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2021/05/28

ラストエンペラー

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ラストエンペラー 
ディレクターズ・カット [DVD] ジョン・ローン (出演), ピーター・オトゥール (出演), & 1 その他 形式: DVD
No.4541★★★★☆

1)老人の慣いとて、夕方眠りにつくのがはやくなった。いや、別に床に就くのが早くなったわけではない。単に寝てしまうのだ。特に今日のように朝早くから大工仕事などに追われてみれば、早目の夕食をとるとそのままソファーで寝てしまうのである。

2)厳寒の時期ならばともかくとして、もう初夏である。はっきりしない天気とはいえ、昼間は半袖でも十分な日が多くなった。仕事の終わりに、いっぱい焼酎でも引っかければ、そのまま黄泉の世界である。

3)今夜もそんな夜だった。早目に寝たから朝まで寝ているというわけではない。若い時は眠くて眠くて朝起きれない、なんてことは、私の場合はしょっちゅうだったが、今は違う。尿意をもよすのか、数時間も寝入ってしまえば、適当な時間に目がさめる。

4)家族は適当にソファーに寝そべっている私を放置して、自分の部屋に入ってしまうので、私はゴソゴソと起き出して、風呂に入ったり、水を飲んだり、深夜のニュース番組を見たりする。録画しておいた番組を観ることも多い。

5)今夜は「ラストエンペラー」を観た。別段に好きな映画でもなし、期待して録画していたわけでもない。暇つぶしになる時もあるかな、という程度である。2時間半の大作だから、ちょっと また眠くなるかな、とも思ったが、深夜の静かな一人だけのリビングは、この映画に没頭するにはちょうど良かった。

6)随分昔にも観た気がするが、酔い気も覚めて風呂上がりの私を、この映画はがっちり捕まえた。まず、最初は、その旧満州国の宮廷風景である。このまま史実なのかどうか、時代考証は確かなのかどうか定かではないが、とにかくその豪華絢爛なエキゾチシズムが凄い。日本の時代劇ならそれなりに違和感を感じて、おい、それは違うだろう、とイチャモンをつけるところだが、映画のまま、ひきづりこまれて行く。

7)特に今回私が惹かれたのは、宗教僧団の衣装であった。その禍々しい装飾物はともかくとして、あのマルーンカラーの長衣が、やたらと目に付いた。チベットとモンゴルは、宗教的には、施主と宗主のような関係にあったというから、チベット仏教との関連があったに違いない、推測した。

8)もっとも歴史オンチの私など、モンゴルと満州の違いなどもよくわかっていないので、まずはチンプンカンプンながら、素直に映画風景を追っかけた。映画そのものは現代モノで、まずは20世紀の出来事である。近代、現代の風景の中で、やはりあの宮廷シーンの連続は、おそらく誇張された部分があったにせよ、素直に驚いた。

9)私は、どこか意識の中で、あのマルーンカラーと禅的なモノを追いかけようとしていた。部分的にはそれらしき瞬間もあるはあったが、一瞬だった。このレベルの映画で、唐代の禅師たちをでも追いかけた映画はないであろうか。

10)ラストエンペラー、愛新覚羅溥儀は1906年に生まれ、1967年に亡くなったという事だから、実に現代の人である。その数奇な運命は、映画として記録されるに十分その価値がある。単なる時間経過だけではなく、何度も繰り返される過去の振り返りのシーンなどが挟まり、最後まで見させる。

11)かつてある時、オールドシャンタンが、満州のことを話し、このラストエンペラーの映画と愛新覚羅溥儀について語っていた事を思い出した。そういえば、彼の本名は陸郎だった。大陸に生まれて、その時代の空気をいくらかでも吸っている限り、この映画について、無関心でいろ、という方が無理だっただろう。

12)結論するに、映画はやっぱり面白いという事。それにしても私は知らないことがたくさんあるなぁ、ということ。そして、私は、どんな生き方をしてきて、これからどう生きて行くのだろうか、ということ。これで良かったのだろうか、という惑いと、これしかなかったのだ、という確信。この映画を見ていて、たどり着いた私の想いは、そこに集結した。

 

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