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2019/02/20

「オン・ザ・ロード1972」<64>08/10 サクランボユートピア(鳥取)(2)

<63>からつづく

Jkk1
「オン・ザ・ロード1972」 80日間日本一周ヒッチハイクの旅
「時空間」創刊号 1972/11/20 時空間編集局 ガリ版ミニコミ 102p 目次  全日程
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<64>1972/08/10 サクランボユートピア(鳥取)(2)

 実はこのサクランボユートピア活動に、友人のタケシが参加していたのだ。彼は、小学校5年の時に私たちの小学校に転校してきて以来、小学校、中学校、高校時代(高校は違ったが)と、ずっと大親友だった。

 身長も高く、長髪でカッコよかった。高校時代は同じ高校の石川裕人(ニュートン)と、文化祭で二人芝居団を結成し、公演なども行っていた。彼は早熟で、高校を横に卒業して、東京キッドの活動に参加していった。

 いろいろ要因があっただろうが、ひとつはすでに上のお姉さんが東京にいたことと、彼自身が、何かこのショービジネス分野で身を立てたいという意志があったのだと思う。直接の要因は、私や石川裕人のもとに郵送されていたキッドのDMだった。

 最初は東京での活動だったが、アメリカへの公演に参加し、そして鳥取でのこのサクランボユートピア活動に参加していたのだ。まぁ、活動と言ってもも、正直言って、どの程度の成算があって、どれだけ具体化したのかは、結局私にはわからなかった。

 ただ、私がこの山の中にたどり着いたときは、たしかプレハブの工事現場のような建物があり、そこに十数人の劇団仲間と中心として、共同生活をしていたものと思われる。タケシは、階段の下の、三角スペースに自分のベットスペースを持っていた。

 私は、ここでの生活をほとんど覚えていないのだが、たけしと長時間じゃれ合っていたことは覚えている。

 二人して、山からふもとの町までヒッチで買い物にいくことになった。鳥取の山の中ゆえ、ヒッチハイクと言っても、道路があっても、走るクルマがない。二人して、大きな声で冗談をいいながら道一杯に広がって、歩いていても、なんの邪魔にもならない。

 時に、耕運機や牛が歩いているだけだ。私は旅人で、だいぶ髪も伸びて陽にやけていたし、ジーパンの膝などすっぽり穴が開いているような状態だった。タケシはタケシでなかなかカッコよかった。私からすると彼は、当時の沢田ジュリーみたいで、とにかく女の子にはモテた。

 そのふたりして、山道を下ってくるものだから、すれ違う農夫の人が声をかけてきた。その時の台詞が今でも忘れられない。

 「あんたたち、ジプシーか・・?」

 二人して、大笑いした。確かになぁ、オレたち、ジプシーかも。

<65>につづく

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