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2019/11/25

七島聖観世音

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(2019/11現在このお堂は解体されている)

 昨日、七島観音を拝顔していたところ、友人の一人から、メールが転送されてきた。
詳細は後日に譲るとして、ここにその概略を貼り付けておく。
とても関心深い内容なので、いずれひとつひとつ紐といていくとして、関係していただいた方々に感謝します。

    朝霧に古へ映す名取川    把不住

 

以下コメント内容------------------------

 

東北の戦いの真実は、文献に記載されていません。

ただ平泉、奥州藤原氏の戦いは有ったと考えます。

安倍貞任は戦っていません。岩手の山で解散宣言をしています。

調べると面白いですよ。

 

安倍貞任は八幡太郎と話しあい、解散を条件に安倍豪族の命を

守っています。安倍豪族と八幡太郎は仲が良かったのです。

朝廷への報告のために戦ったように見せかけています。

少しだけ牢屋から開放された貞任は、数人の部下に問い掛け

姉と相談しています。

姉との相談内容は、安倍豪族は解散した事にし、

姉の子、藤原氏との子に政権を渡す約束をしています。

安倍の政権を渡す役目を貞任に託されたのが部下の清原氏です。

 

清原氏は機会をみて、貞任と似た方法で内乱を装い

政権を安倍貞任の姉の子に渡しています。

 

それから、奥州藤原氏(安倍豪族)は戦いにやぶれ、

安倍豪族は隠れ里に住んでいます。

どうして戦ったかは文献の通りと感じています。

約束通り、安倍豪族、安倍棟梁を守ってくれた

八幡太郎への感謝の気持ちでしょう。

 

それから月日が経ち、貞任と貞任の姉の子、兄弟の子。

阿部四郎丸の血統に移ります。

(貞任の姉は、貞任との子が欲しかったようです。

貞任は寝込みを襲われています。()

でも、これは真面目な話しです。)

 

月日が経ち、菅井氏に育てられた阿部四郎丸の血統から、

元気のよい子供が生まれたのが、伊達氏のようです。

岩手のアワノダイブの号令により初陣に至ったようです。

また、亘理での戦いなど敵の殆どが安倍豪族のために

亘理軍は負けたふりのようです。()

藤原氏の地ですから()

 

名取には樽水の物語などありましたが、あれも嘘のようです。

物語の意味は、ここが安倍豪族の地である事を示すためと

考えます。野菜は作って頂き、貞任・宗任達が収穫に伺っていたと聞いています。

 

安倍貞任は宮城の名取でうまれ、岩手の高原で育っています。

棟梁は、長男でなく豪族の意見で兄弟の中から選ばれていたようです。

 

安倍貞任の棟梁の一代目は阿部仲麻呂のようです。67代目?かな?

奥州藤原の戦いにやぶれ、仙台市坪沼に隠れ

伊達氏の時代から仙台市富田の地の屋敷に住み

明治初期には、別地他県に移住しています。

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「阿部貞任が名取生まれ」であるとすれば、

阿古耶姫の「名取太郎」という橋をかける能にもなっているあの有名な話は、

阿部氏のことを伝えているかもしれませんね。

 

何で調べたか不明ですが、中田にある四郎丸も阿部氏のことで、菅井氏に育てられたと。

その後、伊達家を生んでいるというのですが、菅井氏はこっちの豪族では有名な人。

名取の豪族も阿部氏だと思うということだそう(私は物部氏だと思いたいが)

柳生に平氏、藤原氏、阿部貞任の祖父が阿部姓を名乗り、移住したと考えられると。

 

といった話でした。

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<追記>
 あらためて再読してみると、不思議なことがいっぱい書いてありますね。
実はこの日、七島観音のあと、名取菅井氏の末裔の方を別の用件で訪問していました。
いろいろ不思議なことがあるものです。 (把不住)

 



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