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2020/12/24

保険屋こぼれ話 マイストーリー

どこかにあるはずだとは思っていたが、今朝古いパソコンをいじっていたら、偶然20年前の文章が出てきたので、ここにコピペしておく。今さらこれに加筆するとすれば、もっともっと長い文章になって、とりとめのない文章となろう。まずは今朝はここまで。2020・12・23

http://www.asahi-net.or.jp/~hr9s-ab/

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保険屋こぼれ話 

 

原稿を募集したが、集まりが悪いので、編集子みずからが書き下ろしの記事を書くことになった。といっても、ことさらとっておきのストーリーもないので、気分にまかせて、最近あったネタばなしをストックしていくことにしよう。

考えて見れば、どうして自分は保険屋になったのか、自分でもよくわからないところもあるのだが、先年、会社の研修で、その辺を顧客向けに書くトレーニングがあったので、その文章をアップ。

 

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マイストーリー  011004       

 

私は三人姉弟の末っ子でしたから、結構いたづら坊主で、

冒険もずいぶんしました。

そんな私が、なぜ、今、保険コンサルタントの仕事をするようになったか、

振り返ってみると、ふたつの大きな事件がきっかけになっているようです。

 

若い時の私は向こう見ずで、明日は明日の風が吹く、

という調子で、はたから見れば、相当危なっかしい生き方をしていました。

ヒッチハイクで日本一周したり、インドに渡って、仏教の修行をしたり…… 

ところが、アジアの旅から帰ってきて、勉強をやり直していた時、

病気になりました。

しかも、そうとう重い病気でした。

のどが腫れて、ご飯が食べれなくなったのです。

最初原因が分からなくて、あちこちの病院に行きましたが、

最後は、大きな総合病院に入院しました。

なかなか良くならず、結局、半年入院しました。

幸い、放射線治療と食事療法でなんとか、快復することができましたが、

大変な闘病生活を味わうこととなりました。

この時、初めて、生命保険のお世話になりました。と、言っても

その保険は、家族が入ってくれていた保険でした。

ちょうど一年前、家族が知り合いの勧めで入っていたのです。

ちょっと前までは、3日4日の徹夜でも、土方のアルバイトでもこなしていた

あんなに健康だった自分が、、

病気になるなんて、考えてみたこともありませんでした。

この時の体験が、保険とはありがたいものだなぁ、

と、つくづく思った最初の出来事です。

入院していた期間の治療費の他に、入院の身の回りの物を揃えたり、

家族の交通費などを払っても、まだ余裕があるくらいでした。

でも、完治してから、5年後に家族が私に話したところによると

当時、私は、余命半年と宣言されていたそうです。

今、こうして、元気に生きていられるのは、

あの時、医療費や、家族の生活の心配もなく、

安心して治療に専念できたからではないか、と思います。

つくづく、保険のありがたみを、肌身で感じたことでした。

 

二つ目の事件は、それからずっと後の事です。

結婚して、子供も二人できて、仕事に張り切っていました。

当時10人ほどの部下もいて、一生懸命働きましたので、マイホーム用の

土地も買うことができました。

そんな時、交通事故が起きました。知人の運転する車の助手席に乗っていた私は

車がガードレールにぶつかった拍子に、鞭打ち症になってしまったのです。

知人の脇見運転で、車も大した被害もなく、

ガードレールもほぼ無傷だというのに、

私だけ、鞭打ち症になって、今度は整形外科に入院することになって

しまいました。

そして、4ヶ月も入院することになったのです。

この時は、苦しみました。

首がとても痛かったのですが、それ以上に、仕事に影響がでて、

妻や子の生活のことを考えなくてはならないのが、つらい体験でした。

それでも、当時、幼稚園時だった子供が、休みの日にお見舞いにきてくれるのが、

うれしくて、さあ、早く直さなくては、と、一生懸命リハビリに励みました。

実はこの時も、保険で助けられました。

セールスマンに言われるままに

無頓着に入っていた保険ですが、入院費や車の修理費なども含め、

ほとんどが保険金の支払いでまかなわれ、本当に保険というものは

良くできているものだ、と、痛感いたしました。

この頃から、保険のことをもっと勉強しなくては、と、思うようになりました。

 

その後、仕事が軌道に乗って、おかげさまでマイホームも完成しました。

二人の子供も無事成長し、縁あって今こうして保険コンサルタントをしています。

私と同じ様な事故や病気の体験をされたお客さんも多く、

保険で助かった話を聞くと、この仕事をしていて良かったな、と思います。

今は、この仕事は私の天職だな、と思っています。

仕事柄、いろいろな方々にお会いしますが、保険について、無関心なだけでなく

むしろ、嫌いだと、言う人に、出会う時があります。

そんな時、私はシメシメと思います。なぜなら、こういう人にこそ、

保険のありがたさを伝えなくては、と

伝道者にも似た使命感が湧いてくるからです。

保険を通じて、どなたとも友人になれ、生涯を通じて、おつきあいできるという

この仕事を、私は愛し、誇りに思っています。

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