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2019/07/02

「WIRED (ワイアード) VOL.33」 「MIRROR WORLD - #デジタルツインへようこそ」

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「WIRED (ワイアード) VOL.33」 「MIRROR WORLD - #デジタルツインへようこそ」
WIRED編集部 (編集) 2019/6/13 Condé Nast Japan (コンデナスト・ジャパン) (著), 出版社: プレジデント社 雑誌 p194
No.4304★★★★★ 

 この本が手元に届いてから一週間か10日経過してしまった。全部読み込んでからメモしようと思っていたが、どうもそれは先々になりそうだ。最初に手に取った時の感想が薄れてしまうので、まずはここに先行メモしておく。

 この雑誌は面白い。あなたの愛読書は? と問われたら、まずは私ならこの本を挙げておく。だが・・・・。愛読というほど愛読はしていない。読めないのだ。確かに文字は小さいし、長い文章が多すぎる。だが・・・・。

 外面のテクノロジーの世界と、内面の神秘の世界の融合を標榜する限り、特に外面のテクノロジーの最先端をレポートしようとするこの雑誌はうってつけのアイコンである。だが、一読者としての私は、どうもミスフィットを多く感じる。

 元編集長のケビン・ケリーや、歴代日本版編集長たちも、いとおしく思える存在ではある。だがしかし、現在の私とは、大きく齟齬が起きている可能性が高い。どちらがどうの、ということではなく、とにかく現実としては、そうなのだ。

 なぜか。まず、原因の一つは、私自身が、文字から離れつつあるからだ。自分の思いをメモしておくには、メモは多いに役立つ。だがしかし、外部情報としての文字は、最近、うっとうしさのほうが上回っている。この雑誌のイラストや画像も他誌にないような斬新さがある。されど、その斬新さが、私にぴったりきているとは思えない。

 私の最近の行動パターンのひとつに市民農園の畑仕事がある。わずか5坪、畳十畳ほどのわずかなスペースを動かすだけなら、それほどのテクノロジーはいらない。鍬と小さなシャベルとハサミ程度の道具があれば、それで足りる。

 されど、私は同時に遠隔地に50坪ほどのクラインガルテンの畑を借りている。一時間をかけて通うにはそうそう頻繁には行けない。一か月に数度、あるいは冬季間などは数か月に一度などというサイクルになってしまう時がある。その度に私が悩むのは、雑草の繁茂の速さだ。毎回、短い滞在時間のほとんどは、除草作業に終わってしまう。ああ、これではいけない。

 ずっと悩んできたが、最近、ようやく重い腰を上げて、耕運機と草刈り機を導入することにした。これがないことには、圧倒的に雑草の勝利であって、私はクラインガルテンからの撤退の危機に追い込まれているのである。除草マルチはほぼ効果はなかった。除草剤にはまだ手を付けていないが、いずれはキチンとその対応を考えざるを得なくなるだろう。

 耕運機も草刈り機も、もう何十年前のテクノロジーではあるが、人力をはるかに凌駕する効果を生み出す。このテクノロジーを受け入れてこその、わがクラインガルテンである。もちろん、自転車で10分の市民農園の5坪を回すだけなら、それほどのテクノロジーはいらないし、邪魔にさえなる。

 さて、わがクラインガルテンの向こうには、もっと大きな可能性が残っている。農地はもっともっと大きく空いているのだ。5アールだろうが、50アールだろうが、やろうと思えば、やれないことはない。されど、そうとなれば、最近ようやく手にいれた耕運機と草刈り機だけでは、当然間にあわないだろう。トラクターも必要になるし、肥料体系、資金体系も大切になる。当然のことながら、滞在時間、関わり方の重層化が必要となる。

 まあ、その時はその時だが、少なくとも私は50坪のクラインガルテンにふさわしいテクノロジーをようやく入手し、うまくかみ合わせようとしている現在の段階である。規模や目的に合わせてテクノロジーを活用していくのは、現代人の当然の権利でもあるし智慧でもある。

 さて、ここに立ち返って見た場合、この「WIRED」に展開されているテクノロジーは、私の世界観にはフィットしない。大きすぎるし、邪魔にさえなる。そしてまた、それほどのテクノロジーを云々すること自体、実に大きな回り道、問題解決の先送りに見えてくる。もう大きく問題意識がズレてしまっているのではないか、と思う。

 最近の私の個人的な大きな課題は三つある。一つは、自分の終活として、どこのお寺に墓地を買うか、がある。買うと言っては妥当性がないが、はやい話が自分はどこのお寺に最後のお世話になるか、ということである。べつにお寺でなくてもいいのだが、最近は二つの寺のうちのどちらにするかというポイントに集約されつつある。

 この決断にテクノロジーは必要であるか。少なくとも、この雑誌で取り扱われているテクノロジーは、わが人生の終活には必要であろうか。それは、ない。

 中古になりつつあるわがマイホームのリフォーム、つまり外壁の塗り替えも、大きな個人的な課題である。この課題についても、大きなテクノロジーは不要である。あるいは、もうひとつの課題、インドを再訪したい、という希望にも、当然、このテクノロジーは必要ない。いや、むしろ象徴としての我がインド再訪などは、このテクノロジー自体を再考する機会にしようとするチャンスなのである。

 つまりだ、なにはともあれ、この雑誌は面白いなぁ、と思いつつ、わが人生の晩年の主テーマにはなり得ないだろう、という大きな読みがある、ということだ。まずは、このことをここにメモしておく。

つづく・・・・かも。

 

 

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