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2019/02/15

「把不住述懐」<33>彫刻教室

<32>からつづく

 

「把不住述懐」 
<33>彫刻教室   目次

 

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<5>からつづく

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「美術手帖」更新を続ける21世紀の禅<6>
美術手帖編集部 (編集) 2016/10 美術出版社 雑誌 p211
★★★★★

 久しぶりにこの雑誌の、この特集を読みふけった。なかなかいい特集だと思う。評価としてビックレッドファイブ☆をつけているが、当ブログとしては、レイボー評価よりも上で、しかも過去に、本の数冊しかない。つくづくいい特集だと思う。

 今回この雑誌を読んでみて、今現在、私が悩んでいるテーマにやや光が差し込んだように思う。悩みとは、ズバリ言えば、まもなくあと一か月ほどでスタートするはずの彫刻教室に参加するか、ということである。

 

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 具体的には、近年通っている禅寺の寺小屋での教室なのだが、実に縁を感じるお寺のご本尊となった仏像を彫った仏師(とその弟子筋)が講師となる。敢えていうなら、私が引き寄せて、私のために開かれることになった教室、と言えないことはない。

 参加できて、熱中することができれば、それはそれで、素晴らしい体験になることであろう。やってみたい気持ちが半分。だが、待てよ、という気持ちが半分なのだ。

 そもそも、この禅寺に参禅していて、月4回の週末のうち2回は、通っていることになる。その週末の間にちょうど入れてくれたのがこの教室である。それはとてもありがたい。ありがたいのだが、それだと、月4回の週末の4回が、埋まってしまうことになる。

 私はこの道だ、と頸椎できるなら、それも悪くない。この際だから、これでいいのだ、と覚ることが、できるかどうか。もちろん経費の問題もある。一回二回の参加で終わるものではない。何か月どころか、始めれば何年にも渡る作業となろう。私はそこに集中できるのか・・?

 その時間と経費を考えると、私にはそこに集中できないことが分かる。それは無理なのだ。表面的には無理がなさそうでも、いずれ無理が来る。瞑想会もある。他のボランティア活動もある。孫守りのスケジュールもなかなか忙しいものがある。これだけの決まった経費が出せるのであれば、あれもやりたい、これもやりたい、という気持ちも湧いてくる。

 どうしよう、と、この話がでてからずっと考えていた。そして今だに結論はでていない。だから悩みなのである。そんな時、今回またこの「美術手帖」のZEN特集を読んでみて、ゆるく結論がでたようにも思う。

 私は手慰みに仏像を彫ってみたことがあるが、それを極めることなど思いもつかなかった。仏師になれるよ、なんてオベンチャラを言ってくれる人もいたが、別に仏師になろうなんて思ったことは一度もない。

 ましてや私の仏像彫刻は、あくまで「廃物アート」の一環なのだ。作品として仏像だけを作ってきたのではない。恐竜、UFO、ロボット、三葉飛行機、お面、掛け軸、その一環としての仏像もどきであったのである。最近は廃物アートを、ZENアートへと止揚しようとはしている。しかし、そこに必然としての仏像があるわけではない。

 たしかにプロのワザを学びたい、とは思う。だが、それは、他のことはもうしなくてもいい、ということではない。もっと、なんでも手を出してみたい、という野心が残っている。老境になって仏像制作にのめりこむ、というのも、結末としては、とても美しいと思う。しかし、それは、どうやら、私の老年像ではなさそうだ。

 今回、この教室を明らめるうえは、月二回の週末は参禅に集中しよう。いや本当のことをいうと、この月二回の参禅スケジュールも、そうとうに思い込まないと続かない。ようやく二年のサイクルだが、これからもこのサイクルは守っていきたい。

 それと共に、この「美術手帖」のテーマのことを思い出した。「禅vsZEN」のせめぎあい。ここで仏像彫刻に没入したら、私の人生は、おそらく「禅>ZEN」に偏ってしまうだろう。せめて「禅=ZEN」レベルに抑えていきたい。あるいは、もっと止揚した形で「OSHO ZEN」になっていかないものか。

 伝統としての禅に帰ってきたいわけではない。かと言って西洋ZENのマインドフルネスもどきに浮気しようとしているわけでもない。私は「OSHO ZEN」なのである。そして、いわゆるあのタロットのような、いまいち不可解な位置で止まってしまってはいけないと思う。

 コンサル業務もまずまずである。老齢を契機に、一線を引かざるを得ない時期も近づいている。だが、安定した生活の基礎を作ってくれているのは、この仕事あってのこそだ。瞑想ルームも整備できて、日々の個的な瞑想生活もほぼ満足だ。

 家族環境もバランスが取れている。体調は、やや年齢相応のガタは来ているが、いますぐどうという危惧すべき点はない。このまま、スライドして老境に入っていけたら、これでいいのだ。あえて、大きくバランスを崩す必要があるか。あるいは、大きく空間ができてしまっている、心の陥穽というものは、あるか?

 いや、やはり私の進むべき道は伝統禅でもなければ、ZENマインドフルネスでもない。いや、どちらも包含したOSHOZENこそが、最も適している。そして、この二つの単語が、一つになったものこそ、私の存在、となる。

 そういうインスピレーションを、この雑誌の特集を読んでいて、得た。

<34>につづく

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