小説「ある日突然」(仮題)<6>
小説「ある日突然」(仮題)<6>
オレは、決して書類の印鑑が抜けていたから調べられているわけじゃない。なんとかのカシがあったとか、そういうことは言いがかりだ。詐欺とか、そういうものではない。これは殺人事件なのだ。殺人事件の容疑者として、調べられているのだ。いわゆる別件、というやつだろう。
しかし、逮捕もされていなければ、拘束もされていない。あとで連絡する、と放免されてしまった。これって、なんだ? ひょっとすると、これって、泳がされているのか。怪しい動きをしたら、そこから更に調べてやろう、という魂胆なのだろうか。おいおい、なんなんだ。
日にちははっきりしてきた。ちょうど一年前のXデーだ。その日、オレは、何をやっていたのだ? んなことわかるわけないだろう。営業日誌付けているわけじゃないし、日記なども付けているわけじゃない。領収証の類などはすべて持っていかれちゃったからなぁ。なにで調べよう。
そうそう、そういえば、何かの役に立つかなぁ、と思って、買い物をした時のレシートや領収書の類は取ってある。いや取っ手あると言っても、単に机の引き出しを一つ、無造作にレシートボックスにしているだけだ。ほとんどごみ箱じゃないか。だが、この数年分はあるはず。いつかは捨てようと思っていたのだが、忘れていた。
レシート調べを始めてみれば、これが割と楽しい作業であることが分かった。ずいぶんと買い物をしているものだ。ほとんどは酒類とつまみの類だが、ホームセンターでの買い物も多い。結構DIY部品を買い込んでいるからなぁ。そうそうあの作業もしたし、この作業もした。結構ネジや釘の類は安いよな。それに比すれば、道具はなかなか高い。いいものを買おうとすると、値が張る。いつも廉価版やワゴンセールの道具しか買えない我が身を嘆く。
で、だんだんと整理ができて、意外と他にあったのは、医療費関係である。歯医者に行ったり、薬局に行ったり、熱出したりしたからな。年取ってきたせいか、一旦体調を崩すと、二三回、続けてクリニックにいくことも多くなった。で、あの日は、と。で、見つかった。あの日のレシート。それは、クリニックのレシートだった。
ん、あの日、私は、風邪をひいていたのだ。そして、なんと一週間、仕事を休んでいたのだ。そうそう、熱が39度以上もでて、とてもとても仕事などやっている体力はなかった。筋肉ががちがちいたんでね、一週間、とにかくひどい目にあったのだ。あの日? あの日のことなのか・・・?
ああ、だめだわ、あの日、誰もおれのアリバイを証明してくれる人はいない。女房だけだ。オレがうんうん唸って寝ていたのを見ているのは女房だけだ。だって、わが家の二階でほとんど寝たきりだったのだ。しかもインフルエンザだということで、女房も、飯を部屋に運んでくるだけで、ひょっとすると、食事の時間の合間の数時間なんて、二階の窓から抜け出せば、女房だって、アリバイを証明できないことになるだろう。
おい、本当か。じゃぁ、とにかく、あのクリニックに行った日の時間、ほとんど午前中の10時前後なのだが、クリニックに証明してもらえばいいじゃないか。そう気づいて、立ち上がろうとした時、ガーン、私は、強烈なことを思い出してしまったのである。
先日、署に行って、取り調べを受けていた時、あの若造が、ワザと部屋のドアを開けっぱなしにして、ボスの机が見えるようにして、そのボスの傍らに坐っていたのは、あのクリニックの医者ではないか。彼はチラッと私を見た。私だって、チラッとみて、あああいつか、とすぐわかった。
あ、つまり、これは面通しという奴ではないか。署では、あの日、私がクリニックに行ったことをすでに調べ上げていて、その行った本人が、私そのものであるかどうか、確認を医師に迫っていたのではないか。ガツーン、そうに違いない。ほえぇ、そこまで調べ上げているのかよ。
そう思い出せば、なんだかだんだん、ドツボにハマり始めている自分が、蜘蛛の巣に引っかかった蛾のように思えてきた。まずいぞ、マズイ。あいつらに対抗できるほどの、アリバイを準備しなくちゃ。気づいてみれば、びっしょり冷汗をかいていた。
つづく
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