「スペクテイター」31号 ZEN(禅)とサブカルチャー<2>
<1>よりつづく
「スペクテイター」31号 ZEN(禅)とサブカルチャー<2>
エディトリアル・デパートメント (編集) 2014/09 出版社: 幻冬舎 単行本(雑誌形態): 196ページ
★★★★★
他の記事には何度も登場させておきながら、一年前に読んだこの本の、単体記事は、実はなんにも書いていなかった。関連ありそうな、なさそうな俳句を一句、並べておいただけである。当時、私はどんどん言葉を少なくしていきたかった。感動したら感動したまま、そのまま無言で立ち去ろうとしていた。
今回もそうなる可能性がある。そうならないとは言えない。しかし、それではこの雑誌に申し訳ない。何事か、ひとことふたこと、みこと、コメントを加えておくべきだろう。そう思い直した。
非常に感度の高い、いい雑誌である。雑誌はこうあるべし、といういいとこづくめの一冊である。と、ほめちぎってはみるが、雑誌という限界も、これまたある。雑誌としてはこれでいいのだが、テーマは雑誌で取り上げるような内容にとどまってはならない。もう一歩踏み込まなければならないのだ。
そうなると、そこには雑誌というメディアではなく、別な表現形態が必要となる。必要となるが、それはそれに任せておいて、こちらはこちらで雑誌なのだ。雑誌として、これ以上、何が必要であるというのか。
そこに齟齬がある。雑誌は雑誌ですばらしい。雑誌をめくって受ける感動。知り得る世界、効用、美意識。だが、私は、雑誌の一読者の位置を逸脱し始めているのである。自らの立ち位置を、雑誌の一読者、と言う風には、もう放置できないところまで来ている。
いちど、ZEN特集比較なるものを展開しておいた。
あの地点から、当ブログは、もう一歩先に踏み込んでしまっているのである。あの特集は有意義であった。試行錯誤のプロセスではあったとしても、あれはあれでよかったのだ。そして、今は、今としてある。そこんとこ、もういちど、この雑誌をめくりながら、ゆっくり確認していくのも、いいかもしれない。
つづく
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