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2019/02/14

「オン・ザ・ロード1972」<49>07/26 虹のブランコ族(熊本)

<48>からつづく

Jkk1
「オン・ザ・ロード1972」 80日間日本一周ヒッチハイクの旅
「時空間」創刊号 1972/11/20 時空間編集局 ガリ版ミニコミ 102p 目次  全日程
★★★★★

<49>1972/07/26 虹のブランコ族(熊本)

 私はこのブログにおいても、他の文章においても、この集団について何回か過去に触れてきている。曰く、「この旅で一番印象的な活動」だった。カッコイイ、先進的、洗練されていた、という意味では、今でもそう思う。

 然(ぜん)とはぼくはまだ一回しか会ったことがないのだけれども、3・4年前にぼくが日本一周トリップをした時の途中だった。当時、彼らは熊本の花園神社(だったと思う)の境内の中で、神にささげる食事という意味の「神饌堂(しんせんどう)」という自然食堂を中心にコレクティブ「虹のブランコ族」を組んでいた。

 ラビシャンカールが流れ香が焚き込まれた床の間にカラスがちょこねんと座っていると云う落ちついたムードも良かったが、そこを目指して階段を登っていく時、目的のいささか古びた二階屋の雨戸に大きな白文字で書かれた”LOVE”が輝いていたのが、印象的だった。「時空間」12号(1975/11 雀の森の住人達)

 然(ぜん)とはのちのプラブッダ、星川淳氏のことである。英語ではZENとなり、1973年当時の彼は、別な書籍「Pilgrim's Guide to Planet Earth 」(1975/06 Directory
Paperback)にもZENとして
紹介されている。

 ここでの体験は、この80日間の旅の中のエピソード三本指のひとつに入る。ここを書き出すと延々とつづくことになり、キリがないので、いつか加筆するとして、今回はこの程度にしておく。

<50>につづく

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