸せな人生を送ったことだろう。そして二人が出会うことがなかったら、私は生まれなかった可能性は高い。

7)戦争があったればこそ、私は生まれた。父と母に報いるため、私は戦争に反対する。天皇を中心とした国家觀に異を唱える。誰もが幸せな人生を送れるように、地球上の人類が、友人として、分かち合える考え方に、賛成する。

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