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2021/01/31

Words from a Man of No Words <4>

<3>からつづく

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Words from a Man of No Words<4>
Osho (著), 2015/12 Osho International Foundation (編さん) 出版社 : Osho Media International 
(英語) ペーパーバック  136ページ
No.4452 

1)OSHO最後のシリーズへの、何度目かの突入を試みている。とりあえず手元にありながら、これまで当ブログにメモしなかった6冊と、まだ手元になかった5冊を、チェックする。手元になかった5冊のうち、ちかぢか2冊は入手可能なようだ。のこり3冊も、コレクションとしてはほしいところだが、ネットでも十分内容を確認できそうなので、場合によっては、それで間に合わせよう。

2)で、その最後の禅シリーズも、決して全体を網羅して整理する、というほどの野心はない。とにかく全体を俯瞰したうえでえ、このWords from a Man of No Words のような簡潔なパラグラフ一冊に収まる程度にOSHOを理解できればそれでいいのではないか。

3)この本は、邦訳「瞑想録・静寂の言葉」によれば、1984/10/31~12/29の間に語られた講話からの抜粋によって構成されているという。決してプネー2の最終局面ではないのだ。オレゴンの最終期の始まりの場面での言葉なのであった。

4)ネットの読書投稿によれば、この邦訳は、賛否両論である。私はSNSでの邦訳の紹介を知り、邦訳を入手し、だが、やはり英文で読みたいな、と思って、今は英文で読んでいる。小さなパラグラフの集まりだから、読むのに苦労はしない。ひとつのパラグラフにわからない単語は1~2個あるが、前後からほぼ類推できるので、読解に困ったりはしない。

5)ネットの感想文の中に、翻訳者のマインドが見え隠れする、というような評価があった。ふむ、そうか・・・? と思った。実は、私も、英語力が達者であれば、英文で読み切りたい、というのが本音だ。最近までも、たくさんの邦訳がでているが、入手したあとも、結局は積読になってしまっているOSHO本がいくつもある。

6)絶版になる前にコレクションしておいて、読みたくなったら読もうという意図なので、これはこれで構わないのだが、今回の最後の禅シリーズは、英文で読もう、という意図が含まれている。

7)OSHO最後の禅シリーズの中に、中国唐代の禅師たちの姿を見出し、その中に「把不住」なる言葉の源泉をみつければ、それはそれで、達成ということになる。決して探求ではなく、愉しみの目安、メルクマールである。そこまでいけば、ひょっとするとなにか見えるのではないか、という淡い期待をもって、愉しんでいこうという趣旨である。

8)そして、最終的には、このWords from a Man of No Words のような小さな禅語的パラグラフに行き着ければいいなぁ、と思うのである。こんなに一冊になるほどでなくてもよい。ほんの数ページ、あるいは数語、あるいは一句あれば、それでいいのである。そのような、淡い旅路になるはずである。

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