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2020/06/13

<異説>親鸞・浄土真宗ノート 玉川信明 <4>

<3>からつづく 

「<異説>親鸞・浄土真宗ノート」 <4>
玉川信明 2004/04 社会評論社 単行本 306p
★★★★☆

 このOSHO霊言集(笑)は、いままで私が勝手にイメージしていたものより、はるかに重層なものだった。なんと117pから197pまで、80ページにも渡るものである。それがさらに4章に分割され、まずは、その第1章を読んだ。読後の感触としては、なんともまぁ、必ずしも快感とはいいがたいものが残る。

 この本は、玉川のOSHO「研究」の総まとめとして5冊目に2004年に発行されている。世界の、とりわけ日本のスピリチュアル界は、例の1995年に起きた麻原集団による一連の事件の影響で、誤解が誤解を生むために、弁解や提言より沈黙を守った関係者が多かった。

 その中にあって、ある意味積極的に発言した玉川の「蛮勇」は一定程度評価されてしかるべきだとは思うが、十分な検討もされず、好意的な協力もなかったように思われる。寡聞にして、この玉川の一連のOSHO本を取り上げている友人たちの論評をほとんど聞いたことがないし、どちらかと言えば、無視、黙殺されてきたというべきであろう。

 ここにあえて再び光を当てるというか、メスを入れてみようと思い立ったのは、玉川云々よりも、親鸞そのものを当ブログとして、なんとかとらえ直しておきたいと思うからである。いくつかの足掛かりがあるが、まぁ、まずはこの玉川本を無視してしまうのは、もったいないように思うのである。

和尚(略) まずこの世の人生は「暗黒」ではなく「祝祭」とみなさなければなりません。p119「第一章 神は擬人格ではなく存在性である」

 まず、ここにおいて玉川はどうしてOSHOをこのような戯画化したデフォルメで語らざるを得なかったのだろうか。手慣れた物書きの、ちょっとした手慰み、というところであろうか。霊言でもなければ、チャネリングでもない。玉川個人のマインドのごちゃごちゃな混ぜ合わせに過ぎない。

 そのタイトルに倣うなら、むしろOSHOを擬人格化するのではなく、むしろその「存在」にアプローチすべきだったのではないか。ましてや直接OSHOが親鸞に触れたものではいものを、自ら作り出しては、それと葛藤している。まさに煩悩とシャドーボクシングを展開しているようにさえ見えてくる。

 1977年にプーナを訪ねた時、OSHOのブッタホールでは、スーフィーダンスという、いわばフォークダンスのようなイベントが毎日展開されていた。その中では、さまざまな歌や踊りが取り入れられていたが、その一つに「ナミアミーダ、ブーツ」というのがあった。

 最初は何が何だか分からなかったが、これは明らかに南無阿弥陀仏のことを言っている。そして、その後に体験した三日間のエンライトメント・インテンシブというグループセッションでは、マ・アミタという情勢が、リーダーセラピストを担当していた。ここでのアミタとは、明らかに阿弥陀である。あの「堕ちたグル」を書いた元ガードマンと同棲していた、とかいう話の片割れである。

 いずれにせよ、親鸞や浄土教に直接触れなかったにせよ、OSHOは明らかに、この動きを察知していて、なんらかのアクションを起こしていた、と見ることはできる。おそらく鈴木大拙あたりが積極的に紹介していたところあたりから理解していたのかもしれない。まるで玉川のマインドの遊びとまでは言い切れないが、やはりそこにあるギャップは、私には大きいように見える。

和尚(略)性に関してはチベットのタントラ(密教)が最も明らかにしています。 p125 同上

 OSHOの三大テーマと言えば、禅であり、タントラであり、スーフィーだろう。日本においては最も禅が知られている。タントラは密教という形で日本独特の理解のされ方をしているが、チベットのタントラは、まったく別モノと理解していいだろう。スーフィーは、日本では、まったく知られていない、と断言してもおかしくはない。

 OSHOはこの現代に活きている地球人たちを相手にしたのであり、その地域々々、あるいは一人ひとりの嗜好性に合わせて、広い感覚帯を使ったのであって、すべてを習得する必要もないし、ごちゃまぜにしてしまう必要性もない。混ぜるな危険。親鸞とタントラを、同じ時代性であったとしても、その地域的背景を無視して、一気に、勝手な解決策とすべきではないだろう。

和尚(略)本格宗教とすれば間違いだらけで、一種の詐欺宗教だともいえましょう。 p136 同上

 この辺は、仮想インタビューなどと逃げずに、しかもOSHOの権威を借りずに、玉川は、直接自分の言葉で、自分の責任の名において、キチンと決別すべきだったのである。OSHOにすれば、宗教すべてそのものが「詐欺」なのだ。浄土宗や浄土真宗だけが、ここで取り上げて語られるべきではない。

 むしろ、OSHOならば、親鸞そのものの言説よりも、その存在そのものから掬い上げたいくつかの有力な存在エピソードをとらえて、親鸞をべた褒めする可能性すらある。ここで和尚(という仮称)を借りて、玉川が自らの本意を達成しよとするのは、虎の威を借りたイタチ程度の哀れな姿にさえ見えてくるのである。

 この章で、親鸞の著書の一つに、「愚禿悲嘆述懐」という名前が付いていることを知って笑った。

<5>につづく

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