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2021/04/14

「把不住述懐」<37>OSHOアシュラム売却?

<36>からつづく

「把不住述懐」 
<37>OSHOアシュラム売却?   目次

1)ここ数日、「プーナOSHOアシュラム売却?」との断片的情報がうろうろしている。その元を確かめようとしているのだが、今のところ、まだ正確な情報に触れることができないでいる。

2)私自身は、この数十年、「やるべきリスト」というノートを作っており、数十項目をひとつひとつつぶして、今日までやってきた。大きなものはあと3つほど残っている。そのうちのひとつは「プーナ再訪」だ。すでに30年もプーナを訪れていない。最後の冥途の土産に、もういちどプーナを訪れ、サマディを巡礼しよう、というのが、最後に残されている課題のひとつだった。

3)なんだそんなことか、と言われればそれまでだが、残る3つどころか、これまで処理してきた課題だって、他人から見れば、どうでもいいようなことばかりなのだ。なにを今さら、と言われれば、まさにそのとおり。しかし、本人にとってみれば、日々の課題は小さいことの積み重ねだ。畑の草をとることだったり、パスワードを変更することだったり、誰かさんに電話一本いれることだったり、日常茶飯事は次から次と、課題を押し付けてくる。

4)さて、今回、プーナのアシュラムが無くなる、と想定した場合、私の大きな人生の目標だったプーナ再訪は、ついに立ち消えになってしまうかもしれない。そう思うと、ちょっとした喪失感に襲われる。

5)インドまでの旅路を考えると、決して楽しいことばかりではない。若い時ならいざ知らず、電車を乗り換え、飛行場を目指し、不安な空路からインドの飛行場に着陸し、それからさらにタクシーや電車で西インドを旅する行程を考えると、決して楽しいことばかりが目に浮かぶわけではない。

6)プーナにたどり着けば、おそらく楽しいことがたくさん待っているだろう。それまでの我慢だ、と思えば、多少の旅の疲れも吹き飛ぶだろう。だが、それも、プーナのアシュラムがあればこそだ。もし、そこが廃墟になっており、知人友人との再会もままならないとするならば、旅そのものが、苦痛なものに変わってしまうだろう。

7)かつて似たような経験をしたことがある。オレゴンのコミューンだ。あそこにたどり着くまでにも、たくさんの悲喜劇があった。だが、そこにおける楽しい体験はいまでも、我が人生の基礎となってくれている。数年の体験だったとしても、そこが閉鎖されてしまった、ということは、悲しいことだった。いつか誰かが再興するに違いない、との思いが今でもある。

8)今回プーナのアシュラムが仮に閉鎖されてしまうとすれば、それはそれは悲しい出来事になるに違いない。師を失い、友を失い、さらに思い出の地を失うということは、確かに苦痛である。

9)されど、角度を変えてみれば、Oshoはセレブレーションの中に消えていったし、友たちも、それぞれに覚悟の歓喜のなかに消えていった。とすれば、思い出の地もまた、不可視のパラダイスとして、永遠に存続するに違いない。

10)すでに地球上にはたくさんのOSHOたちが散在している。ゆるいネットワークでつながりつつある。そしてOSHOが遺した数々の偉業はすでに、地球上どの地においても、平等にシェアされるところまで成長してきているのだ。地球上のどこか一点のみに、何事かの聖地やメッカのようなものを想定する必要もなかろう。

11)晩年に、熊野参りができなくなった中世の伝説・名取老女が、この地に熊野三社を勧請したと語られているように、ひとりのサニヤシンとして、私は私なりに、この地に、OshoZenの拠点を作ろう。作るといえば、傲慢だが、おそらくそれは、誰かや、何かを通して、必ずや実態化するに違いない。

12)そのためには、まずは日々、一人のサニヤシンとして、今日一日をここで精いっぱい生ききることが、大切なこととなろう。このような人生になったことを、私は大いに喜び、感謝します。

つづく

 

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