2020年7月
2020/07/25
2020/07/17
「栄西」臨済宗 京都・宗祖の旅 高野 澄
「栄西」臨済宗 京都・宗祖の旅
高野 澄 (著) 2014/03) 単行本 – 2014/03 5出版社: 淡交社 単行本: 211ページ
縁がないもののと、これまでは栄西についてはノーマークだった。もひとつ訴求力が弱い。なんだかうすぼんやりしている。禅宗にしては、ちょっとオーソドックスでクラシックで、保守的だ。そんなイメージがずっとあった。
されど、この書をめくって気づいたのは、栄西がなければ道元はなかったということだ。それは、法然がなければ親鸞がいなかった、ということとほぼ同じ意味になる。
そうとなると、最澄は、空海は、あるいは日蓮は、このシリーズではどう語られているのだろう、ということだ。つまりは、この鎌倉の宗祖たちの全体的な流れ、補完関係、反目関係、その背景などを、包括して理解していく必要があるのだろうな、ということ。
ただ、そもそもの出発がZENであり、現代の瞑想としてZENを理解するだけなら、枝葉末節に引っかかってしまうのは、困りものだ。ZENを理解するために他力本願の親鸞を訪ねる旅にでている現在の当ブログではあるが、余裕があれば、そちらの脇道も楽しかろうが、無理してまで、足を伸ばす必要もない、と感じる。
されど、法然。なるほどね。人生そのものはそれぞれにユニークだ。まったく別々の道である。だがしかし、この京都・宗祖の旅というコンパクトなシリーズで、同列に比較してみるのも、なかなか面白い企画だと思う。ここまでくれば、この位の感覚で、それぞれの宗祖たちのイメージは必要となるのだろう。
そしてまた、またまた苦手な分野に突入ということになるが、政治や国家の在り方、武家社会の進捗などにも、一本筋の通った理解が必要になるのだなぁ、と思う。
ここから、わが仙台・伊達政宗まで、当ブログはつなげていけるだろうか。
2020/07/12
地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版<79>「邏の巻」について
<79>把不住述懐「邏の巻」について
1)書かれたのは、2020/04/12から2020/07/12の間。すっかりcovid-19新型コロナ・ウィルスのパンデミックのただ中を漂流しているようなタイミングだった。
2)辷の巻は、一点に滑り込み、邏の巻では、四方八方十方をめぐった。まさに五重塔の基壇のようだ。Stay Homeの間、ついに五重塔20分の1模型の製作が始まった。
3)次なるカテゴリは、違の巻、とする。間違いさがし、だって相当に留意力が必要だ。違いが分かる男のコーヒー、なんてCMがむかしあったように思う。
4)再読したいこのカテゴリこの3冊
「21 Lessons」21世紀の人類のための21の思考
ユヴァル・ノア・ハラリ (著), 柴田裕之 (翻訳) 2019/11 河出書房新社
「 法隆寺 」日本人はどのように建造物をつくってきたか
西岡常一 宮上茂隆 (著), 穂積和夫 (イラスト) 2010/02 草思社
It's All About Change: The Greatest Challenge to Create a Golden Future for Humanity
Osho(著),
2020/07/10
再読したいこのカテゴリこの3冊「邏の巻」編
<前>からつづく
再読したいこのカテゴリこの3冊
「邏の巻」編

「21 Lessons」 21世紀の人類のための21の思考
ユヴァル・ノア・ハラリ (著), 柴田裕之 (翻訳) 2019/11 出版社: 河出書房新社
★★★★★
「 法隆寺 」日本人はどのように建造物をつくってきたか
西岡常一 宮上茂隆 (著), 穂積和夫 (イラスト) 2010/02 草思社
It's All About Change: The Greatest Challenge to Create a Golden Future for Humanity
Osho(著),
「古寺巡礼」 奈良1 法隆寺 大野玄妙他
「古寺巡礼」 奈良1 法隆寺
大野 玄妙 (著), 立松 和平 (著) 2010/05 出版社: 淡交社 単行本: 142ページ
この本もまた、興味あるテーマを画像豊富にコンパクトにまとめている、という意味では、当ブログ好みの一冊である。そして、その中にあって、特筆すべきは、一点。法隆寺といえば、聖徳太子像や釈迦三尊像などが頭に浮かぶが、この法隆寺にもちゃんと(笑)薬師如来像があることを明記してくれているところである。
当ブログは、法隆寺由来の五重塔模型と薬師如来像のコンビネーションを基礎として進行中である。
「五重塔入門」 藤森照信他
「五重塔入門」 (とんぼの本)
2012/01 出版社: 新潮社 単行本: 125ページ
コンパクトで画像が多い、いわゆる当ブログお好みの一冊。ただ、難点は法隆寺五重塔に特化していないところ。そうはいうものの、「五重塔ができるまで」の手順は大いに参考になる。なかなかこういうプロセスを写真で紹介しているものは少ない。
「法然」京都・宗祖の旅 左方 郁子 左方 郁子 (著)
「法然」京都・宗祖の旅
1990/10 出版社: 淡交社 単行本: 141ページ
この京都・宗祖の旅シリーズはコンパクトでしかも身びいきにならず、客観的にに突き放して書いてあるところもなかなか好感が持てる。ここまで、「道元」、「親鸞」と読んできたわけだが、そもそもZENとなれば道元でしょう、という早とちりの中、それに対峙するところの親鸞も、う~ん、これでいいのかなぁ、というため息が出て来る。
そして、この法然を読んだところで、なるほど、法然がいなければ親鸞はいなかったのだ、という遅まきながらの気づきで、一時はレインボー評価を心の中では一度はしたものの、結局全体としての小冊子としてのダイジェスト性ゆえに、★5の評価にとどまった。
法然を理解するには、平家が滅亡し、武家社会が活躍し始まるという時代背景をしっかりとらえなくてはならないし、また、全体評価として親鸞より下回っていそうだ、ということを納得するには、当時の法然の自己アピールにこだわらない、真摯な人生姿勢に目を配らなければならない。
逆に言えば、親鸞は、長生きし、かつ雑多な資料やエピソードを多く残したがゆえに親鸞ファンを多く作ったようにも見え、浄土教における浄土宗そしてそこから浄土真宗という新品種を生み出したかのようでもある。
いずれにせよ、法然もまた、決して俗に媚びず、宗派などといわず、仏道の大道に帰依しようとしたのであり、また、時代背景的に、身の回りにいる庶民の生活がどうしても目が離れなかったのであろう。そこが眼目であった。西方浄土、専修念仏による極楽往生こそが、仏道の救いなのだ、と覚ったわけだ。
この他力本願に対して、道元などの禪が武士に受け入れられたのも、その時代や大衆性、支持者によって大いに脈動してきたのだ、ということも分かった。
はてさて、今は21世紀。AIとパンデミックが激しく対立し、グローバル社会と環境問題が大きくクローズアップされる現代である。私たち現代人は、道元でよし、と早合点するわけにもいかず、さりとて、親鸞、法然に逆戻りするわけにもいかない。修正や翻案だけでごまかすワケにもいかず、私たちには私たちなりのスピリチュアリティが求められるのである。
さて、このシリーズ、他にも何人かのいわゆる宗祖と仰がれる宗教人が取り上げられている。最澄、空海にいたっては、それなりの予備知識はあるが、このシリーズのなかで、日蓮はどう語られているのだろう。あるいは、そうそう禅宗といえば、栄西だって、もうすこし把握しておかなければならないのでは、と思えてくる。
最澄、空海、栄西、日蓮、法然、親鸞、道元、と、同量のダイジェストの中で、全体的に捉えた場合、何がいったいどうなっているのか、を理解する必要性を感じるようになった。決して、京都の観光ガイドブックとしてこのシリーズを使い捨ててはなるまい。
2020/07/04
「週刊 仏教新発見 改訂版」創刊号 01 法隆寺再建の謎に迫る<26>
<25>からつづく
「週刊 仏教新発見 改訂版」創刊号 01 法隆寺再建の謎に迫る<26>
朝日ビジュアルシリーズ 2015/12 朝日新聞出版 ムック 48ページ
★★★★☆
40分の1から20分の1へ、ということは、面積で4倍、体積で8倍のものを作ればいい、ということではなかった。視線が4倍にも8倍にも行き届いてしまう、ということであった。当然、ミスや不手際も8倍見えてくる。
前回は、最初の工作だったので、当然すぎるほど不手際があったのだが、その最大の失敗は、一階部分の格子天井の位置を間違ってしまったということだった。
資料が少ないから、仕方なかったとは言え、二回目の今回は、そんなことばっかりも言っていられない。複数の資料に当たりながら、より自信を持って制作を進めていく必要がある。
それでもやっぱり失敗の連続で、作り進んでみたものの、それを外してやり直し、行きつ戻りつして、なかなか思ったように進行表通りには進まない。
そして、集まってきた材料次第で、無駄にしないように活用方法を考え直していく必要がある。あれがこう、これがああ、本体はともかく、わが作品は我が作品、自らの独自性を、無理をしない程度に発揮していく必要がある。
法隆寺・五重塔・模型で検索すると、4年前に比べると、より多くの情報がアップされているようだ。とくに制作している人たちが増えているようで、その制作過程の画像の増加が半端じゃない。しかも、みんな、なかなかの腕前だ。これじゃぁ、わがブログの登場など恥ずかしくて、と気おくれしてしまいそうだ。
自分の作品を、割りばしアート、と割り切る人もあれば、廃材アートと名づけている人もいる。廃材というと、そもそもが材料で、それが余った半端材料というニュアンスがある。ところで我がアートは、廃物アート、と名づけている。つまり、廃材ですらない、そもそも無価値なもの、処分するのに費用がかかりさえするもの、という意味合いがある。

いい加減、いやになって、もうやめようかな、と思うこともないではないが、数日休んでいると、ここで投げ出してしまうのも、なんだかシャクだから、もう少し続けてみよう、という気になる。
<27>につづく
2020/07/02
「人気の三種が彫れる 仏像彫刻」 上達のポイント ~大日如来座像・阿弥陀如来像・不動明王像~ (コツがわかる本) 関侊雲他 <2>
<1>からつづく
「人気の三種が彫れる 仏像彫刻」 上達のポイント ~大日如来座像・阿弥陀如来像・不動明王像~ (コツがわかる本) <2>
関侊雲 (監修), 紺野侊慶 (監修) 2015/12 メイツ出版 単行本: 128ページ
★★★★☆
現在20分の1法隆寺五重塔の模型の制作中である。前回の40分の1模型よりも、確かに迫力はあり、部材も多く必要とされるのであるが、それよりも何よりも、注意力、覚醒力が5倍も10倍も必要とされることが分かってきた。そんな簡単にいかないのである。また、簡単にいかないからこそ、敢えて大きなモデルに挑戦しているのである。
五重塔は、制作プロセスに入ったので、いつかはできるだろう。一つ一つが面白く、一つ一つが難しい。今日ものこぎりで左の小指を切ってしまった。アウエアネスが必要なのである。ゆっくり、楽しみながら、進んでいこうと思う。
さて、実際には、この20分の1五重塔を次は、ケンポナシ(玄圃梨)による仏像彫刻が待っている。いや、むしろこちらのほうが本番で、いつもそのことが頭に残っていると言ってもいい。はて、どうできるのか。大きさは? 仏様のお名前は? どの程度の精度で? 一本づくり? 合わせ木つくり?
作るとするなら、薬師如来か、釈迦如来である。いずれ如来様をおつくりしたい。理由は、おそらく、シンプルだから、ということになる。観世音菩薩もいいが、作りがいちいち込み入っていて、私の技術では手に余る。それに台座とか、光背とか、本当に必要なのか? それがなければ、仏さまではないのでしょうか?
私には如来様の頭髪(螺髪らほつというらしい) を彫ること自体、ちょっと面倒な気分になってしまう。人が入仏するに、それほどの様式が必要なものであろうか。大向こうをうならせるような、大衆受けするような美術品を作ろうとしているわけではない。自らの一つの瞑想のプロセスとして、仏さまと対面していたい、そのことだけなのだ。
私がこのところ、仏像彫刻を始めたのか、と言えば、いくつかのきっかけがあったが、ひとつには、友人の友人が、常不軽菩薩像を彫ったということが、SNSで紹介されていたことが大きい。そして、わがOSHOガーデンには、仏陀像が安置されている。この二つが、大きく私の仏像彫刻マインドを刺激した。
思えば、この二つには、光背もなければ、台座もない。ごくごく人間としての、終局の、あるべき姿が映されているように思うのだ。飾りや、表面的な美しさ、飾りなどは、本当は必要ないのではないか?
如来像か菩薩像か、で悩むなんて、他の人には、なんてひどい迷いを持っているやつなんだ、と思われてしまうかもしれない。しかし、私はここで、やっぱり如来像(ブッダ)にこだわりたい。そして、釈迦如来なのか、薬師如来なのか、は、じつは先ほどまで迷っていたのだが、ビワの葉エキスを鑿ながら、得た結論は、やっぱり薬師如来で行こう、ということだった。
その理由はいくつかあるが、まずはわが秀麓齋寺小屋のご本尊、釈迦如来像ながら、薬壺さえお持ちではないが、あの姿は、薬師如来様であるはずなのである。だから、わが新しき仏像も、薬師如来を目指しながら、最後は薬壺さえ外してしまえば、釈迦如来になってしまうのである。あるいは、釈迦如来でありながら、小さな薬壺さえ乗せてしまえば、お薬師さまに変身ということになる。
今日のところの煮詰めは、これまでだ。もちろん、大きな意味の違いはない。この新型コロナ・ウィルスのパンデミックの時代、早くワクチンが到来すればいいのに、と思う気持ちは、お薬師様に通じるはずである。そしてまた、現世利益的な健康よりも、ひょっとすると、それを超えた魂の癒しこそが必要なのだ、といえば、やっぱり釈迦如来様にお出ましいただかなければならないのだ。
そんなこんなを思いつつ、ひとつひとつ、わが瞑想の道を歩んでいこうと思っております。合掌
2020/07/01
Beloved Bagiya 3
マ・アナンド・バギヤが2018年12月に、OSHOスバガット瞑想センターにプレゼントしてくれたアディナタ・サマディ・セレブレーションのビディオとともに過ごしました。
動画配信したかったけど、技術的なことなどで、それはしなかった。でも、みんながそれぞれの方法で祝い、シェアしてくれて、嬉しかった。
❤️バギヤ❤️ありがとう。みんな、ありがとう。LOVE
Prem Rasata
Ma Anand Bagiya left her body at 12:00 noon on 30th June (Canada Time)/ at 1 am on 1st July (Japan time)
バギヤは日本時間の7月1日午前1時にボディを離れました。
自宅で3人の親密なお友達と私(オンライン)が見守る中、とても穏やかで美しい最期でした。
バギヤはDevaPremにOshoのローブを身体に掛けてもらい、Oshoミュージックを40分ほどかけて、みんなで歌い踊りました。
バギヤはベッドに横になり、右手でゆっくり微かにダンスしてました。
Oshoの講話を聴き終わった頃、ドクターとナースが到着しました。
ドクターは若い綺麗な女医さん、用意はいい?と確認されてバギヤは静かに頷き、ドクターによって薬が入れられました。
本当はその時サイレンスで見守るはずが、
私達は、思わずみんなでOsho!Osho!Osho!! I love you! I love you!
と叫んじゃいました。バギヤ〜うるさかった?
薬を注射器のようなもので入れていくとき、思ったより何回も入れて10分か15分くらい?長く感じました。だんだん静けさが増して、最後は本当に深い沈黙の中でバギヤは永遠のスティルポイントに入りました。
たぶん、「安楽死」を選ばなかったとしても、バギヤは今日ボディを離れていただろうと感じました。でも「安楽死」を選んだからこそ、こんなにも多くの友人達が愛と気づきの中でひとつになって瞑想とセレブレーションでバギヤを見送ることが出来たのだと思います。存在が起こしてくれた愛と光に溢れる奇跡だと思いました。
ミュージックが始まる前にバギヤに少しの間声をかけました。
「本当にたくさんの友人達やバギヤのことを知らない人達も、
みんなで瞑想してチューニングしてバギヤと一緒にいるんだよ。
色んな人が歌や踊りでセレブレーションしてる。
アタサもシタール弾いてる。マノーゼもバギヤのためにチャンティングしてくれてる。
みんながついてるよ。見守ってくれているよ。
そしてそれだけじゃなくて、バギヤがいるから、みんな今ここにいて、
自分の愛や命と繋がって自分自身を観ることが起こっているんだよ。
あなたすごいよ。Bagiya、you did great job❣️」
って言ったら、目を見開いて手で👌マークをしてくれました。
(Bagiyaはもう殆ど喋れないし、笑うこともできない、顔の筋肉が働かなくなっていたの)
最後はバギヤの身体の上に綺麗なお花でいっぱいに飾ってもらったのを見届けてお別れしました。Oshoの愛が至福の庭に降り注いでいました。私達みんなの上にも。
周り中に愛と光が溢れています。
バギヤと一緒に過ごしてくれたみなさん、ありがとう💗✨🍀🌸🌻🌹🙏✨
7月4日にバギヤと一緒にハートダンスして歌おうって日にちを決めてたんですが、
ほんの5日前にバギヤの旅立ちの日程が突如今日に決まってしまったので、それが叶わなくなりました。
それで7月4日の午後14時〜急遽、オンラインでバギヤの最近と今日のシェアを兼ねて、ミュージックでお祝いしたいと思います。まだ何も決めていませんが。
死の床のバギちゃんらしい笑える話しも、ミステリアスな話も、心に触れる話も、まだみんなとシェアしたいなって思って。急なので都合が付かないかもしれませんが、ぜひミュージックとお話会で、バギヤを感じてハートが温まる時間を一緒に持てたらと思います。
明日また詳しく案内しますね。今日はバギちゃんをハートに眠りにつきます。
おやすみなさい💕🙏
love Rasata























































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