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2020/06/26

<異説>親鸞・浄土真宗ノート 玉川信明 <7>

<6>からつづく 

「<異説>親鸞・浄土真宗ノート」 <6>
玉川信明 2004/04 社会評論社 単行本 306p
★★★★☆ 

 後半の第二部以降については、現在のところ、私が口をはさむほどのことはない。私には親鸞や浄土教についての予備知識はほとんどなく、その奥義に関わる部分においては、ますます門外漢である我が身を痛感するのみで、とやかく言うべきことなど、なにもない。

 されど、それも終わって、親鸞の年譜も終わって、あとがきも終わったあとに、同じ出版社による出版物とは言え、巻末を飾るのは、玉川本人によるOSHO4部作の宣伝紹介になっているところを見ると、やはり、玉川は、晩年OSHOに傾倒した、という世間の言説そのままであろう、と推測できる。

 すくなくとも今回、この本を10数年ぶりに手にとって見つめ直したことは、大いに価値あることであった。すくなくとも、玉川は最終局面でOSHOを捨てて親鸞に「逃げた」という私のうがった理解は間違いであった。

 玉川は、本当にOSHOが好きになったのだと思う。もうそれでいいのだと思う。仮に玉川のOSHO理解が幼かったり、間違っていたとして、では、誰が成熟した、正しいOSHO理解をしている、というのか。これが正しいOSHOだ。これこそがOSHOの核心だ、などと、どんな御仁でも、言うことはできない。

 玉川がOSHOをすきだったんだな、ということがこちらに伝わってくれば、もうそれでいい。私は玉川を糾弾すべき立場にあるわけでもなく、ましてや親鸞をどうのこうのと、玉川を借りて述べることは本意ではない。玉川がOSHOをそのように理解したとするなら、少なくとも、玉川個人においては、なんの誤謬もない。

 このような書籍の形になって、後世に残り、あるいは違った理解を宣伝することに仮になったとしても、それはそれ、読む側の問題であり、残された個人その人の問題である。つまり、私は私の理解の道をいくのであり、仮にOSHOがこう言った、玉川がこう理解した、などというエピソードは、本質的には、私の人生、私の魂には、基本的にはまったく無関係なのである。

 私には私のOSHO理解があり、また私自身についての見つめが必要とされる。そのプロセスにおいて、他の外来物たちが協力し、援助してくれるのなら、これは有難いことだが、それはそれ、それに出会わなかったとしても、結局は一人の旅を続ける必要があるのだから、なんら大きな違いはない。

 何か月後か、あるいは何年後に、またこの書を手にとることもあるだろう。その時は、もうすこし読み手としての理解力も上がっているに違いない。されど、私は私なりに、親鸞や浄土教を、批判的に読むのであって、道しるべとすべきはOSHOなのであり、その点においては、玉川と呉越同舟、おなじ穴のムジナ、ということになる。

 玉川と私に違いがあるとすれば、私は直にOSHOにまみえることができた、ということと、多少は玉川より英語文献に触れるチャンスが多かったということ。そして、時代的には私のほうが、後まで生きていた、ということの違いになるだろう。

 曲者・玉川信明。この手の探求者は、私は基本嫌いではない。決して得手とは言えないが、少なくともイエスマンだけの、妄信派は嫌いである。あちこちにぶつかり、葛藤しつつ、自らの世界観を確かめていくことこそ、人生の王道であろう。同道の探求者として、玉川信明がいたということを、私は喜びとする。

つづく

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