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2019/06/06

『隣の人々 静かな駅』演劇ユニット石川組 第一回公演 <2>

<1>からつづく

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『隣の人々 静かな駅』演劇ユニット石川組 第一回公演<2>
作 石川裕人、 演出 横山真(丸福ボンバーズ)、アドバイザー 小畑次郎(他力舎)出演 絵永けい 宿利左紀子 片倉久美子 長谷野勇希
2019年5月10日~12日(日)会場 せんだい演劇工房10-BOX box-1 上演時間は約65分を予定
★★★★★

 この芝居を見てからすでに一か月近く経過してしまったが、観劇した翌日に私の母親が98歳で亡くなって、葬儀等で多忙な日々だったため、まとめて感想を書く機会を失っていた。このままでは永遠に失われかねないので、まずは簡略にメモしておく。

 36本目石川裕人事務所のプロデュース公演のための戯曲「隣の人々 静かな駅」。(上演は’92年)前年に死んだ愛猫に捧げた戯曲でファッションビル・フォーラスホールとの提携公演だった。この芝居を観たお客さんの中には石川はもうすぐ死ぬんじゃないか?という感想を持った方も居たらしい。戯曲は死に逝く妹を迎えに来る姉たちの物語で濃厚にノスタルジーを意識していた。

 

         

 

 ’91年は「十月劇場」旗揚げ10周年だったが、’92年、アトリエ劇場を出ることになる。原因は色々あったが、家賃滞納が大きな要因だった。度重なる旅公演は私たち劇団員の個人生活を圧迫し、団費滞納者が増えそれがそのまま家賃滞納につながった。しかし、私たちはめげずに次の稽古場兼劇場を探しに入る。安く便利な場所はすぐに見つかった。それが後の“OCT/PASS”STUDIOに継続される河原町稽古場である。私たちは定禅寺アトリエの滞納家賃を分割で支払い、新稽古場も借り受けるという綱渡りを決行する。

 こんなことをやっていたのでは公演なんかやれるわけがない。だから’91年は2本。’92年は新稽古場柿落とし公演作37本目「ラブレターズ●緘書●世界(あなた)の涯へ」と構成台本(はカウント外)「夜の言葉」しか書いていない。「ラブレターズ」は世界が変容した1989年を批評する抽象的で難解な戯曲だったが、ソールドアウトが出るほどお客さんが入った。「石川裕人百本勝負劇作風雲記」2010.04.05 Monday

 

 この作品が上梓された1991年は、私から見れば、もっとも彼が遠かった時期だ。この年、私は国際環境心理学シンポジウムのスタッフとして限りなく活動的であった。しかし、半年も過ぎてもなかなかプロジェクトは始動せず、いよいよに苦境に立たされた時、忘れもしないあの定禅寺通りを歩きながら、PHS電話で石川にSOSの電話をした。簡略に自分が置かれている立場を話し、彼の劇団のスタッフの援助を求めたのだ。

 

 しかし、意に反して彼の返事はむべもないものだった。「いや、うちの劇団は今、それどころではないんだ。」電話でそう即答されてしまえば、もうそれ以降、会話はつながらなかった。それ以来、私のほうからの情報提供もなくなったし、彼らに対する情報サーチも途絶えてしまった。もっとも距離感のあった時期のひとつである。

 

 あとから彼の記録なりブログを読めば、彼の置かれていた環境はわかる。されど、当時は、お互いの自分の道に精一杯だったのだ。彼は、「畢竟の三部作」の公演を終えて、自前のアトリエを去り、劇団再編成に向けて、途方もない彷徨へと歩き始めていた時期だったのだ。

 

 どこかに自分の作品の理想は「アングラ・サーカスだ」と書いていた石川だが、この『隣の人々 静かな駅』は、私の知る限りにおいて、もっともその「理想」から遠い作品の一つであろう。まるでチェーホフのなにかがベースになっているかのようだ。もっとも私のチェーホフ理解は、青春時代の恋愛中、現奥さんがデート中に、「チェーホフが好き」とつぶやいたので、慌ててチェーホフとやらの演劇本を数冊読んだ程度だが・・・。しかもだ。後で分かったことだが、うちの奥さんがチェーホフを好きだった理由は、単に髭を生やした男が好きだ、という意味だったらしい。_| ̄|○

 

 単純な舞台設定、少人数の登場人物の静かなアクションの中で、静かに演じられる心理劇。まるで同じ名前のような三姉妹が繰り広げる多面な心理ドラマ。ここには当時の石川が、とにかく新境地を開こうとして葛藤している姿がありありと見える。

 

 1992年当時に演じられた環境やスタッフとはどのように違っているのか分からないが、今回、演劇ユニット石川組が第一回公演としてこの作品を選んだのには、何か意味があるに違いない。アクションやジョークに逃げない、じっくりと見せようとする姿に、演じる側と、観る側との、同時的な時代経過を感じることができる。

 

 すでに私たち戦後世代も、いつの間にやら、昭和、平成、そして令和なる時代へとその歩を進めている。明らかに前期高齢者の域に達している。いや、すでに自信満々の後期高齢者と自負しなければならない世代にすらなっている。この時代において、同じ作品でも、演じられ方、観られ方が違ってきて当然だろう。

 

 この演劇ユニットの第二作はどんな形で登場するだろう。上演の案内が届くのが、今から楽しみだ。

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