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2020/11/28

「街道をゆく」 18 越前の諸道  司馬 遼太郎 <3>

<2>からつづく

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「街道をゆく」 18 越前の諸道 <3>
司馬 遼太郎 (著) 2008/12  朝日新聞出版; 新装版 文庫 : 300ページ
★★★★★ 

1)この作家を読んでいて、おふざけながらも、当ブログを我が「ひとりぺでぃあ」などと口走ってしまったことが恥ずかしくなる。この方こそ「一人ペディア」の権化ではなかろうか。しかも物事を羅列するばかりではなく、洞察が鋭い。その洞察も深く、こちらの胸を打つ。

2)そもそもは道元ゆかりの永平寺、その永平寺から派生した宝慶寺(ほうきょうじ)についての記述があるとの記事を見てこの書を手に取ったのだが、そもそも宝慶寺に触れるということさえ、じつは慎重に、かつ尊崇の念をもってふれるべきだったのだ、とあらためて反省した。

3)この作家による道元観もまた鋭い。これほど鋭敏な視線を、これまで道元関係では感じることができなかった。道元からはじまる曹洞宗、などと漠としたイメージを持っていた自分が恥ずかしい。道元の系譜は宋からやってきた寂円の宝慶寺に継がれたが、決してそこで大輪に花咲いたわけではなかった。

4)また四祖になって瑩山禅師がでて、あらためて大衆化したわけだが、本当に道元の禅風がつながれたのかは疑わしい、と著者は見ている。なんともはや、鋭すぎて、凡夫たる我が身など、見る影もなし、ということになってしまう。

5)しかしだ。であればこそ、私はOshoのサニヤシンなのであり、私は決して深山幽谷で瞑想する仙人ではないのである。なにを尺度にするかといえば、もちろんOshoの尺度に従った優等生でないことは最初から分かっているが、また道元などにも庇護されたり、隠遁したりする必要はないのだ。凡夫は凡夫なりに、自らを道として、歩む、これこそが我がOshoから授かった我が指針であったはずである。

6)私は月二回の坐禅会に通っている。住まいからもっとも近い坐禅会を行っている曹洞宗のお寺であり、またそのサイクルが私の生活にヒットしている。日常にリズムをつけていただいており、大変感謝しております。今年の除夜の鐘はどうなるのかな、などと、例年の行事のことを考える季節になってきた。

7)そしてまた、最近不思議なことがいくつかあることにきずいている。私の生家はもとも曹洞宗だった寺院に墓石を預かっていただいているわけだが、そのお寺は戦後曹洞宗から離れてもっと純化した精神性を求めて単立寺院化したのだった。このことについては、納得が十分行っているとはいえないものの、既成事実として受け止めるしかなかった。

8)さらにまた、母方の先祖の墓も曹洞宗の寺院に預けられていたのだが、この寺院もまた曹洞宗から離脱したのである。こちらは諸説ふんぷんだが、精神性というよりは、経済性の視点から離脱した、とのうわさがある。正確にはわからないが、300年以上続いたその先祖の系譜も、いまや路傍に迷うようなことになってしまうのかもしれない。

9)あまり俗なことばかりを考える必要もないが、基本的に、精神性というものは移ろいやすいもので、そもそもが道元自体が、禅宗ともいわず、曹洞宗とも言わなかった限り、もし道元に私淑するのであれば、別に曹洞宗の寺院にこだわらなくてもいいわけで、それはそれで事実として受け止めるしかないだろう。

10)まもなく12月1日から、ブッダゆかりの成道会がはじまり、私は七日間の夕方坐禅会に参加できればな、と準備しているところであるが、これもまた曹洞宗の400年の歴史ある寺院である。立派な三重塔を構えた庭園つきの寺院で地域を代表する禅寺だが、これもまた、ひとりの精神性をもとめる求道者としては、けっして冥利名跡にこだわる必要がないことも理解している。

11)さらには、現在、例のWikipediaの話題の一角を占めているのが、中部地方の大学関係者だが、この大学もまた、気づいてみれば、駒沢や東北福祉とならぶ道元や曹洞宗ゆかりの大学なのであった。いよいよ、このようなエネルギーに囲まれ、その恩恵を十分に受け続けてきた身ではあるが、そこにこそ小さくても決定的な陥穽が隠されていることも、忘れてはいけない。

12)また、この本において、浄土真宗における清沢満之(きよざわまんし)が取り上げられていたのも、奇遇だった。この人物については、先刻、アビシェーカ氏が、この人物について批判すれば、どこかの大学の教授にはなれないとかなんとか書き込んでいたが、ははぁ、そういうことかない、と、うすうすといろいろなことがつながってきた。

13)私は自分の人生については真摯に真面目に生きようと思ってきた人間ではあるが、物事を理詰めで探求する研究者タイプでもなければ、自他ともに規律に沿った生き方を善とするような管理者タイプでもない。時には怠け、時には勇み足、好き勝手に徒党を組み、あるいは孤高を愛し、自分でもつかみどころのない奴だなぁ、とは思うが、これはこれで私は私の人生を生きていくしかないのである。そして、私は自分の人生を愛している。

14)あまりにも立派な人々の伝記の前で、委縮してしまうのも、なんだか変なので、私は私の道をいく、と見得を切るしかないであろう。わがマスターOshoいうところの、ゾルバ・ザ・ブッダから、大きく外れないところを歩きながら、一生を終えようとしているのである。

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07)違の巻」カテゴリの記事

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