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2019年10月

2019/10/26

十一面観世音菩薩

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つづく

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素晴楽堂

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「MMT(現代貨幣理論)の教科書」真壁 昭夫

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「MMT(現代貨幣理論)の教科書」 
真壁 昭夫 (著) 2019/08 ビジネス教育出版社 単行本(ソフトカバー): 208ページ
No.4344★★★★★

 身構えて開いたが、決して難しい本ではなかった。おそらくれいわ新選組政策の資金源は、いわゆるこのMMT類似の方策が唯一ということになろう。いや、日本のこの現状を打開するには、もうこれしかない。

 されど、日本政権がこの方向にかじ取りをするには少なくとも数年、時には数十年かかってしまうだろう。それまで、この国は病弊して、滅亡してしまう可能性がある。

 この理論周辺が、決してとんでもない学説ではない、ということが一般化していくことが必要だ。そのためには、天動説にしがみつく旧態から、地動説に移るための、回転軸の変換、つまり革命が必要となる。

 

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薬師如来立像<2>

<1>からつづく
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薬師如来立像<1>

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<2>につづく

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2019/10/18

『ゴッセーノセイ!!東北』~震災と表現 石川裕人が駆け抜けた19ヶ月~リーディング公演 演劇ユニット石川組

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『ゴッセーノセイ!!東北』~震災と表現 石川裕人が駆け抜けた19ヶ月~
リーディング公演。

2011/10/11(仙台文学館) 122019/10/(3.11メモリアル交流館)
演劇ユニット石川組 構成・演出 高橋菜穂子
No.4343★★★★★

 8年7か月。この日々は長いのか短いのか。ちなみに私は、あの第二次世界大戦の8年7か月後に生まれた。戦争を知らない世代として、生きてきた。思えば3・11からすでに8年と7か月が経過した。すでに老齢に達した私にとっては、8年7か月など、あっと言うまの日々で、まるでごくごく最近の出来事だったようにさえ思う。

 震災の日々を体験し、それと演劇人として全うに取り組んだ石川裕人は、それから間もなく私たちの目の前から姿を消してしまった。あれから、ちょうど7年。ああ、数字にしてみれば、もうそんなに月日が経過してしまっているのか。

 3・11メモリアル交流館での講演に足を向けるかどうか、悩んだ。超大型台風が近づいていたからだ。日本には上陸したらしいが、まだ私たちの町にはやってきていない。他のスケジュールはキャンセルしても、とにかく、この公演だけには参加したいな、と思った。

 当時の石川の活動や日記、客観的なニュースなどにコラージュされる日々。それは、決して8年7か月前の状況ではなかった。あの日と、この日は、つながっている。あの日々を生きた石川は、私たちと一緒にまだ生きており、日々格闘しているのだった。

 いよいよ近づいてくる大型台風が、その臨場感を盛り上げる。石川は演劇人として生きようとしていた。そして、今も生きている。おそらく、石川を先達と認める仲間や演劇人たちは、残された石川の言葉にさらなるリアリティを見つけ続ける。

 あの日々。私は私なりに予兆を得ていた。予兆を得ていたからこそ、ああ、この日々なのだ、と府に落ちるものがあった。そして、予兆があったとしても、体験する日々はまた、それはそれで、別ものであった。日々が新たなものだった。

 演劇人達は演劇人として、あの日々をとらえ直し、今日を生きる。通りすがりの一観客でしかない私もまた、また、今日を生きている。嵐が近づいている中、私は、私の感性は、最大限に開放されて、私を走らせた。

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2019/10/10

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」<79>どっこいしょ

<78>からつづく

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」 

<79>どっこいしょ  目次 

 じいさんは時々孫たちのアッシー君を頼まれることがある。先日、スイミングスクールの迎えを頼まれた時、運転席に「どっこいしょ」と乗り込んだ。すると、孫が「おじいちゃん、どっこいしょ、ってどういう意味か、知ってる?」と聞いてきた。

 「どっこいしょ? 腰が痛いとか、そういうことかな?」

 3・11災害の後に生まれた男の子とは言え、もうすでに小学二年生。それなりに本を読んだり、跳ねまわったりしているが、成長は早い。先日もちょっとヤンチャして女の子を泣かせてしまった。

 「いや、ほら、ごかん、ってあるでしょ」

 「こかん?」こいつ、股間って言ってるのか? 股間に力を入れろ、とでも?

 「いや、こかんじゃなくて、ごかん!」

 「ごかん? ああ、五感。五感かぁ?」

 「そうそう」

 「見る、聞く、臭いを嗅ぐ、味わう、それと、触る、という奴だ」

 「そうそう、それにもうひとつ、何か足す!」

 毎回坐禅会などで読まされる般若心経にも書いてある。照見五蘊、という奴だ。それに一つ、「こころ、とか、いしきを足すんだな?」

 「そうそう、そうすると6つになる」

 「第六感、六根、っていうやつだな」

 「それで、ろっこんしょうじょう、になる!」

 「ろっこんしょじょう? 六根清浄。目や耳や心をきれいにする、という・・・」

 「そう、それが、どっこいしょ、になった」

 「はぁ、どっこいしょ、が六根清浄?」

 「ほら、山に登るとき、どっこいしょ、っていうでしょ・・・」

 はぁ、なるほど、山伏が山で修業する時に、確かに六根清浄、とかいうだろうな。六根清浄、六根清浄。

 「どっこいしょ、っていうのは、ざつねんをすてて、たちあがる、いみなんだよ」

 「なに? 雑念を捨てて、立ち上がる?」 「それが、どっこいしょ、だったのか!」

 「そんなこと、どっこで知ったの? 学校で習ったの?」

 「いや、コロコロコミックに書いてあった。チコちゃんに叱られる、ってあるんだ」

 な~るほど、そこに紹介してあったんだな。どうやら、この話題のルーツは、一年前ほどのテレビ番組にあったようである。

 「先生にも言ってみたら、知らなかった」

 そうだろうなぁ。いやぁ、ぼーっと生きていたよ。どっこいしょ、どっこいしょ。

 六根清浄、六根清浄。

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<80>につづく

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