家で死ぬということ
No.4594★★★★☆
1)このタイトル、何処と無く、哲学的に捉えそうになるが、これはこれ、一つの具体的な例、と捉えておくべきだろう。
2)制作年は、2011年秋。
3)私は2年前に母親を亡くした。瀬戸内寂聴さんと同年輩だった。さとりという名前だったが、悟りというものは、それぞれだ。
4)人間、家で死ぬばかりが、死に方ではない。その家だって、旅の途中だったはず。
5)死ぬ間際、朦朧とした意識の中で、母は、わたしは三つ処で暮らした人だから、とつぶやいた。
6)その言葉で、この女性が、100年の人生の中で、どんな思いで生きてきたのかに、初めて気づいた気がした。
7)一人の人間が、一人の人間を、見つめることができた、そんな瞬間だった。
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