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2019年3月

2019/03/28

「禅の知恵に学ぶ」 NHKこころの時代~宗教・人生~ 山川 宗玄<1>

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「禅の知恵に学ぶ」 NHKこころの時代~宗教・人生~ <1>
(NHKシリーズ) ムック 山川 宗玄 2019/03 出版社: NHK出版 ムック: 160ページ 
No.4275★★★★★

 最近は大型書店に行ってもOSHOの本なんか売っていないことが多い。検索端末でプリントして売り場に持っていけば、問屋から取り寄せてはくれるが、そんなことなら最初からネットで取り寄せた方が早い。そんな時代だ。

 書店に行っても、おお、これだ、という本に巡り合うことは少なくなった。ヒントはくれるが、ズバリというものは少ない。そんな中にあって、やっぱり禅が全面にでていると、手に取ってみたくなる。

 これはNHK放送のテキストだ。このシリーズの中にはなかなか勉強になりそうなものはあるのだが、どうも食指が動かない。この「禅の知恵に学ぶ」だって、実際の放送はどんな内容になるか、始まってみなければ分からない。されど、一般にこのような形で、シンプルに禅が語られるのは、好ましいことだ。

 ゴータマ・ブッダからマハ・カーシャッパ、ボーディ・ダルマを経由して、日本の禅になったという説明などは、これはこのままでいいのだが、結局、伝統という陋習にこだわれば、現代に生きる地球人としては、どうも納得がいかないことも多い。

 OSHO瞑想センターに関わる者のひとりとして、率直な意見を言っておこう。

・2500年のブッダの流れは、もう一度インドに帰ってしまった。
・あんまり難しくすると、とっつきにくくなる。もっとシンプルにしよう。
・瞑想そのものは、至って簡単なもの。あるいは簡単なものとして扱われる必要がある。
・ドロップアウトしたり、隔離したりしないで、マーケットプレイスに生きよう。
・自立する生活力を持とう。精神も、物質も豊かに生きよう。

 ということになろうか。あるいは、私はOSHOサニヤシンとして、そう生きてきた。もうそれをすっかり自分のものにするしかない。そして、そのような機会を友人たちと分かち合っていく、そういうライフスタイルが、素敵だと思う。

 このテキストは、なかなか良い出来のテキストだが、それでもやっぱり、結局は反面教師だ。これはもう古いのでは?

<2>につづく

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「京都人の密かな愉しみ」 監督: 源孝志

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「京都人の密かな愉しみ」
源孝志 (監督) 常盤貴子 (出演), 団時朗 (出演), 2015年放送 形式: DVD 時間: 118.00 分
No.4274★★★★★

 新しくできた図書館にこのDVD一枚が入っていた。これだけでこの図書館はOKである。たった一枚だけというのは残念だが、残り4枚は、別な図書館で見る事ができることになった。これで5枚全部みることができる。めでたしめでたし。

 走り大黒のオムニバス・ドラマには胸キュンとなった。私ならもう、あの塔頭に養子に入ってもいいよ、と思った。すぐに心を見透かされて、離縁されるかもな(爆笑)

 本も読めるし、DVDも見れる。当面、私はこのシリーズにはまりきるかもな。続編のDVD化も待ち遠しいし、図書館にもキチンと入ってほしいシリーズである。

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「京都人の密かな愉しみ」源孝志 他 <3>

<2>からつづく 

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「京都人の密かな愉しみ」 <3>
NHK「京都人の密かな愉しみ」制作班+源孝志 (監修) 2018/03 宝島社 単行本: 186ページ

 主人公役の常盤貴子が関東出身で、英国出身のはずのエドワード役の団時朗が実は京都出身で、京都が大嫌いなはずのエミリーが、じつは京都が大好き。どこぞの京都で活躍していたのだろうか、と勘繰っていた母親役の銀粉蝶が、なんと関東のアングラ劇団出身だった、と分かってからは、実は、ガクッと、きた。

 せっかくドラマの世界にすっかりはまっていたのに、まんまと騙されたと知ってからは、ガクガクっと来て、一時嫌いになったよ、このドラマ。なんだ、結局、ドラマ、フィクションじゃないか。笑い。

 そしてまぁ、すこし時間が経過してから、やっぱりこのドラマ、どうも気になって気になって、何度も見ている。幸い、この本も、番組を収録したDVD5枚もすべて近くの公立図書館から借りだして見れることが分かってから、すごく身近なものに感じるようになった。

 この本もなかなかいい。後半の食べ物関係のページが多いのはちょっと余計だが、でもなかなかこちらの琴線をきりきり奏でてくれる内容である。

 DVDもいいなぁ。何回も見ているが、まだ、メモは残していなかった。これからすこしづつ書いていこうかな。

<4>につづく

 

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「日蓮」監督: 中村登

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「日蓮」

監督・脚本: 中村登 1979年制作 萬屋錦之介 (出演), 田村高廣 (出演),  形式: DVD 時間: 143 分

No.4273★★★☆☆

 夜早く床に就いたから、朝早く目が覚めてしまった。見るともなく枕元のタブレットを見ていると、日蓮という映画にたどり着いた。結構長い映画だが、これも何かの縁と、最初から最後まで、見通してしまった。

 この手の伝記物は、真実そのものを伝えているとは限らず、むしろ脚色されたフィクション性の高いものだが、大衆から見た場合、その人物がそう見られているのだな、ということを理解する助けにはなる。

 1978年、24歳の私は、一年間のインド、スリランカ滞在後に帰国した際、生家の菩提寺に和尚さんを訪ね、OSHOについて説明したことがある。その時、私はOSHOのことを、現代インドの日蓮みたいな人であります、と説明したことを思い出す。

 スリランカにおいて、私は当時93歳の藤井日達上人の元で法華経を学んでいたから、ふとそのような説明が的確だと思ったのだろう。宗教も、仏教も、日蓮も、私にとっては未知な世界ではあったが、その教義というよりは、その人物像に惹かれていたのだ。ひとりの人間としての生きざまに心打たれていたことは確かなことである。

 さて、今回、当時の一流の俳優陣や宗門、そして一流の配給会社で作られた伝記映画が、どれほどの真実を伝えているのか、判断はつかない。デフォルメされた人生は理解しやすいが、こまかいデティールは、差し引いて考えておかなければならない。

 日蓮の立正安国論がどれほど成就しているのか。それにともなう、その宗門の歴史についても、問題なしとはしないだろう。この映画に続いて、宗門内部関連の動画が次々と登場し、正直、辟易してしまった。出発の原点が、私とはかなり違っているのだな、と、そのところは理解できた。

 まもなく新元号が発表されるという。冗談だが、人気と揶揄されている「安」の一字を含む元号がもし発表されるとして、「安国」なんてことになったら、それこそ、日本全国大爆笑だな、と不謹慎ながら、思ってしまった。

 

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2019/03/24

「プレジデント」世界が証明! つらい毎日が楽しくなる 心を整える「禅・瞑想」入門<4>

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「PRESIDENT (プレジデント)」世界が証明! つらい毎日が楽しくなる 心を整える「禅・瞑想」入門 <4>
2016年4/4号 プレジデント社 雑誌 月2回刊版 
★★★★☆
 またまた気になり始めて、図書館からこの本を借り出して手に取った。これで何度目だろう。気にはなる。だけど手にすると、熟読する気になれない。今回その理由が少しわかった。それは、この雑誌の蔵書状態が悪いのである。表紙などクシャクシャになっている。読む前に、心が痛むのだ。だから、瞑想や禅、などという前に、雑誌としてのこの一冊の保存状態が悲しくなるのだ。

 そこで、検索してみると、もともと数百円の雑誌ではあるが、中古でも超美品と称するバックナンバーが送料込みでもほぼ半額で流通していることが分かった。さっそく今回は一冊入手して手元におくことにした。

 いざ自分の書棚の一冊として手に取ってみると、最初から、この雑誌の紙質がとても薄く、柔らかいということに気づいた。決して質が悪いわけではない。郵送料などを気にしているのか、最初の最初から薄い紙を使っているのである。表紙だけではなく本文の印刷紙も薄い。光沢もあり、デザインも決して悪くないのだが、紙質が薄い。

 このために、この雑誌は丁寧に扱われる必要がある。図書館なんかで雑に汎用されると、すぐにぐちゃぐちゃになってしまうのである。この雑誌は、美品を手にすべきだ、と納得することになった。

 さて、超美品と称する一冊を手にした我が書棚ではあるが、いざ熟読しようとすると、内容的にはおざなりで、以前から分かっていたとは言え、なんとも、内容も薄い。一般雑誌の、ビギナー用の入門特集なのだから、文句をつけるほうがどうかしているのだが、少なくとも、この道何十年も経過した一家言居士は、もはや、この手の入門書にケチをつけている場合ではないのだ。

 もっと自分の道を前に進めるべきなのである。ただ、逆に言えば、あまりマニアックな孤高の世界も当ブログの好みではない。ごくごくマーケットプレイスにあって、自らの道を究めるべきなのである。であるからこそ、一般マーケットにこのような一冊が流通していれば、そこと横並びに調整しつつ、わが歩調も合わせていくべきなのだと思う。

 わが書棚に置いておくには、美品であれば、私はそれはそれでいいと思う。

 もっと先をいくべきなのである。

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「 伊藤真乗 革新の法父」伊藤真乗の目と手

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伊藤真乗 革新の法父」伊藤真乗の目と手 「歓喜世界」特別号
 伊藤真乗 2010/03 真如苑 p142 DVD30分付 
No.4272★★☆☆☆ 

 贈本ならぬ、貸本である。貸してあげるから読んでみなさい、ということらしい。なるほど綺麗な本である。この団体のことが知らないわけでもないし、まったく知りたくないわけでもない。しかし深く分け入って関わりを持ちたいと思ったことはない。

 これまで、それこそ島田裕巳センセイの文章のなかに出て来るこの団体名で、その様子を察している程度である。よく知らないから、いずれは知ってみたいとは思ってきたが、だからと言って、急いで知りたいとも思わないできた。そんなものでいいのだろうし、今回は今回で、この程度のお付き合いでいいのだろう。

 仏師と言わず、仏の像を彫る人はそれなりの人数になるだろう。末端の末端とは言え、私もまた仏を彫る人である。この方たちと同じく、ブッタを崇しと思い、自らをその教えの末端にあるものと感じている。

  されど、私には私の道があり、人生があった。いまさら、あちこち目的地を錯乱して迷いを増やすわけにはいかない。

 まずは貸していただいた方に、ありがとう、とお礼を申し上げておきます。

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2019/03/21

「WIRED (ワイアード) VOL.32」デジタルウェルビーイング特集

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「WIRED (ワイアード) VOL.32」「DIGITAL WELL-BEING」
デジタルウェルビーイング特集 雑誌 – 2019/3/14 Condé Nast Japan (コンデナスト・ジャパン) (著), WIRED編集部 (編集)
No.4271★★★★★

 「WIRED」は不思議な雑誌だ。発行母体もはっきりしないし、編集長も突然変わる。廃刊したかと思えば、すぐさま再スタートしたりしている。ある意味いい加減な雑誌である。

 しかし、まったくいい加減でないのは、アメリカの元の雑誌がしっかりしているからだ。雑誌としてしっかりしているばかりではなく、その内容もしっかりしている。ある意味、現代アメリカをリードするカルチャー雑誌である。

 その内容を日本語ばかりではなく、日本のカルチャーに置き換えようとしているのだが、どうもそのコンバージョンがうまくいっているとは言えない。そのうまくいっていないところが、ある意味、この雑誌特有の魅力である、というのだから、困ったものである。ガイコク人のカタコト日本語が珍しく見えるのに似ている。

 今号の内容も、どこか翻案に無理があり、どの努力がありありと見える。その涙ぐましい努力がまた涙ぐましい魅力と見えてくるのだから、かなり複雑骨折している状態である。

 この号の方向性には基本、賛成である。間違っているとは思えないし、今こそ、こういうテーマでアメリカでは論じられているのだろう、という推測はすぐに成り立つ。そして、そのところを日本に紹介しようという努力もまた、好ましいの一言に納まる。

 されど、その提案を、日本の環境が、受け入れることはできない。ひとつもふたつもギャップがある。そのギャップがなんとも悩ましい。この雑誌の提案は日本は受け入れない。受け入れることはできない。カルチャーが違い過ぎるのだ。

 日本にいて、アメリカがどういう状況であるのか、ということを推測するには、この雑誌は有効である。まぁ、その程度だろう。

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2019/03/20

「1985年のクラッシュ・ギャルズ 」柳澤 健

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柳澤 健 (著) 2011/09 文芸春秋 単行本 p294 
No.4270★★★★★

 不覚にも、クラッシュギャルズなどという単語を全く知らなかった。NHKのアナザー・ストーリーでたまたま録画していて、何度も見返して、なるほどそういう時代があったのか、と再確認した。

 私の女子プロレスは、マッハ文朱とかビューティ・ペアどまりで、それ以降のレスラーなどまったく知らなかった。それまでのレスラーの事だって、リアルタイムでテレビを見ていない限り、知る由もなかった。

 しかし、こうして見ると1985年、という区切りがまた象徴的なものであったのだろう。日本経済はバブルまっただ中だった。長与千種というレスラーがどれほど素晴らしい存在だったのか、なんて、ネットやyoutubeのない時代には、まったく知る由もなかった。

 髪切りマッチなんて、なんのことやら。だけど、今回はすこし勉強したよ。録画を見ていて、涙さえ流れた。

 ああ、いろいろ人生があるものだ。


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「河童のタクアンかじり歩き」 妹尾 河童

妹尾 河童 (著)
1992/12 文藝春秋文庫: 350ページ
No.4269★★★★☆
 「オン・ザ・ロード1972」でさくらんぼユートピアについて触れる場面があって、改めて検索してみると、この本で、かの地に触れていることが分かった。

 と言っても、リアルタイムで妹尾河童があの運動に参加しているわけではなく、活動が中止してから10年後、おそらく1980年代の中頃にかの地を訪れたということであろう。

 それであっても、貴重な記録なので、ここに貼り付けておく。

 この本自体は、沢庵についての本なので、他の部分はまったく割愛した。
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2019/03/18

めまい専門医が教える 「めまいをスッキリ消す本」 二木隆<2>

<1>からつづく

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「めまい専門医が教える めまいをスッキリ消す本」<2>
二木隆 (著) 2013/11 PHP研究所 単行本(ソフトカバー): 127ページ
No.4268★★★☆☆

 この本、次の一説がなかなかに興味深い。

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実際にその症状の中にいる人々の苦悩を顧みずに話題にするのは、ちと不謹慎ではあるが、もしあのゴッホの糸杉で有名なこの絵「星月夜」が、めまい症の結果だとしたら・・・・。

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 そしてもし、自画像に繰り返し描いたように、自分の耳をカミソリで切り落としてしまったのは、耳鳴りを治したいと思った結果だったとしたら・・・・・。

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 倉田百三も、相手の服のボタンが、上と下が回転して見える、とどこかに書いていた。いやはや、この新(珍?)説に目からウロコである。

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2019/03/16

「Kyoto - Heart of Japan」 A documentary film by Kon Ichikawa

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「Kyoto - Heart of Japan」  A documentary film by Kon Ichikawa
Kon Ichikawa (Director) 1968 Marty Gross Film Productions, INC. DVD Release Date: July 7, 2015 Run Time: 37 minutes
No.4269★★★★☆

 新しい図書館を孫とウロウロしていて見つけた一枚。詳しい経緯は分からず、ただただKYOTOの一文字(ってか5アルファベットだが)で借りて来た。2019年の現在、ただただ見ていれば、ふむふむよく有体な一枚だな、と思う。

 しかし、その監督が市川崑で、しかもあの東京オリンピック1964年の4年後に制作された一枚だと知ると、なるほど~~~、と脱帽してしまう。最近の皮相な私の京都趣味など、ぶっ飛んでしまう。

 なるほどね、この一枚。記念碑的な一枚である。Harakiri Fujiyama Geisya なJapanだな。

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めまい専門医が教える 「めまいをスッキリ消す本」 二木隆<1>

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「めまい専門医が教える めまいをスッキリ消す本」
二木隆 (著) 2013/11 PHP研究所 単行本(ソフトカバー): 127ページ
No.4268★★★☆☆

 めまいがしたという。一晩めまいが続いて、朝になって救急車で運ばれたという。CTスキャンやMRIでは脳の異常は見つからなかったが、土日で耳鼻科医がおらず、とりあえず週末は入院となった。

 週明けに耳鼻科が簡単な聴力テストなどをやったあとは、別段に投薬も治療もなく、もう帰っていいですよ、と言われたのだと。いやいやかなりめまいがグルグル続いていますよ、と訴えても、特に治療はないです、と言われたのだとか。

 他人ならいざ知らず、身内にそのような事を言われると、ふむふむと心配になる。ましてや、かつては耳鼻科にかかっていたのだとか、いろいろ知っているだけに、いやはやどうなっているのか、と、聞き耳を立ててしまう。

 結果的には、緊急性がなく、すぐに退院しても大丈夫なのだとわかった。高速を長時間運転して、刺激を受けたのではないか、とか、老化だとか、ストレスが溜まっていたのではないか、といろいろな推測がされる。

 簡単な治療法もあるらしい。今回、めまいについて、いろいろ分かった。

<2>につづく

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2019/03/14

「DVD篆刻入門」 遠藤 彊

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「DVD篆刻入門」
遠藤 彊 (著)  2008/04 天来書院 DVD-ROM 45分
No.4267★★★★★

 ひょんなことで印材を手に入れた。もちろん全うな高価なものではないが、練習台としては十分だ。そもそも消しゴムハンコを作ろうとしていたのだから、これで満足満足。

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 さて、あとは印刀の入手だな。検索してみると、印刀も意外と廉価に入手できそうだ。あと周辺の部材や道具の準備はあるが、春になって、時間が出来たら、さっそく取り掛かるかな。

 今年のゴールデンウィークは10連休。このタイミングかな・・。

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2019/03/02

「名取せり本」 名取市生活経済部商工観光課

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「名取せり本」
名取市生活経済部商工観光課 2019/01 変形パンフレット 24p 名取せり本のPDFデータ
No.4266★★★★★

 久しぶりに床屋に行ったら、このパンフレットが置いてあった。前に来たお客さんがセリ掘り業の方で、このパンフレットをちょっと大目に置いて行ってくれたとか。なかなかビジュアルで素敵な印刷物である。

 セリと言えば、いろいろな思い出がある。そもそも私はセリ農家の生まれで、米とセリで大きくしてもらったようなものだ。大げさではない。二町歩ほどの米と、五反分ほどのセリが私の家の主たる収入で、ほぼ半分ずつの収入があった。

 そもそも私が子供時代も、セリのことは新聞等の取材を受けており、写真に乗る時などは、地域で一番広い面積を作っていた我が家の写真が掲載されることが多かった。

 私自身がセリ作業をしているところが、NHKテレビで放送されたこともある。近隣にも他のセリ農家があり、セリ自体は、ごくごく当たり前で、ぜんぜん珍しいものではなかった。

 ただ、食べ方は違った。セリのお浸しを食べる、なんて人もいたが、私たちの地方では、お浸しで食べるなんて贅沢だ、と言われていた。ほとんどは白い茎の部分をこまかく切って、お吸い物の薬味などに添える程度のものだった。

 最近、とくにこの3・11後に、地域復興のためにか、地元特産物であるセリの食べ方が、セリ鍋という形で紹介されることが多くなった。茎から葉っぱ、そして、根っこまで食べるのである。今までは添え物・薬味としての食べ方だったが、鍋のメインイベンターとして登場したのである。

 セリ栽培の一番のネックは、寒さ対策である。私たちが子供時代は、セリ苗代に張った15センチほどの厚さの氷を、餅つきの杵のような大きなハンマーで割って入っていく必要がある。お尻までくるゴム長を履き、手袋も厚手で肩までくるような大きなもので、体全体を冷たい水の中に入ってセリを掘る必要があるのだった。

 それでもなお寒く、木製の手桶にワラをいれ、それに熱湯を注いで、それで手を温めながら、作業を進めるのである。掘り方は一日掘り続けることになる。

 次なる工程は、川に運び、豊富な川の水でセリ全体を洗うのである。掘り方が二人であれば、洗い方も二人は必要であった。そしてそれを小さく束ねる仕事が待っている。セリを束ねるのは、主に女性の仕事で、私の母親や親せきの小母さんたち、近所の主婦たちの担当である。

 セリを束ねる作業も、今ならゴム手袋があるだろうが、当時はそんな便利なものはなかった。素手で寒い時期に水仕事をやるものだから、女性陣の手はひび割れだらけだった。桃の花なんていう軟膏をつけたりするのだが、私の母親の手などは、ひび割れの上にひび割れが重なって、まるで、グローブのようなガサガサした手をしていたものだ。

 私のお手伝いは、掘り方から洗い方までの間を一輪車の猫車で運ぶこと。洗ったあとの束ね方までも運ばなくてはならない。そして、束ねるためのワラも必要になる。ワラで束ねるには、ワラを柔らかくするためにワラ打ちをしなくてはならない。これもまた中学校や高校時代は私のお手伝いになった。

 当時は、ビニールテープや段ボールなどという便利なものはなかった。ワラで編んだ俵のようなもので大きく包装して出荷してやるのである。近くには集荷場所があり、業者がトラックで集めに来て市場に運んだ。

 当時の物価との比較もしなければならないが、当時一束で生産者に入ってくるか金は大体5~10円だった。20円なんてことはなかった。ひどい時は3円なんて言われて泣きたくなるような気分でいたこともある。今はスーパーで一束150~200円で売られている。原価を知っている私などには、とても手がでない。

 このパンフレットでは、昔から名取セリは名産で京都などに出荷されていた、と書いてあるが、まさにその通りである。実際に私の親戚は京都の茶道裏千家の業体という家元の側近だったので、その親戚のもとにも、毎年年末になると大量に郵送で出荷されていた。

 このセリがこの地方で名産になった理由はいくつもあるが、大きな理由は水が良質で、大量にあったということだろう。蔵王から閖上に流れる広瀬川の支流名取川の伏流水がふんだんに湧いたのである。

 電動ポンプが普及する時代になると、もう一日中電動ポンプが水をくみ上げ、セリ苗代に注ぎ込まれた。ポンプ水のもうひとつのメリットは温かいことである。自然の流水は冷たいが、ポンプでくみ上げた水は常時3度C以上はある。温かいのだ。

 この豊富な水は酒造りにも利用されていた。実際私の実家の井戸水からは三つのブランドの酒が造られていた。名取市閖上の「浪の音」、岩沼市の「名取駒」、角田市の「大豪」(のちに別のブランドになった)。水量は多く、汲めども汲めども、水が尽きることはなかった。

 そして水量と水質の調査が詳しく繰り返され、合格したために、近くにサッポロビール仙台工場が出来た。

 年末になると、小学生高学年の私は、親戚に自転車でセリのお歳暮の配り方をした。私は年の初めのお年玉というものを家族からもらったことはないが、この年末のセリ配りで、どこの親戚も小遣いをくれた。10軒も回ると、他の友達のお年玉なんかよりはるかに高額になった。

 私の実家は、地域でも一番くらいにセリを大量に出荷していたが、年代とともに、その労働力が不足するようになり、また高度成長時代になると、国道バイパスができて、近隣はドライブインや車販売店が沢山出店するようになった。セリ栽培の環境ではなくなったのである。

 古くは、余田はセリで苦労するので娘を嫁にやるな、と言われたほどだったらしいが、実に重労働ではあった。それを鑑み、私の兄の時代になると、思い切ってセリ栽培をやめてしまった。だから、実際は、最近の特に3・11後のセリ鍋ブームとは直接にはつながっていない。

 おそらく品種も改良されているだろう。栽培方法も、出荷方法も違ってきている。料理方法も大きく変わっているのである。地域振興という意味では実に素晴らしいことだと思う。私もわずかながら観光協会に仕事に携わっているので、セリ農家出身のひとりとして、今後もセリの話を折りあることに伝えていきたいと思う。

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