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2020/11/07

「存在の詩」新装復刊 OSHO  星川 淳  <2>

<1>からつづく

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「存在の詩」新装復刊
<2>
OSHO (著), 
星川 淳 (翻訳)2020/7/3 めるくまーる; 復刊版 単行本(ソフトカバー)  664ページ

 私は今回、Wikipediaの編集というものにあたり、いくつかの奇妙な、そして妥当な事実に気が付いている。

①なぜに肉体としての「バクワン・シュリ・ラジニーシ」にこだわる人がいるのか?
②私(たち)はなぜに「OSHO」あるいは「Osho」にこだわるのか?
③ORM(と仮にしておこう)は、ファンクラブなのか、「精神運動」なのか?

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

①例えば2500年前のゴータマ・シッダルタは、何か倫理的に非難されるべき欠点なり、落ち度を持っていなかっただろうか。
 ・妻子を捨てて、城をでてしまったこと。
 ・せっかく修行しても、スジャータの乳粥を受けてしまったこと。
 ・城に帰っても、息子ラーフラに相続すべきものは、托鉢ひとつしかなかったこと。
 ・自ら相続すべきだった国を存亡の道に導いてしまったこと。

 これらは、おそらく当時の民衆からすれば、決して見逃せない、欠点になっていたのではないか。そしてそれが人間として、どうしても見逃せない欠点だったとしたら、なぜにそこから2500年もの間、彼の名前は、人びとの脳裏から離れず、なお尊敬されているのだろうか。

 例えば、菩提達磨の振る舞いはどうであっただろうか。時の信仰心豊かな王様に対し、失礼な態度をとらなかったであろうか。彼はどうしてそのような不可解な行いをしながら、なお1500年に渡って、尊敬されているのだろうか。

 彼らの行いや身体的な痕跡をいくらたどっても、おそらく、彼らの存在の意義を正確にはとらえきれないであろう。

②私(たち)は、身体としてのバグワン・シュリ・ラジニーシの痕跡を認めつつも、なお、違ったレベルで、その業績のなにごとかに敬服し、みずからその偉業を相続しようとしているのではないだろうか。1990年という、肉体的レベルの以前にこだわろうとする人々。そして、それ以降も続いている何事かを、しっかり見つめることができる人(々)。おそらく、1990年以降の動きにも着目し意義を見出そうとしている人(々)が、OSHOという、立証不可能な世界に飛び込もうとしているのではないだろうか。

③和尚ラジニーシ・ムーブメント(ORM)とは、これまた珍妙な位置にいることになる。これはバグワン・シュリ・ラジニーシでもなければ、OSHOでもない、端境期の呼称にすぎないのではないか。しかも、一部の第三者的立場をとる知識人たちの、暫定的なスティグマなのではないか。

 おそらく、一時的にアカデミズムを標榜する一部の人々に支持されることはあっても、永続的に使用されることはあるまい。あえて言うなら、それは2020年現在、和尚ラジニーシ・ムーブメントではなく、もはやOSHOムーブメントとさえいえるほど、変貌している。このあたりをしっかり宗教社会学的に捉えなければ、学問的な価値は一気に下がってしまうに違いない。

No_book
NO BOOK」
Osho 1989/03 The Rebel Publishing , Hard Cover
★★★★★

 

No

  いや、もはやムーブメントでさえない。OSHOには、スーフィーに倣って、OSHO NO BOOKがあるが、もはや、これはOSHO NO MOVEMENT とでも名付けるしかない、なにかがすでに起こってしまっているのではないだろうか。これはどこぞの宗教社会学者にでも依頼して、2020年現在の最新の調査してもらわなければならないのではないだろうか?

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11)違の巻」カテゴリの記事

コメント

先の文面を正しく理解しているか分からないが、和尚の矛盾多き講話を学問的に表現するのは難しく、講話本の流布で十分として、禅の以心伝心と同様に覚醒・気づき・無心といった意識に弟子達が到達して、其のバイブレーションを流布することに勤めることが大切なのでは?学問的に認められても覚醒・気づきが伴わなければ、既成の宗教と何ら変わらなず虚しいものだと思う。

投稿: sw anand jajaal | 2020/11/07 20:08

最新の調査をして欲しいですね。インドのモディ大統領はOSHOファンですし、インドの新聞には連載でOSHOの言葉が掲載されているらしいです。インド人がOSHOを見る目が180度変わってきたのだと思います。

投稿: Jaran | 2020/11/07 18:39

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