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2021/04/24

草はひとりでに生える OSHO ナルタン翻訳

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草はひとりでに生える
OSHO (著), ナルタン(日家ふじ子) (翻訳) 2013/12/11 出版社 : OEJ Books 日本語 単行本 : 384ページ 初版 1978/08 ふみくら書房
No.4495★★★★★

1)ナルタンの訃報がこの2021/04/20に入った。正確な状況、日程はわからないが、そのSNSに書いた、私のコメントだけ、ここに抜き書きしておく。

2)いつか私たちが仙台で借りていた、サウナを改造した50坪ワンフロアの瞑想センターに来てくれました。

当時まだアラサーだったと思うけど、とっても落ち着いたお姉さんに見えました。3日間の泊まり込みのグループでした。あれからすでに40年。ありがとうございました。Love💏

インナーラビリンス.シリーズ続編を楽しみにしていました。出版社の関係で遅れているとか聞いたけど、もし原稿が残っているのなら、ぜひなんらかの方法で公開していただきたいです。
草生えてあなたは瞑(ねむ)る常世かな 把不住

ご冥福をお祈りいたします 🙏

3)まったく。あるように聞いたけど、どうなのかな?

4)逆に言うと、あの時しかナルタンに会ってないんだよね。ゲーハは覚えてた。確か男性の外人パートナーと一緒だった。名前は覚えてないけど。

5)ヨシローもいたと思うけどなー、あの頃ヨシローは結構忙しかったから、すれ違ったかな。たしかに最近は昔の記憶がまだらになってきてる(爆笑)。そろそろお互い回顧録でも残しておきますか。😉

6)そうそうニラーブだったと思う。けっこうサムライな感じだったな。
7)この辺になると、けっこうまだらで、ゲーハと私との記憶もズレてくる。しかし、私の記憶では、リバーシング系でもなければ、ビパサナ系でもない。だとすると、エンカウンター系となるよね。もちろんヘビーな感じではなく、ソフト・エンカウンター。決してナルタンの特性を生かした感じとはいいがたく、当時の実験的な、いくつかの要素を加味した、中間的なグループだった、と思います。
もちろん、ミーラのようなアート系でもなかったな。

8)どういう形でもいいから、ぜひ拝読したいですね。もちろん続刊というシリーズになればなおいいけど。

9)そういえば、ラジネーシという言い方を、ラジニーシに言い換えたのも、ナルタンだったね。

10)1975年8月にプラブッダによって手書きのニューズレター「存在の詩」がでてから
1977年4月にめるくまーるから単行本として出版されるまでは一貫して ラジネーシだった。1978年3月「究極の旅」もそうだった。しかし、1978年8月にふみくら書房「草はひとりで生える」から、ナルタン流ラジニーシが始まった。
もう3年間もラジネーシで慣れていたからね、ラジニーシという呼称が出た時には、のけぞった。ふみくらのブックデザインもいまいちだったので、ええ、古くせー、と思ったよ、最初は。
でもいつのまにか、ラジニーシに統一されたね。こちらの方が、発音に近かったのでしょう。
OSHOになってからは、もうどうでもいいことだけど(微笑)

11)ああ、そうですね、この件もあった。最初は暴走する(爆)プラブッダ訳を、ナルタン訳が牽制、修正するような役割だったかもw。
そういえば、めるくまーる社の和田禎男さんのことなら、「ルポ現代のスピリチュアリズム」という本にレポートがありましたね。

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