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2022/06/28

東洋経済 2022/4/30 世界激震! 先を知るための読書案内

No4659星3

1)かつての当ブログなら、この手の本には、かなり鋭敏に反応していたように思う。実際、含まれている書籍には、当ブログで取り上げた、しかも精読して、当ブログのバックボーンになっている書籍も多数含まれている。

2)にもかかわらず、最近手が伸びなくなったのには、いくつか理由がある。ひとつには、もはや一巡してしまって、目新しさがなくなっていること。時事をテーマとするなら、それは限りなく新しい出来事にまつわることごとを追っかけなくてはならなくなる。

3)されど、当ブログは、積極的な意味で、時事を扱ってこなかった。苦手というより、そこにはない何か、を志向して来たからと言える。かといって古典とか、歴史にこだわって来たわけでもない。あえていうなら、普遍のもの、永久性のあるもの、真実性のあるものに、強い関心を持ってきた、ということができようか。

4)読書生活では得られない何か、本や文章や、言葉や概念にては捉えきれない何か、を求めて来た、とも言える。されど、残念なことに、その状況を表現するのに、視覚的な文字媒体を媒体として選ばざるを得なかったことに、悲劇があった。

5)本当の私は、実のことを言えば、極めて怠惰な男である。横になって転がっていて、何もしたくない。朝起きて、障子の隙間から、上る朝日の光が差し込み、部屋に舞い上がるチリや煙のようなものを照らし出しているような風景を、ただただ見続けていたいだけだったりする。

6)ごくありふれたことであり、特段に表現しなけれnばならないことでもなく、かといって、今ここにいたら、この風景を見逃してはいけないな、という意識の働きを、じっとみつめていたいだけなのである。

7)ああ、そうであるのだ、ということが、このような雑誌に出会ったりしたときに、割としっかり、反語的に、意識されるのである。これは良くも悪くも老化の一種であろう。

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