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2020年11月

2020/11/30

今日の気分はこの三冊<50>

<49>からつづく

 

今日の気分はこの三冊<50>

今日の気分はこの3冊 目次

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「ウィキペディアで何が起こっているのか」 変わり始めるソーシャルメディア信仰 
山本 まさき (著), 古田 雄介 (著) 2008/9  オーム社  

「21 Lessons」 21世紀の人類のための21の思考
ユヴァル・ノア・ハラリ (著), 柴田裕之 (翻訳) 2019/11 河出書房新社  

「瞑想録: 静寂の言葉」
OSHO (著), 中原 邦彦 (翻訳), 庄司 純 (翻訳) 2019/11  季節社 

<51>に続く
 

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2020/11/28

「街道をゆく」 18 越前の諸道  司馬 遼太郎 <3>

<2>からつづく

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「街道をゆく」 18 越前の諸道 <3>
司馬 遼太郎 (著) 2008/12  朝日新聞出版; 新装版 文庫 : 300ページ
★★★★★ 

1)この作家を読んでいて、おふざけながらも、当ブログを我が「ひとりぺでぃあ」などと口走ってしまったことが恥ずかしくなる。この方こそ「一人ペディア」の権化ではなかろうか。しかも物事を羅列するばかりではなく、洞察が鋭い。その洞察も深く、こちらの胸を打つ。

2)そもそもは道元ゆかりの永平寺、その永平寺から派生した宝慶寺(ほうきょうじ)についての記述があるとの記事を見てこの書を手に取ったのだが、そもそも宝慶寺に触れるということさえ、じつは慎重に、かつ尊崇の念をもってふれるべきだったのだ、とあらためて反省した。

3)この作家による道元観もまた鋭い。これほど鋭敏な視線を、これまで道元関係では感じることができなかった。道元からはじまる曹洞宗、などと漠としたイメージを持っていた自分が恥ずかしい。道元の系譜は宋からやってきた寂円の宝慶寺に継がれたが、決してそこで大輪に花咲いたわけではなかった。

4)また四祖になって瑩山禅師がでて、あらためて大衆化したわけだが、本当に道元の禅風がつながれたのかは疑わしい、と著者は見ている。なんともはや、鋭すぎて、凡夫たる我が身など、見る影もなし、ということになってしまう。

5)しかしだ。であればこそ、私はOshoのサニヤシンなのであり、私は決して深山幽谷で瞑想する仙人ではないのである。なにを尺度にするかといえば、もちろんOshoの尺度に従った優等生でないことは最初から分かっているが、また道元などにも庇護されたり、隠遁したりする必要はないのだ。凡夫は凡夫なりに、自らを道として、歩む、これこそが我がOshoから授かった我が指針であったはずである。

6)私は月二回の坐禅会に通っている。住まいからもっとも近い坐禅会を行っている曹洞宗のお寺であり、またそのサイクルが私の生活にヒットしている。日常にリズムをつけていただいており、大変感謝しております。今年の除夜の鐘はどうなるのかな、などと、例年の行事のことを考える季節になってきた。

7)そしてまた、最近不思議なことがいくつかあることにきずいている。私の生家はもとも曹洞宗だった寺院に墓石を預かっていただいているわけだが、そのお寺は戦後曹洞宗から離れてもっと純化した精神性を求めて単立寺院化したのだった。このことについては、納得が十分行っているとはいえないものの、既成事実として受け止めるしかなかった。

8)さらにまた、母方の先祖の墓も曹洞宗の寺院に預けられていたのだが、この寺院もまた曹洞宗から離脱したのである。こちらは諸説ふんぷんだが、精神性というよりは、経済性の視点から離脱した、とのうわさがある。正確にはわからないが、300年以上続いたその先祖の系譜も、いまや路傍に迷うようなことになってしまうのかもしれない。

9)あまり俗なことばかりを考える必要もないが、基本的に、精神性というものは移ろいやすいもので、そもそもが道元自体が、禅宗ともいわず、曹洞宗とも言わなかった限り、もし道元に私淑するのであれば、別に曹洞宗の寺院にこだわらなくてもいいわけで、それはそれで事実として受け止めるしかないだろう。

10)まもなく12月1日から、ブッダゆかりの成道会がはじまり、私は七日間の夕方坐禅会に参加できればな、と準備しているところであるが、これもまた曹洞宗の400年の歴史ある寺院である。立派な三重塔を構えた庭園つきの寺院で地域を代表する禅寺だが、これもまた、ひとりの精神性をもとめる求道者としては、けっして冥利名跡にこだわる必要がないことも理解している。

11)さらには、現在、例のWikipediaの話題の一角を占めているのが、中部地方の大学関係者だが、この大学もまた、気づいてみれば、駒沢や東北福祉とならぶ道元や曹洞宗ゆかりの大学なのであった。いよいよ、このようなエネルギーに囲まれ、その恩恵を十分に受け続けてきた身ではあるが、そこにこそ小さくても決定的な陥穽が隠されていることも、忘れてはいけない。

12)また、この本において、浄土真宗における清沢満之(きよざわまんし)が取り上げられていたのも、奇遇だった。この人物については、先刻、アビシェーカ氏が、この人物について批判すれば、どこかの大学の教授にはなれないとかなんとか書き込んでいたが、ははぁ、そういうことかない、と、うすうすといろいろなことがつながってきた。

13)私は自分の人生については真摯に真面目に生きようと思ってきた人間ではあるが、物事を理詰めで探求する研究者タイプでもなければ、自他ともに規律に沿った生き方を善とするような管理者タイプでもない。時には怠け、時には勇み足、好き勝手に徒党を組み、あるいは孤高を愛し、自分でもつかみどころのない奴だなぁ、とは思うが、これはこれで私は私の人生を生きていくしかないのである。そして、私は自分の人生を愛している。

14)あまりにも立派な人々の伝記の前で、委縮してしまうのも、なんだか変なので、私は私の道をいく、と見得を切るしかないであろう。わがマスターOshoいうところの、ゾルバ・ザ・ブッダから、大きく外れないところを歩きながら、一生を終えようとしているのである。

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2020/11/27

「サンガジャパン」 Vol.11「なぜ、いま瞑想なのか」

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「サンガジャパン」 Vol.11(2012Autumn)
アルボムッレ・スマナサーラ他 (著) 2012/09 出版社 : サンガ 単行本(ソフトカバー)
335ページ
No.4439★★★★★

1)ブログのポイントは微々たるものだが、ちょうど、この古雑誌を購入できるほどと釣り合ったので、一冊入手することにした。この号は、じつは、タブレットアプリの無料購読ですでに目を通しておいたものだが、いつの間にか読めなくなっていた。

2)この号のある数ページのことがずっと気になっていて、無料購読できるうちにプリントアウトしておくべきだったのだが、そのチャンスを失っていた。そうそう急いでやることもあるまい、とそう思っていた。

3)そして今回こうして手にして、ちょっとしまったな、と思った。狙いの記事はあったのだが、どうも私が期待したような内容ではなく、引用価値があまりなさそうなのだ。ああ、勘違い。ただ、雑誌全体としてはなにか目を引くことがあるかもしれないので、いずれざっと再読することにする。

4)今回思ったのだが、このサンガという雑誌は、私自身にとってはタイミングがあまりよくない。時期が時期なら、愛読雑誌の一つにでもなりそうなところなのだが、どうもジェネレーションが違う。それに拡散傾向にあり、読者の私は収束傾向にあるので、ちょっとうまくソリがあわないのだ。

5)それにしても、いまさらながらだが、「なぜ、いま瞑想なのか」というテーマは、実にタイミングを失っているタイトルだと思う。私自身にとっての「なぜ、いま瞑想なのか」は、1977年に発行された雑誌「メディテーション」であった。あの雑誌には感謝しているが、またもうあそこには帰れない、というあきらめというか、無駄足感がよみがえったりする。

6)つまり、私は、自分なりの瞑想をすでに掴んでいるのであり、その意義や、その方法論などは、もはや論議以外のことなのである。すでに自分がやりつつある方向が、私なのであり、もはや、そこからあちこち彷徨い出すことはあるまい、とさえ思っている。

7)されど、この人間界は、私のような老境にさしかかった人間ばかりが生きているわけではない。生まれ、成長し、悩み、彷徨し、ふたたび探求にでて、戻り、失敗し、顧み、試行錯誤の中で、人は日々とを生きていくのである。その中において、このような雑誌を今必要としている人はたくさんいていいのだ。

8)お目当ての記事については、次回以降触れることとして、今回は、まずこの雑誌の入り口を作っておくことにした。

 

つづく

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2020/11/26

「ウィキペディアで何が起こっているのか」 変わり始めるソーシャルメディア信仰 山本 まさき <5>

<4>からつづく

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「ウィキペディアで何が起こっているのか」
わり始めるソーシャルメディア信仰 <5> 
山本 まさき (著), 古田 雄介 (著) 2008/9 出版社 : オーム社 単行本(ソフトカバー)236ページ 
★★★★★


私は全面的にD123の感性に賛成です。:イエローハート:
エンライトのためには「何をしてもいい」とか、「Club-med」にしても、若い感性で反応していくべきです。知らないものは知らないのですから。
伊藤雅之氏は、実名であれだけの大ナタを振るってくれたのだから、私は心から感謝しています。大筋で、彼は、研究論文まで下がって削除しても構わない、と示され、すでに一週間程度経過しているので、おおよそ合意は成立していると考えます。また当時の3分の1程度まで削除して、もっと読みやすくしたらどうか、ともアドバイスをしています。
伊藤氏のガイドラインでは、ジャーナリストやライター、研究者とは言え専門外の分野についての記述は削除して構わない、と理解しています。
例えば足沢一成なる人物は、名前を数度記述されたうえでまだ残っていますが、いそいで削除しなくても構わないですが、削除されてもしかたない位置にあります。
もっともWikipediaは研究論文ではないので、肩くるしくなく、一般の読者でも楽しめる文章スタイルがのぞまれますので、時にはいかに研究論文とは言え、削除したり、加筆したりすることは可能であると考えます。
万が一、議論があれば、ノートや特別ノートなどで議論をすべきであろうと思います。そして、誰かが半保護や拡張半保護などの申請をしたいのであれば、それはそれで権利が守られています。
少なくとも私は、半保護でも、拡張半保護でも、編集する権利をすでに獲得しました。登録後14年のキャリアを持つ、間もなく1,000回(ふたつのアカウントを合わせて)にとどく編集履歴をもつ編集者として、責任ある行動を問われますが。
先日私は「Oshoスバガット瞑想センター」の記事を立て、即時削除を申請され、数週間後に削除されました。基本、私の記事が悪いのではなく、そもそも私が「カテゴリ」を付け加えるのを忘れたのが原因です。それで編集エラーにひっかかり、悪意を持った人が、IPアドレス登録アカウントで、一回だけ申し立てたのです。それに同調する2名ほどが、いい加減なことを付け加え、最終的に削除されました。
私はこの処置に不満はありません。この機会に、スバガットを、少なくともWikipediaに対応できるほどの分量と質でまとめることができたのですから。友人の数名のアドバイスを受けて、いずれ私は再度挑戦します。


追記
ちなみに現在この人物は、世界中のWikipediaで50以上の言語で記述されていますが、Oshoと表記されるのが主流です。一歩譲ってOshoRajneeshがコモンです。今時、Bhagwan Shree Rajineeshをメインの入り口にしているのは、日本語バージョンと、その他いくつかの少数派です。


面白の少なきWikiを面白く   把不住



<6>につづく






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2020/11/22

「瞑想録: 静寂の言葉」OSHO <2>

<1>よりつづく

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「瞑想録: 静寂の言葉」
OSHO , 中原 邦彦 (翻訳), 庄司 純 (翻訳) 2019/11 出版社: 季節社 単行本: 188ページ
★★★★★



私はあなたに、限りなく自己を尊重することのできる、分裂していない本物の個人になれと教えているのだ。OSHO p33




<3>につづく

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「街道をゆく」 18 越前の諸道  司馬 遼太郎 <2>

<1>からつづく

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「街道をゆく」 18 越前の諸道 <2>
司馬 遼太郎 (著) 2008/12  朝日新聞出版; 新装版 文庫 : 300ページ
★★★★★ 

 知人に遼太郎という名前を持っている人がいるので、いつか司馬遼太郎という人の本を読んでみたいと思っていた。思っていただけじゃなくて、こんなに有名は人のことだもの、少しは知っている、と、勝手ながら、自分では思い込んでいた。

 いやいや、ところがどうだ。私はこの作家、この人物については何も知ってはいなかった。調べようともしていなかったのだ。いや、今だって、何もわからない。だけど、今回、突然、なにかのチャンスがやってきた。

 この本、いきなり道元へ道筋がつく。しかも、その道元が、かなり身近で、肉感を身近に感じるほどの、肉迫さだ。私のわからなかった道元が、すでにずっと前にあった。

 どうして、こいうことを避けることができたのだろう。どうして縁がなかったのだろう。そして、そして、いま、どうして、こんな縁が巡って、きたのだろう。


<3>につづく

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2020/11/21

「花のあと」藤沢周平原作 <2>

<1>からつづく

 



「花のあと」
藤沢周平原作 映画 2009年 「花のあと」製作委員会
No.4438★★★★★

 テレビでやっていた。いつか見たいなと思っていた藤沢周平原作の映画だ。こういう映画が最近、一番好きだ。映画としてみた場合、あそこをこうやって、ここんとこをこうしてほしい、という希望がないわけじゃないが、でも、こうして何回も繰り返しみているのだから、他の番組をみているより、ずっといいのだろう。

 今回は、Wikipediaの解説をリンクしてみた。新しい楽しみが増えた。例のWikipediaの件も、まだまだ途中ではあるが、なにか不安定要素ながらも、新しい楽しみを見つけたような、不思議なワクワク感に襲われている。言ってみれば、失敗の連続なのではあるが、いやいや、うまくいって、まんまと、してやったり、という面もないわけじゃない。

 藤沢周平の世界へ、また逆戻りかな。Wikipediaで藤沢周平の項を見た。なだか理想の世界をみつけたように、ついつい英雄視してしまうが、いやいや、とんでもない藤沢周平には藤沢周平の人生があり、決して、そこに理想を投影してはならない。私には私の人生があるのであり、そして、フィクションにはフィクションの効用がある。

 孫四郎は当然かっこいいが、こうしてみると才助も素敵だな。そして、私は孫四郎にもならず、才助にもならないのがいいのだ。私には私の人生があるのだ。

ーーーーーーーー

追伸、この映画は、すでに5年前に見たのだった。忘れていた。たくさんの作品をランダムに見ているタイミングと、一作だけをじっくり見るタイミングでは、こんなに作品の印象がこんなに違うのか、と、ビックリした。じっくり見ることの大切さを、しみじみ感じた。2020/11/22

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2020/11/19

「21 Lessons」 21世紀の人類のための21の思考<3>

<2>よりつづく

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「21 Lessons」 21世紀の人類のための21の思考<3>
ユヴァル・ノア・ハラリ (著), 柴田裕之 (翻訳) 2019/11 出版社: 河出書房新社 単行本: 472ページ
★★★★★

 

 ようやく私の番になった。14年前の「ウェブ進化論」のように、この21章を、ひとつづつ解体してみようかな、という小さな誘惑にかられたが、今回はそれをする必要はあるまい。お目当ての21章を読めばいいのだし、加えて、そこにいたるプロセスを、適当に斜め読みすれば、それで足りるのである。

 そして21章とやらも、実は、すべてが重要なわけでもなく、ほんの数行に限られるのであり、しかももっとも重要なことは、その数行にさえ書いていないのである。やっぱり書けていない、ということを確認し、ここにメモしておけば、今回のこの本の読書は足りるのである。

 例のWikipediaの一件をここにメモしておくにも、実は骨が折れる。同じことを二度書き、三度書きしていれば、感動も薄まり、多少は虚偽も交じってしまう。決して虚偽をメモしようと思っているわけではないのだが、時間が経過すれば、それは虚偽にならざるを得ない。

 虚偽の内容について、虚偽の人々に囲まれて、虚偽の時間を過ごす。もうそろそろいいだろう。自分のタイムアラームが鳴り渡った。

 自分は知っているのだから、それでいいのだ。誰かに理解してもらおうなんて思わなくていい。分かってくれるならそれもいい。だが、あえて理解してもらう必要もないし、理解できない苦しみをこちらに投影されたとしても、私にはどうしようもない。縁なき衆生は度し難し。


  上弦の月に腰掛け茶を啜る    把不住

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2020/11/16

「街道をゆく」 18 越前の諸道  司馬 遼太郎 <1>

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「街道をゆく」 18 越前の諸道 <1>
司馬 遼太郎 (著) 2008/12  朝日新聞出版; 新装版 文庫 : 300ページ
No.4437★★★★★ 

 実はこの本、まだ読んでない。って、ことは当ブログではよくあることである。図書館にはリクエストしてあるので、いずれ読むことになる。その前に、SNSつながりで以前より気になっていたことがあるのだが、今回もその情報が流れてきたが、また忘れそうになるので、忘備録としてメモしておく。

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 この本に登場するだろう北陸路にあるお寺は、宝慶寺(ほうきょうじ)。福井県大野市にある曹洞宗の寺院。弘長元年(1261年)、道元を慕って宗より来日した寂円禅師(じゃくえんぜんし)によって、道元の寂滅後に開山された。曹洞宗における第二道場。永平寺の奥の院、とも言われる。寺宝の道元禅師(曹洞宗の開祖)肖像画は県指定文化財。

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先日、曹洞宗の高僧である田中眞海(しんかい)老師を、福井県大野市の宝慶寺(ほうきょうじ)にお訪ねし、お話をさせていただく貴重な機会を得た。
宝慶寺は、永平寺・奥の院と言われている古刹で、山深くに立地する純粋な修行道場としてある。
アポなしで突然ご訪問させていただいたのにも関わらず、しばらく禅堂で坐禅させていただき、侍者様のご配慮によって、書院に通され、老大師との面会となった。
禅の本質に関わるいくつかの問答があり、また親身なお教えを戴くことができたのは誠に幸いであった。 M氏のブログへK氏の書き込みMasaki Kadoya is with Anand Monju.August 5, 2018 

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K氏書き込みのつづき

侍者様は、村山木玄さんとおっしゃり、実は古いサニヤシンであった(スワミ・マジドー)。この方にも私は深い感銘を受けた。宝慶寺の後を継いで行くのはこの方に違いないと私は思った。

ーーーーーーーーーーーーーーー

ここに出て来る村山木玄ことスワミ・マジドーは、1978年当時、ソパンや私がプーナで一緒に遊んだ仲間で、いまもいるのなら、もう一度、連絡して、何かコメントもらうことも可能かもね。

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コレガオン・パークの空き地で、テントや蚊帳を貼って、暮らしていた時に、どこからかドラム缶を調達してきて、五右衛門風呂をつくったりした。体は小さいけど、エライ力のある奴だった。布団やの息子で、マスクをしながら、作業をしていて、激しい呼吸をすると、ダイナミックをしている時と同じような効果があったという(本人弁)。
その後、大きなガジュマルの木の上に、ツリーハウスを作って暮らしていたというが、その後はまったく不明だった。このモンジュのところの日記で、再会し、おお、そうなのか、と納得。もし彼が法衣を受け継いでいるとしたら、おもしろいけどね。

ーーーーーーーーーーーーーーー

<2>につづく

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「翁」鳥羽一郎 <3>

<2>からつづく

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「翁」  <3>
鳥羽一郎   発売 1994/08 日本クラウン 形式: CD  Single   
★★★★★ 

 


作詞:星野哲郎,作曲:北原じゅん

働く人が 大好きだから
働く者の 砦となって
我を投げすて 嵐を浴びる
無欲無限の その愛に
人は翁の 人は翁の 名を贈る


がまんの文字を 笑顔に隠し
よっしゃと腰を 上げるやいなや
粋な捌きも 電光石火
花の世直し 手だれ者
月も翁の 月も翁も 背に照る


そしりの中に 身を置くときも
言い訳無用 誠を通す
山に譬える 不動の決意
いつか解って くれりゃよい
それが翁の それが翁の 独り言 








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2020/11/14

「ウィキペディアで何が起こっているのか」 変わり始めるソーシャルメディア信仰 山本 まさき <4>

<3>からつづく

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「ウィキペディアで何が起こっているのか」
わり始めるソーシャルメディア信仰 <4> 
山本 まさき (著), 古田 雄介 (著) 2008/9 出版社 : オーム社 単行本(ソフトカバー)236ページ 
★★★★★

ここでは、ざっと3つの点でまとめておきたい。

①おきつつあるテーマはどうなった?
 これはなんとか、軌道に乗ったというべきであろう。もちろん、今後どのような展開になるかわからないが、まったく手がでない、お手上げだ、という状態ではない。むしろ方向性が見えてきた、というべきであろう。そしてさらに細分化すれば、さらに三つの点を挙げることができるであろう。
・技術的な集合性について。
 これはこれでなかなかいいのだが、やはり集合性のなかで陥りやすいものがあるので、私は目的がある一定程度達成されたら、ゆるく解体されるべきだ、と思う。
・歴史的認識について。
 これはこれ、まだ判明していないこともあるので、今回のようなことがきっかけとなって新しい事実と向き合うこともわるいものではない。されど、そこに拘泥してしまう必要はないのである。映画でも見るように楽しむ余裕が欲しい。
・本質的な部分へのフィードバック、立ち返るが必要となる。そして、それは明日や明後日ではなくて、この作業中のことなのだ、ということを忘れてはならない。

②個人的なブログと全体との関わり。
・長年やりつづけてきた「ひとりぺでぃあ」の転換期である。いままで自分がやってきたことが、いかにガラパゴス的であったのか、を痛感するとともに、であるからこそ、今こそ貴重である、という逆側面がある。ここんとこがおもしろい。
・技術的はことは、体験回数を多くすれば、習得するに、とくに問題はないだろう。今のところ300編集。あと200編集して、全部で500編集と体験するころには、それなりのものになろう。あとは少しの時間経過が必要だ。
・さらには、全体と自分、そして、そこにあるときに、さらに明確になってくるのが、一貫したテーマ性だ。そのテーマ性をより煮詰めた形で、技術も、人生も、よりコンデンスなものにしていかなければならない。

③そして・・・・・
・結局は①+②の煮詰まったところでの、よりシンプル化を図ることである。拡散したり、拡大したり、長大化ばかりすることは、良しとはできない。むしろコンパクト化、明確化、シンプル化、鮮明化をはかるべきである。
・負担となってはならない。喜びであるべきである。ひとつに拘泥しない。より新鮮で、より具体的で、より開かれた世界へいと、日々歩みを進める必要がある。
・そして、結論だが、・・・・・。

<5>につづく

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「東京オリンピック」1960年代 (ひとびとの精神史 第4巻) 大田俊寛

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「東京オリンピック」1960年代 (ひとびとの精神史 第4巻) 千石剛賢---日本的家族観に抗った「イエスの方舟」
大田俊寛 苅谷 剛彦 (編集, その他), 2015/10 岩波書店 単行本(ソフトカバー) : 352ページ
No.4436★★☆☆☆ 

 一人の研究者(ライター)を追っかけてこんなところまできてしまった。もう、わけわかんな~~い。なんのために、このライターを追いかけているのか、目的を失ってしまった。このライターは別段わるくもないし、まぁ、よくもない。ありていの標準的なライターなのではないだろうか。
 
 世の中に、このような本があるのだ、ということがわかれば、それでいいや。この本全体に、突っ込んでいくほど、現在の私には余裕はない。必要があれば、また戻ってきます。


 

 

 

 

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2020/11/13

「糖尿病」 高血糖・ヘモグロビンA1c・合併症 糖尿病治療の名医が教える最高の治し方大全 聞きたくても聞けなかった142問に専門医が本音で回答!小田原雅人他

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「糖尿病」 高血糖・ヘモグロビンA1c・合併症 糖尿病治療の名医が教える最高の治し方大全 聞きたくても聞けなかった142問に専門医が本音で回答!
小田原雅人 ほか5名 (著) 2020/8 文響社 単行本(ソフトカバー) – 2020/8/6単行本(ソフトカバー) : 208ページNo.4435★★☆☆☆ 

知人がやってきて、お前もこの本を読め、と言う。いいよ、オレは、この頃は本はあまり読んでないし・・・・。とボカす。オマエもこういう傾向があるから、あとから後悔しないように、今から改善しておけと、いう。それはそうだわな。あんたのいうことは間違っていない。だけどなぁ、こういう本、わたしゃ、苦手なんだよ。


 8才の時に親父が死んで、大きくなったら、マラソンの選手になって病気にならないようにするし、医者になっておとうさんの病気を治すような人になる、てなことを口走って、周囲は喜んだという。いや、私もすこしは記憶がある。されど、わたしゃ、医者になんてなんなくてよかったよ。(なりたくてもなれなかっただろうがw) とにかく、こういう医学用語が苦手なんだよ。と、逃げ回る日々。

 されど、こうして、中年期も過ぎ、老年期も前期から後期へと移行し始める人生の岐路において、たしかになぁ、最近、周囲では、なくなる友人知人が増加傾向にある。どうかすると、私の周囲の人々は列を成して順番待ちのような状態だ、そう、火葬場と葬儀への長い列である。

 葬儀は最近、極めて簡素になる傾向があるし、密葬というのか、周囲に知らせないであの世とやらへいく人々も増えている。知らぬが仏とはいうものの、いつかは私もあの世とやらへ、いくのである、とそういう噂やニュースを聞く度に、反省し、いえいえ猛省し、二度と過ちは犯すまい、と、一度は誓ってみるのだが、どうもどこからか心が緩み始め、最後は、いいじゃないか、親鸞いうところの、阿弥陀様にでもお願いして、救ってもらえばいいじゃないか、などと、こじつける。

 だけどなぁ、やっぱり、苦しんだり、傷んだり、悲しんだりはいやだな。予防できるものであれば、これは予防しなければな。知人の好意はありがたいのやら、迷惑なのやら、どっちなのか、分からない。だけど、気にかけてくれているうちが花かな。もう手遅れかもしれないよ。その時はその時でいいじゃないか。いつかは逝く道、もう惜しんだりばかりもしていられない。

 このコロナ禍において、なんとも身につまされる日々ではあるが、なんとかかんとか、楽しいことの糸口をみつけながら、なんとかかんとか、日々を送っていくのである。ここで一句。

 落ち葉さえ舞いつつ踊り赤青黄  把不住
 

 

 

 

 

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2020/11/11

「1990年代論」大澤 聡 (編集) 大田俊寛他

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「1990年代論」
大澤 聡 (編集) 大田俊寛他  2017/08  河出書房新社 単行本: 336ページ
No.4435★★☆☆☆ 

 大田俊寛追っかけの中で出会った本なので、本人のみ目を通し、他は割愛させていただきます。1974年生まれの大田氏はすでにわが世代の下の世代になるので、論点というか、争点はおそらく生みがたいと思われる。そして、この方が誠実に自分の人生を、自分の心情を吐露する場面では、私なんぞは、ただ拝聴するのみである。

 人生には、少年期、青年期、中年期、老年期、というものがあるとするならば、おそらく誰もが順繰りにその体験をするのであり、私はこれから老年期というものに入っていくのであろうし、彼はこれから中年期というものに入っていくのであろう。

 その時、彼は中年期として青年期を振り返り、私は私で老年期として中年期を振り返ろうとしている。その時代ギャップはあれ、ひとりひとりの人生のプロセスを真摯に見返る姿勢には、なんの違いもない。

 私はこの人から批判されるべきなのであろうか。私はこの人を論敵として選ばなければならないのだろうか。いや、それは難しい。論点はほとんどない。彼は彼の人生を生きるのであろうし、私は私の人生を生きるのである。

 この時、互いが踵を違えて、争うことなど一つもない。不思議な縁である。

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「宗教学」ブックガイドシリーズ―基本の30冊 大田 俊寛

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「宗教学」ブックガイドシリーズ―基本の30冊
大田 俊寛 (著) 2015/04 人文書院  単行本 : 234ページ
No.4434★★★★★

 例のWikipediaの中にこの学者さんの名前がなかったら、決してこの本には出合わなかったであろう。また、この学者さんも、このような形で引用されるなんて、思いもしなかっただろう。

 この方は、宗教学そのものを再構築する必要があるような口ぶりではあるが、はてさて、この本において、その業績が認められるのかどうか。門外漢の私が口をはさむべきでもないだろう。

 若いとはいうものすでに40代なかば、この年でせっかくの博士号をもちながら、非常勤講師という肩書では、ちょっとこのコロナ期においては、外の空気が冷たいかもな。

 少なくとも、この方が、なぜ、かのWikipediaに引用されたのかわからず。引用された箇所が見つからないし、一か所だけ、Oshoの名前がでてくるが(P231)、まるでおととい来いというような、それこそ三日後氏が馬脚を現したような、汚しかた。この人は、荒らしに活用されたな。本人の意思ではあるまい。引用者の猛省を求む。

 

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「ムー」 2020年 10 月号 仙台 巨大気球の正体

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「ムー」 2020年 10 月号 仙台 巨大気球の正体
2020/9出版社 : ワン・パブリッシング(日本語) 雑誌
No.4434★★★★★

 ムー繋がりでこちらもメモしておこう。本年6月12日、コロナ禍でざわつく、わが仙台上空に、妖しき輝く物体が天空高く飛来したのである。これは全国ニュースにもなり、いろいろな思惑も取りざたされたが、結局、解明はされていない。

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 一枚目の写真は朝5時44分、ゴミ出しに行った奥さんが、二階に駆けあがてきて、一体あれはなに? とつぶやく。眠い目をこすりながら、ベランダに出て見ると、なるほど西南西方向、仰角約15度あたりのところに、朝日に反射して、輝く光の点のようなものがみえる。いつになく晴天である。限りなく小さな物体だが、明らかに自然物ではない。 
 
 この後、早朝市民農園に行って、隣の畑のオジサンや小母さんに声をかけるも、誰も分からじ。隣の国から飛んできたミサイルじゃあるまいな、というジョーダンも、なんとなく、不安げに聞こえる。帰宅して、すぐにSNSに書き込むと、同じ市内のS氏が天体望遠鏡でみた、とイラストを書いてくれた。


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 なるほど、私も手元の双眼鏡を老眼鏡越しに見たが、これほどまで鮮明には見えない。少なくとも球体の下に何かがぶら下がっているのが、ぼんやり見える程度だ。気球かなとも思ったが、球体の部分は基本の球体であり、下部に引っ張られた風船のようには見えない。

 8時過ぎに天文台に電話するが、休館日とかで電話不通。気象台に電話すると、今こちらからも見えていて、他の電話も来てますがわかりません、とのこと。





 このような、電波会社のなにやら実験なのか? 自衛隊の飛行機も5~6台飛んでいく。そのうち、テレビも騒ぎだした。もっとくっきりした画像も流れてきた。





 おお、先刻、S氏が書いてくれたイラストとほぼ同等の形。気球の下に、太陽光パネルとプロペラのようなものが二つ両端についているようにも見える。そんなこんなしているうちに、これはどこぞの大学の理学部地球圏科学科の、気圏物質科学研究室の観測用気球なのではないか、という情報が飛び込んできた。ガーン、そっくりじゃん。あ~、これで決まりだ。とんだUFO騒ぎだったね、と一件落着しかけた。





 だが、しかし、・・・。これまた即座に、その九州地方の大学は返信した。研究室では現在気球を飛ばしておらず、また映像からみる限り大きさが全く違う。すくなくとも仙台上空の気球は同大学とは無縁である、としたのだ。あ~~~、これで振り出しに戻ってしまった。


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 とかなんとかやっているうちに、輝く丸い飛行物体は、仰角90度、つまり我が家の上空、まったく真上に来てしまったのである。やべ~~。こりゃ、なんだよ~~。とかなんとか、空ばっかり見上げているうちに、首は疲れ、腹は減ってくるし、どれ、昼飯をくうべか、と一休みしているうちに、東のそらには雲が浮かび始め、あの小さな物体は、いつのまにか雲間に隠れて、見えなくなってしまったのである。


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 う~~ん、なんとも残念やら、不思議やら。そんなこんなを、だれがどんな形で報道してくれたのやら。少なくともこの「ムー」の号は、その痕跡を残してくれている。だが、ムーでさえ、その正体は、不明としているのである。

 あれは、わが家を偵察にきたのではないだろうか。ひょっと、すると、バレてる・・・・・?w

 

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2020/11/10

「ムー」OSHO秘教グループを語る モンジュ訳

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月刊「ムー」 1983年09月号 No.34、10月号 No.35、 学習研究社
No.4432 ~ 3  ★★★★★

1)例のWikipediaの「寄稿」となって、この二冊だけが別格に表示されている。他の気になることがいっぱいあるので、こっちのことも気になってはいたが、後回しになっていた。そしたら、スタッフの誰かから、これはなんだろうね、ときた。そうそう、そうだよね。

2)おそらく検討はついていたのだが、年号を見て、ネットで確認して、まずは間違いがないと確信した。実は私はこの二冊を蔵書しているが、この二冊はネットで現在も安価で入手可能なようだ。便利な世の中だなぁ。

3)ここで「寄稿」となっているが、それは間違い。これは、わが盟友のモンジュ氏がこの当時、この雑誌にOSHO講話を翻訳して、特別読み物として綴じ込まれた号なのである。えー、何が書いてあるの~~~、と思う方も、急いでこの雑誌を買いに走ることはない。内容はすでにあなたの書棚に、たぶんあるだろう。

 



 




「未知への扉」 OSHO、秘教グループを語る 
Osho スワミ・アナンド・モンジュ訳 1992 瞑想社 めるくまーる 原書 I AM THE GATE 1975

4)Oshoの初期講話の一冊。1971年4月にボンベイで行なわれた。神秘家Oshoの真価が発揮されている。特に8話目が凄い。1980年代の初半、月刊「ムー」に、このような形で、Oshoの翻訳が、月刊誌に二か月に渡って連載された、ということは、おそらくこれが空前絶後の一回きりのことであっただろう。

5)そもそもが某寺院の出身の、僧侶とすらなるべき身分の氏ではあるが、敢えてその道を選ばず、OSHOをマスターとする人生を送った。翻訳家である彼の、得意とする分野は、エソテリック・シリーズ。敢えてここでは詳細を語るまい。「
黄金の華の秘密」、「一休道歌 」、「臨済録」、「空っぽの鏡・馬祖」、「ザ・サウンド・オブ・ランニング・ウォーター」などOSHO翻訳多数。

6)中国地方に住まいする氏は先年、こちら東北の地に足を運ぶチャンスがあり、一緒に3・11の震源地により近い金華山や、松島を仲間と一緒に遊んだ。


    Photo:Bhumika

7)氏は近年、体調を崩されていて、ちょっと心配だが、本来であれば、今回のような、Wikipediaの編集などの話題が登場すれば、もっとも最初に登場して先陣を切るべき存在。得難いキャラクターである。体調が許せば、どうぞ、今回のプロジェクトにも参加してもらいたい、と願っている。

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「『オウム真理教』追跡2200日 」 江川 紹子

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「『オウム真理教』追跡2200日 」
江川 紹子 (著)  1995/7 文藝春秋 ペーパーバック : 526ページ 
No.4431 ★☆☆☆☆

1)いまどき、この手のこのレベルの本を追跡しなければならない、というのはちょっと悲しい。そもそも当時でさえ、そしてそれから10年経過した時点での再検討のさいでさえ、あえてこの著者のこのレベルの図書は当ブログでは参照することがなかった。今回はやむを得ない理由で、身に降る火の粉ははらわにゃならぬ、と、ちょっと重い腰をあげようかな、というところである。

2)例のWikipediaにおける「バグワン・シュリ・ラジニーシ」の項は、はっきり言って、滅茶滅茶である。敢えて私が目を通す必要もなければ、放っておいて、特段に私個人にはほとんど影響はないのであるが、こちらも乗りかかった舟だ。いつかは終了する、短期的なプロジェクトとしてとらえて、キチンと対応しておく必要があるだろう。

3)今日の一針、明日の十針、というらしい。ちょっとしたほころびだが、大丈夫だぁ、と放っておけば、明日はびりっと破れて、大きな修理が必要になるかもしれない。オランダに限らず、防波堤のようなものは、ちょっとした穴をキチンと修繕しておかないと、そこから水がもれだし、ひいては大決壊につながることもあるらしい。くわばら、くわばら。

4)今回のきっかけは、例のページで、脇坂希なる人物が突然引用され、トンデモない証言をしていて、一部の編集者はなんの目論見なのか、そこに我田引水の引用をしようとしている。この名前の人物の著書というものはいまのところ発見できていない。ひょっとすると誤字かな、と思ったが、
脇坂希なる人物のWikipediaのページはあるが、どうも同一人物とはいいがたい。

5)いろいろ逡巡した結果、現在の当ブログの類推は、この脇坂希なる人物は、この江川女史の当時のドサクサ本の中に、おそらくインタビューを受ける形で、何ページか登場するのだろう。その文面を2020年のOshoのページに貼り付けようと試みている一部の編集者がいるようなのだ。まぁ、それが妥当性のあるものなら、それもよし。

6)だがしかし、どうも引用のしかたがおかしい。そもそも、どこかの本の一部から抜粋するにしても、その本の成り立ちをキチンと明記してこその立証可能性なのではないだろうか。ところが、すくなくともあのページでは一切説明されていない。おそらく、例えば、この女性の名前を冠した資料なら、その存在は浮足立って、ここで検証するための資料としては、ほとんど独自資料どころか、それ以下の、単に印象付けのこざかしい邪念にすら見えてくるにちがいない。

7)幸い、近場の公立図書館にはこの本が入っており、まずは個人的に資料を点検する必要を感じる。まずはそこから始める。そして、その次、脇坂希なる人物のWikipediaのページとはどうなっているのだろうか、こちらは映像作家ということになっているが、この二つの名前をダイレクトにつないでいるものはない。

8)Wikipediaにおいては、特に存命人物においては、本人が希望しない個人的な情報は採用しないようになっているが、それはそれとして、仮にも自分は闇の中に身を隠し、他人に対しては、むやみやたらに投石を繰り返すようなことはあってはならない。それでは中立性も、検証性もなにもない。それでは片手落ちである。キチンとこちらは対応してあげる必要があるのであろう。

9)というわけで、Aなる人物はBなる人物と、生命体としては同じ人物であり、そのような行動をとっている存在が、少なくともAの時点ではこのような発言をしていることが、第三者のインタビューによってのこされている。されど、現在のその存在においては、すでにAなる時点はすでに遠く過去のことであり、現在はBなる存在として、全うな人生を送っているのだとすれば、それはそれで、看過できないことではない。時には喜ばしいことである。

10)されど、仮にもWikipediaの中立的で検証可能性があり独自研究をさけようという編集者としては、ややあさましい引用の仕方である。そこんとこを、もうすこしこちらもキチンと「検証」していかないと、こちらの足場も悪くなる。別段にそのような発言があったことは否定できるものではあるまい。されど、その事を過大評価して、読者をミスリードすることがあってはなるまい。

つづく

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2020/11/09

「翁」 鳥羽一郎 <2>

<1>からつづく


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「翁」  <2>
鳥羽一郎   発売 1994/08 日本クラウン 形式: CD  Single   
★ 

 

作詞:星野哲郎,作曲:北原じゅん


働く人が 大好きだから
働く者の 砦となって
我を投げすて 嵐を浴びる
無欲無限の その愛に
人は翁の 人は翁の 名を贈る


がまんの文字を 笑顔に隠し
よっしゃと腰を 上げるやいなや
粋な捌きも 電光石火
花の世直し 手だれ者
月も翁の 月も翁も 背に照る


そしりの中に 身を置くときも
言い訳無用 誠を通す
山に譬える 不動の決意
いつか解って くれりゃよい
それが翁の それが翁の 独り言 

 

 

 

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<3>に続く

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2020/11/07

「AUTOMOBILE Quarterly Magazine」OSHOロールスロイス・ペインティング

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「AUTOMOBILE Quarterly Magazine」Volume XXIV, Number4, Fourth Quarter 1986 USA
No.4430 ★★★★★


 
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「存在の詩」新装復刊 OSHO  星川 淳  <2>

<1>からつづく

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「存在の詩」新装復刊
<2>
OSHO (著), 
星川 淳 (翻訳)2020/7/3 めるくまーる; 復刊版 単行本(ソフトカバー)  664ページ

 私は今回、Wikipediaの編集というものにあたり、いくつかの奇妙な、そして妥当な事実に気が付いている。

①なぜに肉体としての「バクワン・シュリ・ラジニーシ」にこだわる人がいるのか?
②私(たち)はなぜに「OSHO」あるいは「Osho」にこだわるのか?
③ORM(と仮にしておこう)は、ファンクラブなのか、「精神運動」なのか?

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

①例えば2500年前のゴータマ・シッダルタは、何か倫理的に非難されるべき欠点なり、落ち度を持っていなかっただろうか。
 ・妻子を捨てて、城をでてしまったこと。
 ・せっかく修行しても、スジャータの乳粥を受けてしまったこと。
 ・城に帰っても、息子ラーフラに相続すべきものは、托鉢ひとつしかなかったこと。
 ・自ら相続すべきだった国を存亡の道に導いてしまったこと。

 これらは、おそらく当時の民衆からすれば、決して見逃せない、欠点になっていたのではないか。そしてそれが人間として、どうしても見逃せない欠点だったとしたら、なぜにそこから2500年もの間、彼の名前は、人びとの脳裏から離れず、なお尊敬されているのだろうか。

 例えば、菩提達磨の振る舞いはどうであっただろうか。時の信仰心豊かな王様に対し、失礼な態度をとらなかったであろうか。彼はどうしてそのような不可解な行いをしながら、なお1500年に渡って、尊敬されているのだろうか。

 彼らの行いや身体的な痕跡をいくらたどっても、おそらく、彼らの存在の意義を正確にはとらえきれないであろう。

②私(たち)は、身体としてのバグワン・シュリ・ラジニーシの痕跡を認めつつも、なお、違ったレベルで、その業績のなにごとかに敬服し、みずからその偉業を相続しようとしているのではないだろうか。1990年という、肉体的レベルの以前にこだわろうとする人々。そして、それ以降も続いている何事かを、しっかり見つめることができる人(々)。おそらく、1990年以降の動きにも着目し意義を見出そうとしている人(々)が、OSHOという、立証不可能な世界に飛び込もうとしているのではないだろうか。

③和尚ラジニーシ・ムーブメント(ORM)とは、これまた珍妙な位置にいることになる。これはバグワン・シュリ・ラジニーシでもなければ、OSHOでもない、端境期の呼称にすぎないのではないか。しかも、一部の第三者的立場をとる知識人たちの、暫定的なスティグマなのではないか。

 おそらく、一時的にアカデミズムを標榜する一部の人々に支持されることはあっても、永続的に使用されることはあるまい。あえて言うなら、それは2020年現在、和尚ラジニーシ・ムーブメントではなく、もはやOSHOムーブメントとさえいえるほど、変貌している。このあたりをしっかり宗教社会学的に捉えなければ、学問的な価値は一気に下がってしまうに違いない。

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NO BOOK」
Osho 1989/03 The Rebel Publishing , Hard Cover
★★★★★

 

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  いや、もはやムーブメントでさえない。OSHOには、スーフィーに倣って、OSHO NO BOOKがあるが、もはや、これはOSHO NO MOVEMENT とでも名付けるしかない、なにかがすでに起こってしまっているのではないだろうか。これはどこぞの宗教社会学者にでも依頼して、2020年現在の最新の調査してもらわなければならないのではないだろうか?

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ロールスロイス原稿

in tha eye of beholder

the cnsecrated cars of the Bhagwan

a religious leader expouifing saceticism requires a fleet oh eighty-four Rolls-Royces for his prasonal use... outrageous. Each one oh the hundred-thousand dollar cars was given him by one or another of his
disciples .....amazing; singular that they should only be driven up and down a dusty street on a commune in the Oregon desert and that each day's Rolls-Roys was selected to coordinate with the riligious leader's robes......laughable. But that eighteen of the Rolls-Royces-the world's most prestigious car-had been painted in the same sort of freeform technicolor that some people use to illrstrate their vans? Extraordinary .


The bhagwan shree Rajneesh elicited a spate of unsymathetic opinion in his heyday a half-dozen years ago, when the and his followers laid siege over the town of Antelope, Oregon. The validity of the commune can be best judged by the denizens, and the veracity of its beliefs by the ages, yet there ambition

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「存在の詩」新装復刊  OSHO 星川 淳 プラブッダ

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「存在の詩」新装復刊<1>
OSHO (著),
星川 淳 (翻訳)2020/7/3 めるくまーる; 復刊版 単行本(ソフトカバー)  664ページ
No.4429 

 45年ぶりに(と一応書いておく) 「存在の詩」が新装復刊され、以前より予告はされていたことではあるが、表紙がOSHOの版画が飾っていたことに、とても好ましいものを感じた。

 というのも、そのシグネチャーシリーズの21枚から選ばれた一枚は、じつは、わが家の玄関をずっと明るくしてくれている一枚であったからでもある。

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 そして、8月8日にZOOMイベントがおこなわれた。私は時間があわずに、あとで動画でみたのだが、こちらもなかなか素敵な対談イベントであった。

 企画のOSHOユニティ関連であれば、またYoshiro氏が深く関わったイベントであったとも聞くし、司会者を引き受けてくださった吉田美穂さんは、現在沖縄在住だが、出身はこちら仙台らしい、ということも聞いて、なかなか、私個人的には、アットホームのあたたかい企画で、とてもうれしかった。

 プラブッダ氏は自分の来歴を語り、大体想定していた流れと一致していたので、ある意味、追認できた、ということでほっとした。こうして2020年において、このような形で復刊をみた、ということは、大変よろこばしいことに思えた。

 そして、この対談者の藤田一照さんという僧侶の方も、以前何冊か本をめくっていたので、あれま、今回はこの繋がりかい、と、ちょっとこれは面白いぞ、と身を乗り出した。

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「アップデートする仏教」 藤田 一照 山下 良道2013/09 幻冬舎 新書

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「〈仏教3.0〉を哲学する」
 藤田一照    永井 均 (著),    山下 良道 (著) 2016/09 春秋社

 その他、多数の書籍や出版物があり、注目の人だなぁ、と思っていたのだった。そして、「アップデートする仏教」の中に、次のような一説を見つけたのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 良道 わたしが言う青空と雲の話はプルシャとプラクリティという区別だとすっきりするんじゃないか、と「ヨーガ・スートラ」の専門家の伊藤雅之さんという方が言ってましたね、一法庵の接心に参加された時に。

 注 伊藤雅之・・・(1964~)愛知学院大学文学部准教授。ヨーガをはじめとするスピリチュアリティ文化の研究員。p223「第五章 アップデイトする仏教」

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 ほう、伊藤雅之氏は、現在は、「ヨーガ・スートラ」の専門家、なのか、と思った。いろいろな経緯があるし、仔細は不明なことがお互いいろいろあるが、そういう表現されることに、ご本人はどう感じていたかな、とチラッと思ったのである。

 そんなこんなで、私自身は、藤田一照さんのアップデイトする仏教を待っているわけでもなく、<仏教2.0>や<仏教3.0>に別段の期待をしていない、ということを再認したのであった。私自身はOSHOひとつで十分だな。あるいは、それしかない、とコテコテサニヤシンとしては、思うのであった。

 出版イベント対談で、藤田一照氏は、OSHOの本はだいたい所蔵しているかにとれる発言もしていたし、入り口としてOSHOの「般若心経」などにも興味を持たれているようだが、プラブッダは、どこから入ってもいいんじゃないですか、と発言していて、そうだな、と思った。

 そんなことを、今回のWikipediaの編集を通じて思ったことだった。今回プラブッダ氏には、あのWikipediaのページを見てどう思われますか、と私的に質問しておいた。各位、それぞれのこのパンデミックの時代を生きていらっしゃるのだな、とあらためて、感じたことだった。

追記
なお、「存在の詩」は、最初ニューズレターとして1975年にでたことを知っている人は多くいるので、私はあえて45年ぶりと表記しました。その第1号第2号は、すでに当ブログに画像として張り付けてあります。第3号以下5号まで、今後機会があったら、貼り付けておきます。

<2>につづく

 

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「特選街」 2020年 11 月号 スマートフォンの疑問をズバリ解決!LINEの便利ワザも大公開!

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「特選街」 2020年 11 月号 スマートフォンの疑問をズバリ解決!LINEの便利ワザも大公開!
2020/10/2 マキノ出版 雑誌 
No.4428★★☆☆☆ 

家族に言わせれば、私のスマホはもう時代遅れなのだという。何世代も前のものだと。いやいや、そんなことはないだろう。まだ5~6年も経ってない。当時の私としてはそうとう奮発して、最新の、しかも容量の大きいやつを注文したはずだ。これでいい、このまま、まだまだ使えるはずだ、と私は反発する。

されど確かに最近は、電源はすぐなくなるし、画像のタンクもいっぱいだ。新しいアプリなんてダウンロードできない。それに畑仕事に持っていったりするから結構泥とかついてる。いやいや畑仕事をやっていても、電話がくればすぐお仕事モードに変えることができるので、これはこれで必須アイテムなのだ。

されど、たしかに泥がついているし、表面のフィルムとは言え、割れ目が縦横に走っているスマホを、仮にスーツ姿とは言え、妙齢のお嬢様に差し出して、タッチ入力などしていただく際には、たしかになぁ、最近は、気が引けている。

ということで、私は私なりにスマホの代替えを考えるのである。だいたい変えたい機種は決まっている。そうそう環境を変えることは望ましくない。後継機種でいいだろう。だけど、本当に必要なのかなぁ・・・・、今のままでいいんじゃないか? と逡巡する。

とりあえず、毎度お世話になる「特選街」を購入してきた。読む気もないまま放っておいたので、もう一か月も開いてなかった。しぶしぶ開いてはみるのだが、初歩的記事はすでに、あたりまえでしょう、というレベルで、あれ、これ知らない、という記事は、おそらく使わない機能なのだ。だから、基本、こんな雑誌などで、あらためて知ることなど、ほとんどない。

されど、家族から見れば、やる気のない爺さんだ、と思われないようにするためには、こんな雑誌を購入してきて、ソファーの上にでもぶん投げておけば、まぁまぁ、爺様も、すこしはやる気になっているんかいな、という印象を醸し出すことはできる。

でもなんだか、めんどくせ~~、いまのままでいいんだけどなあ~~~

<2>につづく

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2020/11/06

「道元一日一言」 大谷哲夫

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「道元一日一言」 致知一日一言シリーズ
大谷哲夫・編 (著) 2020/4/30 致知出版社 新書 : 279ページ 
No.4427★★★★☆ 

 こちらもまた、もともと貧弱なこちらのポケットマネーを狙って、近づいてきた一冊である。道元、好きである。いいね、一日一言、それもあり。パラパラするに、なるほど、これは私が好きそうになる一冊である。お手頃である。好きな人である。面白そうだ。

 そして、左手をポケットにいれかけて、ふと考えた。いくつかの点が私の手の動きを止めた。まず、出版社が面白くない。詳しくはないが、かつてこの出版社の名前について、なにかの時に、誰かから関連印刷物をもらって、ふむふむ、そういう傾向性のあるところなのか、と私の足を止めたことがあるからである。

 それに加えて、じつは道元については、現在進行形のちょっと不思議なことがあるのである。私は道元がすきなので、道元に近寄ろうとするのだが、どうしたわけか、道元との距離は縮まらない。どうかすると、大きな割れ目ができかかっているようにさえ思う。

 禅=道元、とする紋切り型の見かたさえ、私なんぞは鵜呑みにしようとしているのにも関わらず、いや、それは違うのだ、というリアリティが、私を追い立てる。ここは端的に言えば、晩年を迎えた私は、決して逃げ込んではならない魔の領域なのである。それでごまかしてはならない。

 私にとっては、生涯かけて、ZEN=OSHOでなければならないのである。そういう、生き方を希望してきたし、それが一番私にはぴったりだった。ここで日和見などしていてはならない。私には私の道があるのであった。

 というわけで、私はこの本を、なにか汚いものでもつかんだように、すぐに書店の棚に押し戻し、踵を返して、帰宅の途についたのであった。

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「緊急提言 パンデミック: 寄稿とインタビュー」 ユヴァル・ノア・ハラリ <1>

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「緊急提言 パンデミック: 寄稿とインタビュー」 <1>
ユヴァル・ノア・ハラリ (著), 柴田裕之 (翻訳) 2020/10 河出書房新社 単行本 : 128ページ 
No.4426 

 久しぶりに街中にでて、大型書店の中を散歩した。あいかわらず特段に読みたい本などなくなってしまった私ではあるが、この本が目に飛び込んできて、立ち止まり目を通した。

 内容的には、今回のパンデミックが始まった際、何回かNHKの長時間インタビュー番組に登場した時の内容とほぼダブっているので、精読するほどのこともない。パラパラめくって立ち去ってきた。

 されど、この時代においての彼のかっこよさは、独自性、反逆性、時代性であろう。彼の思索を支えているのが、ゴエンカ流ビパサナである、と聞いてなお支持したくなる。

 おもえば、いま、私が絡みこまれているWikipediaの、中立性、立証可能性、独自研究の排除、とは一体なんであろうか。

 まず、「独自性」VS「独自研究の排除」とはどうしたものであろうか。これは「著者」VS「編集者」という立ち位置の違いに由来するだろう。著者は、さっそうと表面にでなくてはならない。編集者は、姿を隠し、身を潜めなければならない。これは仕方のないことだろう。

 「反逆性」VS中立性」とやらは、どうであろうか? これもまた、若く新鮮な若者は「反逆性」こそが持ち味なのであり、「反逆性」がなければ、世界的なベストセラーになどなりようがないだろう。それに引き換え「中立性」などとは、まだまだ自らの思索に自信のない若年の思索か、はたまた老人の一歩引いたところでの諦念とでもいうものではなかろうか。

 「時代性」VS「立証可能性」はどうであろうか? Wikipedia的「立証可能性」とは、誰かに依存し、しかも古い手垢のいっぱいついた資料が必要である、ということを意味している。それに引き換え、ここでの「時代性」とは未来性でもある。直観にすぐれ、人類未踏の、まだ試論、実験的、危険性を伴った先験的、洞察である。それを立証するのは、ずっと後から追いかけてくる臆病者たちのやることである。

 ユヴァル・ノア・ハラリ はWikipediaの編集者たりうるだろうか? 中立性、立証可能性、独自研究の排除、なんて自らの信条にしたりするだろうか。

 では、わがOshoはどうであろうか? 中立性、立証可能性、独自研究の排除、などという編集ラインになじむものであろうか? 

 今回のWikipediaのOsho記事における出来事も、この辺にその一因が隠されていて、こんぐらかった乱麻を断ち切る刀は、このあたりに隠されているように思う。

<2>につづく

 

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2020/11/05

「聖者たちのインド」島岩他 <3>

<2>よりつづく 

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「聖者たちのインド」<3>
島 岩 (編集), 坂田 貞二 (編集) 2000/10 出版社 : 春秋社 単行本 : 287ページ 
★☆☆☆☆

1)決して気はすすまないけれど、もう一度この本に目を通すことになった。つまりWikipediaにおいて、M氏は4月29日に、「バグワン・シュリ・ラジニーシ」のページを編集(改ざん)するにあたって、まずこの本から引用することから始める。二日目の4月30日には「現代社会とスピリチュアリティ」(伊藤ニルドッシュ雅之、2003)が引用される。いずれにせよ、今から10数年前発行、編集内容は、オウム事件の影響が色濃く残る前世紀末から始まる、「古書」の類のものだ。

2)もし、ここが、例えば中川パーバン吉晴2016年文献あたりから始まっているのなら、もっとまともな編集(改良)になっていただろう。

3)この手の本を読み通せないほどではないが、あちこちが気になって、信憑性を疑ってしまわざるを得ないことが多い。例えば、著者の足沢一成といういう人物のWikipedia的検証性から考えると、不明瞭な点が多すぎる。まず、名前を検索してみると足一成では出てこない。足一成なのである。

4)小さなこととも思えるが、これは署名記事なのである。自ら署名するのにまず略字から入るというのはどういうことだろう。また、読み方も、一般に「いっせい」と読ませているにもかかわず、自分が書いていると思われるWeb記事では「kazunari」と表記している。もし、Wikipedia上で編集バトルが起きた場合、この一点だけでも、大変な論点となるだろう。

5)一般には、そんなことはどうでもいいだろう、レベルなことではあるが、現在、Wikipedia上では、OSHOなのかOshoなのか、あるいはラジニーシなのか、などと、喧々囂々の議論が続いている。重要な引用先としては、その文献を疑うに、重要な確認事項にさえなりかねない。

6)本文についても、たくさんあるが、例えば次のような表現はどうだ。

・ラジニーシの死とコミューン
 九十年、ラジニーシは死んだ。教団は、アメリカ政府が拘留中のラジニーシの食べ物に効き目の遅い毒を盛ったせいであると述べているが、死体はその日のうちに荼毘に付されており、その真偽は不明である。(足沢(澤)一成)p93

 さぁ、どうだろうか。教団、という表現もいただけないが、食べ物に効き目の遅い毒を盛ったせい とは、私自身は初めて聞いた内容だ。椅子の下にでも、放射性物質を置いたのではないか、 とは聞いたことがあるが、もし新事実の発見なら、そう併記すべきであろう。

 その日のうちに荼毘に付 されたからと言って、そのことに、司法解剖を受けなかったのは、その証拠を隠滅させるためだった、というようなニュアンスが込められているとするならば、これは、中立的、かつ検証性の高い文献とはいいがたい 。まさに独自研究の最たるものだろう。

7)そもそも、この記事自体が4冊の「参考文献」から成り立っているかのような表現がされているが、この出典だけでは、この30ページにわたる文章は作成できないだろう。ましてやプネー大学に在学したことがあり、おそらくOshoリゾートを数回程度訪問したことがあるかもしれない「インド古典文学理論専攻」のPh.Dが、権威を持ってレポートしうる内容であるだろうか。このような文献が、基礎となって、あのWikipediaの記事は成り立っているのである。

8)ここまでくれば、決して足沢(澤)だけが誤認したわけじゃなく、引用したM氏だけが誤用したわけじゃなく、Wikipediaそのものの成立基盤さえ、疑わしい、ということになりかねない。まぁ、はっきり言って、もうどうでもいいことなのだ。普通なら、ここで手を引いて、自分の好きな趣味の世界にでも遊んでいたくなる。

9)しかしまぁ、ここまで乗りかかった舟だ。もうすこし呉越同舟することとする。

つづく

 

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「ウィキペディアで何が起こっているのか」 変わり始めるソーシャルメディア信仰 山本 まさき <3>

<2>からつづく

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「ウィキペディアで何が起こっているのか」
変わり始めるソーシャルメディア信仰 <3> 
山本 まさき (著), 古田 雄介 (著) 2008/9 出版社 : オーム社 単行本(ソフトカバー)236ページ 
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(1)今回のできごとで、私にとってWikipediaは重要なファクターなのだ、とあらためて気がついた。私が最初にWikipediaに登録したのは、2006/08/16であった。当時わたしは日本SNSの走りであるmixiに参加し、友人たちの多くが楽天ブログを書き始めていることを知り、登録したのが、2005/08.。だが、特段に書くこともなく、翌年新聞で「ウェブ進化論」という本が流行っていることを知って、その感想文を書くために、2006/3/14から書き始めたのだった。https://plaza.rakuten.co.jp/bhavesh/diary/200603140000/

(2)この本の中におそらくWikipediaのことも書いてあったのだろう、一通り「ウェブ進化論」を読み終えた後、Wikipediaのアカウントを登録した。そして、一部巡覧したが、いまいちとっかかることができないまま、そのままになってしまったのだと思う。

(3)一方、当時は、各図書館の開放がすすみ、これが私を刺激した。地域の公立図書館ばかりではなく、10以上を超える地域の大学や高専の図書館のカードを作って、あちこち散歩することが趣味となった。それぞれの図書館に個性があり、これが大変面白かった。そして、だんだんとネット化が進み、どの図書館にどの文献がある、ということが即時にわかるようになった。

(4)しかし、それでもなかなか入手困難な本も多数あった。その場合は、国会図書館のリストをネットで検索し、あれば、地域の公立図書館に依頼して取り寄せてもらうことができるようになったのである。これには驚いた。自宅に持ち帰ることはできなかったが、地域の図書館に出向けば、その本を二週間独占することができるのである。洋書や古書や地域の郷土史なども、ほとんど見ることができるようになった。

(5)新刊の場合は書店で立ち読みすればいいのだし、長期に読みたい場合は、図書館に購入依頼すれば、全部の全部ではないし、すぐにでもないけれども、購入してくれるのだった。あるいは、ネットでも、中身閲覧とかPDFなども発達して、情報で取れないものはほとんどない、というのも過言ではないような状況になった。

(6)私はポケットマネーもあまり持たせられていないので(;^_^A、簡単には本を買う事はできなかったし、そもそもが家の中が本だらけになっていて、もう持ち本は、これ以上増やしたくなかった。それに、せっかく買ったとしても、一冊まるまんま重要なのではなくて、ある一部の情報だけが必要だ、ということが多いことに気づいた。

(7)そこで私は、本の情報をブログにメモし、そして自分が付箋をつけて、ここは重要というところを抜き書きして、ブログを日々自分の手帖のように使い始めた。これが私の読書ブログの始まりである。あれから現在までおおよそ15年間に約4500冊についてメモしてきたことになる。いずれこれは5043冊に到達したら、終了する予定である。その根拠は、つまり仏典の一切経と言われるものは、一説に5043冊?である、と、どこかで聞いた気がするから、ただ、単にそれにあやかっているだけであるが・・・。

(8)いずれにせよ、私は、この15年ほど続いてきた読書ブログ=「ひとりぺでぃあ」には飽きているのである。やめたい。なにかやめる、きっかけはないか。そんな状態がこの数年続いてきた。目も悪くなった。読みたい本もほとんど読んだ。もちろんまだまだ読めてない良書もたくあんある。繰り返し読みたい古書もある。だが、もう読書ブログはあきたのだ。

(9)そんな折に、今回のOshoページの問題が持ち上がった。私はふたたびWikipediaに、今度は本格的に向きあうチャンスが来たことになる。これまでの「ひとりぺでぃあ」をWikipediaに溶け込こませていくチャンスが訪れたのである。まるでアカシック・レコードに記憶させるかのように。

(10)で、最後にちょとしたエピソードを書いておく、私は抜き書きした本のページ数を、ずっとわが読書ブログに明記しつづけてきた。これが実は今回のWikipedia参入におおいに役立っているのだが、じつは、なぜにこのページ数を書くようになったか、ということには、じつは理由がある。

(11)いつかSNSに、つまりmixiだったと思うが、私は「ウッドストック・コンサート」の映画をみていてOshoが「Oh! my People!」とつぶやいた、そうだ、と書いた。そこに突っ込みをいれてきたsetuが、「その出典をおしえて!」と質問してきた。ああいいよ、と、たしかどこかに書いてあったはずだ、と探し始めた。あの本だったか、あのニューズレターだったか、ダイヤリーだったか、探し探しつづけた。結局なかった。いまだに探し続けているが、ない。おそらく、これは私の幻聴であったのだろう_| ̄|○

(12)で、結局私は、どんなことを書いてあったか本の名前ばかりではなく、ページ数を書いておくことも大変重要で、あとから探す時にはとても便利なのだ、と気づいた。それから、引用する時は、キチンとページを明示することにした。探さないまでも、相手に話すときなどには、おそらく説得力がたかまるはずである。

(13)私は今回、ふたたびWikipediaに参入して以来、すでに三週間で約400回以上の編集をおこなったらしい。それがどういう内容だったのかはともかくとして、500回以上編集すると、なにやら特権が与えられるらしいが、特権はともかくとして、まずはもうすこしなじんで、このWikipediaとやらと、取り組んでみたい、と思っている最近である。

<4>につづく

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