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2018/08/11

バトルと炎上はネットの華?<4>古参

<3>からつづく
「バトルと炎上はネットの華?」
<4>古参

最古参のサニヤシンでありながら・・・

 私がプーナ1のアシュラムに着いたのは1977年11月である。ツアーリーダーのプラブッダとともに10数人で到着した。当時プーナには1万人位の人々がアシュラムに通っていたが、そのほとんどはインド人と西洋人で、極東人はごく少数派。韓国系や中国系に交じって、日本人(らしき)サニヤシンは20人ほどいた。

 サニヤシンとしての日本人は、別段にここにばかり滞在しているわけじゃないので、ほかにも十数人いたと言われていたから、おそらく私は、そういう数え方があるとすれば、日本人としては30番代であっただろう。

 しかし、それがどうした、というのだろう。

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<5>よりつづく 

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「道元」その探求と悟りの足跡<6>
OSHO スワミ・アンタール・ガータサンサ翻訳 1992/11 出版社: 和尚エンタープライズジャパン  (OEJ books)  単行本  472ページ

 真理に興味を持つようになる探求者には二種類ある。ある人は経典を探し始める。その人は大した知識人になり、偉人になるかもしれないが、内側は暗闇のままだ。彼の光はすべて借り物あ。借り物の光は、人生の本当の危機の役には立たない。OSHO p24

 二番目のタイプの探求者は、聖典に向かわないで、師(マスター)を探し始める。これらは二つの異なった次元だ。一方は知識を求め、他方はまだ生きている源泉を探し求めている。一方は死んだ経典を探し求め、他方は、そのハートがいまも脈打ち、踊り、その目の中にまだ深さを見ることができ、その臨在のもとで、人が自分自身の潜在的可能性を見いだすことができるような、生きた経典を探し求める。OSHO 026

 道元はこう書いています。

   仏道を学ぶということは、自己を学ぶということである。

さあ、これは途方もなく価値ある言葉だ。彼はこう言っている、「道について尋ねるな、道など無い」と。OSHO p36

 道のことなど構わないでいなさい。ただ自分自身を学ぶがいい。

   自己を学ぶということは、自己を忘れることである。

誰が自己を学ぼうとしているのか? 自己を学ぼうとする者は、すでに自己を落としている。自己を学んでいる者は、観賞者(ウイットネス)、あなたの真の自己なのだ。OSHO p38

 OSHOのところに惹き付けられてきた人々にはたくさんのタイプがあることだろうが、1970年代における旅人たちの、ほとんどの人々は、彼を翻訳してやろう、なんて最初の最初からやってきた人々は少ないだろう。ほとんどは、自分を学ぼうとして、プーナまで旅をしてきたのだ。

 彼が何を言っているとか、どんな本を出しているとか、ほとんど無関係であったに違いない。あったとしても、限りなくすくなかった。ほとんどは、自分の直観で、惹き付けられるまま、やってきたのだ。理解したから旅をしてきた、理解したからサニヤシンになった、もしそういう人がいたとするなら、それはそれでいいだろう。だが、何を理解したのだろう。

 六祖慧能は、薪売りをしていて、街で「金剛経」の読経を一回聞いただけで、覚ったという。

 君たち、しずかに聞いてくれ。おら(慧能)がおやじは、洛陽が本籍であった。左遷で嶺南に流されて、新州の百姓になりもうした。おらが幼いときに、父はもう死んでいた。老いた母とみなしごは、南海に移って来た。つらい貧乏で、町に出て薪を売った。あるとき、一人の客が薪を買ってくれて、おらに旅籠までとどけさせた。客は薪をもってゆき、おらは銭をもらった。門の前に引きかえすと、ばったり一人の客が「金剛経」をよんでいるのに会う。おらは、それを聞いただけで気持ちが晴れて、すぐに悟った。そこで、客にきいた、「どこから、そのお経を受持して来られたか」 「禅語録」p98「六祖壇経」

 最古参、という意味では、日本人ではそういう立場の人はいないだろう。すでにOSHOの周りにはたくさんの人々がいた。もし、どうしても日本人レベルの最古参というものを知りたければナルタンの「インナーラビリンス 自分という名の迷宮」(2016/3 めるくまーる)でも読めば、何事かのヒントがあるかもしれない。

 おそらくそこにも、そのふさわしい存在を見つけることはできないだろうし、残念ながらというべきか、当然というべきか、私はその形容には値しない。そもそも、OSHOの世界には最古参とか高弟とか幹部とか、そういうものは存在しないと、私は理解している。

「道元」<7>につづく

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