<異説>親鸞・浄土真宗ノート 玉川信明 <3>
<2>からつづく ![]()
「<異説>親鸞・浄土真宗ノート」 <3>
玉川信明 2004/04 社会評論社 単行本 306p
★★★★☆
さて100数十ページ読み進んできて、約三分の一強をパラパラ目を通してきた。これからいよいよ例のOSHO霊言集(笑)にとりかかるわけだが、ここで中間的なまとめをしておく。
僕が初めて親鸞なる人物を知ったのは、二十二、三歳のコミュニスト時代である。(中略)僕はその講義を聞いて、いっぺんに親鸞に魅せられた。p3「まえがき」
1930年6月生まれの彼、1952・3年の事である。私が生まれる前である。ここで自分をコミュニストと呼んでいるが、彼の全体の人生のイメージは、アナキスト、と言っていいのであろう。
僕は七十歳、日本ジャーナリスト専門学校定年と同時に、インドの偉大な宗教家和尚(略)を知って、自分の全生涯を開設してもらった気がした。p5同上
つまり、21世紀初頭において、初めてOSHOと出会い、書物を手に取ったかに思われる。その直前はジャーナリストと称する生業をしていたのであろうが、おそらく非常勤とかアルバイト的なものであったのではなかろうか、と推測する。
彼の他の著作にも通じることだが、ひたすら本を読み、それに自らの所感を付け加えることで造本するシステムのようで、現場の取材をするのを基本とし、公平であるべきジャーナリストとは、ややいいがたい面があったように私は思う。
現にメディテイション(瞑想訓練)の結果、覚りを開いている人もいる。p71 「苦悩者救済が親鸞の真意であった」
この本、気づいてみれば、随所にOSHO日本語訳の影響の「悪」影響を受けている面が多々ある。この言葉遣い(笑) このセンス。70才にして、晩年はOSHOに傾倒した、と言われるだけある。しかし、この本にしても、80冊ほどの親鸞本を読みこんで、それをぶつ切りにしてぶち込んであるようだから、OSHO読者から見ても可笑しいように、親鸞読みからしても、おそらくだが、頓珍漢な部分が、あるに違いないのである。
今日ではメディテイション(瞑想)とされる行法がもっとも有効なものとされている。p79 同上
だから、あんまり無理しないで、使い慣れない言葉を多用する必要はないと思われるのだが・・・(笑) そんな言い方をするなら、親鸞の同時代人であった道元になぜ注目しなかったのか。片手落ちではないか。
法然は「造像起塔」(像塔の布施)「持戒持律」(戒律の維持)、・・・・云々 p85
ここでは文脈は無視するとして、造像起塔、という言葉が新鮮でビックリした。必ずしも否定的にばかり取られてもいなようであるが、いずれにせよ浄土教関連の用語であるようだ。持戒持律はともかくとして、現在の私のシュミは造像起塔と言えないこともない。薬師如来を造像し、五重塔を起塔している。(ミニチュアのホビーの世界だが)。なんだかおかしい(笑)
心理学的にいうと、親鸞は「離人症」とも呼ぶべき体質の人であった。p99 「現実としての半俗人・親鸞を読む」
ここにきて、いきなりスティグマ張りはいかがか、と思うが、玉川本人は、親鸞を捨てにきているわけだから、この位の捨て台詞を言わなくてはならなかったのであろう。
たしかに宗教には「個」というものは必要なものである。p102 同上
ほらほら、まるでOSHOかぶれが見え見えだ。無理してドリフト走行しているようで、タイヤの減りが心配だ(笑)
親鸞はまたして阿弥陀仏にすごすごと帰らざるを得なかったのであろう。p115 同上
今回は、玉川のOSHO傾倒噺ばかりではなく、当ブログとしては、親鸞との遭遇をめざしているわけだから、もっと全うに親鸞と向かい合う必要を感じる。山折哲雄や五木寛之他、割りの多くの作家や著述家たちが、晩年には親鸞に向かっている場合が多い(ように見えている)。玉川も私から見ればそう思えていたわけだが、そのひとりひとりについての理解(誤解を解く)必要があるだろう。
そのためにも、先日読んだ、コンパクトな「京都・宗祖の旅」シリーズには、道元とともに親鸞も一冊加えられているはずだった。この二人の同時代人を並列して眺めることによって、当ブログに益する何かが浮き上がってくる可能性はある。
善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや、という台詞。高校一年生の倫理社会の時間に、ソクラテスの無知の知と同じくらい基本中の基本として学んできた親鸞の世界。いまようやく当ブログは再突入しようとしている。
たしかわがSNS友にしてサニヤシンである一人も、たしか親鸞関連で一冊モノしているはずである。この勢いで、あの一冊にも手が届くチャンスが到来するかもしれない。
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