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2020/10/08

「道元」京都・宗祖の旅 百瀬明治<3>

<2>からつづく
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「道元」京都・宗祖の旅 <3>
百瀬 明治 (著) 1990/12 出版社: 淡交社 ハードカバー: 149ページ
  

 この宗祖・京都の旅シリーズもなかなか興味深いものであった。終わってみれば、やはり一番身近に感じるのは道元であり、鎌倉仏教なら、道元、と決定してしまってもいいだろう。

 だが、このシリーズを読んで思ったことは、どの本も中立的で俯瞰的に書いてあるからなのかもしれないが、どの宗祖と言われる人々も、人生で数度の法難に遭遇しているということである。そもそもが改革者たちであるので、法難は不可避なのであろうが、それにしても、極めて興味深く読んだ。

 そして、ほとんどの宗祖は、時の権力との交渉がある、ということに関心が引かれた。国家によってオーソライズされればこそ、宗祖として歴史に名を刻んだ、ということも言えるであろう。

 道元も、一度は権力に対する接近を試みるが、北陸の山深く、思索の世界に入っていった。であるからこそ、激しい修行が行えたのであろうし、また、身体的に短命であったのかもしれない。それぞれである。

 さて、私の近辺で最近目立ったことを記しておけば、私は同姓の両親から生まれているが、両親の生家の菩提寺も曹洞宗系統である。ただ父方は、戦後の戦争責任反省の中で、宗派を離団し、単立寺院となっていた。そもそもが曹洞宗の流れなのだから使っているのは道元ゆかりの経典が多かったのだが、単立寺院というのは、この近辺ではそれほど多くない。

 ところが、ごく最近、母方の菩提寺が、やはり曹洞宗から離団の動きを見せている。門前に告知を出し、宗派を離れるはほぼ決定という段階である。私個人は、特段に檀信徒でもないので、発言権はないが、とても興味深く感じている。この動きが完了すれば、私は数百年と、先祖を守っていただいてきた二つの菩提寺が、単立化して、いわゆる曹洞宗から遮断されるのである。

 今回の母方の離団騒動は、はっきり言って、女性僧侶のわがままで、法的に可能であったとしても、地域の檀信徒には納得のいかない動きである。顛末はどうなるのか、目が離せないところであるが、しかし、私自身が、道元への距離と縮める中、そこから離団していくというのも、なんの故なのか、と興味深いものがある。

 宗祖・京都の旅シリーズ関連リスト 工事中

最澄 766/767年 ~ 822

空海 774年~835年 〈宝亀5年〉- 4月22日〈承和2年3月21日〉

法然 1133年~ 1212年 長承2年(1133年) - 建暦2年(1212年)

栄西 永治元年4月20日(1141年5月27日) - 建保3年7月5日(1215年8月1日)

親鸞 1173年 承安3年4月1日 - 1207年 弘長2年11月28日

道元 正治2年1月2日(1200年1月19日) - 建長5年8月28日(1253年9月22日)

日蓮 承久4年(1222年)2月16日 - 弘安5年(1282年)10月13日





 

 

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