« 「スペクテイター」<29・30号> ホール・アース・カタログ篇 | トップページ | 「般若心経」OSHO、色即是空を語る <3>「禅寺に捧げるこの一冊」 <2> »

2018/09/07

「スペクテイター」31号 ZEN(禅)とサブカルチャー<2>

<1>よりつづく

813jytapfal_2
「スペクテイター」31号 ZEN(禅)とサブカルチャー<2>
エディトリアル・デパートメント (編集)  2014/09  出版社: 幻冬舎 単行本(雑誌形態): 196ページ

 他の記事には何度も登場させておきながら、一年前に読んだこの本の、単体記事は、実はなんにも書いていなかった。関連ありそうな、なさそうな俳句を一句、並べておいただけである。当時、私はどんどん言葉を少なくしていきたかった。感動したら感動したまま、そのまま無言で立ち去ろうとしていた。

 今回もそうなる可能性がある。そうならないとは言えない。しかし、それではこの雑誌に申し訳ない。何事か、ひとことふたこと、みこと、コメントを加えておくべきだろう。そう思い直した。

 非常に感度の高い、いい雑誌である。雑誌はこうあるべし、といういいとこづくめの一冊である。と、ほめちぎってはみるが、雑誌という限界も、これまたある。雑誌としてはこれでいいのだが、テーマは雑誌で取り上げるような内容にとどまってはならない。もう一歩踏み込まなければならないのだ。

 そうなると、そこには雑誌というメディアではなく、別な表現形態が必要となる。必要となるが、それはそれに任せておいて、こちらはこちらで雑誌なのだ。雑誌として、これ以上、何が必要であるというのか。

 そこに齟齬がある。雑誌は雑誌ですばらしい。雑誌をめくって受ける感動。知り得る世界、効用、美意識。だが、私は、雑誌の一読者の位置を逸脱し始めているのである。自らの立ち位置を、雑誌の一読者、と言う風には、もう放置できないところまで来ている。

 いちど、ZEN特集比較なるものを展開しておいた。

Img_4237_2
Zen

 あの地点から、当ブログは、もう一歩先に踏み込んでしまっているのである。あの特集は有意義であった。試行錯誤のプロセスではあったとしても、あれはあれでよかったのだ。そして、今は、今としてある。そこんとこ、もういちど、この雑誌をめくりながら、ゆっくり確認していくのも、いいかもしれない。

つづく

| |

« 「スペクテイター」<29・30号> ホール・アース・カタログ篇 | トップページ | 「般若心経」OSHO、色即是空を語る <3>「禅寺に捧げるこの一冊」 <2> »

14)述の巻」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「スペクテイター」31号 ZEN(禅)とサブカルチャー<2>:

« 「スペクテイター」<29・30号> ホール・アース・カタログ篇 | トップページ | 「般若心経」OSHO、色即是空を語る <3>「禅寺に捧げるこの一冊」 <2> »