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2018/12/09

「空っぽの鏡・馬祖」OSHO<4>

<3>よりつづく

 

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「空っぽの鏡・馬祖」 <4> 
OSHO
スワミ・アナンド・ソパン (翻訳), 1992/12 壮神社 単行本、 367p

 今回の馬祖との遭遇は、やや婉曲なプロセスがある。3・11以降、エスノセントリズムで、この東北の地への愛着から始まる。この地を振り返ると、縄文のエネルギーに出会う。そのエネルギーが、ついには仏教文化に触れ、近世の武士文化と遭遇しながら、現代社会へと流れついてきている。

 この地において、武士文化を考えると、当然のように伊達文化に遭遇する。坐禅会に参加している禅寺もまた伊達文化なしには語ることができないし、この都市も存続しえないことになる。伊達文化に突入していくことは必然としてある。

 その影響化における雲居希膺(うんごきよう)禅師を訪ね、その禅堂である松島の庵の名前「把不住軒」からいただいたのが、当ブログの最近のネーミングである。その雲居希膺禅師がその庵名の言われとしたのが、おなじ雲居つながりの唐代の禅師、雲居道膺(うんごどうよう)。

 菩提達磨(?~528)の系譜は、六祖慧能(638713)、南嶽懐譲(なんがく かいじょう677~744)、馬祖道一(709~788)、洞山良价(とうざん りょうかい807~869)などの名前が連なるが一様ではない。雲居道膺(うんごどうよう)は洞山良价に師事した。

 

Fig_1_2

 

 はてさて、当ブログはここで、天井階に長年眠っているビデオ発掘のタイミングとなった。段ボール箱数個をひっくり返してみれば、あるわあるわ、こんなにあったのか、というほどの量。

 

Img_8891
 この中に、馬祖こと「MA TZU」のOSHOビディオ4本が含まれていた。

 

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 仏典、あるいはOSHO講話の味わい方は様々あれど、OSHOの場合、日本語文献、英語文献、そしてビディオとなると、ひとつひとつがかなり違った味わいを楽しめる。

 

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 この辺を突破口として、せっかく温存してきたビディオ群である。OSHO ZENをしっかりビディオで楽しむのも悪くない。

 

<5>つづく


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