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2020/06/04

麦畑

去年のこと、さる観光協会の日帰り史跡めぐりツアーに参加した。大変重要な史跡で、バス会社もピカピカの新車50人乗りの豪華版を手配してくれた。

最終コースに差し掛かり、さていよいよ居眠りしながら帰路へ、という段階になって、みなさん戻って来ましたか、お隣の席を確認しましょう、となった。

ところが、幹事クラスのおじいさんの姿が見えない。あれおかしいな、とケータイかけても出ない。出発の時刻をだいぶ過ぎても見つからないので、みんなバスを降りて探し始めた。

...

確かに草深い山里で 、近くにあまり民家のない、閑散としてスポットだ。そう難しくなくて見つかるだろうと、タカをくくっていたが、なかなか見つからない。

周辺の草むらをチェックする人、水路をチェックする人、もしや交通事故ではと、通りの側面を探す人。まさか、ケータイの番号間違っているんじゃない、と掛け直す人。忘れていったのかな。いや、持ってたはずだよ。

じゃ、俺もかけてみようか、と、かけ直してみる人、じゃぁ、俺も俺もと、10人ほどがかけ直したが、まったく返信がない。すわ、これは大事件、と、そろそろケーサツに捜索願いだね、なんてご婦人のメンバーが言い出し始めた時、いたぞー、と遠くから大声の合図。

よかった、よかった、運転手さんを初め、全員に笑顔が戻った。どうやら周辺を徒歩で見学中に、急に便意を催し、一人ツアー集団の群れを離れ、トイレを探し始めたのだという。

確かここに来る途中に、小学校があったはず。学校のトイレを借りようと思ったが、思いの外、遠かった。もはや杖も必需品となる、中期から後期となる、高齢者である。間に合ったのかどうかまで、仔細を聞く人はなかった。

幹部の紳士である。なかなかイケてるお爺ちゃん。御一行は、和やかに帰路についた、はずだった。ところがバスの中は、意に反して盛り上がらない。みんな、それとなく、ひとりひとり、にわかに持ち上がった、疑問に付きまとわれ始めた。

こ、これ、これは何? 新車の豪華バスの座席は、ますます豪華でリラクゼーションの極みである。さっきまで、新車の香りそのものだったはずだが、ちょいと違う。隣の人と相談する前に、ほとんどの人が納得した。相談するまでもない。バスの中のやや重苦しい空気が、共通の理解を示していた。

間に合ったかどうかは定かではない。ただはっきり言えることは、微量であれ、大量であれ、衣着とともに、その発信源がバスの中に、持ち帰られことは確かであった。そうと分れば、あとはそのことに触れることもなく、誰一人俺気づいたよ、というそぶりを見せることなく、残り1時間半の行程についた。

壮大な歴史ロマンを楽しむ仲間たちである。優しさ溢れる慈眼愛語の達人たちでもある。誰かが誰かを揶揄したり、なんてことはありえない。だが、別のことでひとり二人は冗談を大きな声で言い放ったりはするのだが、あとが続くことはなかった。

終点に到着して、幹部たちが下車し、新参者の最後部席から幹部席を通り過ぎる時、私の知覚は、誰もいないはずの豪華客席から、その発生源であろう痕跡を、しっかり感知することができた。衣服の隙間を通って浸透し、しっかり固定されたものと思われる。

前期高齢者としてお仲間入りした私とて他人ごとではない。アフターコロナ、ウィズコロナが取り沙汰される時代、マスクとともに、もう一つの紙製品の常時携帯を、私も真剣に検討中である。

とともに、バス会社の担当の方も、通常の除菌剤で間に合ったのかどうか、心配が残る。大打撃を受けてる観光業界。あの一件が、会社経営そのものにまで、影響をもたらしていないことを祈っている。

 

阿と問えば吽と答える麦畑    把不住

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