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2019/02/05

「オン・ザ・ロード1972」 <23>06/30 友川かずき氏(能代の病院)

<22>からつづく

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「オン・ザ・ロード1972」 80日間ヒッチハイク日本一周
「時空間」創刊号 1972/11/20 時空間編集局 ガリ版ミニコミ 102p 目次  全日程
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<23>1972/06/29 06/30 友川かずき氏(能代の病院)

 青森県民会館の天井桟敷の公演の、その打ち上げで、私はフォーク歌手の友川かずき氏と親しくなった。彼の歌は知らなかったが、同じ青森県出身の三上寛の歌は自分でもギターを弾いて歌っていたので、最初から友川氏にも親しみを持った。

 氏は当時、体を壊して能代の病院に入院中だった。本人の説明では、酒を飲み過ぎて、肝臓を傷めた、という説明であった。1950年生まれの氏、当時まだ22歳。

 知り合いになったけれど、一緒に能代の病院まで一緒に移動したのではない。入院していた病院を教えてくれて、後からヒッチハイクで移動して訪ねたのだった。

 突然ぶしつけに押し掛けた私を、友川氏は優しく親切に受け入れてくれた。彼とて病院では時間を持て余していたのだ。この日、私は他の日程を書いていないから、おそらく病院に泊めてもらったのだろうか。記憶がない。

 その後、9月に仙台に帰ってからも、秋田の彼と何回か手紙をやり取りしたが、やがて彼は、東京や関西に住所を移し、なんどかその消息を知ることができた。彼の手紙は、便せんに2~3枚書いてあって、びっしり現在の近況が書いてあった。

 調べてみると、氏は今でも現役で活躍されている。ご同慶に堪えない。「生きてるって言ってみろ」。

<24>につづく

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