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2022/05/23

人新世の「資本論」

https://www.amazon.co.jp/人新世の「資本論」-集英社新書-斎藤-幸平/dp/4087211355

No.4645星5

1)時間があれば、ついついブラブラと、書店に足を向けてしまうのは、この人生の拭いがたい習い性となってしまった。特段にパチンコだのゲームだの、という趣味がないし、映画や他のエンターテイメントに費やすポケットマネーも潤沢ではないので、結局は書店をブラブラするのが、我が人生の、一番の暇つぶしなのである。

2)されど、困ったことに、その書店ブラブラが楽しくないのだ。辛い時さえある。困ったもんだ。大きく原因は二つ。一つは、我が視力が極端に落ちていることだ。かつては眼力の鋭さは、カミソリ級とポン友たちに評価さえされた時もあったが、今や目に周囲の筋力が落ちて、本を読むのが辛い。特段に眼病になっているとは医師からも言われていないが、しっかり自覚がある。

3)二つ目は、面白い本がないことだ。これぞ、という本に出会えない。読みたくなる本がないのだ。出版業界が弱体化しているのか。まぁ、そうでもあるまい。衣服でも、食材でも、クルマでも、住宅関連でも、同じ状況だ。早く言えば、市場のマーケットから、どうやら排除されているようなのだ。若い人や、購買力のある層にモーションをかけていて、我が世代はどうやらあまり当てにはされなくなっているのだ。

4)いずれにせよ、問題は老いだ。目も悪くなり、面白い本もない。にもかかわらず、書店に足が向いてしまう。それが、コロナ禍において、巨大地震に遭遇しながら、悲しい戦争のニュースにさらされている、我が人生、第三コーナーから、終焉に向けての直線コースに入ろうとする、現在の状況である。

5)とは言いつつ、今日も無駄な努力をした。なんとか、お持ち帰りに値する一冊はないものか。三つ目の原因としてあげるなら、大体の興味のあるテーマの本には目を通してしまったとは言え、 何か あるだろう。ムダとも言える努力をする。当ブログ約5000冊の読書は、決して深い読みとは言えないものの、決して少なくもない。

6)もしブログ機能が正常に機能しているとしたら、今日なら、この一冊をまな板にあげて、適当にお茶を濁していただろう。売れている本である。各方面で話題になっている。一冊の新書という分量もいい。テーマもまぁまぁ、著者の新鮮さもまずまず、その論旨も、うん、決して悪くない。しかし、決定打がない。

7)ネグリ&ハートの「コモン」に言及していることも悪くない。その他、良いところ、共感できるところも、なくはないが、まずマイナス点から言えば、まず、今更、資本論かよ、ということになる。コミュニズムという呼びかけも悪くはないが、これからあの気が遠くなるような資本論など読む人はいるのだろうか。

8)我が師にして朋友Oshoによれば、コミュニズムは、人類意識進化の偉大な実験のひとつではあったが、基礎を作ったが、柱を立てることも、屋根をあげることもできなかった、ということだ。実験である限り、またやり直せば可能性が出てくる可能性もあるかもしれないが、Oshoは、それを否定する。ポイントは、そこにはないのだ。

9)内なるスピリチュアルな平等性に気づくことなしに、人類の経済的な平等性などあり得ない、ということになる。まず精神的な平等性に気づくには、瞑想が欠かせないのだ。ここから、再出発する必要がある。もっと科学的に研究され、もっともっとそのアートに触れられる必要がある。そして社会的なソースと ある必要性がある。

10)残念ながら、この本には、その視点や論旨がすっぽり抜けている。それがノヴァハラリとの決定的な違いである。

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