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2019/02/05

「オン・ザ・ロード1972」 <21>06/28 お寺(青森)

<20>からつづく

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「オン・ザ・ロード1972」 80日間ヒッチハイク日本一周
「時空間」創刊号 1972/11/20 時空間編集局 ガリ版ミニコミ 102p 目次  全日程
★★★★★

<21>1972/06/28 お寺(青森)

 この日の宿泊地は、お寺(青森)となっている。お寺としか書いてないが、実は、キチンと名前も覚えているし、その日のことは克明に覚えている。

 私はヒッチハイクの旅5年間の中で、各地のお寺さんに一宿一飯のお世話になった。おそらく10寺以上に泊まったことがあるが、そのお寺さんのお名前を憶えているということは少ない。申訳ない。

 私が16歳の時に、仙台近郊から出発した自転車旅行+ヒッチハイクの一番最初の旅は、福島県会津坂下町の山中にあるお寺さんのお堂宿泊から始まった。まるで私の旅を予感するようなお寺さんとの付き合いが始まった。

 人生二度目のこのお寺宿泊を今でも覚えているのはなぜか。しかもすでに47年前のことである。それは秘密も何も、そのお寺の和尚さんが、自分で発行した小冊子をプレゼントしてくれて、今でも手元に保管して持っているからである。

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「人生の灯」
今 照法  1970頃 青森市照法寺 自費出版 変形新書版 p145 
No.4262★★★★☆

 この日、私のヒッチハイクは、このお寺の近くで夕方を迎えた。手頃なお寺があったので、階段を上っていった。決して裕福そうなお寺ではなかったが、住職の和尚さんは、多少いぶかりながらも、やさしく迎え入れてくれた。

 今思えば、このお寺は真言宗の祈祷などを行い、積極的に客人を受け入れてくれるお寺だったようだ。私は別に悩み事があったわけでもないし、ただの無銭旅行の若者である。突然の訪問者に和尚さんも驚いただろうが、まぁ、若者だから仕方ないか、と笑顔で迎えてくれたのだろう。

 気安く夕飯もごちそうしてくださり、布団も用意していただいた。朝にはちょっと早めに起きて、板目のぞうきん掛けなどを手伝った。それは義務や作務という雰囲気ではなく、お寺にはこういう作業があって、普通旅人なら、こういうことも手伝ったりする時もあるんだよ、というような、超初心者を導くような、優しい方だった。

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 翌日帰り際に、一冊いただいたのが「人生の灯」という自費出版の一冊だった。写真入りで活版印刷のキチンとした書籍ではある。だが、いかんせん、誰でも読みやすくしようという意図だったのだろう、ルビが漢字のあとに一字一字( )の中に書いてあり、正直、読みにくい(苦笑)。それでも、内容は実に立派な本で、これだけの本を当時自費出版するのも、そうとうな経費がかかっただろう。

 今回、改めてこの本を取り出してみると、あの和尚さんは今照法という方であった。青森の今さんというと、ひょっとすると、後年私も大ファンになった天台宗僧侶で平泉中尊寺の貫主も務めた今東光和尚の縁者の方かもしれない。ご指導ありがとうございました。

 縁は異なもの味なもの。袖すり合うも多生の縁とやら。18歳当時の私は、神社仏閣に興味なかったわけではないが、それは中年以降の楽しみとして、まずは若者文化の拠点を中心に旅をしよう、という目的を持っていた。

 こうして老齢になってみれば、決して神社仏閣を気楽に旅できるような身分にはならなかったが、確かに、年齢とともに神社仏閣への関心は深まるばかりである。

<22>につづく

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