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2018/10/07

「雲居和尚墨跡集」 平野宗浄他<2>

<1>からつづく 

 

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「雲居和尚墨跡集」 <2>
平野 宗浄 (編集) 1985/05 瑞巌寺 古書 大型本 281ページ
★★★★★

 把不住(はふじゅう)というのは、中国唐代の禅僧、雲居道膺(うんごどうよう)が師の洞山良价(とうざん りょうかい)から「此の子、巳後千人万人といえども把不住(とらまえられぬ)ならん」といわれた故事による。

 道膺(どうよう)は雲居和尚の諱(いみな)、希膺(きよう)と一字違いであるから、雲居は道膺(どうよう)の禅風に親しみをもっていたに相違ない。彼の落款に把不住軒主と書かれていることが多いのはその故である。

 表紙の書は、雲居和尚の自筆であり、仙台市大梅寺所蔵の篇額より集字したものである。 表紙「把不住」

 

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 はて、洞山良价(とうざん りょうかい)とは誰だっけ?

 

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 洞山良价(とうざん りょうかい、807年 - 869年)は、中国の唐代の禅僧。俗姓は兪氏。五家七宗の一つ、曹洞宗の開祖。

   高弟に曹山本寂(840年-901年)がおり、宗派の名は洞山とこの曹山から一字ずつとって当初は「洞曹宗」を名乗ったというのが通説の一つだが、諸説異論ある(中国における曹洞宗参照)。Wikipedia参照

 松島の雲居和尚は臨済宗に属していると思われるが、ここでなんと曹洞宗に戻ってきたぞ。そして、この洞山良价(とうざん りょうかい)の弟子の雲居道膺(うんごどうよう)とはどんな人?

 

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Yunju Daoying (Chinese: 雲居道膺; Japanese: Ungo Dōyō; Korean: Ungǒ Toyong; Vietnamese: Vân Cư Đạo Ưng) was a Zen Buddhist monk and teacher during the late Tang Dynasty. According to traditional biographies, he became a monk when he was 25 at Yanshou Temple, although he later left to study at Mount Nan before finally taking on Dongshan Liangjie as his teacher on Mount Dong. After receiving dharma transmission from Dongshan, he went to a place called Three Peak Hermitage, and finally to Mount Yunju, northeast of modern Nanchang in Jiangxi Province. Here he established Jenru Temple, where he taught for 30 years and eventually attracted 1,500 students.[1]
Yunju Daoying the free encyclopedia

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