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2021/03/03

AXIS(アクシス) 捨てないためのデザイン

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AXIS(アクシス)2020年04月号(捨てないためのデザイン)
AXIS編集部 (著)  2020/2 出版社 : アクシス  雑誌 : 128ページ
No.4483★★★★★

0)Fujisanというサイトがあって、時たま見に行く。お気に入りのサイトである。ここは雑誌の類の最新号やバックナンバーの紹介をしており、たまに面白い雑誌との出会いがある。今回は、このAXISとの出会いがあった。最先端のイノベイテックでもなければ、人生百年時代のジジババ臭くもなく、私にはちょうどよかった。この「捨てないためのデザイン」というところに惚れた。

1)70年代に、南インドを旅した時、各駅停車のあまりのノンビリさに飽きちゃって、全く知らない駅で降りてしまったことがある。観光地でもなければ、地支部でもない。単に鉄道が通っているだけで、特段に産業もなさそうな地方の村だった。

2)村といっても、人は住んでおり、通りもあったし、店らしきものもあった。物売りのお店もあったのだろうが、私の目に飛び込んできたのは、お茶を飲ませたり、定食を出すような、じつに質素なお店だった。

3)食べ物とて持参していない旅人の私は、お腹が空いていた。メニューは、定食だけだった。定食といっても、いわゆるライスプレイトで、チャパティとかナンに、いく種類かのカレーが付いているものだった。

4)すでに旅慣れしていた私としては、別段驚くことはなかったが、初めての体験は、その食材は、バナナの皮に載ってきたことである。通りにはいくつもバナナの木が生えていた。あの木の葉っぱが、皿なのである。

5)私の田舎のお盆の時も、里芋の葉っぱに料理を出して、ご先祖様にお供えしたりしていたので、なるほど、元祖インドではバナナの皮か、と納得した。

6)しかし、驚いたのはここからだった。客は、といっても、その時は店の客は私だけだったが、たべおわると、その食器類、つまり葉っぱや残ったカスをそのママ、テーブルの下に落とせという。

7)すぐに納得はいかなかったが、やってみると、これがとても便利なシステムであることがわかった。先程から、道路に寝そべっていた牛が、やんわりと腰をあげ、こちらに近づいてきたのだ。そして、やおら、私の足元のバナナの葉っぱを食べてしまったのだ。

8)はぁー、そういうシステムなのか。これなら、汚れた食器を洗う手間も省けるのだ。そしてだな、それから連想できることは、つまり次の連鎖反応、牛は元いた場所に戻りながら、フンをする。乾燥した南インドだけに、においはほとんどしない。ましてやほとんどの元が植物性なので、割とモノとして安定している。

9)やがて、近くで遊んでいた村の子どもがやってきて、そのフンを両手で拾い上げ、近くの小屋の壁にポチョンとはりつけてしまった。その壁にはまるで勲章を飾っているように、何個ものフンが貼り付けてあるのだ。乾燥させて、燃料にするのだ。

10)以前、すでに乾燥しきったフンは、私のこの食事を作ってくれるために、暖炉で燃やされたのだろう。私には、この目の前で展開されたサイクルに実に理にかなったものに思えた。食事→後片付け→牛→フン→乾燥→燃料→料理→食事。見事な循環システムである。捨てないデザインだ。

11)思えば日本の半世紀前のシステムだって、実に捨てないデザインだった。牛馬を飼う→田畑の雑草を餌とする→牛馬が田畑を耕す→フンを堆肥にする→田畑が肥える。実に循環していた。捨てるものはほとんどなかったが、ほとんどが堆肥となって、循環利用された。

12)このサイクルに耕運機が入ってきた。耕運機を動かすにはガソリンが必要なので、外に買いに行く。肥料が不足するので、大量に外から買う。廃棄物は循環しないものが多くなり、堆肥にならないので、ごみ収集車に運んでいってもらう。

13)実際に労働する人々にとって、それがよかったかどうかはわからない。経済的に、生産的に、健康的に、環境的に、一元的には評価できないだろう。だが、すくなくとも、以前は、捨てないデザインが存在した。捨てたとしても、また畑に戻り、人間の体に戻ってきた。

14)最近、私の廃物アートを見て、ある人がこう言った。発砲スチロールで骸骨を作ってどうするのかね?


15)私は答えた。じゃぁ、発砲スチロールで、あなたなら何をつくりますか?

16)最初から骸骨を作りたかったわけではない。廃物として発砲スチロールがあったのだ。発砲スチロールの山を見ていて、その活用方法を考えていたら、結局、骸骨をつくることになってしまった、ということである。

17)五重塔にしても、そうだ。最初から五重塔ファンだったわけじゃない。桐の空き箱を捨てられないでいたら、何かつくれないかなぁ、と思いついて、出来上がったのが五重塔だったのだ。

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18)空飛ぶ円盤もそうだ。別段UFOマニアなわけじゃぁない。捨てられないのだ。捨てないデザインを考えているうちに、空飛ぶ円盤が出来上がってしまっていたのだ。

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19)ごみという言葉がなくなる日のために、なんて勇ぎのよい言葉ではかたづかないけれど、捨てないためのデザインがあっていい。

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