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2019/02/03

「オン・ザ・ロード1972」<19> 06/26 解放会館

<18>からつづく

Jkk1
「オン・ザ・ロード1972」 80日間ヒッチハイク日本一周
「時空間」創刊号 1972/11/20 時空間編集局 ガリ版ミニコミ 102p 目次  全日程
★★★★★

<19>2017/06/26 解放会館

 はて、解放会館とはなんだろう。旅仲間3人が同じ日程で同じ名前を挙げている限り、ここを一緒に訪ねたことは確かなことだったろう。ひょっとすると、3人一緒に泊めてもらったのかもしれない。だが、まったく記憶にない。

 解放会館というネーミングのニュアンスから、アイヌ解放同盟とか、部落解放同盟とかのイメージが湧くが、北海道で部落解放の運動はあったのだろうか。前日のスペース「ドッコ」と一緒に記載されているところから、二つのスペースは一体化したものだったかもしれない。

 この時の札幌のイメージは、まずは、当時のハヤリだった札幌ラーメンのおいしい店を訪ねて何軒か食べ歩いたこと。ひょっとすると旅仲間と一緒だったかもしれない。それと大通り公園。

 行きあたりばったりの旅ガラス。いつも今夜はどこに寝るのか、考えながらの行動の連続だった。横幅100メートルの大通り公園は、中央分離帯が大きく緑地になっている公園で、リュックをおいてベンチに座っていた。

 わずか一週間とは言え、それなりに旅人としての雰囲気もでてきて、心構えもできてきた。旅人の気安さもあって、割と臆せず通行人たちに声をかけることができるようになりつつあった。

 そんな時、昼休みに緑地帯で弁当を食べていた事務員風の女子と仲良くなった。なかなか笑顔のかわいい子で、世間話をした。それなりにこちらに興味を持ってくれた。そして、どうやら彼女は、近くのアパートに一人住まいしていることを聞き出した。

 私は今夜の宿を確保するために、猛アタックを始めた。彼女は大笑いしていた限り、まったくこちらを拒否しているわけではなかったが、まさか、昼間っから大通りの大衆の面前で口説かれるとは思っていなかっただろう。大笑いしているうちに、結局昼休みの時間が終了となり、タイムアップとなった。

 まるで気のないような対応でもなかったし、18歳の私よりは多少年上そうな女性だったが、おしいことをした。クドくにしても、時を場所を選ばなくてはならないな、ということを強烈に覚った瞬間だった。_| ̄|○

<20>につづく

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