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2019年8月

2019/08/31

「週刊金曜日」 2019年8/23号山本太郎氏独占インタビュー

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週刊金曜日」 2019年8/23号山本太郎氏独占インタビュー
出版社: 金曜日; 週刊版 (2019/8/23) 雑誌
No.4319★★★★★

 え、山本太郎、押してんの? 

 まぁ、関心あるよ。

 フーン、最近政治は全然関心ないからな。ニュース見てないし。

 オレも新聞取ってないし、母の介護で忙しかったから。でも、母の葬儀の次の日に太郎は、仙台に来ていたんだ。

 ほう、そうだったのか。

 おいおい、こいつ、今回は誰に投票したんだろう。投票もしなかったのかな。長年の生涯の友人ではあるが、政治においては、私なんかよりはるかに意識が高いはずだ。こいつにおいて、この程度なのか。ニュースにもならなかったし、報道されなかったからなぁ。

 あれ、そういえば、こいつ、週刊金曜日を定期購読していたはずだな。あの雑誌を見れば、まぁ、すくなくとも、今、太郎が話題になっていることは認識しているはずだ。なんせ週刊金曜日だからな。この雑誌に大きく取り上げられた、という、その事実だけでも、彼の心はすこしでも動くかもな。 

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2019/08/30

ナイトライブラリー「名取老女~水がもたらした信仰のかたち~」井上孝太郎氏

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ナイトライブラリー「名取老女~水がもたらした信仰のかたち~」
熊野那智神社 宮司 井上孝太郎氏 2019年8月30日 19:30~20:30 名取図書館カフェコーナー 

 行ってきました。夜のイベント。最近あまり夜は外出しないので、新鮮だった。それに、今夜はなんと図書館のカフェコーナーでの、小さなお話しの集まり。テーマは名取老女。当ブログでは何度もこのテーマで記事を書いているが、今回は講演者が宮司さんというのが、また、なかなかよかった。

 この方はたしか静岡かどこか県外のご出身と聞いていたし、数年前までは岩沼の金蛇水神社にお勤めだったと聞いているので、名取老女に関しては、地元出身の自分の方が、より親密に感じているだろう、という読みがあったのだが、いやいやどうしてどうして、人の話は聞いてみるものである。

 一時間というコンパクトな時間の中で、逆に的確に井上孝太郎ワールドが展開されていた、というべきだろう。名取老女は、女性だったのか、男性だったのか。巫女だったのか、老尉(ろうじょう)という高位の役人だったのか。実在したのか、実在しなかったのか。一人だったのか、集団だったのか。

 紀伊半島の熊野信仰がなぜに、この名取の地に根付いたのか。九州の文化と、東北の文化が親和するのはなぜか。そしてなお、この名取というこの東北の地名が、全国に広まったのはなぜか。謎は謎として残るが、その謎解きを、ひとりひとりの想像力が、紐解いていく。その足掛かりの多くを示唆してくれた。

 今夜の私個人の収穫は、角田市枝野の熊野神社が、実は名取老女と深い関わりがあったということを知ったこと。角田にはいくつも熊野神社があるが、割と無名な枝野の熊野様である。

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 昔、名取老女の熊野信仰に応えた心霊が、山伏の夢枕に立って、名取の里の老女に知らせたが、老女が年老いて紀州参りができなかったため、保安4年(西暦1123年)に、現在の名取市高館に熊野権現の分霊を勧誘した。その時、老女が笠松に一夜の宿をとり、現在の地にその分霊を祀ったと伝えられている。拝殿周囲には、樹齢400年にもなろうかという杉の大木が数本ある。なお、神社境内は、笠松遺跡の一部に当り、歴史的文化遺産としての価値も高い。宮城県神社庁HPより

 なんと、近くに親戚があるのでいつも通りかかる道筋ではあったが、ここに神社があり、ましてや名取老女ゆかりのお社があるとは、まったく気づいていなかった。熊野ネットワークのつながりを再認識するとともに、ピンポイントとしての名取老女ではなくて、大局的な熊野像に目を開かれた思いだった。

 会場には定員の40名の参加者が集い、ざっと拝見したところ、圧倒的に女性の方が多かったのではないだろうか。早々と山田市長も姿を見せていた。歴史ファンを中心として、会場からは質問も多く出て、実に意味深いイベントだった。

 今夜のイベントのスタッフも、おっしゃってたが、一時間は短かすぎたかも。続編を企画してくれそうな雰囲気だったので、もしそれが実現するなら、ぜひまた参加したいと思った。

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「ニューズウィーク」日本版 2019年7/23号[日本人が知るべきMMT]

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「ニューズウィーク」日本版 2019年7/23号[日本人が知るべきMMT]
出版社: CCCメディアハウス (2019/7/17) 雑誌
No.4318 ★★★★★

 この手の雑誌のこの手のタイトルには、これまでも何度も踊らされてきたものだが、大概は、いつの間にか興ざめしてしまって、忘れてしまったものがほとんどだ。なにか面白いことないか、子猫ちゃん、と物欲しそうにキョロキョロしている読者たる自分の身を反省することがしきりだ。

 さて、突然わが目に飛び込んできたこのMMTとやらの、これからの進展はいかに。手っ取り早く言えば、モダン・マネタリー・セオリーの略がMMTであり、日本語には現代貨幣理論と翻訳されている。

 文字面だけでは、なんのことやらわからない。極端な理解としては、通貨発行権を持っている国家は、いくら自国貨幣を印刷しても国家破綻には陥らない、という理論である。つまり、通貨量を増やすことによってインフレターゲットを上昇させようという経済政策を裏打ちする理論、と理解していいのだろう。

 今回、衆議院選で一大ブームを起こした山本太郎とれいわ新選組の8つの緊急政策を支えるのは、法人累進課税とこのMMT類似の政策であろう。このMMTがないことには、消費税廃止も、時給1500円補償も、奨学金徳政令も実現できないこととなる。

 このMMTには、以前、間接的にだが、瞬間的に耳にしたことがある。現財務大臣が「貨幣はいくら印刷してもいい、という理論もあるそうだ」という内容を口走っていたのだ。この人が発現すると、なんでも眉唾をつけたくなるので、その場で終わったが、結局この時に、麻生氏に耳打ちしていたのが、以前、安倍政権の経済顧問を長く務めた藤井聡氏ということになろう。

 藤井聡については当ブログとしては先日、「10%消費税」が日本経済を破壊する──今こそ真の「税と社会保障の一体改革」を (2018/11 晶文社)に目と通したばかりだが、まぁ、国家の政策ゆえ、一国民としては、なんとも、何をどうすればそうなるのかは、まったく分からない。藤井聡は、MMTの主唱者のひとりステファニー・ケルトン女史を日本講演に招聘したひとでもある。

 少なくとも、消費税廃止、時給1500円補償、奨学金徳政令、 などの国家的政策を、誰かがやってくれるのであれば、どの党でも、誰が首相でもよい、ということになる。自民党だって、民主系の政党だって、それでいい、ということになる。

 逆に言えば、既成政党を離脱した山本太郎とその仲間たちが大声張り上げなければならなかったということは、既成政党として、まともにMMTに取り組む姿勢を持っていないわけで、具現化しなければ、理論は理論として、絵に描いた餅として忘れられていくだけなのである。

 自民党内部にもMMT理解者は少なくないと思われ、またこれ以外に20年デフレから脱出する手段が見つからない今、誰がやってくれてもいいのだが、結局はMMTが踏み絵となって、改革急進派の統一会派が具現化していくのを待つしかないのであろう。

 この雑誌の記事は、選挙中にでたものであり、その選挙結果を含んでいないが、それ以降の政局は一段と混迷が深まっており、今後どのような展開になっていくのか興味深いものがある。

 ただ、政権というものは経済政策だけではなく、どのような国家観、どのような外交観、どのような人間観に支えられているかによって大きく変わるのであり、例えば、辺野古基地進建設問題とか、原発エネルギー問題であるとか、食料国内自給率を高めるとか、多方面の検討が必要なのであり、まず、現自民党政権では、もはや手直しは無理である。

 国民目線で、生活目線で、MMTを活用した形の政権運営を期待する。

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2019/08/29

童謡替え歌シリーズ⑧「もしもしあべよ」

 

 

もしもし 安倍よ 安倍さんよ
世界のうちで あなたほど
嘘つき 誤魔化す 者はない
どうして そんなに ズルいのか

なんと おっしゃる 太郎さん
そんなら 二人で 討論だ
国民生活 立て直し
どちらの 政策 優先か 

どんなに 安倍が 急いでも
景気は 回復しないまま
ここらで ちょっと 目をそらし
外交問題 ゴネてやろ

もりかけ 年金 消費税
辺野古に 原発 TTP
あんまりひどい 総理さん
そろそろ政権交代だ

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童謡替え歌シリーズ⑦「どんぐりころころ」


どんぐりころころ どんぶりこ
デフレにはまって さあ大変
日銀巻き込み ゼロ金利 
ぼっちゃん一緒に 遊びましょう

三本の矢などと ごまかして 
しばらく一緒に 遊んだが
やっぱり僕には 無理ですと
泣いては国民 困らせた

どんぐりころころ 泣いてたら 
太郎とれいわが 飛んできて
減税 財政 立て直し 
急いで政権 樹立した

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童謡替え歌シリーズ⑥「花咲じいさん」

日本の財政  心配で
正直じいさん 調べれば
大判小判が
ザクザク ザクザク

意地悪じいさん 増税し
財界米の ポチとなりゃ
デフレが 深刻
ガラガラ ガラガラ

正直じいさん 減税し
国民生活 助ければ
景気は 上昇
ザクザク ザクザク

意地悪じいさん 改憲し 
軍備拡大 やっちゃうと
国際 情勢
ガラガラ ガラガラ

正直じいさん 真っ当に
国民目線で  政治すりゃ
税収 アップし
お蔵に いっぱい

意地悪じいさん 嘘ついて
やりたい放題 していたが
とうとう 牢屋に
つながれました

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2019/08/28

フェア党 七つの理念

今回のれいわ新選組を理解するには、山本太郎を抜きには考えられないのは当然としても、その脇を固めるところの大西つねき氏もまた大きな存在であると思える。彼の経歴や経済理論は魅力的で、いわくMMT周辺理論抜きには、れいわ新選組の経済的政策は実行不可能智思える。

 そしてまた、彼の人間味あふれる理念も魅力的だ。フェア党は今後どのように存在していくのか定かではないが、彼を理解するには、これまでの経過を見ておく必要がある。まずは正確にはフェア党公式サイトを参考にするにしても、七つの理念とやらに、個人的に反応しておくことにする。

フェア党 七つの理念 フェア党公式サイト

一、フェアである社会 A Society of Fairness

ひとりひとりの命がフェアであることは当然としても、性別、年齢、人種、年齢、思想、出自などによって、著しくアンフェアな行いが往行しているのが現代社会である。その現実を直視しつつ、一歩一歩見直していく作業は絶対に必要であろう。

一、持続可能な社会 A Society of Sustainability

原発、プラスチックごみ、環境破壊、第一次産業、村落共同体、持続可能性がどんどん失われていく社会は、いずれデッドエンドを迎えざるを得ない。すべての面から、持続可能性を見つめ続けることは、基本的な、大事なことである。

一、個人が自由で自立した社会 A Society of Freedom and Independence

人間像よりも国家像を先行させようという潮流がある。精神性よりも、経済性を優先させようという動きがある。個人より民族を、宗教を、という動きもある。基本は、一個一個の人間であり、そこを原点として生きて行きたい。

一、何故を問う社会 A Society of Reasons

普段生きていると、何気なく見逃してしまう現象はたくさんある。ことあるごとに、その原点を見つめ、現実性を求めていくことは大切なことであろう。そしてまた、現象から読み取れる抽象化された真実というものもある。不思議、なぜ、面白いことがいっぱい。

一、他を尊重する社会 A Society of Respect for Others

自己を大切にすることは、他者を大切にすることでもある。他者を大切にすることによって、自らも大切にされる、はずである。フェアな精神もここに生かされるであろう。自立が必要であり、相互依存が必要である。

一、多様な価値を生かす社会 A Society of Diversity

この世界、単色であるはずがなく、レインボーカラーのカラフルな世界なのである。自らが属するものだけのモノトーンの世界を拡張するのではなく、むしろ多くの色彩に彩られながら、自らの輝きを放つことが大切である。

一、関わり合う社会 A Society of Involvement

誰もが孤立しているわけではなく、すべてが一体となって、まじりあい、重なりあって、時に増殖し、時に収縮しつつ、躍動する社会、ひとりひとりがみんなと一緒にいきていく社会、そういうものでありたい。

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浮動票という生き方

いろいろ考えた。ある若い候補者が、あれこれ渡り鳥している姿にあきれ返ってしまったからだが、はて、それを裏返して、浮動票という「渡り鳥」人生は、正しかったのかどうか。

個人投票率生涯100%を誇示するのは、まあいいとして、はて、投票先を、常に政局を見ながら、人気投票のようにあれこれ振り分けてきてよかったのか。それは、ブレていない、と言えるのか。体幹がしっかりしている、と言えるのか。

他方、一貫して、一つの政党、一つの立場に固執し、いわゆる組織票として、トップダウンで決められた候補者に投票する、という生き方を、悪く言えるのか。否定できるのか。

世の中に、堅物で一穴主義者もおられるだろうし、他からはチャランポランにみられるような浮気者もいることだろう。そもそも、浮動票、という言葉は、蔑称として登場したのではなかったか。

選挙、あるいは投票というのは、民主主義の根幹であり、権利でもあり、義務(?)でもある。いや法的には投票は義務ではないだろうが、私個人的には義務に近い。あるいは、私の出身母体から考えれば、投票しないのは義務を放棄している、とみられる風潮があった。

私は必ずしも保守政党を悪者とはとらえていない。私の生地である農村地帯について、細かい施政をしてくれた時も長い。仏教団体を母体とする政党も、まったく言っていることが理解できない訳じゃない。私は仏教は好きだ。天皇制について拒否している政党の言い分も、理解できない訳じゃない。労働者を第一に考える立場があってもいいだろう。誰にも頼らず、自分の意見を世に問うという御仁がいたって、悪くない。

しかし、そうは言ってもすでに投票人生45年。いまさら固定票ぶることもできないし、組織票の一員として隠れてしまうことも好みではない。私は私なりのこの半生、投票人生を考えて、より肯定的に捉え直してみなければならない。

その時に登場するのは、<帝国>VSマルチチュード、という考え方だ。アントニオ・ネグリとマイケル・ハートの大きな論点を借りるほどでもないが、彼らの提示した図式は、私は納得した。<帝国>はどこかの国を言っているわけではない。世界をネットワークする権力構造のことだ。

それに比するところのマルチチュードは、群衆と翻訳されることが多いが、的を得ているとは言えない。一人ひとりの自立したエキスパートの集合性のことだ、と私は理解する。組織ではないが、ひとつの指向性の中で、こまかく有機的な整合性を見せながら、うごめくもの、成長していくもの。

私は暗黙のうちにこのマルチチュード性を求めてきたし、積極的にその流れの中にいよう、としてきたのだと思う。浮動票というのは、やはり蔑称だと思う。ふらふらと動いて、あぶくのように消えていく票、というイメージがある。いや違うのだ。一票、一票の重みを感じてくれ、という一票なのだ。付和雷同の匿名の組織票などよりは、重い一票なのだ、私は私の投票をそう主張したい。

いま、もし、自公民+財界+CSISなどの流れを<帝国>と捉えるなら、それに対峙するところの流れ、特に山本太郎とれいわ新選組の流れは、私の目の届く範囲に登場したマルチチュードの流れそのものなのだ。昔からこの政党を応援してきた、なんて人はいないはずだ。なんせ、山本太郎が政治家になったのは6年前、この政党が登場したのは半年前だ。彼らが浮動票を集めている、なんて表現は、じつは大変失礼だ、ということになる。

マルチチュードの流れは常にあり、ネグリとハート の登場した21世紀初頭になる前からずっとあったのだ。それにどのような名前を付けるかはお好みだが、その潮流はずっとあり、私は私なりにその潮流を求め、見つめ、時には合流してきた。当然それは国境に区切られた一国的なものではない。国境を越えて、地球規模でつながっているべきネットワークなのだ。

ネグリとハートの言説から私がつかみかけたものは、マルチチュードが掌握すべきものは三つあるということ。一つは憲法であり、二つ目は貨幣であり、三つ目は武器だ。フランス語やイタリア語から英語になり日本語になったりすれば、ニュアンスが微妙にずれている可能性はある。されど、ここでは、現在、日本に生きている自分に引き寄せて、この言葉たちにリンクを張っておく。

憲法。これはもちろんのこと、自治権を持っている住民が自ら作成すべきもので、現在の日本国憲法がその見地からはややズレていることは確実だ。いつかは自らで作成しなおさなければならないだろうし、直し続けなければならない。されど、現在の状況においては、憲法9条関連は大きく変更されてしまいかねない危険がある。今、私を含むマルチチュードは、この憲法を守ることこそ、マルチチュードたるゆえんだと思い得る。

貨幣。一時期、ビットコインなどが代表する仮想通貨(暗号資産とも)が、それにあたるかなと考えてみたことがあるが、扱われ方からすると、いまだ、マルチチュードの貨幣とまではいえないようだ。むしろ、現在においては、にわかに登場したかに見える現代貨幣理論(MMTとも)の方が説得性があるようだ。現在の日本においては、消費税廃止、奨学金チャラ、時給1500円補償、ベーシックインカムなどのほうが、はるかにマルチチュードの貨幣感にフィットしているのではないか。

武器。これは、マルチチュードひとりひとりが武器を携えて戦え、ということを意味しているのではない。むしろその逆だ。権力構造を補完するものとしての憲法、貨幣、そして武力構造、これらをマルチチュードのコントロールできる管理下におけ、という意味である。例えば、現代日本が直面している、沖縄辺野古新基地建設問題。ここが住民たちの県民投票の意志を無視する形で進行している状態は、あきらかに<帝国>が暴走しているシンボルなのだ。ここを止められるくらいに、マルチチュードは力を持たなければならないのだ。

私はこの書き込みにおいて、ひとつ明確にしておきたいことは、蔑称を含む浮動票を自称するのは構わないとして、あやふやでどこに投票していいか分からない、という票ではないんだよ、ということだ。<帝国>構造に対するアンチとして、いち<マルチチュード>として、意識を持って一票を投じ、行動し続けていこう、という立場を明確にしておきたい、ということだ。

おそらく私は個人的には、そういう生き方をしてきたはずなのである。

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地方議員についてのメモ④

③からつづく

1)この数日、地方選挙があり、ひょんなことから隣の選挙区の当選議員に目をとめてしまったが、調べれば調べるほど、こちらのテンションが下がるので、そろそろ追っかけは止めることにします。

2)政界は魑魅魍魎の住むところ。若くて新鮮、と思えるが、逆に言えば、若いうちからこの世界に足を突っ込んでしまうと、人生甘く見てしまう可能性もある。

3)すくなくとも、短期間のうちに、複数の政党に関わり、複数の自治体から立候補し、当選、落選を繰り返しながら、なお、任期の途中から放り投げて、次の選挙に出る、ということを繰り返すようでは、私の趣味ではない。

4)ある程度ブレない体幹の持ち主じゃないと、ダメだ。調べているうちに、こちらがゲンナリしてしまうような対象では、願い下げだ。かかわりを持ちたくない。

5)この人物と関わりを持っていること自体、スキャンダルになりかねない。フェイクな議員とさえ、今は感じている。共通する飛びぬけた政策などない。

6)いいたいことはいろいろあるが、そろそろやめにします。

7)おわり

 

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2019/08/27

地方議員についてのメモ③伊藤ゆうた氏のポスターについて

②からつづく

伊藤ゆうた氏のツイッターから 要点だけピックアップしています。詳しくは原文を参照のこと

Q:仙台市議選終わったからだけど この団扇ぽいやつ選挙法に触れんのかな?

A:伊藤ゆうた氏
  市選挙管理委員会の事前審査も通っているので問題ありません。

Q:推薦してないとのことで確認とれましたので悪用ですかね😡

A:伊藤ゆうた氏
  為書きは、私の名前を書いてもらった状態で山本太郎事務所側から頂いたものです。悪用とは、事務所側にも失礼だと思いますが。

Q:ポスターやビラに名前と顔を載せていいと許可は取られましたか?

A:伊藤ゆうた氏
  御許可頂きました。解像度の高い写真のご提供も頂きました。

Q:それは大変失礼いたしました
  れいわ新選組の事務所に聞いてみますね

A:伊藤ゆうた氏
  私は無所属として、山本太郎氏に個人として応援コメント頂いたので、それを踏まえて問い合わせ先はお考え頂いたほうがいいと思います。

Q:悪用と書き込みしてしまいすみませんでした。しかしれいわ新選組の公式アカウントやサイトにもなにも情報がない状態でして...。れいわ支持者のみなさんも嘘かほんとかわからないのです為書きが事務所側から送られたというのが本。当でしたらそちらについては謝罪させていただきたいと思います。

A:伊藤ゆうた氏
  私が無断で山本太郎氏の名前を使用したと言いたいのですか。

Q:ポスターや新聞などに山本太郎さんの名前と写真を使用する許可についてはどうなのでしょうか?為書きと写真とではまた意味が違うと思 いますので

A:伊藤ゆうた氏
  御許可頂きました。解像度の高い写真のご提供も頂きました。

Q:「応援」といって載っているのが珍しくて、みなさん困惑したようです。 でも選挙の型も変わってきていますからね。 新しいせっかくのご縁なら、気持ちよくこれから議員活動して欲しいです。頑張ってください!

A:ありがとうございます。 頑張ります!

④につづく

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2019/08/26

地方議員についてのメモ②

①よりつづく

 この記事、不思議な展開を見せ始めた。仔細は避けるが(っていうかSNSの方にかなり書いているし、意見も情報もいただいている)、とにかく興味深い。なぜに?

(a) 政権を取るというはどういうことか。

(b) 国政と地方とはどう絡むのか。政策、政局において。

(c) 政治家になる、政治家として人生を送るとはどういうことか。

(d) これからの実際の政治日程。

(e) 私たちはどういう世界を求めているのか。

(f) 私はどう生きるのか。

 以上のようなテーマと深くリンクしてくる可能性がある。今回は、すぐに展開しないでおくが、なかなか面白いぞ。ここが我がブログの解体と再構築の展開軸になるかもしれない。

③につづく

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地方議員についてのメモ①

 このチラシ(うちわ)は、街を歩いていたら、落ちていたので、ゴミかな、と思って片付けようと拾ったもの。太郎云々とあったので、捨てられず、持ち帰りました(笑)

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 私は選挙区も違うので、彼の選挙広報も持っていないので、詳しくはわかりません。
ただし、国政選挙と、市会議員(の中の区エリア)の身近な選挙となると、おのずと政策も微妙に違ってくるでしょうね。

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①小さな政府
 の一環としての図書館民営化、があるのでしょうか。政策というより、図書館のいちヘビーユーザー(と自認しているのですが)、図書館の民営化は、個人的に是々非々です。


仙台市には大きなメディアテイクという市立図書館があり、その他
、区別に5つの大きな図書館があり、さらに地域に密着したサービスがいくつかあります。おおむね私は満足しています。

ただ個人サービスについては、例えば読書歴の外部漏洩などは厭なので、これ以上(?)の民営化はいやです。

箱ものは市立だが、内部のスタッフは民営化(例えばどこかの書店が請け負う)している部分もあり、守秘義務的には、必ずしも完璧ではないので、一応私は、警戒しています。

隣の多賀城市の図書館は民営化され、ツタヤが運営しています。逆となりの名取市にもコーヒーコーナーが出来ていたりします。

図書館というものは、基本、公立であってしかるべきだと、私は個人的に思っているので、この点に置いては、大きな政府に賛成です。

もっとも公立図書館でも情報提供は積極的にします、という姿勢のところもあるので、要注意ですが。
 ②地方議員について

私が身近に接している仙台市や宮城県の議員は、基本、地元密着型で、長年地域行政に携わる方がほとんどです。地元内に住み、町内会活動やPTAなどにも関わり、そこからの問題点を議会に、というスタイルでしょうか。

もちろん、地方を、国政へのステップと考えて、ホップ、ステップ、ジャンプしていく政治家もおり、それはそれなのかな、と思いますが、頭数としては少数派です。

さて、埼玉県議補選において、れいわ太郎はどのような方針で来るかわかりませんが、彼(ら)の目線や政策は、実に草の根でボトムアップ方式ですが、こと政局に関しては、トップダウンだ、と感じます。

そもそも、私を総理大臣にして、と立候補してきた候補者は、どのくらいいたでしょうか。私の知る限り、太郎が唯一のように思えますし、そこが彼の魅力なのだと思います。

子飼いの地方議員を持たず、最初の最初から国政の政権狙い、という政党は、そう多くはないと思います。地方議員に出来る国策はほとんどないし、そこから国政に行くまであまりに時間がかかりすぎる、とも思えます。

今後どうするのかは注目に値しますが、ここはやっぱり太郎は初志貫徹で、都知事選などにも目をくれず、国政一本でいくのが全うで、早道のように思います。

埼玉補選は、個人的には、埼玉の地方選に昨年立候補歴がある、やすとみ歩氏あたりがいいように思っています。

③政治家への道 

私は政治家にも、総理大臣にもなりたい、と思ったことは一度もありませんが、太郎は小学生の頃から公言していたようです。それが一本道だったのかどうかはわかりませんが、そのような将来の夢を持つ子供がいても、いいのだと思います。


そして、太郎以外にもそのような子どもや人生があっていいのだろうし、現在、まさに政治家になろうとしている人たちがいるとするならば、世に必要な役割であるので、その人たちの夢が正当に実現出来ればいいな、と思います。

さて、この数年、まさにキックスタートしようとする若い人たちがいた場合、チャンスは絞られてくるし、迷いや、誘惑も決しては少なくないのだと思います。

統一候補とかで削られてしまう場合もあるだろうし、思ったことも言えなくなってしまう場合も少なくないでしょう。そういう事情から太郎は大きなっ政党には属さなかったのかな、と思います。

ただ、あまりに筋が通っていなかったり、無理くりな屁理屈だったりすれば、総理大臣だろうが市会議員だろうが、排除されてしかるべきでと思います。

またスキャンダルやコンプアイアンスについては十分配慮すべきだと思っています。

④太郎の応援

いずれにせよ、いつかは、どのような方法によるかは不明ですが、この候補者とれいわ太郎の両方から、今回のこの「応援劇」についての真相が分かればいいなと思います。


このような為書きが他の候補にも送られているのか。そもそも、公的な資料にこのような実名を刷り込んでしまうことの意味や、認可の可能性などについても、知っておきたいものです。

その他、⑤以降については、思いついた時、メモします。


②へつづく

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2019/08/24

童謡替え歌シリーズ⑤「太郎えもん」

凍結だめよ 増税だめよ
8パー 10パー 根拠ないだろう
国債発行 法人累進
5パーに減税 かなえてほしい
小遣い自由に 使いたいなぁ
「ハイ! 消費税廃止!」
アンアンアン とっても大好き太郎えもん

学生泣かせ 借金背負い
奨学ローン 国営サラ金
結婚しても 子育て大変
徳政令で 助けてほしい
ベーシックインカム MMT
「ソレ!奨学金チャラ」
アンアンアン とっても大好き太郎えもん

沖縄いいな 辺野古がきれい
この国 あの島 基地はいらない
県民投票 地元の民意 
負担の軽減 押し付けするな
沖縄旅行に 行きたいな
「ウフフフ! 新基地建設中止!」
アンアンアン とっても大好き太郎えもん
アンアンアン とっても大好き太郎えもん

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童謡替え歌シリーズ④「山本アトム」

参院超えて ラララ 次は衆院選
ゆくぞ 太郎 チャンスある限り
こころやさし ラララ 国会の野良犬

十億集める
 山本太郎

消費税廃止 ラララ 奨学金チャラ
そうだ 太郎 憲法を守れ

こころ正し ラララ 自由な仲間
8つの政策
 れいわ新選組

街頭演説
 ラララ テレビ出演
きょうも 太郎 ロスジェネ代表
こころはずむ ラララ MMT
みんなを仲間に 統一会派

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童謡替え歌シリーズ③「浦島メロリンQ」

童謡替え歌「浦島メロリンQ」

むかしむかしメロリンQ
たけしのダンス甲子園
裸でテレビに出て見れば
たちまち大受け人気者

高校やめて芸能界
グラビアアイドル俳優業
ただ珍しくおもしろく
月日のたつのも夢のうち

震災起きて気がついて
原発爆発調べれば
環境破壊の元凶は
利権に群がる政財界

選挙に立って参議員
自称国会の野良犬の
パフォーマンス冴え渡り
心優しい政治家に

心を決しれいわ新撰組
仲間と立党してみれば
一大ブームを巻き起こし
山本総理の誕生だ

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童謡替え歌シリーズ②「山本きん太郎」

マイク片手に 太郎さん
街頭演説 熱烈連呼
廃止廃止 消費税 
廃止廃止 消費税

悪徳政治家 永田町
ロクデモナイ奴 追放しよう
平和憲法 ノコッタ
平和憲法   ノコッタ

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2019/08/23

童謡替え歌シリーズ①「山本もも太郎」

 

山本さん太郎さん
腰の据わった決めポーズ
ひとつ私もやりたいな

やりましょうやりましょう
これから安倍の征伐に
みんなで行ってやりましょう

行きましょう行きましょう
みんなとともに何処までも
仲間になって行きましょう

そりゃ進めそりゃ進め
一度に攻めて攻めやぶり
つぶしてしまえ自公ども

おもしろいおもしろい
残らず国会奪取して
消費税は廃止だぜ

バンバンザイバンバンザイ
仲間のれいわ新選組
一気に政権交代だ

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自民党か共産党か

 自民党か共産党か。天下分け目の戦い、政権争奪戦、のお話しではない。ここでの話は、ごくごくささやかな、わが町内、わが家庭内のお話しである。

 生涯投票率100%であることは、繰り返し述べてきたことであり、結果としてそうなった、というだけで、別にポリシーを持ってそうしてきたということでもない。こちらも繰り返して述べてきたことだが、私は典型的な浮動票だ。生涯あらゆる政党、人物に投票してきた。白票は一票もない。よく考えて、最悪、50%以上の賛意があれば、今回はこの人かなと、投票してきたのである。

 しかるに、その決断の根拠はいかに。現在、身近な地域選挙が進行中である。投票日まであとわずか。選挙戦も激しい。通りを走る選挙カー。ワキ道や裏道まで入り込んでくる。駅前の演説。集会所の講演会。電話攻撃、ハガキ、まぁ、いろいろある。

 そして考えてみるに、玄関をピンポン!と押して、候補者自身が選挙前に訪問してきたりしていると、グッと心は動く。これはまぁ、とにかく余程お人よしに見えるのか、わが家にはあらゆる政党、人物が押し寄せる。ニコニコして、「がんばってください」と、声をかける。で、これっていいんだろうか。

 旗色を明確にしないのは、地元密着の商売をやっているからだけではない。そもそもそういう選別作業が好きではないのだ。決断力がない、と言われればそうなのだが、どうも好きではない。いいじゃん、あいつはあいつだし、オレはオレ。それで通してきたはずなのだが。

 さっきもまた、町内会でお世話になっている人物が、ましてやわがショウバイのお客さんが、チラシを持ってピンポン訪問してきたりすると、腰を下ろして、話を聞かなければならない羽目になる。

 今回は、先の参議院の絡みもあり、実は投票先は決まっている。なんせ、先日わが家にやってきたさっそうとした青年に、私の一票を託そうと決断したはずなのである。されど、今朝は今朝、町内会の世話人さんが、にこにこやってきて、真逆の候補者を応援してくれ、とやってきた。

 悩む。たかが一票、されど一票。これは誰にも分からないことだ。誰に告げる必要もない。もちろん、家庭内でも秘密だ。奥さんや他の家族の投票先など尋ねたことは一度もない。もちろん、明確に私が奥さんに伝えたり、頼んだりしたこともない。選挙とは、個人的には、極めて個人的な行為なのである。

 で、最近思う。自分はすでに、自分がなりたいモノになっていて、この世はすでになるべき姿の蓮華国であったとするなら、すべてがすでに許された行為なのである。目に映るすべてのものが、そのまま、ありのまま、真ならば、私の惑い、私の間違い、私の決断、私の行動は、すでにすべてがOKなのである。

 赤勝て、白勝て、まぁ、実際はどっちでもいいのだ。甲子園の高校野球だって、あっちの高校と、こっちの高校と、とにかく地元が絡んでいなければ、まぁ、どっちでもいいのだ。でも、どっちかに身を寄せてみないと、勝負は面白くない。どっちかを応援してみる。すると臨場感は高まる。ああ、勝った! ああ負けた( ノД`)シクシク… 基本どっちでもいいのだ。どっちでもいいし、どっちでもおめでとう、残念でした、だろう。そして明日には、勝負のことなんか、すっかり忘れている。

 自民党か共産党か。(あるいはサードパーティか)。まぁ、どこでもいいのだ。命取られるわけじゃない。そして誰にも秘密裏に行われる、私個人の秘め事。ここにワクワクドキドキしてもいいんじゃないか。心臓もたまには心拍数を挙げる必要がある。AちゃんかBちゃんか。思春期のあの胸騒ぎ、今ひとたび。

 いやいや、本当はもっと真面目に考えてはいるのだが、時に、こうして緩めて考えないと、息がつまる。期日前に投票するか、投票日まで待つか。直前まで待ったほうが、今回はどうやらワクワク感が持続しそうだから、それを楽しむことにするかな・・・。

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今の生活

 ある人のSNSに「今の生活」を続けられる、三つの条件、が書いてあった。

そこで私も考えて見た。

1)奥さんが元気なこと

2)仕事を続けられること

3)体がまだ大丈夫なこと

 「今の生活」が何を意味するかは、異論があるが、とにかくこの3つが阻害されたら、私の生活は、めちゃくちゃになってしまうに違いない。

一番大事なのは、やっぱり1)でしょう。炊事洗濯掃除、買い物、世間づきあい、仕事の補助、パート収入。彼女に 何かあったら、一大事だ。考えてみれば、依存度がひどすぎる。やってやれないことでもないが、それを全部自分でやるとなったら、大変だ。奥さんが潰れてしまわないうちに、私も分担して、少しでも彼女の負担を軽くしなければ・・・・。

 と、いつも思うのだが、まだまだそうはならない。どうせ死ぬにしても、奥さんに先立たれたら、私はアウトである。寝込まれただけでも、パニックだ。人生、お先真っ暗だ。いつまでも奥さんが健康でありますように。

2)つ目は、仕事。私の場合、何が仕事なのか明瞭ではないが、とにかく固定的な収入がないことには生きていけない。幸い今の仕事は高齢化しても続けていける可能性がある。私より10才、15才上でも現役がいる。最高齢90才の方は、記録更新中である。条件さえ整えば 、私だって、生涯現役、と言える可能性もある。

 もっともそのためには、最小限の、読み書きそろばんができなくてはならない。今流に言えば、ワープロ、エクセル、インターネット、というあたりか。もちろん必要な資格も維持しなければならないし、取引先とも、顧客とも、良好な関係を構築し続けなければならない。

 しかし、そこが崩れてしまっても、ローンの類が減っていれば、あるいは終了していれば、少ない年金と合わせて、半減した収入でなんとかやっていけるだろう。老後資金はゼロだが、90才まで働けば、2000万円貯蓄できるはずだ。笑。まぁ90になって、もはやそんなになくてもいいだろうし、そもそも、もはや死んでいるかも。

 だから、今の仕事が続くかどうかはともかくとして、愛する奥さんがそばにいて、何か自分がやれる、やりたいことがあれば、生きていけるのだと思う。

 そして3)つ目。体だね。老いの兆しは、歯、 目 、マラ、とよく言われる。歯は虫歯だらけ。入れ歯活用中。自分の歯はどんどん減っている。まずいなぁ、思いつつ、飲んでそのままゴロ寝、しちゃうものだから、ここは全く自信はない。

 目だけは自信あったのだが、私も人並みに老眼になった。白内障、緑内障の宣告は受けていないが、数年前から、ちょっと大きめの飛蚊症が飛ぶようになった。老眼鏡は必帯で、長年100円ショップ製品で間に合わせてきたが、最近はグレードアップして、数千円モノを愛用している。はずきルーペとやらは使ってないが、敬老の日にでもプレゼントされれば、喜んでいただくだろう。

 肩や腰、背中や足や、ひざ関節。人並みにその苦痛を味わっているが、多少の対策も心得ているし、血圧も弱い薬で間に合っている。一番の難点は、肥満だろう。このことについては、あんまり話題にしたくない。ダイエットはもはや、諦めたに等しい。ここではとにかく20キロ多い、とだけ書いておこう。

 私にとっての「今の生活」を維持するには、この3つの要件が必要ですね。奥さん、仕事、体。そして、集約すれば、日々心落ち着けて、ゆったり座禅でも組めて、お茶をいただき、畑仕事ができて、たまに俳句もどきでもひねっていることができれば、私の晩年、ということになるんだろうな。

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2019/08/22

「10%消費税」が日本経済を破壊する──今こそ真の「税と社会保障の一体改革」を 藤井聡

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「10%消費税」が日本経済を破壊する──今こそ真の「税と社会保障の一体改革」を
藤井聡 (著) 2018/11 晶文社 単行本: 196ページ
No.4317 ★★★★★

 え~と、藤井聡、ってだれだっけ。ググってみると、あれ? こんな人がでてきたよ。

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 って、この少年がこの本を書くわきゃぁ、ないでしょう。この少年は、藤井聡太で、この本を書いたのは藤井聡という方でした。

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 あ、なるほど、この方なら、たまにテレビで見ますね。書いたのはこちらのほうの方でしょうね。

 はてさて、論旨はタイトルの通り。れいわ新選組、緊急政策を補助するような内容で、論旨の根拠も、同じようなところから出ている。

 しかし、それにしても、このような内容の本がいくつもでているのに、それでも10%にしなきゃいけないというのは、どういうことなんだろうね。それを停めない国民とは、いったいなんだろう。

 って、さて、それならそれをどのようにしたら、止めることができるのか、というと、今、私(たち)に残されているのは、山本太郎を総理大臣にする、っていう希望しかないのだ。なんということだ。

 

 

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2019/08/21

「禅の知恵に学ぶ」山川 宗玄 <6>

<5>からつづく

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「禅の知恵に学ぶ」 NHKこころの時代~宗教・人生~ <6>
(NHKシリーズ) ムック 山川 宗玄 2019/03 出版社: NHK出版 ムック: 160ページ 
★★★★★

 このシリーズ、月1の放送なので、ゆっくりとしたペースだなと思いつつ、この日曜日ですでに5回の放送を終えている。あと9月に一回放送があれば、それで終了となる。この人気の高さから、いずれ再放送もされるだろうし、DVDとしてアーカイブスにも記録されることだろう。ひょっとすると、海賊版も含め、ネット上において部分的に再視聴できるようになるかもしれない。

 それにしても、と思う。この人心を惹き付けて止まない深い知恵の魅力と、そこに到る道の大きな隔たりは、なんと大きいことであろう、と嘆息してしまう。

 若ければ若いなりに、全身まるごとその道に没頭するやりかたもあったに違いない。あるいは、遠く拝するに終わるにしても、その高潔なる生きざまを、現在の自分の日常にいかほどかでも取り込めないものかと思う。その時の、自らのあさましさに、ひとり笑ってしまう時がある。

 この三年程、思い立って、近くの禅寺で月二回の坐禅会に参加している。所要時間はおよそ1時間。中30分の正式な坐禅を挟んで、老師の講話があり、普勧坐禅儀や般若心経の読経があり、あるいは月に一度の朝粥をいただくときは、専用のお言葉を唱えて、いただく。

 最近は、出家する人が少なくなっているという。つまり少子化で、お寺の跡継ぎが減っているのだという。ならば、私が和尚様になって、お寺を継いでやろうか、なんて冗談でいうと、それはそれなりに歓迎だそうだが、そんな気分になるのは三日坊主の証拠、いや三時間和尚で終わりだろう。

 とかなんとかいいつつ、本当に現代でもこのような出家寺院があるということはすごいことだな、とあらためて思った。

<7>につづく

 

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2019/08/20

「小泉進次郎と福田達夫」田﨑 史郎

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「小泉進次郎と福田達夫」
田﨑 史郎 (著) 2017/11 出版社: 文藝春秋 新書: 287ページ
No.4316★☆☆☆☆

 彼を知り我を知れば百選危うからず。最近、とかく話題の新興勢力に対して、よくわからず批判するのはおかしいというSNS上の書き込みがあった。私は別段にその物体を批判しまくるつもりもないので、情報収集もそこそこしかしないつもり。時間の無駄だ。

 こちらも、まぁ似たようなものだ。特段に恨みはないが、この三世、四世たちが、どう成長していくのかなんて、正直まったく興味がない。少なくとも、彼らが現在の政権を真っ向からぶった切ることはない。ただ、真向からデッドボールを当てて来る山本太郎には、ライバルとして矢面に立たされる人物たちであろう。

 最近、仙台伊達藩19世の方の講演というか巻頭の挨拶を聞いていた。彼がいうには、仙台市の教育委員会はなっていない、と。なぜなら、伊達政宗、って呼び捨ては何ですか? 熊本に行ってごらんなさい。子供たちだって、町全体だって、加藤清正公、と公づけで呼んでいるのです。

 私だって、親が45歳で亡くなって、23才で19代になった時、後に昭和天皇の大喪の礼を仕切ったような大叔父でさえ、私のことを「御当主」と呼んできたのです。それが何ですか、講演会か何かの時に廊下ですれ違ったりすると、あの人が、XX宗さんよ、と呼び捨てですよ。教育委員会はなってない、とおっしゃっておった。

 やや内部的な集まりではあったにしても、そして私も60歳を迎えて還暦したから、これからは云いたいこと言います、という前振りはあったにしても、それはなぁ、ちょっと、私にはついて行けないな、と思った。

 こちとら戦後生まれの科学と民主主義の子である。時代錯誤の封建噺を持ち出されても、すぐには反応できない。すくなくとも、同じ国民としての同列なれば、この方を「公」呼ばわりすることはできない。

 さてさて、私(たち)は、この世は、民主主義の徹底した平等な世界であると認識したいのであるが、そうではないと主張する向きもあり、よくよくみてみれば、なるほど全然平等じゃないじゃない、とがっかりすることも、かなりある。

 この本に登場するお二方は、幸か不幸か、やや封建的な風潮のある世界に生れ落ち、その風潮の中で成長し、人生を送らなければならないような立場のお人たちとお見受けする。それはそれで、大変な苦労もおありなのだろうな、とお察しする。まったくの皮肉ばかりではない。まずはご苦労様、と申し上げておく。

 彼らを真っ向から批判する気など無いものだから、私なんぞは、この本も実にぞんざいに扱っており、パラパラを一回しただけで終わり。内容もほとんど読んでいない。でも、世の中そんなものかもしれない。この本まだ出版されて2年しか経過していないのに、ネット上では50円の値段で流通している。なんとかOFFなどに行ったら、それこそ10円コーナーなどに山積みされてしまう一冊なのだろう。

 この本で確認しておくことは、この4世議員と、政治ジャーナリストを名乗るスシローなる人物は、こうしたずぶずぶな関係なんだな、ということ。テレビでよくお見掛けする顔だが、最近いよいよ鼻について来て、おっしゃることの何分の一も耳に聞こえてこない。そろそろこの顔が見えたら、すぐにチャンネルを変えるべきだな、ってこと。

 

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「進次郎メソッド 」情熱を感染させる小泉流“魅せる”対話術 向谷 匡史

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「進次郎メソッド 」情熱を感染させる小泉流“魅せる"対話術
向谷 匡史 (著) 2017/04 出版社: 双葉社 単行本(ソフトカバー): 224ページ
No.4315★☆☆☆☆

 彼を知り我を知れば百選危うからず。何はともあれ、我が総理大臣推薦候補のライバルが、この人なのか、と、まずは、どんな人なんだろう、と情報収集。

 この総理大臣候補は、まだ自分の本を書いたことがないという。政治家としての矜持がまったく見えてこない。この本は、取り巻きの小判サメ作家が、勝手に「メソッド」などとまとめてしまった本。もし、このようなノウハウしかない政治家なら、やっぱり操り人形でしかないだろう。上を下を見ながら、ただ泳いでいくだけだ。

 山本太郎が「みんなが聞きたい 安倍総理への質問」(2016/01 集英社)をしまくっている時に、 この程度のオチャラケを書かれていていいのか。この程度と言えばこの程度、こういう立場でしかないと言えば、こういう立場でしかないのだ。国会の野良犬VS政治家一家4世。

 あまりいい勝負だとは思えないが、まぁ、世間がこのような図式を好んでいるとするならば、それはそれでいいだろう。太郎が現場マルチチュードの一員だとするならば、こちらは<帝国>の操り人形。

 どんな勝負になるかは今のところ計りかねるが、当ブログがどちらを押すかは一目瞭然である。

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「京都人の密かな愉しみ」源孝志 他 <6>

<5>からつづく 

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「京都人の密かな愉しみ」 <6>
NHK「京都人の密かな愉しみ」制作班+源孝志 (監修) 2018/03 宝島社 単行本: 186ページ

 この夏、どうしたことかNHKの再放送枠で「Blue 修行編」がまた(?)されている。ひょっとすると新作も交じっているかもしれない。気にはなるので、録画に取ってはあるが、どうも以前ほど熱意がない。本編よりBlue編がいまいちなのかもしれないが、作品そのものよりも、視聴する側のこちらが、大きく変わってしまっている可能性がある。

 その理由として思いつくのは二つ。一つは母の介護の終わりと一連の葬儀の生活。二つには、山本太郎とれいわ新選組の登場であろう。この二つとも、今後の私の生活に大きな影響を与えてくる可能性が大である。

 母の死は、逆転すれば、私自身の老いの表れでもあり、母の死は、そのまますぐ私自身の死へとスライドしてくるのであり、本来私の主なるテーマへと、いよいよ追い詰められた、という意味でもある。何かを先送りしていたものが、どんどん身近となり、いよいよ第三コーナーから最終局面へと追い詰められた、という感がある。

 山本太郎としんせん組は、ある意味、一つ目の現実を直視するのを避けるために、一時の気まぐれのような気がしないでもない。自らのいずれやってくる死と、日々の政治の世界のどちらが現実なのか、という話題になれば、異論があってしかるべきだが、当然のように私の中では、はてさて、どちらを優先すべきか、という惑いとなる。

 さて、そんな流れの中で、この「京都人の密かな愉しみ」を見ていると、何かがやっぱり剥がれてしまったのだ、という思いが強くなる。その虚構成、その地域性、その偏向性、その趣味性・・・・。どうも、もう戻れない地点へと、すこしづつ流されてしまっている自分に、いまさらながらに気づくのである。

 されど、やっぱりあの「桜散る」を見た時の最初の感動は忘れることはないし、何度も見たし、今後も何度も見るに違いない。本編は面白いけど、Blueは今いち感情移入できないのかもしれない、世代的に。されど、いつぞやは、「植物男子ベランダー」にほれ込みながら、一気に覚めてしまったように、一過性の個人的なブームに過ぎなかったのかもしれない。

 死、というテーマは永遠のテーマであり、当ブログの中心のテーマである。最後の最後はこのテーマで決まりなのである。それに比すところの政治は、決して当ブログの得意とするところではないが、伏線として「<帝国>VSマルチチュード」があり、現実と哲学、あるいは永遠を繋ぐリンクを、どこかで求めようとする指向性が残っているのかもしれない。

 いずれにせよ、いま録画して貯めているBlue編を、まとめて視聴した段階で、何事か、次なる結論がでそうなものである。

<7>につづく

 

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2019/08/19

選挙公報

 他の所用があって区役所に行ったので、5階まであがって、期日前投票所の前に積んである選挙公報をもらってきた。

 誰が立候補しているか分からないので、投票はしなかった。しかしそれにしても府に落ちないので、立ち会っている職員にクレーム。結局、現場では一番偉そうな男性がでてきたので、状況を説明。

 今回の市会議員選挙については金曜日(23日)までに各戸配布予定であるので、それまで待ってほしい、とのこと。それはそれでいい。しかし、前回の参議院選の広報はどうだったのよ、とつっかかる。

 対応してくれた重鎮そうなE氏によれば、選挙管理委員会へのクレームの90%は、この選挙公報についてだという。「かなり」電話があるという。電話をもらえば、30分以内に届けることになっているという。

 参議院選の場合は、河北仙販が担当だったが、今回は、仙台リビングだという。毎回、入札で決定するので、一社だけが担当しているわけではないと。ただ、入札できる程度の機能がそろっているのは3~4社しかないという。

 大体、1万世帯があるとすると、1万1000部を納品し、配布完了の連絡あれば、それを了承する以外にないと。配布完了の確認の方法がない。確かにその通りだろう。ただし、配布がないとのクレームがつけば、30分以内に届けるようにしていると。

 その他、いろいろとクレームを面談でつけさせていただきましたが、とにかく今週金曜日までに配布完了の予定です、とおっしゃるので、では、それまで待ちましょう、ということで、こちらも鉾を収めてきた。

 所用を終わらせて、自宅に帰宅すると、すでにポストに4つ折りで、今回の選挙公報が入っておりました。

 

 

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2019/08/18

「園通山 普門寺」開創400年記念

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「園通山 普門寺」開創400年記念
名取市 単立法人普門寺 2016 パンフレット 12ページ
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 母の法事の際、佐山泰法住職からいただいた一冊。すでにこの記念式典は3年前に終わっているだが、こんな立派な冊子が発行されているとは初めて知った。一緒に印刷された布のタペストリーもいただいた。

 正直いうと、この冊子、わずか12ページなので、全部ここに画像アップしたいのだが、まぁ、それは次回以降、何かのタイミングを見て「実行」しよう。(笑)

 今回はとにかく、この一か月ほど、どのタイミングでどうアップしようと思うだけで、全然手につかなかった。今回は、このタイミングだ。

 そして、このパンフレットで確かになったのは、やっぱりこのお寺は400年の歴史だった、ということだ。そして、本山は、仙台根岸の崇禅寺であることも確認できた。

 ご本尊もまた、聖観世音菩薩座像であることも確認できた。その由来等についてはこれからだが、大体の概略が見えてきた。

 あるいは、単立寺院になった経緯はもうすこし知りたいところだし、今後どのような方向に行かれようとしているのかは、デリケートなことなので、今後、何かのチャンスにお聞きしたいものだと思っている。

 他の資料等もいただいたので、いずれまた、ゆっくり考えてみよう。

つづく

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「私が総理大臣ならこうする」 日本と世界の新世紀ビジョン 大西つねき

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「私が総理大臣ならこうする」 日本と世界の新世紀ビジョン
大西つねき (著) 2018/12 出版社: 白順社 単行本: 256ページ
No.4313 

 いいんじゃないかな、この人、この本。共感しうる点はいろいろある。山本太郎もそうだったが、前代未聞の未曾有の災害だった3・11がひとつのターニングポイントになっていることも、共感のベースになっている。

 金融のトレーダーとしての実体験から導き出された経済理論については、一読者としてはお手上げで、なるほどそういうことなのですか、と拝聴するだけに留まる。それに反論することもできなければ、実証もできない。そういうものなんだ、と納得するしかない。

 ただ、それらはネット動画で繰り返し彼が主張していることでもあり、直接間接的に、第三者の論評もあり、かなりの共感を得ており、また共通項もあるので、これはこれでいいのだと思う。

 後半部分においては、2017年における自らの衆議院選への立候補を交えながら、実際にそれを実行し実現していく道筋については、異論もあってしかるべきだろうし、また、現実的に可能性を高める手立てにはなかなか難しさがともなうのだ、という主張には、やや正気に戻ってしまうところがある。

 されど、彼がすでに2018年12月においてこの程度の準備をしていたからこそ、今春のれいわ新選組との合流が可能となったのであろうし、彼自身の政治家キャリアとしても大きく歩みを進めることができたのだと思う。

 巻末の、彼が主宰する「フェア党」の紹介も好感の持てるものである。

 後半面白かったのは、マーケティングの観点から、キャズム理論を紹介していたところ。当ブログにおいては、すでにこの理論を活用させてもらっているが、それはIT関連の技術の進展状況についての理解のとどまっていた。この書においては、その理論を、政治上の運動に適応させている。

 ここではあえてMMTと言っておくが、新しい経済理論の普及過程において、イノベーター段階が終わって、すでにアーリーアダプター層を獲得したのが、今回の参院戦あたりではないか。もうすぐアーリーマジョリティーに普及しつつある。次回の国政選挙ではあきらかにMMT(的類似理論)が、圧倒してくるのではないだろうか。

 とすると、今回れいわ新選組が打ち立てた8つの緊急政策の具現性、可能性も、グッと高まってくる。フェア党の大西つねき、ここはれいわ新選組に合流する形で、さらにこの潮流に勢いをつけてもらいたいものだ。

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2019/08/16

「禅の知恵に学ぶ」山川 宗玄 <5>

<4>からつづく

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「禅の知恵に学ぶ」 NHKこころの時代~宗教・人生~ <5>
(NHKシリーズ) ムック 山川 宗玄 2019/03 出版社: NHK出版 ムック: 160ページ 
★★★★★

 現在、当ブログにおける人気記事の上位に常駐しているのが、この方の本である。本というよりも、テレビ番組の影響なのであろう。だから本の紹介をしても正確ではない。テレビ番組の内容について紹介すべきなのだろう。

 ただ、当ブログは必ずしもレビューをやっているわけではない。本なり番組なりに対峙した時に、我が身よりでてきた何事かをメモするのが目的だから、必ずしも、内容の反映になるべきだとは考えない。

 本来、この本についての紹介はもっと早く進むべきだったのだが、ここまで遅れているのは、それなりに訳がある。

 ひとつには、母の介護と死、葬儀とそのあとかたづけ。これはここ数年続いてきたことで、いつかは迎える終局であったので、まったく想像つかなかったわけではない。されど、父を亡くして57年、決してよくあることではない。慣れないことの連続である。

 そこに多少絡みついていたのが、新年号の発布。大正、昭和、平成、と生き延びてきた母親が平成で終わるのか、次なる御代へと続くのか、かなり興味深いことであった。おかげさまで、平成が終わり、令和が始まり、最初の母の日を迎えることができた。

 その母の日は、母が代表を務める小さな薬師如来のお社のお祭りだった。数十名の人々が集まり、無事祭りが完了した報告を受けて、母は逝った。行年98歳の母は、祝い唄に祝賀されて逝った。

 葬儀の準備に振り回されて全く知らなかったが、実は、葬儀の次の日、実は山本太郎が私たちの街にやってきていたのだ。私はまったくその話題についていけていなかった。あとで知ってびっくり。

 7月になって、参議院選挙が行われた。山本太郎とれいわ新選組の登場で、いきなり当ブログはスイッチバックした。突然の方向転換である。きりもみ状態の中で、当ブログは新たなる一つの方向性を見つけつつある。

 そんな中にあって、この「禅の知恵に学ぶ」シリーズ。なかなかここに簡単には戻れない。簡単に戻れないからこそ、このシリーズなのであろう。この視点こそ、大事な定点なのである。

 いずれここに戻るだろう。多少、あちこち振り回されることは歓迎だ。

<6>につづく

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2019/08/15

自己責任

<ざっくり噺>

 以下は、私を含む周囲から聞こえてくる伝聞の事実を基に、ざっくりとまとめておくものである。

 年金がどのような性質のものであり、いつからどう始まって、今後どうなるべきか、については諸説あるので、今回は避ける。ここで書くのは、事実を基にした、ざっくり噺である。 

 かつて30年前、団塊の世代を中心とした働き手たちには、60歳定年引退、60歳から年金暮らし、というイメージがあった。ところが、ある年代から、年金は65歳からしかもらえず、60歳後の5年間はどうすべきなのか?という惑いがあった。

 そこで発想されたのが、60~65歳までの、個人<つなぎ>年金といいうやつである。引退後はシルバー契約となり、年収は半分(以下)に落ち込む。そのショックを和らげるために、多少の積立をしておこう、というものだ。当然、65歳からは<満額>の年金が補償される、ということを前提としていた。

ケース①
 当時はまだバブル経済の最後っ屁が残っており、積立の金利はとても高かった。年利7%である。驚くような数字だ。結論として言えば、それ以降、この金利はずっと維持されてきていて、例えば、月に5~6000円ずつ積み立ててきた人は、累計160万投資すれば、300万円で受け取ることができた。

ケース②
 すでに国内の企業年金などが破綻してしまった後、政府は、日本版401Kというものを世に出した。掛け金分を自分で投資して、管理しなさい、というものだ。5つのランクがあり、もっともリスクがなくリターンも少ないRR1から、もっともリスクが大きくリターン予想も大きいのがRR5とする。どれを選ぶかは個人であり、常に株式市場を見て変動せよ、という自己責任方式だ。リザルトはまちまちだが、RR1で20年前後運用してきた人は、仮に90万円拠出したとすると、受け取るのはざっくり80万? なぜに? これは月々口座管理費の約500円が差っ引かれたからだ。

 ①の場合は、運用会社の赤字となった。向こう30年も金利7%と予想したことに無理があった。すぐに金利は急降下したので、運用できなくなり、秘密裏に解約モードでフェードアウトさせていった。だが、賢い消費者は解約しなかった。「まんま」と高金利商品のリザルトを手に入れることができたのである。

 ②の場合。管理費は、掛け金の多寡によらず一定なので、仮に月々5~6万の掛け金を拠出できた人は、相対的に管理費のマイナスは減る。さらに、うまく運用できてRR5などのメリットを享受できたとすれば、それなりのリザルトを得ただろう。しかし、それだとしても、掛け金の何倍という結果を得た人はいないだろう。せいぜい、10%増どまりではないか。

 これらの結果から考えるに、2019年の段階で、もっとも安全なのは、タンス預金である。いくらでもいい。余裕ある人は、手元に現金を置いておく、それに限るということになる。②の場合は、マイナンバーやら、登録やらで、やたらと面倒くさいうえに、原則満期まで解約できない。

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2019/08/14

出会い

 これは君にあてて書いている。君はこの文章を見つけることがあるだろうか。見つけても、それが君にあてて書かれたものである、と気づくだろうか。いや、粘着の君ゆえ、きっと見つけるに違いない。ならば最初から君宛に書けばいいのだが、今の私は、どうもそうはしたくない。

 そうしたくないゆえに、もうだいぶ逃げてきている。もっともっと前に書くべきだった。だけど、君の顔、君の心境を連想すると、どうも私の中の表現しようとする意欲が、失せ続けてきた。

 なに、云おうとしていることは、大したことではない。基本中の基本のことである。君はすでに分かっていることであろうし、そんなことは知っていると、一蹴するだろう。どうもそういう予感がするので、敢えて私は書かなければならないのか、と、口ごもってしまう。

 どうも、私は、君から反論を受けたくない。すでに反論は、君の書き込みやページによって、受けている。その延長をしたくない。つまり私はネット上の炎上だけでなく、日常的な不毛な議論は、好きなほうではないのだ。独白、独り言が好きなのだ。

 出会いというものは、微妙なタイミングだ。恋愛にたとえて言えば、例えば世界一の美女にであう、ということはどういうことであろうか。世界でもっともフェアなコンテストが存在しないかぎり、世界一の美女なんていやしない。価値観もそれぞれなのだ。

 だれにとって、世界一の美女なのか。それは、その存在と出会い、心打たれた者、その者にとってなのだ。誰も客観的に美を表わすることなどできない。そのタイミング、その事実の中で、世界一が決まるのだ。

 だから、君がどのような価値観の上に成り立って、君の世界一のモノを提示しようと、それを受け取る側にとっては、もっと自由が与えられていてしかるべきなのだ。押し付けてはならない。

 私にとっての究極は、私の究極なのであって、客観的には決定しようがない。それを表現しようがしまいが、それは主観的には決定してしまっている。

 君の努力は賞賛に値する。それは報われるべきだ。私の多少のオベンチャラが、その役割を、ひょっとすると担うかもしれない。だが、しかし、物事はもっと絶妙だ。私はあなたの増上慢をさらに助長はしたくない。つまり鼻をへし折りたい。へし折っても、私にとってはあまり利益はない。だから、ずっと放置してきているのだ。

 鼻をへし折られるほどの価値が、君にはある。誰かがその役を担ってくれるかもしれない。だがしかし、私の見るところ、残念ながら、そのような存在は、まだ登場していないようだ。私は敢えて、その役を買いたくない。だれかと、君は出会うべきなのだ。私にそれを求めるべきではない。

 きょうは、ここまで書いておく。いずれ、もっとわかりやすく書くかもしれないし、書かないかもしれない。君もまた、これを読むかもしれないし、読まないかもしれない。それはそれでいいのだ。それが出会いなのだ。この書き込みをずっと残しておくかもしれないし、君に届いたかもしれないな、というタイミングで削除するかもしれない。しないかもしれない。

 これは一人ごとだ。君に届くことを目的にしていない。もし届いたら、それもよし。届かなかったら、それもよし。

 

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「みんなが聞きたい 安倍総理への質問」山本太郎 <3>

<2>からつづく

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「みんなが聞きたい 安倍総理への質問」<3>
 山本太郎 2016/01 集英社インターナショナル 単行本: 320ページ
 

 連休中、帰省した孫たちの遊園地へのアッシー君と、荷物係を引き受けたので、彼らが、コーヒーカップや、ゴーカートなどを楽しんでいる間、私は、藤棚のある休憩所で、この本の残りの部分に目を通した。

 最近は、あまり本を読む気力も失せてきて、なおかつ、難しそうな言葉はどんどんパスしている前期高齢者であるが、基本、この本は面白く読み通した。

 わが愛すべき太郎君とは、どういう人物なのか。入手できる範囲で、彼のアウトラインをとらえておくことは大事なことであろう、と個人的には思う。もちろん、面倒なことは、パスに次ぐパスである。

 そして思った。この男、パフォーマンスは派手だが、その体幹は実にしっかりしているなぁ、ということ。言っていることが一貫している。昨日今日思いついたことを並べているわけではない。常に学び、実行し、その結果を積み上げながら、前に進み続けているのである。おそれいった。

 この本はすでに3年半前に書かれたものである。この後もたくさんの質問があったことだろう。されど、今回の緊急政策につながるものは一貫している。なるほど、こういうプロセスを経てきているのか、ということが一目瞭然にわかる。

 いずれまた、この本に手が伸びることであろう。その時は、ひとつひとつの政策についてのプロセスを、もうすこし細かく検証していくことになるであろう。

つづく・・・・時もあろう。

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雑誌「明星」1991年7月号

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雑誌「明星」1991年7月号
集英社 雑誌 218p
No.4312★★★☆☆

 失敗談。
 そもそもが「ひとり舞台」(山本太郎 2012/02 集英社)p92において、この画像が張り付けられていたのが始まりである。

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  ここにある(『明星』1991年7月号)の表記が、惑いを生む。すでに4300冊以上を追っかけてきた当ブログの習癖として、追っかけられそうな書籍は追っかけてやろう、という邪心が常に生まれるのである。

 さっそく近くの公立図書館を調べると、この歌謡界(アイドル界?)ファン雑誌のバックナンバー揃えているところがあったのだ。そこで手を尽くしてリクエストしたところ、やはりそうであったかという結論。つまり、蔵書しているはずなのだが、見当たらない、というリポートだったのである。

 しかたないなぁ、と何気なくネット検索すると、なんと、その1991年7月号という雑誌が、ネットオークションに流れていたのだ。しかも、のこり時間10分だった。値段500円(+郵送代)。当時の雑誌代よりは高いものの、こちらの好奇心を満たしてくれるには、まあまあの値段である。

 さっそく落札して、入手し、一ページ一ページ確認したところ、この画像はなかった。私の失望は大きかった。なぜにそのような結果になったか。

 次第にその理由が分かってきた。この当時の「明星」には歌詞集みたいなものの「付録」が定番だったのだ。しかも、この画像は、どうやら「Dancing’TV Book」(ダンス甲子園大特集)という付録の中にある画像であったようなのだ。

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 なるほど、そうであったか。ここまで分かった段階で、私の追っかけは、もう委縮しているので、さらに検索はしないつもりだが(いつ病が再発するかは定かではない)、もし、だれか手元にこの冊子があって、上の画像を見つけることができたら、何らかの方法でアップしてくれると嬉しい。

 なんせ、1991年の段階で、1984年11月生まれの山本太郎、16歳にして「政治家を目指」していたという傍証になるのではないか、と私は個人的に思う。すでに小学6年生で総理大臣を目指すと校長先生に宣言したそうだから、当たり前とは当たり前だが、桃太郎に「日本一」の旗を作ってあげたおじいさんや、キビ団子を作ってあげたおばあさんに、似たような心境が、私の中にも湧き上がるのである。

 鬼が島に行って、鬼を退治してきてほしい。宝物の土産も、ひそかに期待はしている(笑)。

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2019/08/12

「ひとり舞台」 脱原発-闘う役者の真実 山本 太郎 <2>

<1>より続く

 

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「ひとり舞台」 脱原発-闘う役者の真実 <2>
山本 太郎 (著) 2012/02 集英社  単行本: 232ページ

 やはり、この本を読むのはタイミングではない。読み込めない。メロリンQも知らなければ、ふたりっ子、も知らない。特定のタレントにぞっこんという年齢でもなくなった。3・11の前だか後だか、覚えていないが、太郎がNHKの何かの司会をやっていて、ぐっと抑えた感じで、若者文化の番組を担当している時に、やや好感を持った程度だ。

 おそらく、今回、れいわを立ち上げなかったら、国会の野良犬、山本太郎がいかにパフォーマンスをやってくれたとしても、この人物との距離は縮まらなかっただろう。それはそれでいい。そういう人がいてもいい。

 しかし、何かがブレイクした。突破したのだ。それは、彼が彼であったがゆえに、ある沸点に到達したのだろうし、彼にしかできない何かが、発火したのだ。

 でも、それは彼でなくてもよかったのだ。「勢い」「アングル」「波」のうち、少なくとも「波」は、彼でなくてもよかった。「アングル」だって、他のいくつも考えることができただろう。「勢い」だって、他の誰かが持ちうることだってあったはずだ。

 しかし、今回は太郎の「勢い」しか、突破できない何かがあった。彼は、自ら「アングル」を想定した。その「勢い」」と「アングル」こそ呼応した「波」があった。

 そういうことを理解した。この本は、「勢い」の本である。アングルは「みんなが聞きたい 安倍総理への質問」にゆずるだろう。波は、「僕にもできた!国会議員」に呼応して起こってきた。この「ブーム」はどこまでつづくか。

 力道山型、タイガーマスク型、クラッシュギャルズ型の「つぶし」に気をつけろ。

 千載一遇のチャンスだ。

つづく

 

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 ーーー

 当たっていようが、外れていようが、どっちでもいいのだ。所詮、下衆の勘繰りにすぎない。

 名づけようもないものに名前をつけ、語りようもないものを語ろうとしているのだ。どこに議論の余地があろうか。

 それはただ、風に吹かれて音を出し、耳に飛び込んでくるまま、受け入れる以外に、方法はないのだ。

 語ろうとする努力は、愛の結果に過ぎず、愛があるからと言って、理解できるものとは限らない。

 あいまいなものは、あいまいなままにしておくに限る。

 説明できるものなど、なんの意味もない。

 解釈も必要なければ、表現さえ必要ない。

 ただただ、黙して、去ろう。

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New Perspectives from Japan's Rising Political Leaders

相手を知り、己を知れば、百戦危うからず

 

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「ガキ大将の夢、ロマン」―半世紀で五万人の街を造った男 菅原 萬

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「ガキ大将の夢、ロマン」半世紀で五万人の街を造った男
菅原 萬 (著) 2001/10 出版社: 踏青社 単行本: 192ページ
No.4311★★★☆☆

 昭和63年(1988)だったと思うが、歌手の橋幸夫氏の紹介で王霊華という高名な霊媒師に会った。王女史は中国生まれの日本婦人だが、非常に霊感のはたらく人で、私に会うといきなり、「観音さまを建てる人が来た、今朝からそんな予感がしていたのです」と言った。

 王女史は私のことなどまるっきり知らないのである。後で聞くと、女史も驚いたそうだが、私もびっくりした。しかし王女史と話をしているうちに、なんとなく自分は観音さまを建てることになるな、という気がしてきたから不思議なものである。p90「私の宗教観」

 SNS上の友人との対話の中で、思いもよらずこの本が飛び出してきた。当ブログの流れの中では、大きなウエイトを占める本ではないが、このような脱線も面白いものである。

 仙台大観音という存在に関心ある向きには、この一冊に目を通しておくのも一興だと思う。

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<帝国>VSマルチチュード

 アントニオ・ネグリ&マイケル・ハート の「<帝国>」と「マルチチュード」。この図式は、当ブログが探求してきた重要なテーマの一つである。

 今回のれいわ新選組に、私が密かに心を寄せてしまうのは、この図式が、今でもずっと私の深層でも生き残っているからかもしれない。

「<経団連(あるいはCISI?)>」VS「現場の当事者たち」、この図式がズバリハマった。

 アントニオ・ネグリは、マルチチュードが把握すべきは三つあるという。貨幣、憲法、武器。

 まさにこの図式に当てはめようとすると、貨幣は、緊急政策の第一、「消費税廃止」に当たるだろう。なぜに廃止できるかというと、MMTにも似た、貨幣論がある。ここをマルチチュードがコントロールできるようになると、れいわかくめいは、一歩前進する。

 「憲法」は、まさに平和憲法を堅持することが対応する。すくなくとも、横暴な権力者から、キチンと現憲法を守り切ることができれば、それはマルチチュードの勝利を意味する。

 さらに「武器」は、現状況で言えば、「オキナワ」が象徴的に対応するだろう。一方的に武器商人たちにひれ伏すのではなく、マルチチュードは「暴力装置」をも抑制できるということが分かれば、大きな前進となる。

 今回の「戦い」は、まさに、あまりにもわかりやすい図式として登場してきているのである。

 

 

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消費税5%?

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 はてさて、どうなるんじゃ。この10月にも10%になるという。だが、正式に決まったとは聞いていない。なにかどこかでゴーをかける人がいるのだろうか。政治的判断とやら、おいおい、どこまで駆け引きするんだろう。

 で、れいわは野党共闘するなら5%だと、おっしゃる。それはそれでいい。ひとつの踏み絵のような気もするが、それはそれでいい。で、5%になるの? つまり、自公の与党がそうしようと言わなければ、絶対にそうはならない。そして、今の状況では、絶対、絶対そうはならない。

 最低、8%で「凍結」だ。延長だ? それだって、なんだかおもしろくないね。少なくとも消費税全体の84%は、約束違反で、福祉以外に使われていると判明した段階で、極端な政変劇が起きて、当たり前だろう、という主張が多くみられる。

 で、5%で野党が共闘して、野党が伸びて(どういう意味?)、5%に下げる力、あるの? ないね。つまり、最初の最初から「廃止」でもっていかないと、意味ないよ。10%→8%→5%→3%→0%、なんてプロセスを経るには何年もかかる。おそらく絵に描いた餅になってしまう可能性はゼロではない。

 みんなの力を合わせるには、一気に合わせるしかない。そうそう、あの綱引きのように。負けてもいいよ、という引き方は絶対に負ける。勝ちたい、勝たねばならぬ、と全員が呼吸を合わせないと無理だ。息が合っても、勝つとは限らない。

 相手は強い。常勝チームだ。こちとら理想は高いが、実力は不明。このポッ出の弱小チームが、最初の最初から優勝を狙うって? え? 宣言しちゃったの? やばいよ、それ。

 消費税5%は妥協の産物。ストロングスタイルの佐山サトルが、仮面をかぶって、タイガーマスクを演じているに過ぎない。それは短期のフェイクな政局でしかない。

 クラッシュ・ギャルズのような「敗北の美学」で、絶叫で、終わりですか? 極悪同盟にやられっぱなしで、それでいいんですか? 判官びいきの日本。ああ、美しかったね、って、涙をうっすら浮かべて、終わりでいいの?

 いまさら力道山のような兇刃に倒れるほど、ワキは甘くはないと思うが、ここでつぶれたら、れいわがつぶれたら、おそらく、もう50年も、100年も、政治は見向きされなくなる。少なくとも、事態はどんどん悪くなるだけで、人間界は修羅となる。

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2019/08/11

この時期にいつも思うこと(Live配信8/11 20:00〜) 大西 つねき

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2019.6.10「日本一まともな年金の話」大西つねきの週刊動画コラムvol.82

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「母ちゃんごめん普通に生きられなくて」山本 太郎<2>

<1>からつづく

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「母ちゃんごめん普通に生きられなくて」
<2>
山本 太郎  1998/11 出版社: ぴあ 単行本: 200ページ

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つづく

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れいわかくめいへの8つのステップ

れいわかくめいへの8つのステップ

①太郎を衆議院議員にする(2019秋~2021夏まで)。都知事(2020年夏)、参議院(2022年夏)は、不可。

②れいわを中核とする消費税5%共闘で勝利する。保守革新、与野党を問わない。(2019秋~2021年夏まで)

③国会にて首班指名選挙に立候補する。落選も可(折り込み済)

④参議院選挙で大躍進を遂げる(2022年夏)

⑤衆議院、参議院で多数派を得る。

⑥国会にて首班指名選挙。立候補、当選。(2022年秋)

⑦山本太郎総理大臣誕生、第一次内閣組閣。

⑧消費税廃止議案を提案。衆議院、参議院で可決。so on →∞

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2019/08/09

小沢一郎氏にインタビュー!! 「山本太郎は総理大臣になれますか?」「僕にもできた!国会議員」 山本太郎他<3>

<2>からつづく

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「僕にもできた! 国会議員」<3>

雨宮 処凛 山本 太郎 (著) 2019/04 筑摩書房  単行本: 189ページ

小沢一郎氏にインタビュー!! 「山本太郎は総理大臣になれますか?」
(中略)
 太郎君に総理大臣の可能性があるかどうか?

 それはもう少し修行して、みんなに認められなきゃいけない。

 総理大臣はひとつの党だけでできるわけじゃないから。太郎くんもかなり、そういうことがわかってきたと思う。だから、もっと政治家のとしての生き方、あり方、やっぱり天下国家、1億2000万の国民の国家だから、一部の人じゃないから、そういう人たちのことを全体としてどうすべきなのか、この国をどうすべきなのかという類のビジョンと理念をしっかりと勉強しながら持つようになってくれたら、僕はもうリーダーとして申し分ないと思う。

 だから多くの人たちとの信頼関係をもっと強めていかなきゃいけない。人間関係、信頼関係を。自分だけ良けりゃいいというのじゃ、それは総理にはなれない。そういうことを心がけることと、社会をどうしていくのかちう大きな理念が大事だ。

 それと、政策的なことはよくわかってるけど、これも基本は人間関係なんだけど、国会の中での実務経験も重要。

 各党との折衝やら、いろんな国会運営のことやら。いわゆる俗に言う「雑巾がけ」をしないといけない。自分が喋るよりも、喋りたい他の人に喋らせるとかいうことも、徐々にしなければならない。

 自分の選挙が危ないと言っている間は総理にはなれない。だから選挙を盤石にすると同時に、他の人の選挙についても全部わかるようにならなきゃ、それで応援するようにならなきゃいけない。

 「選挙が強い」というのは、政治家としても最大のことなんです。選挙を心配してちゃ何も喋れない。選挙のためのパフォーマンスをするしかなくなっちゃう。だから僕は三回目の選挙から他人の応援に出て、四回目からはもう選挙期間中、地元に帰っていない。それでも当選させてもらってきたから、なんでもできるんだよ。自分の信念に従って。

 選挙が不安では、総理どころか実際の政治活動もできない。

 選挙というのはみんな馬鹿にするけどね、民主主義の原点だからね。主権者が主権を行使するのは選挙の時しかないんだから。選挙が終わっちゃったら何も言えない。安倍さんなんぞ、選挙おわっちゃったら、もう勝手なことしてるでしょう? だけどそれを阻止する機会は選挙以外にはない。だから選挙が強いということは、ものすごい評価になる。国民の信頼が厚いということです。

 また、総理になるには、衆議院議員にならないといけない。参議院で駄目ということはないが、やはり一応、第一院が衆議院だから。衆議院に代わって盤石の地盤を形成できるようにしなきゃ。

(中略)

 僕自身は、つきあってすぐ、彼の能力や性格がわかった。とても頭がいいしね。非常に素直でいい性格だと僕は思う。勉強家だし、ところが他の人はわからないわけだから。最初は、他の政党の人たちとの間での距離感はあったと思う。「あんなパフォーマンスしてけしからん」とか。だけどずっとやってるうちに、他党の人も彼の性格やら何やらもわかるようになってきて、今では、彼をまったく知らない人は別にして、つきあってる人はみんな評価しているんじゃないかな。p68~70「第2章 なぜ、小沢一郎氏と合流したのか? そしてなぜ、牛歩したのか?」

<4>につづく

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2019/08/08

「みんなが聞きたい 安倍総理への質問」山本太郎 <2>

<1>からつづく

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「みんなが聞きたい 安倍総理への質問」<2>
 山本太郎 2016/01 集英社インターナショナル 単行本: 320ページ
 

 これはかなり特殊な本である。少なくとも当ブログとしては4309冊目にして、初めて出会った一冊と言っていいだろう。一年生参議院議員としての山本太郎が、時の総理大臣安倍晋三に議会で質問し、その答えを得るという、極めてレアな状況の問答を、ほぼ正確に記録した一冊である。

 その問答は、2015/07/29~2015/09/17という短期間においてである。質問をするほうもするほうだが、それに応答するほうもするほうだ。総理大臣とは大変な仕事だな、とあらためて思った。

 でも総理大臣って、官僚がつくった作文を読めばいいのか? 質問者だって、スタッフのつくってくれた文章を読めばいいのかもよ。じゃぁ、まったく、血の通ったものにはならないな。

 もし攻守ところを変えて、山本太郎(総理大臣)がこれらの質問に、対応しなければならない、という事態が発生するかもしれないのである。ブーメラン、ブーメラン。よくも悪くも、問答マニュアル集になるレアな一冊である。

 れいわの緊急8つの提案しか注目されていないが、外交や国防など太郎が感じている内容については、この本でほとんどわかる。それを政策化すればいいことだ。

 一気にはなかなか読み切れないし、これ以上のことがたくさんあっただろうけれど、それにしても、太郎という存在は面白いな。これまでは、たしかに何とか町の野良犬だったかもしれないが、これまでの行いが、だんだん箔がついてくる感じがする。がんばれー。

つづく

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2019/08/07

「僕にもできた!国会議員」 山本太郎他<2>

<1>からつづく

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「僕にもできた! 国会議員」<2>

雨宮 処凛 山本 太郎 (著) 2019/04 筑摩書房  単行本: 189ページ

 この本はおすすめである。今回の選挙前、さらには、れいわ新選組徒党の直前に作られた本であり、政党要件とか、参議院に議席獲得とか、太郎落選とか、次なる衆議院に向けて話題の中心人物になっている、などという用件は含まれていない。だがしかし、それらを補完するには、大いに役にたつ。

 今回は、まずはざっくりと縦割りに読み切ったところなので、まずは感想もざっくりと箇条書きにしておく。

①タイトルもアマイし、選挙の時もあんまり言っていなかったので、ちょっとどうかなと思っていたが、いやいや実はやっぱり、原点は原発事故だ。よくも悪くもあそこが原点だ。そうでなくてはならない。そのことについてたくさん書いてある。

②小沢一郎という人は、私はあまり良い印象を持っていないのだが、この本を読んで、ちゃんとしっかり把握しなければならないな、と思った。強面の、コワし屋いっちゃん、のイメージを、私はどうしても壊せない。そもそもが、彼がプロの政治家であるからだろう。そういう意味においては、太郎はまったくのドシロートだ。私のハートをブチ刺すのは、この太郎の要素だろう。彼に関わることは、まったく政治ではないような気さえする。

③この本の取材・構成をしている人は雨宮処凛(あまみやかりん)という人。この人のことをもう少し知りたいなと思ってこの本を読み始めたが、その点については、ほとんど分からなかった。他の書にあたる必要がある。

④私なんぞは、3・11当時の民主党政権の置かれていた位置がそれなりに分かっていたが、太郎にすれば、その時の「政府」は民主党なのだ。3・11にまつわる不手際が、太郎には鼻についてしかたない。政治家なんて、たくさんのしがらみの中で、仕方なく発言せざることが多くあるはずであり、当時の枝野幹事長の動向には、簡単に首肯することはできないだろう。したがって、太郎+枝野タッグチームなどの期待論もあるが、私の予感としては、それは絶対に無理だ。

⑤巻末の木村草太憲法学者との対談は面白い。もちろん選挙前(2017/02)と、ちょっと古い記事の再録なのだが、今日的に、もう一度対談させて、更に一歩進めた論議をしても面白かろうと思う。

⑥この本を読んで、私個人的に、一番の収穫は山本太郎の政策秘書である岡田哲扶(おかだてつお)という人物について知ったこと。

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太郎から見た岡田さん
 岡田さんと会ったのも2012年。選挙に出る時に、出るんだったら手伝うよって、最初に言ってくれた人です。元祖タロボラ(山本太郎ボランティの略)です。
 それで2013年に当選したんですけど、その時、岡田さんは別の政党の議員秘書で、いろいろ教えてくれました。受かったはいいけど何もわからないという時に、初登庁の日もついてくれていた。一連のアテンドを、時間が空いている時にしてくくれたんです。別の政党の秘書なのに(笑)。

 もともと喜納昌吉さんのバンドメンバーだったみたいです。それd2004年に喜納さんが議員になった時に、メンバーから秘書になったらしい。それから他の人の議員秘書もしたり、地方議員に立候補したり、数年間は沖縄そば屋をやってました。自由な人ですね(笑)。もともと何者かよくわからない(笑)

 僕自身も何者かわららないですから、共通しているかな(笑)。 p171「山本太郎と愉快な仲間たち」

岡田さんから見た太郎
 議員から「秘書にならないか」と声をかけられたのは2018年の9月です。結構悩みましたね。その時は他の先生の事務所にいたんですが、太郎事務所より他の事務所にいた方が業務的には楽なんですよ。太郎事務所に来るというのは、よっぽど覚悟を決めなくちゃならない。だから結構悩んで、タロットカード見られる友達にカード引いてもらった(笑)。そうしたら引いたカードが「迷いを捨てて進め」だったんですよ。これは、いくことが運命なんだなと思って決めました。

 議員に期待することは、僕は、山本太郎主導で政権交代したいです。

 喜納昌吉さんは2014年に当選して2010年まで議員をしていたので、僕、2009年の政権交代を経験してるんですね。自民党政権から、喜納さんもいた民主党政権に政権交代した。一番楽しかったですね。

 でも、政権交代した後の状況もいろいろ見ています。そうの上で思うのは、やっぱり幹部だけじゃなくて、全員が素晴らしいメンバーで政権交代しないと霞ケ浦の牙城は崩せない。それを崩すためには、政治の業界の人じゃないんですよ。やっぱり市民から出てきた人がリーダーになるべきだっていうことは痛感しました。

 山本太郎だからできることが、たくさんあると思います。p173 同上

 私自身も、この沖縄ロックスターのコンサートに何度も関わったし、参議院に立候補した時も、積極的に動いた。今回の太郎の時よりも、もっと過重労働(笑)しました。ここで太郎とつながっているので、なお一層、価値観の連続性を確認することができた。

⑧その他、政策的にむずかしいこと書いてあるかな、と身構えていたが、それほどのことはなかった。この一か月の選挙「騒動」の中で、いきなりニワカ勉強しなけりゃならなかったことの、いわば基本の部分を抑えてくれているだけなので、難しいことはない。今となってはオサライのようなものであった。

 必要があれば、いずれもっと細かく精読するが、三読、四読を迫られるような内容ではない。とはいいつつ、いずれゆっくり再読する予定。

つづく

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「僕にもできた!国会議員」 山本太郎他 <1>

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「僕にもできた! 国会議員」<1>

雨宮 処凛 山本 太郎 (著) 2019/04 筑摩書房  単行本: 189ページ
No.4310

 この本は、太郎に関する、太郎自身が関わる最新刊と言っていいのだろうか。とするならば、れいわ新選組スタートの直前の本であり、また共著者である雨宮処凛(あまみやかりん、と読むらしい)の手を借りた自己表現である。

 私は今手にしたばかりで、内容はまったく目を通していないが、タイミングとしては、れいわ新選組のチラシやポスターと同じ時点のものであり、場合によっては、チラシやポスターでは不足する追加情報を保管してくれるはずのものである。

場合によっては、当ブログとしてこの本を精読することが必須となるだろう。場合によっては、一章一章、私的検証を徹底的にやらなければならなくなるだろう。

 「僕にもできた!国会議員」なるほど、このタイトルか。まあいいだろう。できるなら続刊を出し続けてほしい。もちろんタイトルは、「僕にもできた!衆議院議員」とか、「僕にもできた!総理大臣」なんてね。

 タイトルはともかく、そしてその入り口はともかく、その本の厚さに比べて、内容はかなり濃厚だ。 政治の話は、面倒くさい。相手を論破するなんてことはもう何年もやったことはない。私はわたし、あの人はあのひと、それでいいじゃん。それで長いことやってきたが、それでいいのかなぁ、と思うようになってきた、最近ようやく。

 彼は同じ話を何回もする。なぜか。みんなにもわかっていただいて、自分の周りに自分の言葉で広めてもらいたいからだ、という。なるほどそうだよね。私なりに理解することがまず大切だ。そして、その次の、突っ込んだ各論を、彼にはぜひ話してもらいたいと思う。

 まずはこの本を手にした限りは、じっくりと読み始めてみることだな。

<2>につづく

 

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「みんなが聞きたい 安倍総理への質問」山本太郎<1>

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「みんなが聞きたい 安倍総理への質問」<1>
 山本太郎 2016/01 集英社インターナショナル 単行本: 320ページ
No.4309 

 うかつにも私はこの本が3年半も前にでていたことをまったく知らなかった。申訳ないが知ろうともしなかった。もっとも、この本だけではなく、この手の本はすべて視野から外していたので、当然と言えば当然のことであり、今回この本を読んでみたいな、と思うほうが、むしろ異例なことである。

 当たり前に地元の図書館に入っている本であり、読もうと思えば出版当時から簡単に読めるはずだった。今回、私はその程度の気軽な気分で図書館リストを見たが、すでにたくさんの予約が入ったあとだった。遅い。予約を入れたが、私の順番になるまでは、だいぶ時間がかかるだろう。次の衆議院選挙には間に合わない。

 地元の図書館の蔵書ですべて間に合わせて、これ以上家庭内蔵書は増やさないぞ、というポリシーで通してきた当ブログではあるが、実に珍しくこの本はネットで買うことにした。

 この本は、どうやら参議院議員・山本太郎が、国会議事堂で、ダイレクトに総理大臣・安倍晋三に質問したことについての問答集である。すでに3年以上前の本である。つまり国会議員として6年間生活の前半の記録である。当然、残り後半の記録にも目を通さなければならないだろう。

 政治のありかた、関心のありかた。ひとりひとりとしての自分の日々の生活。この本をじっくり読めるかどうかは分からないが、消費税ゼロ、時給1500円、奨学金チャラ、は、私個人の生活にダイレクトに関わってくる。無視はできない。無関心ではいられない。

 その根拠、その可能性、そのプロセス。じっくり注視し、支持すべきは大声あげて支持しなければならない。

<2>につづく

 

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「ひとり舞台」 脱原発-闘う役者の真実 山本 太郎 <1>

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「ひとり舞台」 脱原発-闘う役者の真実 <1>
山本 太郎 (著) 2012/02 集英社  単行本: 232ページ
No.4308

 山本太郎にしても、大西つねきにしても、根本的に3・11を契機に人生を見直した、という点において、深い共感をもつのである。この本は、原発事故直後から一年以内の太郎の周辺のことがまとめてある。

 反原発本とタレント本が混ざったような本なので、はっきり言って私には読みにくい。まず、原発本はたくさん読んだので、今更、もういちどあのタイミングをフラッシュバック体験するのは勘弁してほしいなぁ、と思う。

 もちろんタレント本としても、そもそも接点のなかったタレントの周辺など、正直言って関心ないので、スルーしてしまってもいいような本でもある。しかし、この本は、今回の山本太郎を理解するには、絶対逃せない本であることはまちがいない。

 その証拠に、この本は、その後、文庫化されてさらに多くの人に読まれている。それだけ意義がある。正直、今急激にこの本を読み進めるのは、今の私には無理だ。いっぱいいっぱいだ。理由はいろいろあるが、本自体の目的としては、タイミングではない、ということ。

 されど、山本太郎という人物を理解するには、この本は精読しておかなければならない。なぜなら、これだけ脱原発に触れていて、今回の選挙ではほとんど触れていないこと。もちろん8つの緊急政策のうちの8番目には掲載されているけれど、選挙向けには触れていない。ここは関心深い。

 今回はとにかく消費税、時給、奨学金あたりにターゲットを絞っている。手元の「経済」を、ざっくりと突きつけてきている。これはこれでいい。それは成功したと言えるし、当面はこの作戦は、私にも賛成できる。されど、彼がこれまで変化してきた過程には、この本に描かれているプロセスをキチンと押さえておかなければならない。

 そしてやっぱりこの本においては、彼のライフストーリーが浮き彫りにされている。私の中における山本太郎という人物のジグソーパズルの、重要なパーツがこの本の中にある。

<2>につづく

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「母ちゃんごめん普通に生きられなくて」山本 太郎<1>

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「母ちゃんごめん普通に生きられなくて」<1>
山本 太郎  1998/11 出版社: ぴあ 単行本: 200ページ
No.4307

 探してみればあるもんだ。まずは山本太郎という人が、何らかの本を出していたということ。しかもいわゆるタレント本なのに、地元の公立図書館に入っていた、ということ。さらに言えば、この本などはネット上では今やレア本になっていて、なんと古本なのに、1万円を超えてしまっている。

 だから本日、この本を手にできているということは、ラッキーなことだ。タイトルも、タイトル画像も、はっきり言って「普通」じゃない。だけど、いまや日本でもっと熱い存在となりつつある男の、その身元、その足元をしっかり確認しておかなければならない、というのが当ブログの習癖だ。

 で、ざっと目を通して気になることだけ箇条書きにしておく。

①24歳当時の彼の本において、すでに小学生時代において総理大臣になりたい、と述べていること。

②どうやら彼は「山の手」の出身らしい。彼を育ててくれたシングルマザーである母親も、この本においては、複数の画像が掲載されている。カラーで。これも彼のキャラクターを理解する手助けをしてくれる。

③この本は「ぴあ」に連載した職業体験の連載をまとめたものだ。その「多動性」、その「カテゴライズエラー」性、その「不定性」、目を通していて、頭がクラクラしてくるものがある。

④高校時代においては、「国際ジャーナリスト」になりたい、などと口走っている時もあった、ことの確認。

⑤メロリンQ時代、ウルルン時代、映画俳優時代、私には、この人物の経歴を、ほとんど、というかまったく理解できない部分が多すぎる。でも関心持った限りは、もうすこし追っかけてみようと思う。

 この本には、例えば、私の友人たちにもぜひ読ませたい部分も多い。だけど、おそらくこの本を手にすることができる友人は少数だろう。私がこの本に触れていること自体マレだろう。多少、著作権があるかもしれないが、この本から引用したい部分を、いずれ画像として、紹介してみたいと思う。

<2>につづく

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2019/08/05

MMT ステファニー・ケルトン 大西つねき

 

 

 

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2019/08/04

山本太郎関連リスト

山本太郎関連リスト

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「母ちゃんごめん普通に生きれられなくて」 1998/12

「ひとり舞台」 脱原発─闘う役者の真実 (集英社) 2012/02

「みんなが聞きたい 安倍総理への質問」  2016/01

「ひとり舞台」 山本太郎闘いの原点  (ちくま文庫)2016/06

「僕にもできた! 国会議員」    2019/04

 


                                               

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山本太郎の潰し方?

山本太郎の潰し方?

 長年にわたって数々の名勝負をジャッジしたレフリーにしてマッチメーカー・ミスター高橋は、スター・プロレスラーが誕生するには三つの要素が必要だという。

 まず、「勢い」。なんであれさっそうとしていなくてはならない。ヒールであろうと、ベビーフェイスであろうと、得意技、個性、売り、反則、体形、民俗的背景、なんでもいい。とにかく、そいつに勢いはあるのか?

 二つ目は、「アングル」だ。絵になる風景。カッチョイイ~、とファンがしびれる決まりのアングル。何度見ても絵になる、これぞというシーン。ファンの血潮が沸騰する最高の場面構成だ。

 三つ目は「波」。ファンはそれを押すのか? 押すだけのエネルギーは溜まっているのか。どこまで波及する? どれだけ掘り起こせる? 限界はあるのか? 実はここが一番のメインだ。なんせプロレスは、観客が押し寄せてくれなければ、興行が成り立たない。

①力道山型

 黒タイツを履いて短足をカバーした力道山が、元関脇という「勢い」を持って、日本のリングに登場した。「アングル」は空手チョップだ。押し寄せる凶悪外人レスラーを、伝家の宝刀、空手チョップでバッタバッタとなぎ倒す。戦後日本の焼け跡から、立ち上がろうとする民衆は、大きな「波」となってテレビの前に押し寄せた。戦後最初の国民的スーパースター力道山の誕生である。

 この人気絶頂期の力道山を潰したのは、酔客のナイフである。それが単なる事故だったのか、怨念だったのか、陰謀だったのか、今となっては分からない。しかし、彼は一発のナイフの突きで潰された。政界で言えば、石井紘基。国会の爆弾男。巨悪を追い詰めるだけ追い詰めたあと、最後は兇刃によって潰された。

②タイガーマスク型

 欧州遠征中の佐山サトルは、思いがけず本国に呼び戻される。アニメキャラクターの「勢い」を借りて、日本でデビューせよ、と指名を受ける。ストロングスタイルの彼には、フェイクなスタイルに戸惑った。されど、軽量級の佐山には、タイガーマスクがぴったりだった。リングを飛び回る四次元殺法という「アングル」があまりにもハマった。

 ファンは熱狂した。おっさんのみならず、家庭、少年、アニメファンまで巻き込んで、とてつもない巨大な「波」を掘り起こしてしまった。されど、佐山サトルは、そのフェイク性に耐えることができなかった。そのフェイク性そのものが、初代タイガーマスクを潰した。初代以降、二代目、三代目と続いて、名前のみ残したが、未だに初代を超えることはない。

 政界で言えば、民主党の短期政権に当たるか? 次から次へとスターを取り換えるが、結局はベビーフェイスにも、ヒールにもなれなかった。

③クラッシュギャルズ型

 めっぽう強いライオネル飛鳥と、かわいいけど目茶弱い長与千種の女子プロの伝説的タッグ、クラッシュギャルズ。彼女たちの「勢い」は、長与千種の弱さ=泣き。極悪同盟に痛めつけられるだけ痛められた長与千種を、さっそうと助けに入るライオネル飛鳥。これが彼女たちの「アングル」である。

 彼女たちの女子プロに熱狂したのが、鼻の下を伸ばした中年男だけではなく、女子、特に中学生、小学生の女子までが、涙を流して熱狂した。当時中学生だった、のちのWinkの相田翔子とか、のちにタレントとなる小学生時代の山田花子も、熱狂し、人生が変わったという。これを「波」と言わずして他の何をいうか。

 クラッシュギャルズを潰したのは、皮肉にも彼女たちの勢いであり、アングルであり、波であるところの「弱さ」の過度の強調だった。敗者の美学は、1985年大阪の「髪切りマッチ」で終焉した。

 敢えて政界に例えるなら、日本新党の細川護熙に喩ておこうか。もう二度と政界に戻らないと誓ったはずの「不東庵」主は、なぜかふたたび東京都知事選にでて、ふたたび三度負けた。

④山本太郎の場合

 さて、山本太郎の、勢い、アングル、波、はどう捉えられているか。落選し、議員宿舎を出た太郎を「刺す」ことはそれほど難しくはなかろう。力道山や石井紘基のような結末は絶対避けるべきだが、全身傷だらけの彼のことである。スキャンダルの転び石を、ひとつふたつ見つけることは、それほど難しくはなかろう。政策の矛盾、スタッフの齟齬、手は山ほどある。それを、彼自身、どこまで避けて自己防衛することができるか。

 あるいはまた、「消費税廃止」を、「消費税5%に戻す」というフェイク性に、いつまで耐えることができるか。いくら共闘、連帯とは言え、太郎はそのフェイク性に耐えられなくなるだろう。それを避けるには、やはり政策を限りなく「消費税廃止」に戻すこと。潰す側としては、ずるずると「消費税5%に戻す」を伸ばさせる手口が有効となろう。

 そしてまた、下克上という「弱さ」からの脱却。ここで長々と「敗者の美学」に溺れさせれば、太郎を潰すのは容易であろう。政治は結果である。勝たなければならない。弱さの強調は、結局は、弱さの証明となる。いずれ彼は消えるであろう。

 もし、彼が自らの多動性を生かして存命しつづけ、ワザを磨き、よもや多くの議席を獲得し、多くの論者が具体化可能とする政策を更に一歩進めて、権力を奪取してしまえば、そこからは、もう潰すことができなくなるにちがいない。

(これ、ブラックジョークのつもり W)

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極私的ジャーナリズム雑論

極私的ジャーナリズム雑論

 小学6年生の山本太郎が校長先生との会食会で「総理大臣になりたい」と言ったとするならば、小学6年生の私は「新聞記者になりたい」と卒業文集に書いた。私は小学三年生から高校生まで、ずっと新聞部だった。最初は、模造紙にマジック・インクで書いた壁新聞だった。五年生からは、ロウ原紙を切って、ガリ版印刷になった。学級新聞も、学校新聞も関わってきた。

 当時の標語は、「ペンは剣より強し」だった。この言葉は「来るべき種族」のエドワード・ブルワー=リットンの演劇の中の言葉だ、ということは後で知った。少なくとも、新聞を作るということは、真理を探究することだ、と直感していた。

 中学生になって、ビートルズが初来日したころ、クラスメイトと一緒に、100ページを超える肉筆誌(コミケみたいなもの)を作り始めた。学校新聞部の部長にもなって、全校アンケートなどをして、校内の問題点を洗い出したりした。将来の目標は、「ジャーナリスト」、というカタカナ書きに変化していた。 

 高校生になって、バスケと新聞部を掛け持ちしたが、二年生からは新聞部に集中した。生徒会会長選挙にも立候補した(のち、わが校は代議員会性になって、会長職はなくなった)。新聞部。私は期待したが、先輩たちは特殊な宗教団体が仕切っていて、あとは遊びクラブになっていた。私はどうも納得できなかったので、ガリ版で、個人ミニコミ誌を作り始めた。時は1970年6月。

 この時、校内で起きた「事件」が私の人生を大きく変えた。安保条約に反対した生徒の勢力が、校内で職員室のバリケード封鎖を実行してしまった。私は、ニュートラルな立場だったが、学校新聞の「記者」として、学校内の取材に取り組んだ。しかし、校内にやってきた、制服、私服の刑事たちに、私は,拘束されてしまった(これは明らかに違法行為)。

 我が校内の「事件」は、地方マスコミのトップニュースになった。新聞、テレビ、ラジオ、雑誌のニュースになった。そして私はマスコミを調査した。結果は驚くべきものだった。そこに「真実」はなかった。捏造、誤解、不理解、そしていいかげんさ。私は、こんなものに、自分の一生を賭けたいとは思わなくなった。

 私の幼き正義感、ジャーナリズム志向は、16歳のこの時点で、大きく挫折。マスメディア、ジャーナリズムそのものに絶望した。高校を卒業した後は、すぐに仲間と共同生活を始め、80日間ヒッチハイクで日本一周した。その体験をスタート地点として、新たなるミニコミ雑誌を作り始めた。参照「オン・ザ・ロード1972」http://bhaveh.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/9-488d.html

 それから四年間続いた、仲間との共同生活と、全国のカウンターカルチャーに向けたライフスタイルは、後から思えば、まさに私の青春時代、大学生活そのものだった。たくさんのことを学んだ。たくさんの体験をした。たくさんの仲間ができた。そして、わずかではあるが、かすかに前方に光を感じるようになった。(参照「雀の森の物語」)http://terran108.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/19748-e63d.html 

 私はその私自身の「大学」体験の中で、OSHOと出会った。そこからのストーリーは、今回の雑論からは多少はずれていくので、以下の文章を参照。「湧き出ずるロータス・スートラ 私の見た日本とOSHOの出会い」http://terran108.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-3b4b.html

 私の「将来の夢」は、新聞記者からジャーナリストに変化し続けていたが、次第に明瞭になってきたのは、ジャーナリスト⇒物書き⇒宗教家、という生涯のプランに変貌しつつあったことだった。OSHOと付き合い始めて、当然「宗教家」という単語は消えた。ただ本質は、外部の真理から、内面の真理探究へと方向転換したことは確かだった。

 2006年になって、自分のブログを書き始めた。何を書いたらいいか見当つかないばかりか、半年もタイトルさえ決めることができなかった。でも結局、新聞記者になろう、ジャーナリストになろう、雑誌編集者になろう、という漠然とした、昔の夢の燃えカスの一部は、そのタイトルに浮かび上がってきた。経緯については、以下が参照になるかもしれない。「地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版」http://terran108.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/2-585e.html 「ジャーナル」のタイトルに、未練がやや残っているか・・・?

 さて、ここまで書いてきて、私が言いたかったことは、マスメディアやジャーナリズムは限界があるということ。「100歳のジャーナリスト」のむのたけじ氏などに、人間として、先輩として尊敬する念はあるものの、100歳まで、他にもっとなにか人生で大事なことに出会わなかったのかな、ということ。

 他のすべてと同じように、ジャーナリズムも活用次第で有効にもなるし、役にも立つ。だけど過信は禁物。活用するなら、情報の入り口を複数以上、多種を心掛けること。最低ステレオ効果は絶対に必要だ。だけど、もし自分で体験的に情報収集できるなら、そちらを優先させるべき。他人の伝聞を間に受けない。

 そして、外側の「真理探究」の限界に早めに気づいて、「内面」の真理探究も、ぜひ、ということぐらいかな。

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2019/08/03

極私的コンビニ雑論

極私的コンビニ雑論

 1970年代末、一番最初にコンビニという存在を意識したのは、私たちの瞑想会に、東京から帰ってきた30才の男性がやってきた時だった。当時私はまだ25歳。コンビニ、って最近よく聞くようになったけど、なんだかカッコよさそうだなぁ、と思った。彼はコンビニ店長だった。でも、最近は暴走族のたまり場になってしまって、嫌気がさして帰ってきたという。そんなもんかな、と私は半信半疑だった。

 1980年前後以降、私は仕事であちこち各地を動き回ったが、コンビニというスタイルは、地方の商業にも大きな影響を与えていた。中央の大手はまだ登場しなかったものの、セブンイレブンならぬ、地元のエイトテン、という朝8時から夜10時まで開店しているコンビニなどが登場していた。

 でも営業は安定してなかったと見えて、並んでいる商品も、問題なしとはしなかった。ある店は困窮し始まって、雑誌コーナーに、なんと、ビニ本まで登場させた。現代のインターネットに比べたら、あまりにかわいい世界だが、薄っすらと、陰毛が透けて見えるようなアダルト本まで、ごく普通にコンビニに並んだ。もちろんこれは断末魔だった。この店は、このあと一年ほどで、消えた。

 80年代後半、私は一か月だけ、コンビニの店員をやったことがある。家族でインドに行っていて、4か月のインド体験のあとには、なかなか社会復帰は気が乗らなかった。そこで、夜間から早朝までのコンビニ店員をやったのである。

 この仕事はなかなか楽しかった。夜間、フロアにモップをかける時、私は、ブッダホールを掃除しているように心を入れて掃除した。雑誌コーナーを整理する時は、アシュラムのブックストアでワークしているような気分だった。おでんの釜を掃除する時は、アシュラムのキッチンのワーカーかなにかのように集中した。

 弁当の賞味期限が切れそうになると、オーナーの息子である店長は、近くの交番に届けた。本当は全部廃棄しなければならないのだが、彼は交番にゴマをすった。当時でさえ、夜間のコンビニ強盗はごく当たり前にあった。その時のために、オーナー&店長は、交番と協力大勢を組みたかったのだ。

 90年代になって、私はコンサルタントやカウンセラーとしてコンビニオーナーの話を聞くチャンスもでてきた。ある元オーナーはコンビニ会社を罵倒した。自分の店は10年近く優良店だったが、街道筋の両側に、おなじブランドの店が作られ、「挟さまれてしまった」という。すぐに彼の店は倒産した。マーケティングを駆使しているはずのコンビニ会社が、そんなことをするわけないと思ったが、いやいやそうではなかったのだ。

21世紀になると、地元コンビニチェーンは、一気に大手全国チェーンに呑まれて、3社か4社に集約されていった。地元の商店は、自立性、自律性を失っていった。そして、全国チェーン加盟店さえ、いつの間にか、シャッターコンビニとして消えて行った。地元の商店街を壊したあと、結局自分もシャッター化していった。ますます過疎化した。

 小学中学、高校と同級生だった友人は、20代から遠距離のタンクローリーを回し、ゼニを貯めたあと、コンビニオーナーの地位を獲得した。しかし、10年経過したあと、結局継続契約をしなかった(できなかった)。家族との軋轢もあったりして、結局、彼は50過ぎで突然死してしまった。

 兄弟の遊閑地にコンビニを作る話がでたことがある。誘われて、私はちょっと面白いかなと思ったが、結局経営権なしの店長扱いと分かった段階で拒否した。あの時、ふらふらした気分で参加していたら、私は自分の生活を大きく崩したばかりではなく、経済的損失、そして生命さえ、あやうくしていたかもしれない。

 現在でも、私はコンビニ利用は積極的ではない。困ったときのトイレ使用(プラス缶コーヒー一本)とか、夕方、郵便局が閉店してしまったあとの切手買いとか、お店にとっても、あまり有難くない客だろう。私は個人的には、セブンイレブンどころか、エイトテン(8am~10pm)営業で十分だと思う。24時間営業は必要ない。深夜、あれほどの電気と人材を使いながら、営業をしつづける意味があるのか。夜間の照明は、昆虫たちの生態系にも大きく影響してしまう。

 今回、れいわ新選組の10人の立候補者の中に、元コンビニオーナーの三井さんがいて、その話がとても説得力があることに気が付いた。この40年、コンビニは日本社会の象徴にさえなったが、いまや、ブラック企業の代表化しているのではないか。そもそもコンビニは最初の最初から問題を抱えていたのではなかったか。

 コンビニそのものというより、コンビニという節穴から、逆に日本の社会や経済を逆照射したら、とんでもない現代日本の矛盾が見えてくるのではないだろうか。

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極試的ホームレス雑論

極試的ホームレス雑論

これは実話なので、ぼかして書きます。ずっとずっと昔の話なのですが、ある友人が、打ち明けてくれた話。
彼(あるいは彼女)の生家は古い旅館で、天皇がその地方に巡幸(って言うんだっけ)にやってくると、宿泊するような格式であったそうな。
しかし、父親がボンで、結局潰してしまったらしい。父は姿を消し、暖かい地方のいわゆる家なしのような人々のエリアに身を潜めたと。
母は寒い地方の大きな町の繁華街に出て、その私の友人たち兄妹を育ててくれたそうな。友人たちもようやく成人する頃、母はすでにそれなりのお店を何軒か持つような経営者になったと。
ここまではありそうなことだと思って聞いていたが、その続きがずっと私の心に残っていて、何十年も経った今でも、たまに思い出す時がある。
結局、子育てが一段落した後、その母は、年老いても未だ遠く離れた裏町に沈み込んでいた父を探し出して、連れ帰り、一緒にすみはじめたと。
実際その後、お二人がどうなったかは、私は知らない。
私は、若い時、家なしのような、いわゆる放浪の旅を、何度か、何年か、繰り返してきた。
10代の頃、誰も拾ってくれなくて、バックパッキングのヒッチハイカーとして、トボトボと街道を歩いていた。
すると、私の前を、一人の男性が、やはりトボトボと歩いていた。私はちょっとした親近感を持って、一定の距離を保ちながら、一緒に歩いていた。
でも姿格好から、私と同じヒッチハイカーではないことが、だんだんわかってきた。彼はどうやらプロの(?)路上者だった。
私は、今、あの人と同じ境遇なんだなぁ、と、思った。
でも、それは違うことが、やがてわかった。しばらくついて歩いていると、いきなり彼は、街道を左に降り、田んぼ道に入って行った。田んぼが畑に変わる境目あたりに、実は彼の家はあったのだ。
確かにそれは畳で言えば二枚程度の広さしかなく、高さも腰を曲げないと入れないほどだったし、窓はなく、壁と呼ぶかどうか、それはムシロやワラや、板の切れ端でできていた。ブルーシートなどいう存在も名前もない時代のことである。
ああ、 あの人にさえ、家がある。その時の私には、戻って横たわるような家はなかった。
現在私が住んでいるエリアは都会でもないし、冬は相当に寒いので、いわゆるホームレスと呼ばれる人々を日常的に見かけることはない。
されどふと思った。この単語は簡単に使うべきではないんだな。それぞれの具体性のないまま、リアリティもともなわないまま、少なくとも、嘲笑的に使ってはならないんだと。

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2019/08/02

「れいわ新選組8つの緊急政策」私的検証

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私的検証①「消費税は廃止」
物価の強制的な引き上げ、消費税をゼロに。物価が下がり、実質賃金は上昇、景気回復へ。
 参議院調査情報担当官の試算では、消費税ゼロにした6年後には、1人あたり賃金が44万円アップ。

私的検証②「全国一律!最低賃金1500円『政府が補償』」
全国一律当面1500円とし、これによる事業主の赤字は政府が補償。
   地方活性、景気回復、東京一極集中是正の切り札。同時に、最低賃金法に則り生活保護基準も引上げ。

   年収200万円以下世帯をゼロに。

私的検証③「奨学金徳政令」
奨学金に苦しむ555万人をチャラにします。

私的検証④「公務員を増やします」
  原発作業員、介護・保育士など希望者全員を公務員化。国がケチる分野がこれからの成長分野。
 1万人あたりの公務員数をみると、日本は英国の約3分の1、米国の約2分の1です。
 公務員を増やす。安定雇用も経済政策です。

私的検証⑤「一次産業個別所得補償」
 食料安全保障は国を守る上で最重要事項。あまりに低すぎる食料自給率を100%目指し大改革。
 第1次産業に就けば安定した生活が送れるよう政府が個別に所得補償。

私的検証⑥「『トンデモ法』の見直し・廃止」
 TPP協定、PFI法、水道法、カジノ法、漁業法、入管法、種子法、特定秘密保護法、国家戦略特別区域法、所得税法等の一部を改正する法律、派遣法、安全保障関連法、刑訴法、テロ等準備罪など。

私的検証⑦辺野古新基地建設中止

私的検証⑧「原発即時禁止・被爆させない」
 東電原発事故による被災者・被害者の支援の継続・拡充を。

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