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2019年1月

2019/01/31

「オン・ザ・ロード1972」<70>08/16 潮岬

<69>からつづく

 

 

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「オン・ザ・ロード1972」
「時空間」創刊号 1972/11/20 時空間編集局 ガリ版ミニコミ 102p 全日程
★★★★★

 

1972/08/16 潮岬

 最近、能楽についてちょっと考えている。手当たり次第にDVDなり動画を見て、まずはその周辺情報を集めていて、ちょっとしたマイブームである。

 能楽が、うつつか幽霊かというようなきわどいシーンの連続なものだから、我が幽霊体験をたまに思い出す時がある。幽霊と言っても、それが本当かどうかはなんとも断定はできない。その時の体調や心境によって、そのように内面処理した方がよいと、我が心理が判断することもあるのだろう。

 必ずしも多くない体験だが、ひとつ思い出したので、このタイミングで、ここに書き連ねておく。

 時はお盆の真っ最中。日本全国お休みだ。こんな日にヒッチハイクをするのは、大変だ。みんな自分のことでいっぱい。ヒッチの旅人などに目をくれたりはしない。その日も私はだいぶくたびれていた。

 午後になり、クルマを頼ることなどせず、我が足に頼って移動した距離もだいぶ長いものになっていた。そんな時、一台の車が止まってくれた。今考えれば、あれはカローラかサニーだっただろう。コロナほど大きくはなかった。

 そのクルマは新車だった。ハンドルにまだビニールカバーがついていた。運転しているのは中年のお父さん、おそらく40代だっただろう。国鉄職員か公務員風の実直なお人柄と見た。そのクルマには奥さんと子供たちと犬まで乗っていた。

 私などが乗るほどのスペースなどすでになく、なんでまた止まってくれたのかといぶかっては見たが、止まってもらったのはありがたい。さっそく同乗させてもらうことにした。しかし、クルマの中での会話は弾まなかった。

 こちらはなんでこのクルマは止まってくれたのかな、といぶかっていたが、逆にあのお父さん家族は、「しまった、なんでこんな奴拾ってしまったのかな」とでも言いたげな、雰囲気さえあった。

 おそらくお父さん一家は新車を買って始めてのファミリードライブだったのだ。うれしさいっぱいのところ、たまたまヒッチハイカーを見つけて、物珍しさに拾ってしまったのだ。一旦拾ってしまえばむげに放り出すこともできない。しばらく、お互い言葉のないまま呉越同舟とあいなった。

 一時間ほどしただろうか、ロードサイドにスイカ売りの小屋がでてきた。私はスイカが食べたいので、この辺で、と遠慮がちにお父さん一家を見送った。スイカ売りもすでにほぼ売り切れで、残ったスイカを4分の1ほど分けてもらって食べた。

 そこからしばらくいくと、砂浜が見えてきた。日も陰りつつあり、浜辺では多くの人がでていた。浜に櫓を組んで、にぎやかに踊っていた。そうか、きょうはお盆なのだ。あれは盆踊りなのだ。

 日もとっぷり暮れ、盆踊りの輪も次第に小さくなり、考えてみれば私はこの夜に泊まるべき家をまだ見つけていなかった。幸いその日は満天の星空だった。そして、砂浜には、漁具などを重ねておく小さな開放式の小屋があった。壁などはなく、たた漁具に屋根をかける程度のものである。

 その日も疲れていた。おそらく夜8時か9時前であっただろう。私はかなり眠たくなって、その小屋の中、と言っても、単に砂浜に柱を立てて簡単な屋根だけをかけたものだったが、そこに横になって、リュックを枕に眠りについた。

 浪の音がさらに眠りを誘った。そのまま朝を迎えるはずだったのだが、夜中に私は突然目がさめた。おそらく1時とか2時とかだったのではないだろうか。自分のとなりに人の気配を感じたのだ。たしかにその人はそこにいた。

 私は18歳だったが、その人はおそらく20代、そしておそらく20代後半、三十手前でなかっただろうか。男性だった。いや、別に目で確かめたのではなかった。そう感じたのは、こちらはほとんど目を閉じてウトウトしているのに、あちらから声をかけてきたのだ。

 「どっちから来たの?」 眠りながら、頭の底でその質問をうけつつ、私はこうしてヒッチハイクで日本一周をしているんだよ、と話した。そうかいいなあ。実は僕も東京から来たんだよ。でも、東京もいろいろあってね。人生つらいこと一杯あるよなぁ、てな話をしてから、おそらく私はまた深い眠りにはいり、彼も眠りについたらしかった。

 それから数時間して夏の砂浜に朝が来た。おそらく3時半か4時には東の空は明るくなっていただろう。おそらく、隣の彼ももう目を覚ますかもしれないな。ふと、隣を見て、声をかけようとして振り向くと、そこにはもう誰もいなかった。

 へぇ~早いな。と、隣を見て不思議だった。そこにいたはずの彼の姿が見えないばかりか、砂浜に足跡さえ残っていない。あれ~、あれは夢だったのか。不思議な気分だった。気ままな旅ゆえ、いろいろな人と出会い、いろいろな人に声をかけられることがある。別に特別なことではなかったが、それにしても、彼はどこに行ったのだろうかなぁ。

 なんて、その日はその日で、終わって、次の目的地に向かって、ヒッチの旅を続けることになった。

 後年、私はあの夜のことを何度も繰り返して思い出しながら、ふと、あの人は幽霊で、あのお盆の夜に引き寄せられて、盆踊りを見にやってきたのではないか。彼は東京に疲れてこの地にやってきたのだ。そしてこの海に身を投げたに違いない。

 若者の一人旅の少年は話しかけやすかったに違いない。ある時は、そんなストーリーで理解していた。そしてさらに後年になって、熊野や天河などを旅するに及んで、私に別な感想も浮かび始めた。

 あの青年は、ひょっとすると、熊野の神様ではなかっただろうか。所縁吉祥よろしく、何事かの機縁あって、私は熊野の神様と遭遇したのではないか。そう考えてみるのも楽しいものだった。

<71>につづく

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「俊寛」 「猩々乱」

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『俊寛』(しゅんかん) 、『猩々乱』(しょうじょう みだれ) 能楽名演集  観世流 観世寿夫
出演: 観世寿夫 発売日 2009/08 販売元: NHKエンタープライズ DVD 時間: 92 分 能楽一覧リスト
No.4258★★★★☆

 俊寛、どこで聞いたか習ったか、あるいはすでにこの能を見ているのか。我が脳みそにはすでにこのストーリーが刷り込まれている。あらすじが最初から分かっていれば、摺り足の芸能も決して退屈ではない。

 むしろ、ひとつひとつの動作が、以前より早く見え始めて、もっとゆっくりでもいいのに、なんて「余裕」の構えで(笑)で、見ていたりする。

 これらの能楽の舞台を、楽しむということの、ひとつふたつの切り口にはたどり着いたかな。そうあってほしい。

 「猩々乱」(しょうじょう みだれ) のほうは白黒録画画像で、不鮮明なものであった。時間も短く、資料としては貴重なものかもしれないが、だいぶ年代を感じるような録画であった。食事しながら見ていたので、あまり詳しく見ていなかった。いずれ見直すとする。

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『砧』能楽 観阿弥・世阿弥 名作集 観世流 関根 祥六

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『砧』
能楽 観阿弥・世阿弥 名作集 観世流 関根 祥六
関根祥六 (出演),    関根祥人 (出演)    発売日 2013/09 販売元: NHKエンタープライズ  DVD 時間: 88 分 能楽一覧リスト

No.4257★★★☆☆

 砧(きぬた)とは、服や布地を叩いて柔らかくする技術、あるいは道具であるらしい。その音が独特で、遠くまで響いて、遠く出張してしまって音沙汰のなくなった夫への妻の想いが届くかどうか、というような切ない話である。

 私が実際に見たのは同じシリーズだが、「梓之出」というバージョンで、演出法やストーリーに若干の違いがあるようだ。

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「羽衣」新春能狂言

「羽衣」 
No.4256★★★★★

              能楽一覧リスト

 今年2019年新春におけるNHKテレビの正月番組「新春能狂言」である。羽衣のストーリーは、おそらく誰でも知っており、私もいつともなく子供時代から知っている。このお話しのストーリーが能であったのか、何かのストーリーを能が吸収したのか、今はさだかではない。

 しかし、この能にて、能は必ずしも難しいものではない、敬遠すべきではない、と初めて気が付いたというべきか。能はもっともっと気楽に親しむべきなのである。

 こまかい付随すべきデータは後日付記することとする。作者、流派、シテ、ツレ、能舞台名、公演期日、集録メディア、他の特記すべき出演者、特記すべき事項など。動画、画像、予告、チラシ、etc,

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「HAPPY NEW ERA」年賀状から見る我が半生<2>

<1>からつづく

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「HAPPY NEW ERA」年賀状から見る我が半生

<2>目次   工事中

 

01)その思い付きについて
02)目次
03)1984(昭和59)年
04)1985(昭和60)年
05)1986(昭和61)年
06)1987(昭和62)年
07)1988(昭和63)年
08)1989(昭和64、平成元)年
09)1990(平成02)年
10)1991(平成03)年
11)1992(平成04)年
12)1993(平成05)年
13)1994(平成06)年
14)1995(平成07)年
15)1996(平成08)年
16)1997(平成09)年
17)1998(平成10)年
18)1999(平成11)年
19)2000(平成12)年
20)2001(平成13)年
30)2002(平成14)年
31)2003(平成15)年
32)2004(平成16)年
33)2005(平成17)年
34)2006(平成18)年
35)2007(平成19)年
36)2008(平成20)年
37)2009(平成21)年
38)2010(平成22)年
39)2011(平成23)年
40)2012(平成24)年
41)2013(平成25)年
42)2014(平成26)年
43)2015(平成27)年
44)2016(平成28)年
45)2017(平成29)年
46)2018(平成30)年
47)2019(平成31、令和元)年
48)2020(令和02)年

 

<3>につづく

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「HAPPY NEW ERA」年賀状から見る我が半生<1>

「HAPPY NEW ERA」 年賀状から見る我が半生

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<1>その思いつきについて

 終活や溜まりに溜まった年賀状     素晴楽堂

 年末に年賀状作成が国民行事だ、と評された時代はピークを過ぎ、今や終活年賀状という、年賀状は今年で最後にします、と書いて、次年からは虚礼をやめてしまうという。

 なるほど、そういうものかもしれない。SNSやメールなど、新年の挨拶はハガキに限ったものではなくなったし、連絡を取ろうとすれば、他の手段はたくさんある時代となった。

 時あたかも、平成の年号の年賀状は今年が最後となる。平成は終わり、新しい時代が始まるのである。この機会に、ランダムに仕舞われている過去の年賀状を、終活してしまうのも悪くない。

 処分してしまうかどうかは、後からの判断として、まずは一度一元的に見直してみるのはどうだろうか。意外な発見やお宝が隠れているかもしれない。始めてしまえば、まさにパンドラの箱を開けることになろうだろう。

 私は人生において過去をまとめた文章が大きく三つある。「雀の森の物語」(1975)、「湧き出ずるロータススートラ」(1992)、「地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版」(2006~進行中)がそれだ。しかし、これで万全というわけではない。補完すべきミッシングリンクがあちこちにある。

 今回の「NAPPY NEW ERA」は、1984~2019について、大きく補完してくれるだろう。関心の多くは、その時の交友関係にある。当時、どんな人たちと交流していたのか。自分は、どのように友人知人たちに見て欲しかったのか。

 そして、二点目としては、OSHO門下として、瞑想センターを運営しながら、どのような変遷をたどってきたのか。最近、私はその経緯を「OSHO素晴楽堂」と自称し始めている。その試みが、是となるか非となるか、我ながら楽しみである。

 まずは始めてみよう。

<2>につづく

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2019/01/29

「翁」

No.4255★ 能楽一覧リスト

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2019/01/28

「卒塔婆小町」

「卒塔婆小町」
No.4254★ 能楽一覧リスト

 はてさてこの演目をどのようにまとめていけばいいのか分からない。NHKの番組を録画してみているところである。付属の情報は、今後機会を見て追加していく。

 卒塔婆小町。この演目はかなり有名なものらしい。(能はすべてそうかも)。百歳になった小野小町が旅の僧と出会って、問答するというストーリーである。

 副音声での説明がなかなかよい。次第に能と禅との関わりが、私にも分かってきた。というか、能はよくよく見れば難しくない。その謡の言葉をキチンと理解すれば、むしろ、かなり緩いストーリーであることがわかる。

 こう言ったら失礼かもしれないが、漫画のようですらある。もうちょっと、このまま、ランダムにあちこち、首を突っ込んでみよう。

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「これで眠くならない! 能の名曲60選」中村 雅之

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「これで眠くならない! 能の名曲60選」
中村 雅之 (著) 2017/10 誠文堂新光社 単行本: 255ページ
No.4253

 この本はなかなか面白い。これで眠くならない! 確かに能は眠くなる。いや、寝なかったことはない。必ず眠る。この本でも、眠くなったら眠りましょう、と書いてある。ストレスをためて嫌いになってはいけないという。

 そして、まずは5回観よう、と呼びかける。そして5回観てどうしてもだめだったら、おそらく縁がないのだから、能歌劇はやめましょう、とズバリ言い切る。

 そういわれると、いっそう観たくなるのがアマノジャクの心境だ。この本の面白いところは、名曲が60曲説明されていて、「眠くならない指数」が三段階に明示されているところ。

 当ブログにおいても、すこしづつ能の記述が多くなってきたので、整理していかなければならない。どう整理すればいいのか、今は見当がつかないが、まずは、とにかく観劇(DVD中心だが)の経過に合わせて、リストを作っていくことにする。

 能楽関連リスト

「翁」 
「羽衣」 
「高砂」
「卒塔婆小町」
「砧(きぬた) 梓之出」
「求塚(もとめつか)」
「名取老女」
「井筒」  
「俊寛
「猩々乱(しょうじょうみだれ)」

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「臨済録」 OSHO<6>

<5>からつづく

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「臨済録」<6>
OSHO (著) アナンド・モンジュ(訳) 1993/11 出版社: めるくまーる 単行本 282ページ

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英語版原書 190~191P

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2019/01/27

「求塚」 能楽 観阿弥・世阿弥 名作集 観世流 観世 清和

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『求塚』能楽 観阿弥・世阿弥 名作集 観世流  観世 清和
出演: 観世清和, 角幸二郎, 坂口貴信 2013/09 販売元: NHKエンタープライズ DVD 時間: 111 分 放送2013年 能楽一覧リスト
No.4252

 求め塚。この作品はなかなか面白かった。この作品が特に優れているのか、作品の編成が優れていたのか。有名な作品なのか。そこは今のところは不明だが、この作品の放送が2013年と比較的新しいことが、大きく影響しているかもしれない。

 台詞は、もともと分からないものと考えてきたが、いえいえどうして、字幕を見ながら観劇すると、ほとんど完璧に理解することができる内容だ。おそらく、シナリオが現代風に編集し直されているのだろう。

 ストーリーも実にわかりやすく、興味深く、面白い。能と言えば、現実世界から、さらに幽玄な、幻の世界に入っていくところが実に意味深い。

 久しぶりの雪風景の窓の外を見ながら、二人の男に言い寄られて身を投げ、地獄におちても苦しみ続けた乙女の気持ちが見事に演じられていた。特典映像の宗家インタビューも勉強になった。

 白雪や能面乙女の恋姿  把不住

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2019/01/26

「一彫入魂 面打ち・仏像彫刻に挑戦! 」 塩飽 晴海<2>

<1>からつづく

 

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「一彫入魂 面打ち・仏像彫刻に挑戦! 」ノミを通じて自分と対話する姿 (定年前から始める男の自由時間) <2>
塩飽 晴海(著) 2005/01 技術評論社 大型本  126ページ
★★★★☆

 

 二回目の借り出し。前回は出会いがしらに手を出して借りてきたのだが、今回は「能」をキーワードに、それなりに覚悟して借りてきた、つもり。

 

 面打ち、の文字に大きく引きつられて借りてきたのだが、その下に仏像彫刻の文字もあったのだった。この本、ほとんど、面打ちと、仏像彫刻が、半々の内容になっている。

 

 よくよく考えてみれば、バランスの取れた一冊で、たしかにこの一冊で、おおよそのことが分かることになっている。

 

 自分ではまったくのドシロートではない、という気構えを持っているつもりではいたが、この本で紹介されているカルチャーセンター教室の生徒たちは、10年を超える高齢者たちもたくさんいて、はぁ、そこまでして教室に通っているのか、とビックリする。

 

 いずれにせよ、私なぞは、初心者の初心者。人前でしゃべることさえ憚れるような、ドシロートでしかない。このままドシロートのまま撤退するのもよし。心あらためて、入門の門を叩くのもよし。されど、入門するには、それなりに覚悟が必要だ。

 

 仏像と面打ちなら、どちらかといえば面打ちのほうを再開したいが、だがしかし、これまで二面作った段階では、あの制作過程のむずかしさのひとつひとつが思い出され、ああ、あの体験をまたするのか、と、ため息がでる。

 

 肩がこる、指をケガする、腰を痛める、とにかく体力が必要だ。そして、ひとつの作品を仕上げる気力。それもこれも、まずは道具が必要だ。材料を選び抜く眼力も必要だ。そして、全体としての大枠も視野に入れておく必要がある。

 

 この本、簡単には書いてあるが、簡単には取り組んではならない本の一冊である。本として、一冊楽しんで読んでいるうちが花だ。

<3>につづく

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「能楽名演集 能」「井筒」 観世流 観世寿夫、宝生閑

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「能楽名演集 能」「井筒」 観世流 観世寿夫、宝生閑
観世寿夫 (出演),    宝生閑 (出演) 発売日 2006/08 販売元: NHKエンタープライズ DVD 時間: 84 分 能楽一覧リスト
No.4251★★★☆☆

 観阿弥・世阿弥といい、能楽といい、当ブログとしては、予備知識も少なく、準備もまったくない。どのように観劇すべきなのか、見るべき点はどこなのか。何流、かに流というのは、大きな影響があるのか。

 先年の伝統能楽「名取老女」をてつだったところから始まった、当ブログの能楽参入。まったくの無手勝流だが、なにはともあれ、手当たりしだいに数だけは見ることが大切であろう。

 テレビで能楽が放送される時は、積極的に録画し、時間がある時には、積極的に見ることにしているが、どうも寝てしまう。他のDVDでも寝てしまうのに、ましてや動きの少ない能楽では、いつの間にか、寝てしまうことがたびたびだ。

 だが、いくつかのポイントが分かってきた。能楽の背景は常に松であること(くらいは子供でも知ってるかな?)、シテがいて、ワキがいる。伴奏者たちがいて、裏方さんも結構多そうだ。あの衣装もなぁ、ちょっときらびやか過ぎて、趣味ではないが、まぁ、これにも慣れていかないといけない。

 DVDのシリーズもいくらあるのか。どのように整理すればいいのか。観阿弥・世阿弥以外にも、新作はあるのか。禅と能はつながっているというが、え、どのように? 疑問は尽きない。

 いずれ、キチンとしたリストを作って、体系的に理解できるようにしよう。まずは、数多く見ることだな。DVDだけど。そして、機会があれば、舞台そのものも見る時が来るだろう。

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「能楽 観阿弥・世阿弥 名作集」 『高砂』 『清経』

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「能楽 観阿弥・世阿弥 名作集」 金春流・金剛流 『高砂』 金春信高 『清経』 広田陛一
金春信高 (出演),    本田光洋 (出演)    2013/09/27 販売元: NHKエンタープライズ 形式: DVD 時間: 118 分 1987年、1989年放送 能楽一覧リスト
No.4251★★★★☆

 新図書館が竣工なったのは実にオメデタイ。ましてや駅前という立地にも関わらず、立体駐車場が一時間が無料で使用可能というのは、実に\(^o^)/である。うれしい。

 だが、うれしくないこともある。蔵書の準備がまだ完備されていないとは言え、借り出すほどの書籍はあまりない、ということだ。数十万冊の蔵書ゆえ、揃っていないわけではないのだが、利用者としての私個人が、もう読書欲が減退してしてしまっているのだ。

 目も悪くなっているせいもあるが、棚を見ていても、どうも心が湧きたたない。ところが、大発見といういうべきか、グッドタイミングというべきか、DVDコーナーに能楽のシリーズが大量に収蔵されていたのである。

 立派な視聴設備もあるのだが、駐車場の問題もあり、借り出してきて自宅で見ることとした。そのうちそれなりの新しいスタイルができあがるだろう。

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「WALK WITH ME」 マインドフルネスの教え ティク・ナット・ハン

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「WALK WITH ME」 マインドフルネスの教え
ティク・ナット・ハン (出演),    ベネディクト・カンバーバッチ (出演),    マックス・ピュー (監督), 発売日 2018/06/02  販売元: ギャガ  DVD 時間: 94 分 言語: 英語, フランス語 字幕: 日本語
No.4250★★★☆☆



 このような作品は、誰が誰に向かって作ったかによって、表現形態が大きく変わってくるだろう。また、出会いのチャンスというのも大きく関わってくる。まさに、時間、空間、自己、というものが、見事にクロスした時こそ、その作品と一体化できるはずである。

 されど、そのタイミングが外れてしまえば、必ずしも絶対的な価値をもつ、偉大な作品と感じられることは少ない。むしろ、時間の無駄遣い、とさえ感じてしまうことになるだろう。

 頭を剃ること、無所有一体になること、性を極端に拒否すること、この作品を見た限りにおいては、あちこちに違和感が残る。ティク・ナット・ハンを「禅師」を呼ぶことにも、私なら違和感がある。彼とともに歩いている人々の顔ぶれについても、彼独特のものがある。

 そもそもマインドフルネスというキーワードの一方の象徴とされるティク・ナット・ハンだが、全体的なイメージをカバーしているかどうかは、不明である。

 読書ブログとして、あちこち蚕食してきた当ブログではあるが、彼の著書に触れたことはほどんどない。出会いというものは、微妙な機縁による。数十年前からその存在を知ってはいるのだが、袖触れ合わないのも他生の不縁なのであろう。

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SDGs

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2019/01/25

「続・彫刻刀で楽しむ仏像」関侊雲他<27>

<26>よりつづく 

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「続・彫刻刀で楽しむ仏像」[釈迦如来・聖観音菩薩] <27>
関侊雲(監修), 河合宏介(写真)  2013/6/5 スタジオタッククリエイティブ 単行本 176ページ

関 侊雲 関連リスト

「彫刻刀で作る仏像」 入門編 関侊雲 2010/07 スタジオタッククリエイティブ 単行本: 168ページ

「彫刻刀で楽しむ仏像」 弥勒菩薩・薬師如来 関侊雲他 2011/09 スタジオタッククリエイティブ 大型本: 168ページ

「続・彫刻刀で楽しむ仏像」[釈迦如来・聖観音菩薩] 
関侊雲(監修), 河合宏介(写真)  2013/6/5 スタジオタッククリエイティブ 単行本 176ページ

「人気の三種が彫れる 仏像彫刻」上達のポイント ~大日如来座像・阿弥陀如来像・不動明王像~ (コツがわかる本)
関侊雲 (監修), 紺野侊慶 (監修) 2015/12 メイツ出版 単行本: 128ページ

「よくわかる 仏像彫刻」思い通りに彫る55のコツ (コツがわかる本!)
関 侊雲 (監修) 2017/07 メイツ出版 単行本: 128ページ

「彫刻刀で作る仏像」 入門編 {増補・改訂版} 関侊雲 2018/02 スタジオタッククリエイティブ 単行本: 168ページ

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<28>につづく

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「彫刻刀で作る仏像 入門編」<増補・改訂版>関侊雲他

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「彫刻刀で作る仏像 入門編」<増補・改訂版>
関侊雲 (監修),    紺野侊慶 (監修),  スタジオタッククリエイティブ (編集) 2018/02 単行本: 176ページ
No.4249★★★★☆ 

 著者には現在6冊の著書があり、処女作と言えるのは彫刻刀で作る仏像」 入門編(2010/07 スタジオタッククリエイティブ)だが、その後、約2年に一冊のペースで新刊がでている。その処女作の改訂・増補版が、この2018年版だが、値段が少し上がった他、それほど、大きな変更はない。

 されど、大きな変化と言えば、新たに第四章「地紋彫りⅡ」の約10頁が加わったことである。地紋彫りは仏像彫刻の基本中の基本であり、初版本にも丁寧に説明されているが、改訂にあたって、さらにやや複雑な地紋彫りが増補されている。 

 材料も、道具も、時間も、目的も、安定的に確定している場合であれば、当然に基本から始めるべきなのであろうが、私のようなせっかちな一見さんは、なにはともあれ手っ取り早くそれらしい形が欲しくなる。

 それと、巻末に、仏像彫刻教室の案内がついているが、この9年間で、9教室から11教室に増えている。ことし3月からは、仙台教室もスタートするらしい。

 仏像彫刻など、自分のクリエイティブラインに登場することなど、考えてみたこともなかったが、さぁ、この老齢にして入門する可能性もあるのかな、と自問し始めたところである。

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サニヤス

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       OSHO の語るサニヤスとは?

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2019/01/23

「アイ,ロボット」 原作アイザック・アシモフ<43>

<42>からつづく

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「アイ,ロボット」 <43>
原作:アイザック・アシモフ 監督: アレックス・プロヤス  出演: ウィル・スミス, 他 2004年作品 DVD 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン 時間: 115 分

★★★★★

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<44>につづく

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「曹洞宗のお経」 (わが家の宗教を知るシリーズ)中野 東禅 (監修)<2>

<1>からつづく
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「曹洞宗のお経」 (わが家の宗教を知るシリーズ)
中野 東禅 (監修) 2000/07 双葉社 単行本: 205ページ
★★★★☆

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OSHO: Oracles, Tarot and Other Divination Tools

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2019/01/22

「道元」知ってるつもり

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2019/01/20

侊心会 仏像彫刻・木彫刻教室<生徒募集>

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2019/01/19

OSHOスバガット スプリングセレブレーション

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OSHOスプリングセレブレーション
2019/03/21(祝)am10~12

日曜瞑想会 毎週日曜日am10~12

早朝坐禅会 am6:15~7:00 毎日

カウンセリング タロット ホロスコープ マインドフルネス 随時

問い合わせ 予約 
OSHOスバガット瞑想センター(JR東北本線「南仙台駅」西口徒歩7分) 
090-4631-8594
b@a.email.ne.jp

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2019/01/18

OSHO: I Leave You My Dream

1990・1・19 

Youtubeで視聴し、言語をJapaneseにすると、日本語の字幕を見ることができます。

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2019/01/16

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2019/01/15

DOGEN, the Zen Master: A Search and a Fulfillment  <8>

<7>からつづく

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DOGEN, the Zen Master: A Search and a Fulfillment Zen Discourse Series <8>
OSHO August 1988 ,The Rebel Publishing House Pvt. Ltd. Hardcover 196p., Language(s) : English
★★★★★

 There are beautiful stories・・・・

Mahakashyapa became enlightend. and he would nor even come near Bhddha. Heuded to sit far away, under a tree, for years he had been meditating there. He become enlightend・・・now he was afraid to come close to Buddha because he would recognize.

Buddha himself had to walk towards Mahakashyapa and say, "Mhahakashyapa, don't try to deceive me. Now there is no need to sit under this tree.

Get on and move! There are millions of people who are still groping in darkness, and you are sitting here enlighted.

Take this fire of your enlightenment and make as many people aflame as possible."

Mahakashyapa had tears in his eyes, He said,"I have been hiding, who told you? I know that now this has happened a difficulty・・・I am enlightend, and I cannot go near to you.

I want to touch your feet, but I touch your feet, meake the gesture of touching your feet, just from far away under the tree. Because I Know, once one is enlightend he will be sent away." p11

<9>につづく

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2019/01/12

OSHO on Youtube

https://www.youtube.com/user/OSHOInternational/playlists

Osho

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2019/01/11

地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版<74>「迷の巻」について

<73>よりつづく

「地球人スピリット・ジャーナル」
ダイジェスト版

<74>把不住述懐「迷の巻について

  「新装版 正法眼蔵に学ぶ」(講演:紀野一義)から始まった当ブログ「迷の巻」、結局、「京都人の密かな愉しみ」(源孝志 他)までたどり着いた。

 「再読したいこのカテゴリこの3冊」は次のとおり。

「新訳 弓と禅」 付・「武士道的な弓道」講演録
オイゲン・ヘリゲル (著), 魚住 孝至 (訳・解説)  2015/12  KADOKAWA/角川学芸出版 ビギナーズ 日本の思想 (角川ソフィア文庫)
「弓聖 阿波研造」
池沢 幹彦 (著) 2013/08 東北大学出版会
「阿波研造―大いなる射の道の教」

桜井 保之助 (著) 1981/03 出版社: 阿波研造先生生誕百年祭実行委員会 古書   限定非売品

 迷の巻、迷いに迷ったカテゴリであった、と言えないわけではない。しかし、迷いとシングルポイントネスは、相互的なもので、補完的なものでもある。シングルポイントネスが進めば進むほど、漠然と視野に入る迷いは多くなり、広くなる。

 迷いに迷っているわけではない。ある意味、迷いを楽しんでいる。あるいは、迷いを、否定的で、マイナスなものと、決めつけているわけでない。迷いと表現するには、逆に、シングルポイントネスが進んでいるともいえる。

 次のカテゴリは「退の巻」となる。こちらも、退の中にマイナス要素ばかりを見ているわけではない。逆説的に、進めば進むほど、元に戻る、ということもありうるのだ。

 ブログにおいては、いつものようにフラフラとした道筋ではあったが、実生活の上では、かなり大きな進展があった。大きいというのは規模の問題ではなく、意味的に大きいということだ。

 把不住述懐。着実に進んでいる。

<75>につづく

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再読したいこのカテゴリこの3冊「迷の巻」編

<前>からつづく  

再読したいこのカテゴリこの3冊 

「迷の巻」

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「新訳 弓と禅」 付・「武士道的な弓道」講演録
オイゲン・ヘリゲル (著), 魚住 孝至 (訳・解説)  2015/12  KADOKAWA/角川学芸出版 ビギナーズ 日本の思想 (角川ソフィア文庫)

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「弓聖 阿波研造」
池沢 幹彦 (著) 2013/08 東北大学出版会 

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「阿波研造―大いなる射の道の教」

桜井 保之助 (著) 1981/03 出版社: 阿波研造先生生誕百年祭実行委員会 古書   限定非売品

<後>につづく

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「京都人の密かな愉しみ」源孝志 他 <2>

<1>からつづく

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「京都人の密かな愉しみ」 <2>
NHK「京都人の密かな愉しみ」制作班+源孝志 (監修) 2018/03 宝島社 単行本: 186ページ
★ 

 あの番組、なんであんなに面白いのかなぁ。京都? うーん、それはあるだろう。知らないこともいっぱいあるが、知ったからどうなる、という部分も多い。文化? うーん、まぁ、それはそうだ。そこに生きた人間がいる。

 フィクションとノンフィクションのオムニバスがうまいこと機能しているのだろう。生活がある。作られ過ぎないストーリーがある。出演者たちが、とても魅力的で、ついつい目を奪われてしまう。いいなぁ、と思う。

 ストーリーの絡み具合も、なかなかいいなぁ。そして私が一番惹かれるのは、登場人物たちが、それぞれに「密かな」事情を抱えているということだ。キーワードでいうと、悲恋、かな。

 悲しいストーリーが多い。悲しく美しい。苦しいけれど、救いもある。ストーリーに結論めいた終点はないけれど、こちらの想像力が、刺激される。

 この番組、この本を読んだ限り、まだ見ていない部分がありそうだ。おそらく短いオムニバス分の小さなパートなのだが、やはり、見切ったという感じはしない。この本、まだ、もう一度くらい読みそうだな。

 こんなにのめり込んだら、そのうち、きっと、激しく嫌いになって、飽きるかもしれない。飽きたら、飽きただな。それはそれでいいだろう。

 うーん、うまく言えないな。敢えていうなら、私はこの番組に、きっと、恋しているんだろうな。

 <3>につづく

 

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Global

Beloved Friends and Center leaders,

OSHO Global Connections hosted yesterday in the Meditation Resort, with chai and cookies, an OSHO center leader meeting.

About 50 center leaders and center representatives from many different countries/cities took part, who are visiting the Meditation Resort these days.

It was for everybody amazing to see and hear where people share the Osho meditations, his vision and works.

We invited Pramod from the OSHO International Publishing office to share about the publications/books around the world and it was a great surprise to hear

that Osho books are available in more than 60 languages. He also asked to please remember to put the copyright/TM notice in centers FB and webpages and we

shared some other highlights about the OSHO International language FB pages etc. etc.

Neerjo from the OSHO Talks office shared that more than 600 friends around the world subtitle so many video’s available on

https://www.youtube.com/user/OSHOInternational/playlists

OSHO centers are welcome to share and to embed video’s in FB or websites – and he makes it clear in the attachment how to go about that.

If you have any questions please don’t hesitate to get back to us.

With lots of Love

Vatayana

OSHO Global Connections, Pune, India

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2019/01/09

「『サピエンス全史』をどう読むか」 ユヴァル・ノア・ハラリ他

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「『サピエンス全史』をどう読むか」
河出書房新社編集部   (編集) 2017/11 河出書房新社 単行本: 144ページ
No.4248★★★★☆

 巻頭のハラリVS池上彰の対談が30ページほど続き、続いて7人ほどの論客が評論している。巻末には関連のブックガイドがついているが、読むべきは巻頭の対談だけだろう。そして、留意すべきは、わずか数行のセンテンスだけだ。

 重要なのは、人間の心と意識を理解するためにもっと努力をすることです。私たちは体と脳の理解のために大きな努力をしていますが、私たちの問題の根源は脳ではなく心です。

 人間の不幸と幸運の根源は心のパターン、私たちの心のパターンなのです。残念なことに現在、科学の世界でも心の理解は重視されず、体と脳の理解に集中されすぎています。

 技術の進歩によって私たちの身体と脳を巧みに操作し対処する大きな能力を獲得することができるかもしれませんが、このままではそれをどう活用してよいのかわかりません。

 自分自身にとって、そして人生にとって何が重要か、そして幸福と不幸の根源が何かを本当に理解するには、体や脳を理解するだけではなく心を理解する必要があります。p36ハラリ 

 心ではなく、「無」心こそ究極だ。科学、芸術、意識(無心)、三つの要素のバランスを取りながら、結局、科学は意識によってコントロールされる必要がある。このセンテンスにおいては、ハラリはようやく意識について到達しただけで、そこから延々と再スタートしなければならない。

 だがしかし、すでに、意識については、すでに別な角度から充分に研究されつくされている。ハラリが「科学的」スタンスを崩すことなく世界観を作りあげているとしても、それを「意識」とつなぐ「アート」に遭遇しなければ、サピエンス「全」史とはならない。

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「さよなら、仏教」――タテマエの僧衣(ころも)を脱ぎ去って 高橋卓志

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「さよなら、仏教」――タテマエの僧衣(ころも)を脱ぎ去って
高橋 卓志 (著) 2018/12 亜紀書房 単行本: 280ページ
No.4247★★★★☆

 本を閉じて、しばし考えた。時が時なら、素晴らしい本としてレインボー評価をすべき一冊である。1948年生まれの70才のお坊さんのお話しである。最初から一貫して自称を「ぼく」で通しているため、文体が非常に若い。まるで30代の若者が書いているような印象さえある。

 最近は、「さよならインターネット」「さよなら、インターネット」「さよなら未来」などとタイトルのつく本を続けて何冊か読んだ。あるいは、「アップデートする仏教」「〈仏教3.0〉を哲学する」、「ごまかさない仏教」などなど、ざっくりと「仏教」と括ってしまう本がいくつか目についた。

 「さようなら」、と大見栄を切ってしまうことがカッコイイ時代なのかもしれない。あるいは、「仏教」、と一口にまとめてしまうことが、流行っているのかもしれない。そもそもは出版社の売らんがためのタイトルづくりであるかもしれない。

 されど、この「さよなら。仏教」は、真摯な臨済宗のお坊さんが、結局自分の人生を生き切って、お寺を去る、お話しである。思えば、いわゆる仏教史は、改革運動の連続であったわけで、今初めて内部告発が始まったわけではないが、様々な批判や葛藤があって当たり前で、この本は、その一つの表出である、と理解すれば、それほど大騒ぎするほどのことではない。

 戦後生まれの「現代っ子」お坊さんが感じた「仏教界」の内部話は、その立場でなければ分からないことが沢山あり、それも真摯に生きていたからこそ言い放ちうる内容ではある。

 されど、当ブログの評価としては低い。なぜか。

 この方の「仏教」は、この世的すぎる。実際的なお寺レベルの「仏教」に拘泥し過ぎている。そもそもなんの疑問もなく「仏教」と言ってしまってはならない。もっと神秘に向かっての扉をひらく工夫をしなくてはならない。

 そして、未来に向けた、世界的な宗教性としての意識を探究する糸口を見つけなければならない。どこか出発点が違っている。

 よくできた方であり、愛されたお坊さんであろう。個人的には立派なお人柄だ。だけど、どうも素直じゃない私などは、この方の「仏教」では救われない。寺がいやなら、さっさと以前に出るべきであったのだろう。「出家」もできない「坊さん」のお話しが、延々と展開されている気がする。

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2019/01/07

「禅的生活」玄侑 宗久<2>

<1>からつづく

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「禅的生活」<2>
玄侑 宗久   (著) 2003/12 筑摩書房 新書: 237ページ
★★★★★

 新図書館(から借りだした本)シリーズ10/10冊目。これで全部である。図書館の借り出し枠を最大限使い、新図書館の竣工にともなう新春のセレブレーションのつもりで借りてきた本たちだったが、その結果は、かなり痛いものだった。

「スティーブ・ジョブズ グラフィック伝記」 ケヴィン・リンチ ★★★★☆

「俳句、やめられません」  岸本 葉子 ★★★★☆

「俳句と歩く」 宇多喜代子 ★★★★★

「夏井いつきの季語道場」NHK俳句 夏井いつき ★★★★★

「一彫入魂 面打ち・仏像彫刻に挑戦! 」 塩飽 晴海 ★★★★☆

「能面入門」 金春信高他 

「世阿弥 風姿花伝」NHK「100分de名著」ブックス 土屋惠一郎 ★★★★★

「うちのお寺は臨済宗」  藤井 正雄 

「『臨済録』を読む」 有馬頼底 ★★★☆☆

「禅的生活」 玄侑 宗久 ★★★★★

 10冊の中にレインボー評価が二冊あり、仮に★3が一冊あったとしても、充分な収獲だったじゃないか、と言えないこともない。しかし、その評価の動機がどうも不純なような気がしてくる。つまり、本そのものの出来というより、読み手としてのこちらの姿勢になにか、ふさわしくないものが生じている感じがする。

 そもそも当ブログは、読書ブログといいながらも、決して本を評価したり書評するために始まったわけではない。あらすじも書いていないし、★数も無手勝流の、勝手気ままな殴り書きである。むしろ、目の前のその本と対峙した時、自分の中に現れる心象をメモしつづけている、個的なモノローグというニュアンスが強い。

 そして、今回は新春の、新装なった新図書館のセレブレーションとは言え、10冊も借りてきてしまったことをおおいに反省する。本に対峙する時の、こちらの姿勢がすこし杜撰過ぎるのではなかろうか。いくら無料でたくさん借りられるとは言っても、もうすこし丁寧に真摯に、一冊一冊向かうべきである。

   いや、いままでもそうやってきたはずだ。そんなにいい加減ではない。そうたしかにそうだ。でも今回感じたのは、これまで以上に、今後は、もっと精選した一冊に、全面的に、トータルに向かう必要がある、ということであった。

 この「禅的生活」も良い本である。以前に読んだ本であるが、もう一度読んでもいいかな、と借りてきた本であった。2003年に出た本であり、すでに2006年に読み終えた本であった。もうすでに12年以上以前のことである。この間には3・11体験が挟まっている。震災からすでに8年が経過しようとしている。おのずと読書も生活も、人生そのものも、変化を遂げ続けている。

 なにかこの10冊を読んで感じた違和感を、なんとか今年一年のこのブログの在り様に、よい意味での反映をさせたいものだと思った。

新春の警策一喝ありがたし      把不住

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「『臨済録』を読む」 有馬頼底

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「『臨済録』を読む」
有馬 頼底   (著) 2015/10 講談社 新書: 256ページ
No.4246★★★☆☆

 新図書館(から借りだした)シリーズ9/10冊目。この本はどうだかなぁ。借りてきた新書本はすでに腰巻は外してあったが、この大き目の著者ご自身の写真がついていたら、私は図書館から借りだしてこなかったかもなぁ。

 先日、この方の別の本を一冊手にした。「決定版・よくわかる茶席の禅語」(2003/03 主婦の友社)。同年配のわがいとこの蔵書の中の一冊だった。ちょっと理解できかねるわがいとこを少しでも理解しようと、彼お気に入りの一冊として、私も借り出してみたのだった。

 でも・・・・。著者はあまりにも立派な方(と私はやや眉唾で揶揄してしまったが)で、その肩書とかご風貌が、どうも私好み(w)とはいいがたい。前著は、なかなかよくまとまっている風で、興味がないわけでもないし、面白そうでもある。だが・・・・。

 ある時、修行をしたい、と問いかけてきた若者に対して、当時の今東光は、「それはいいことだが、有名な観光寺などに行ってはいけない。山里の名もない小さな貧乏寺にでも行って、まずは庭でも箒いてみな」というような内容を答えていた。

 そのデンでいうと、この方の肩書はてんこ盛りで、内容もてんこ盛り。それは盛りすぎだろう、というくらいの指向性。ちょっと「修行者」向きとはいいがたい。なんちゃって派のお飾りに成っちゃうんじゃなかろうか、などと、ちょっと敬遠気味。

 この本はどうかなぁ、とたじろいでいる。同じような内容の同じような本なら、別な方の、別な文脈で読んだ方がいいんじゃなかろうか、などと、戦意喪失。

 パラパラと目次を見ていると、最後の第八章は「”自由”とは------「臨済録」を捨てよ!」p217ときた。う~~ん。くさいなぁ。ぷんぷんする。あるひとつのパターンにすっかりはまっている。これなら10人のうち8人は「護摩かせるだろう」とでもいうかのような、「正統的」で「ありふれた」手口。これで臨済の臨済を語り得るのかどうか。

 今はまだ、敬遠して遠巻きにしておくことにする。あとで、すみませんでした、浅はかで、若輩者の、邪推でした、と謝ることになるかもしれんが、まずは、今日は今日の素直なところをブログしておくしかない。 いずれ再見することになるかもなぁ。(おそらくない)w

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「うちのお寺は臨済宗」 (わが家の宗教を知るシリーズ) 藤井 正雄

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「うちのお寺は臨済宗」 (わが家の宗教を知るシリーズ)
藤井 正雄 1997/07 双葉社 単行本: 237ページ
No.4245

 新図書館(から借りだした)シリーズ8/10。「うちのお寺は曹洞宗」(1997/12)と同じシリーズの中の一冊だけに、まぁ、それなりだろうと、斜め読みの予定だった。それにうちのお寺は(元)曹洞宗だし、周囲を見ても臨済宗のお寺は少ない。同じ禅宗でも、ちょっとは距離があるだろう、という予感だった。

 ところが、開いてみると、同じ禅宗だけに、「曹洞宗」とだいぶダブっている部分もあるが、全体としてはなかなかに面白い。むしろ、重厚な学術的なんかより、この一見初心者用のようなオムニバス本のほうが、今私が知りたかったことが載っていたりする。ははは、私自身が初心者だ、という証明か(笑)。

 臨済宗には本山が14派あるという。はぁ。曹洞宗なら永平寺と総持寺の二寺ということになるが、それは父と母みたいな意味付けで仲良くやっているようだが、なんと臨済宗は14派であるという。なぜそうなったかなどの経緯などが書いてある。

 禅が初めて日本に伝えられたのは、653年に入唐して帰国、飛鳥の元興寺に禅院を立てて終日坐禅をしていたと「続日本記」にある、とのことである。p16 郡山遺跡にあった多重塔にはどんな仏教が伝わっていたのだろう、という疑問はずっと続いているが、すくなくとも同時代には禅が日本に伝わっていたことが分かった。p13

 馬祖系の法脈が臨済宗と言われるようになり、石頭系の法脈が曹洞宗と言われるようになったことも、この本において次第に明瞭になってきた。必ずしも明確ではないし、明確にする必要もないのだが、めりはりよく理解するには、便宜上これでいいのだろう。p25

 これまで当ブログでは雲居希膺のことは、うん「ご」きよう、と読んできたが、この本においては、うん「きょ」きよう、と読んでいる。p34 居は「ご」なのか「きょ」なのか、いずれが正解なのか、いまここでは結論を出さないでおこう。すくなくとも、立場によっては、誤読や、二論併記がありうるのだ、ということに気がついた。

 しかも、その雲居希膺は、改革運動派(正法復興運動)に加担していたことも、この本によって初めて知った。p34

 その他あれこれ、雑多な記事のなかに、おお、と納得するような一行があったりする。これはゲットだな。検索したら、けっこう安値で中古本がでている。我が書棚にも一冊常備することにした。

 そこで考えた。最近私が好きなテレビ番組は、大河ドラマのようなストーリーものよりも、「植物男子ベランダー」とか「京都人の密かな愉しみ」のようなオムニバス番組が好きなのだが、どうやらこれからの本選びも、そのような企画ものがいいかもしれない。しかも、画像がたっぷり、下世話な「誤読」もたっぷり含まれているような、お茶目な本(笑)。

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2019/01/05

「世阿弥 風姿花伝」NHK「100分de名著」ブックス 土屋惠一郎<1>

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「世阿弥 風姿花伝」
NHK「100分de名著」ブックス <1>
土屋 惠一郎 (著) 2015/02 NHK出版 単行本(ソフトカバー): 152ページ
No.4244★★★★★

 

 新図書館シリーズ7/10冊目。NHKテレビ「100分de名著」シリーズはなかなかシンプルで分かりやすい、良いシリーズだ。ほとんど毎回見逃してしまうが、今は、動画であとでその片鱗を見る事ができる場合が多い。

 あとで、ゆっくり見よう。

 

 

<2>につづく

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「能面入門」 金春信高他 <1>

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「能面入門」 (WELシリーズ) <1>
金春信高  増田正造 北澤三次郎(著) 1984/10 平凡社 単行本: 206ページ
No.4243

 新図書館シリーズ6/10。美しい一冊。新年元旦、NHKで「羽衣」を放送していた。録画取って、なんどか再生して観ている。オレもこんな年齢になったかな。まったく違うバージョンだが、動画を貼り付けておく。

 面打ちしたことがあるのは、翁と嫗、一面づつ。思ったより手ごわい。えらく体力も必要とするし、気力も必要だ。能舞台のスタッフとして働いたことはあるが、キチンと観劇したことはまだない。私の能体験はこれからだ。

<2>につづく

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「一彫入魂 面打ち・仏像彫刻に挑戦! 」 塩飽 晴海<1>

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「一彫入魂 面打ち・仏像彫刻に挑戦! 」ノミを通じて自分と対話する姿 (定年前から始める男の自由時間) <1>
塩飽 晴海(著) 2005/01 技術評論社 大型本  126ページ
No.4242★★★★☆

 新図書館シリーズ5/10はこの本だ。面打ちも仏像彫刻も、とりあえず挑戦済みだが、こちらも奥が深い。やりかけて中座している作業工程がいくつかあって、いつかは再スタート、と狙ってはいるが、なかなか腰は重い。 

 この本すでに10数年前に出た本だから、ややセンスがNOWくない。「定年前から始める」? って、定年制度に関わらず生涯現役を貫こうとする我が身としては、その定年とやらは、何歳の、何を意味しているのやら、と揶揄したくなる。

 十数年前ならイメージとしては、60歳が定年であっただろう。ということは、55歳あたりから、定年後に備えてね、というお諭しなのであろうか。「男の自由時間」。このフレーズも泣かせるね。50代後半なら、ほとんど自由時間がとれなさそう。だからこそこのフレーズに惹かれるのかもね。

 定年後は自由時間であふれかえっている、っていう雰囲気。本当かな。我が世代としては、60を超えても、そんな奴は少ない。ほとんどがまだ仕事にしがみついている。しがみつかざるを得ない。

 年金受給もままならず、さりとて子供たちの自立も遅い。当然、働かざるを得ないのだ。おそらくこれが永遠に続く。みんな生涯現役ではないか。

 「一彫入魂」。ベタなコピーだが、実際、彫刻は体力勝負だ。なかなかに筋肉痛になる。であるからこそ定年前から始めて体の使い方に慣れたい。体が痛くて眠れない日だってやってくる。

 「ノミを通じて自分と対話する」。たしかにね。我が身としては、彫刻刀とカッターナイフだけで彫っているので、ノミはまだ使っていない。彫刻には、材料となる材木とともに、道具も必要となる。

 私としては、まず樹齢1300年のカヤの間伐材との出会いが仏像彫刻のスタートだ。面打ちとの出会いは、能「名取老女」公演がスタートだ。スタートではあるが、この道一筋というわけではない。それはなかなか大変そうだ。趣味とも言わず、一時の気まぐれで創作意欲が掻き立てられている、というところだろう。

 実は、いつも坐禅会に参加している「みんなの寺小屋」で、近々仏像彫刻教室が始まるという。私も暗黙のうちに誘われている。はてさて私は参加するのだろうか。ひとつ始めれば、後には引けない。考えどころだ。

<2>につづく

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2019/01/04

「夏井いつきの季語道場」NHK俳句 夏井いつき

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「夏井いつきの季語道場」NHK俳句
夏井 いつき (著) 2018/09 NHK出版 単行本(ソフトカバー): 240ページ
No.4241★★★★★

 テレビ俳句番組の中では、この人が一番有名な選者なのかな。とにかくテキパキとしている。なるほど、と思うことがしばしばあるが、どうも俳句至上主義に思えて、目障りな時がないでもない。

 俳句評価の論点を、視覚、臭覚、聴覚、触覚、味覚、連想力、の6つのチェックポイントから評価する。

 あるいは、
1)季語は機能しているか?
2)意味やイメージが重複していないか?
3)説明や感想になっていないか?
4)助詞・助動詞が正しく選ばれているか?
5)語順・発想・叙述などを吟味しているか?
などの点から推敲することを勧めている。

 ああ、こういうまな板に載せられてしまえば、わが五七五など目も当てられないことになるが、まぁ、今の段階ではあまり気にしないでおこう。あまりルールにとらわれず、無手勝流で、気楽に行こう。

 だが、きっとそのうち、そんなことは言っていられなくなるだろうな。今日、図書館に行って、初めて俳句のコーナーに行ったが、あんな中程度の図書館なのに、俳句の本はかなりあった。ざっと100冊以上はあっただろう。

 あんなにいっぱい本は読めないだろうが、少し系統立てて、全体的な俳句を学び直さなくてはならなくなるだろう。いずれそんな気分になるように、まずは、楽しさだけは忘れずに、飽きずに続けていこうぜ。→自分

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「俳句と歩く」 宇多喜代子

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「俳句と歩く」角川俳句ライブラリー
宇多 喜代子 (著) 2016/05 KADOKAWA/角川学芸出版 単行本: 285ページ
No.4240★★★★★

 この方もテレビの俳句番組にて選者を務めておられる方である。俳句ばかりではなく、暮らしの中の風習なども教えてくれるし、番組中に漬物や煮物なども毎回登場し、イイ感じのばあちゃんだなぁ、と好感しきり。

 この方、なんと1935(昭和10)年生まれである。 ええぇ? すでに八十路を超えておられる。もうおばあちゃんというより、ひいおばあちゃん世代である。この方の番組は、俳句番組の中では一番好きかも。

 本書を読むと、俳句とはいうものの、人生、神羅万象、俳句に非ざるものなし、の勢いである。あまりにも世界が広がりすぎる。いたずらに俳句の世界などに踏む込むと、トンデモないことになりそうだな、と身が引き締まった。

 部分部分で脇道に入り込んでいくと、この方の視点がなかなかに目が覚める。イイ感じというか、素晴らしいというか、なるほどというか、その視点が素晴らしいのである。だからこそ、おそらくいい俳句もたくさん作っていらっしゃるのだろう。

 俳句の世界は恐れ多くて、簡単に踏み込んではいけないが、もう少し余裕ができたら、この本を再読することによって、俳句というより、人生を学ぶ良い機会になるはずだ。 俳句と歩く。まさに人生を俳句と一緒に歩いてこられた方だ。

 冬山や闇深からず白き道    把不住

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「俳句、やめられません」 季節の言葉と暮らす幸せ 岸本 葉子

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「俳句、やめられません」 季節の言葉と暮らす幸せ
岸本 葉子 (著) 2018/01 小学館 単行本: 206ページ
単行本  – /31
No.4240★★★★☆

 新図書館からは限界ぎりぎりの10冊借りてきた。各コーナーの配置もよくわからず、駐車場の1時間という枠の中で、まずは、これは面白そうかなぁ、というものを10冊。その中からジョブズ本を抜けば、あとは9冊。

 さて二冊目に抜き取ったのがこの本。俳句本である。俳句と言っていいのかどうか、この1~2年、私も五七五を書いている。これまで200句足らずの作品であるが、私の場合は、俳句というより川柳向きのキャラではあるようだ。

 しかし、今回の目的意識からすると、川柳ではダメで、やっぱり俳句がいいと思う。そして、短歌でもふさわしくないと思うのだ。

 実はこの数年ブログを書いてきて、最初はネット上に何を書いたらいいか苦悶したが、読書ブログと決定してからは、むしろ言葉を増量するワザを磨いてきたとも言える。多弁に過ぎる面が多々あったと、今になれば反省するところありありだ。

 そして時やよしと、言葉を減らし、無口化へ向かっている途中なのであり、三十一字ではなく、さらに五七五としたのだ。まぁ、究極の一字でもいいのだが、まだ早い。

 俳句と言っても、五七五に季語の一つでもほおり込めばいいだろう、程度のことだが、気をつけていることは、持って回った言い回しはしないこと、簡単な言葉を使うこと。それしかできないからだが、それともう一つ、敢えて言えば、それは一日一日の辞世の句であろう、としているところである。

 それともう一つ。この五七五遊びが続いているのには理由がある。台紙というか、短冊の厚紙である。実は仕事に使う書類をリクエストすると、そのメール便の台紙としてA4版よりちょっと大きな厚紙がついてくるのである。

 この厚紙、メール便を受け取って封を切ってしまえば、あとは用済みとなる。これまで何年も、捨てるに捨てられず、何かに使えないかと考えてきたが、結局ほとんど使い道が見つからなかった。

 そこに朗報が。これを三分の一に縦に断裁すると、ちょうど短冊にふさわしい大きさと厚さになるのである。この自作短冊に、子供たちが残していった書道用セットで俳句を筆書きし、自作掛軸に掛けるのである。これが気に入っているのだ。

 俳句らしきことを始めたよ、と漏らすと、テレビでいろいろ俳句番組をやってるよ、と教えてくれた。いろいろな趣向の番組があり、司会者や選者のキャラもいろいろだ。その中で、岸本葉子女史はなかなかの才人風で、おしとやかな大和なでしこ風で、とてもいい感じ。

 彼女の本は、もうすでに一年前の本だが、まぁ、当ブログの範疇では、ギリギリの新刊本の部類である。この本、ベスト新刊本リストに登場してくるかな・・?

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「スティーブ・ジョブズ グラフィック伝記」 ケヴィン・リンチ

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「スティーブ・ジョブズ グラフィック伝記」
ケヴィン・リンチ (著),    林信行 (監修),    明浦綾子 (翻訳) 2018/11 実業之日本社 単行本(ソフトカバー): 272ページ
No.4239★★★★☆

 いつも行っている公共図書館のうちの一つが、昨年末に新装開館となった。3・11で被災し、カナダ政府からの援助により木造の建物として臨時に活動を続けていたが、数年前から駅前ビルの中に新設されることが決定し、ようやく開館にこぎつけたのである。

 小さな木造平屋の図書館も悪くはなかったが、今度の駅前ビルの図書館も悪くない。一番心配していたのが、駅前ゆえに駐車場は有料になるのではないか、という点だった。どうやらその心配はクリアした。一時間だが、無料で立体駐車場が利用できるのだ。

年末は来客もあり、仕事もありで行くことが出来なかったが、ようやく正月明けのきょう覗いてきた。エレベーターを2階でおりて、ゲイトをくぐると、すぐに見えてきたのが、新刊本コーナーだった。その中にこの本が残っていたのは奇跡ともいうべきタイミングだった。

 中身はまぁ、これまで何度か読んだジョブズ伝記で、決して目新しいとは言えないが、ずっしりと重いアートに印刷された選りすぐられたグラフィック画像が美しい。パラパラ見ているだけで、一冊読んでしまった気がする。

 彼は間違いなく私たちの時代、私たちの世代の、最も秀でた天才の一人ではある。ある人の評価によれば、スティーブ・ジョブズ=トーマス・エジソン+ヘンリー・フォード+ウォルト・ディズニーである、という。なるほど、とうなづける。

 パソコンやスマホの発明者としてエジソンと比肩し、iPhoneの大量生産ラインをフォードの工場に見立て、ピクサーをけん引してディズニーを上回るアートの世界を築いた、というのが、その理由だが、まぁ、そう評価されるだけの天才ではある。

 されど、死後7年が経過して、同じような伝記ばかりでは飽きも来る。そろそろここらで、彼のスピリチュアリティについての徹底的な評価もあっていいように思うが、ある意味それは、おそらく彼の評価の一部に終わってしまうのだろう。

 彼は、パソコン+iPhone+ピクサーのスティーブ・ジョブズでいいのだろう。

 なにはともあれ、新図書館で借りた一冊目が彼の伝記であったことを記しておけば、当ブログとしては、それでことは足りてしまう。

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2019/01/03

「サピエンス全史」 & 「ホモ・デウス 」 ユヴァル・ノア・ハラリ

<前>からつづく  

987
「サピエンス全史」 単行本 (上)(下)セット 
No.4237★★★★★

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「ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来」
ユヴァル・ノア・ハラリ   (著),    柴田裕之 (翻訳)
出版社: 河出書房新社
No.4238★★★★★

 文章を読むのはちょっとまどろっこしいが、元旦そうそうNHKが特集番組をやってくれたので、読む手間が省けた。大体推測できない内容ではなかったが、結論が結論で、結局そういうことだよね、って、納得。


 つまり、歴史を絶って、フィクションを廃して、自分が誰かを知れ、ってことだよね。当ブログの方針としては、むしろ後押しをされた気分で、まぁ、このまま行こう、ってことになった。

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2019/01/01

NHKスペシャル「新・映像の世紀」

NHKスペシャル「新・映像の世紀」
2019/01/01 NHK 再放送
No.4236★★★★★

 大みそかは紅白も見ないで(毎年見ないが)、早めに寝てしまったので、一月元旦は、のんびり録画した番組を見て過ごした。

 今年最初にみたのは、NHKスペシャル「新・映像の世紀」。う~~ん、これかぁ。重いなぁ。いろいろ思うところはあったが、少なくとも、正月用の乱造オチャラケ番組を見ているより、はるかに健康的に思えた。

 20世紀、そして21世紀前半。世界はこういう道筋を通ってきた、のか・・・・。編集によって、いろいろ味付けは変わってくるはず。これはこれで「歴史」を語っているようではあるが、その奥を見抜かなくてはならない。

 もう繰り返してみることはないだろうが、とりあえず動画を貼り付けておく。いつまで見る事ができるか分からないが。



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謹賀新年 2019 元旦

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