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2019/02/28

「オン・ザ・ロード1972」<88>09/03 日立駅(茨城)

<87>からつづく

 

Jkk1
「オン・ザ・ロード1972」80日間日本一周ヒッチハイクの旅
「時空間」創刊号 1972/11/20 時空間編集局 ガリ版ミニコミ 102p 目次  全日程
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<88>1972/09/03 日立駅(茨城)

 さぁ、仙台に一気に帰るぞ~、と重い腰をあげれば、実は東京から仙台までは一日の行程である。新幹線もなく、急行列車に乗る切符がなくとも、各駅停車の夜行列車だって、8時間くらいで運んでくれるだろう。

 だが私はここで敢えて一気には仙台に戻らなかった。予定が少し早すぎたのと、日立に立ち寄ってみたい人がいたからである。その人の名前は、たしかタザキドーメーとかいう人だった気がする。

 この方は、年の頃私より5年ほど上だが、ミニコミというより深夜放送で名を馳せた人ではなかっただろうか。つまり、私より流峰の分野のほうに近い人であった。年相応のなかなかの論客であったと思う。この時のメモを見る限り流峰は立ち寄っていないが、むしろ以前にすでに出会っていて、私はその紹介を受けたのだったと思う。

 この日はヒッチハイカーらしく、久しぶりに駅に泊まった。

 そして、旅の最後の最後にこの夜、というか夕方、不思議なものを見た。駅裏の繁華街の外れのほうをリュックを担いで歩いていると、そろそろ仕事に向かおうかな、という夜の勤務型の方々の登場であった。

 しかし、18才の私にはどうも解せない和服姿のジョセイを見かけた。うん、アレはジョセイだったのか、ダンセイだったのか、いまだに判明していない。なんせ、身長は明らかに、1975センチの私と同じか、それ以上高いのである。ましてや和服に下駄まで履いているので、なんともチグハグなのであった。

 今でこそLGBTなどと口うるさく言われる時代であるが、世間知らずの私には、なんとも不思議なオカマ~にしか見えなかった。

 世の中広いものだなぁ、札幌駅のあの一件といい、まずまずいろいろあるものだ、とたくさん社会勉強をして、たくさんの収穫を持って、80日間のヒッチハイク日本一周が終わりになるのであった。

<89>につづく

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