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2018/11/16

「思い出の小箱から」 鈴木大拙のこと 岡村 美穂子他<2>

<1>からつづく

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「思い出の小箱から」 鈴木大拙のこと <2>
岡村 美穂子 (著)    上田 閑照 (著) 1997/04 出版社: 一燈園燈影舎 単行本: 207ページ
★★★★☆

 後半は上田 閑照の大拙論だが、特段に転記すべきところはないのだが、次の一節だけがが気になった。

 何時だったか、(西田幾多郎)先生のお宅で大拙先生と一緒になったことがある。何かの話のうちに、大拙先生は禅は要するにこういうもんだと言って、前の卓子(テーブル)をガタガタ動かされた。西田先生はそれが余程面白かったのであろう。その後も、外の人々のいる席上で、「君も居たから知っているだろう」と私の方を顧みながら、「大拙が言ったことだが、禅は要するにこういうもんだ」といって、やはり卓子をガタガタ動かされた」と西谷啓治先生が「我が師西田幾多郎先生を語る」の中で伝えておられる。p105「禅と世界」

 この話とは登場人物も、おそらく意味も全く違うのだろうが、私は私なりの別な話を思い出した。

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「天界と地獄」
イマヌエル・スエデンボルグ (著),    柳瀬 芳意 (翻訳) 1962/08 出版社: 静思社 単行本: 480ページ
No.4292★★★☆☆

 15才の私は高校生になった。クラスには二人の長期欠席者がいたが、一か月くらいして初めて登校してきたひとりに日下君という長身で色白で、物静かで優雅な、一風変わった同級生がいた。

 彼は高校受験の試験が終わったあと、風邪をこじらせて肺炎になり、冥界をさまよっていたという。合格し、入学式になっても登校することができなかった。5月になってようやく登校できるようになって、初めてできた友人が私だった。

 彼は休学している間に、霊感を持つようになって、他の人のオーラが見えるようになったという。ふん、そんなこともあるものかな、と面白がっていたが、その後、高校卒業後に、ある人を紹介された。

 勝又さんという人が、勝山公園の中に住んでいるから会いに行こうというのだ。当時おそらく40代であっただろうその人物は、なにやらキリスト系の修行者であったらしく、おそらく勝山企業の有力者の引き合いで公園内の小さな平屋の日本家屋に住んでいた。

 1973年の春頃と記憶しているが、そのお宅ではすでにこたつの布団は外してあり、掘りごたつの足組だけがテーブル変わりとなっていた。勝又氏は私たちにガラスコップにサイダーを注いでごちそうしてくれた。

 彼は「魚と水」という印刷物を発行しており、その折、私はスエデンボルグの「天界と地獄」の書籍を勧められた。彼とはおそらく1~2時間会っていたと思うのだが、その中で、オーラの話になった。そしてちょうどそのころ話題のユリゲラーの話にもなった。

 勝又氏は、あんなことはなんでもないんだよ、私にもできるよ、と言ってこたつのテーブルに両手の平をおいた。そして、そこから30センチくらい離れたガラスコップに「念力」らしきものを「送った」。

 見事に、その「念力」はガラスコップまで届いて、中のサイダーの表面が揺れて波だった。念力とはこんなことだよ、と彼は満足そうだった。

 しかしだ。これは誰が見ても、勝又氏がその両手で、こたつの足組をガタガタと小刻みに揺らしたから、ガラスコップも揺れたのであって、それは念力でもなんでもない、と私は思った。あまりにもあからさまだったので、手で揺らしたからでしょう、なんてことは、ひとことも言えなかった。

 彼は満足したように、次の話題に移っていったが、何を話したのかはほとんど覚えていない。ただ、あのガタガタは一体何だったんだろう、と今でも思う。10代の私たちを驚かそうとしたのだろうか。それとも、単にこのように物理的に振動が伝わっただけだよ、と明らかにしてくれようとしたのだろうか。

 私は高校生時代からバプテスト教会に通ったり、夏休みのバイブルキャンプに参加したりもしたが、ちっともキリスト教との機縁は深まらなかった。それなので、彼らとの距離も一向に縮まらなかったし、このスエデンボルグの本も、読まずじまいで、それでも今でもずっと手元にある。

 あのテーブルをガタガタする、というのは、ひょっとすると有名な小話だったのだろうか。ここで関係ありと考えると、鈴木大拙は、若くしてスエデンボルグの「天界と地獄」を翻訳しているということだから、この本とは直接つながってはこないが、勝又氏は大拙のエピソードを知っていたのかもしれない。

 今はこんなことしか書けない。何度も何度も、人生の中で思い出すエピソードだったので、ここにこんな形で書き残しておく。

 以前、当ブログにおいて、「鈴木大拙」 没後40年(松ヶ岡文庫編 2006/05 河出書房新社)をメモした時、私はこう記している.。

 この本で初めて知ったことはいくつもあるが、まず一つは大拙が初期的に英文から日本語に翻訳して紹介したのがスエデンボルグの「天界と地獄」であったことである。私はこの一冊にひとかたならぬ思い入れがある。15歳のときに出会った同級生から紹介されたのがこの本で、さっそく購入したことだった。私が本格的な精神世界や神秘主義にふれることになった一冊だが、ここにすでに最初から大拙がいた、ということになる。 Bhavesh 2006/12/04

 ここでのメモは当たらずとも遠からずではあるが、この「天界と地獄」を購入していたのは、少なくとも1972年に18歳になってからだった。そのことは訂正しておく。手元の手書きメモや資料で、それははっきりした。

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「思い出の小箱から」<3>につづく

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