団体
1)私がかの団体に気付いたのは、今から50年以上前のことだ。当時、私は高校2年生16歳。駅前通りの雑踏の中で、小さなビラを配っていた学生らしき人物に、「ビアフラ難民の子どもたちに、愛の手を」とカンパを要請されたのだ。確か100円玉一個をカンパしたとおもう。私は良いことをした、と清々しい気分だった。
2)しかし、後ろから歩いて来ていた一年先輩W(今もFB友)に注意された。あのお金は、ビアフラには届かないよ。あの団体は、いくつかのグループにつながっていると(実名で)告げられて、まさかと思った。それから私は、この団体周辺の動きを注意深く見つめるようになった。
3)スタイルは違うが、同じ頃、中央のアーケード街で、小さな黒板を持った青年たちに呼び止められたことがある。なにやら聖書と天国のようなことを語って、アンケートを取ろうとしていた。当時私はバブテスト教会に数回通ったことがあり、最新の聖書も持っていたので、その歪んだ構造は、私にもすぐ気づくことができた。
4)桜田淳子が話題になった頃、私はこの団体の仕組みについて数冊以上本を読んでいて、なんの心も動かなかった。その頃、県内の外れた町の床屋さんを、仕事でたずねることがあった。老齢のキチンとした女性の床屋さんだったが、店や家全体は、整理はされているのだが、決して余裕があるようには見えなかった。
5)一段落したあと、ちょっと見て欲しいものがあると言って、奥の床の間のある部屋に連れて行かれた。おしゃれな床屋さんをイメージしていたが、至る所、まだ裸電球で、質素というよりさらに貧困のようにさえ見えた。床の間に通されて、見て欲しいと言われたものは、壺だった。高さ50センチもあるだろうか、直径20センチくらいかな。
6)最初白い壺を見せられ、次に黒い壺も見せられた。関東にいる一人息子が独身で、なんとかしたい、と思っていた時に、突然やって来たお客さんに勧められたという。二つで数百万、その他、額縁のようなものも購入したという。ご婦人は、最近テレビでニュースになっているのは、この壺じゃないかしら、とおっしゃった。
7)同じ頃、友人の妹が家に帰らなくなったという。キチンとしたお勤め人で、職場には通っているという。心配になった友人は、共同生活をしているという住所を探して行ったが、見つからなかった。その後、彼女はひと月ほどで帰って来たらしいが、つながりについては、私は聞く立場でもないので、不明である。
8)80年代になって、公園のバザーで「なんとか講論」なるものを手に入れた。ちょっと気になる章があり、確かめることができた。数百円だった。今でも天井階の書庫にあるだろう。もう読む気はないが、一方的に、根拠もなく、評論するのは私の好みではない。
9)福島県の禅寺の住職で、文学賞を取ったこともある玄侑宗久氏は、若い時代に、この団体に関わっていたことがあるという。私の中では、そういう情報だけでも緊張してしまうのだが、どこにどんな落とし穴があるか、注意深く生きていく必要がある。
10)先日亡くなったS氏について、ブログ等でコメントを残しておいたが、その内容について、故人に対してのコメントとしては、冷たいのではないか、という批判的な書き込みをいただいた。あのようなコメントを書いたのは、いくつかまだ未発表の理由が重なっているのだが、大きな理由の一つは、コメントにも書いたが、彼が自分を、加わっていたグループ内での立場を、久保木修己にたとえたことにある。
11)いきなり前振りなしにこうおっしゃったのは、私にもすでに予備知識があることを知っていて、自分も明確に意識していた、ということになるだろう。私はネット上のバトルや炎上は、得意ではない。三十六計逃げるにしかず。ただいい加減に書いたつもりはありません。だから、私の側からは、彼との関係は30年前に終わっていた、ということを言っておきたかったからである。
12)以上、雑感、まとめ、終わり。
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