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2018/10/23

「現代語訳 武士道」新渡戸 稲造

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「現代語訳 武士道」
新渡戸 稲造   (著),    山本 博文 (翻訳) 2010/08 筑摩書房 新書: 221ページ
No.4274★★★★★

 うん、これならわかる。中途半端な解説本は、まったく解説になっていない。むしろ混乱させてしまっているようだ。

 武士道というとすぐにハラキリが登場するが、そもそもの原書では、いきなりハラキリが語られるわけではない。ステップがあって、第三弾あたりになって語られるものであり、さらには、新渡戸稲造本人がそれを勧めているわけでもなければ、自らの信条としているわけではない。

 そこのところが分かれば、ひとつの文化論として、誰が誰になぜ、何を語ろうとしたのかを理解すれば、すんなりと受け入れることができる。

 歌舞伎の伽蘿先代萩(めいぼく せんだいはぎ)や、安倍貞任の句を紹介しているなど、身近に感じられる話題が満載で、好感度がさらにあがった。

 武士道に影響を与えたと言われるのは、仏教、神道、儒教を上げており、その中でも神道の影響は一部に留まるとみている。基本は仏教にあっても、多くは儒教の影響がある、と認めている。

 新渡戸稲造はアメリカに渡り、アメリカ人の女性と結婚し、キリスト教の一派であるクエーカー教徒として人生を送り、カナダで客死している。決して武士道の信奉者でもなければ、復興を唱えたわけではない。

 むしろ「武士道」を表した19年後には、「平民道」なる、彼流のデモクラシーを主張しているなど、アナクロニズムに陥ったものではなかった。

 そもそも武士道という言葉は彼が作ったもので、それまでまとまった成文化された文献などはなかった。そこにひとつの手がかりを与えた業績は評価されるべきだが、いたずらに復古調の風潮が起きてくるとすれば、それは敬遠すべきである。

 ただ我が国における歴史を理解するうえで、このような文化的背景があったのだ、と理解することは大切なことだな、と痛感した。

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