「解離性障害のことがよくわかる本」 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)

「解離性障害のことがよくわかる本」 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)
柴山 雅俊 (監修) 2012/05 単行本(ソフトカバー) 講談社 単行本(ソフトカバー)102ページ
No.4211★★☆☆☆
贈本である。いただいた限りは、ひととおり目を通しておきたい。されど、はてさて、どのような形でこの本と渡りをつければいいのか。
ここで障害と言われている数々の側面を見る限り、その症例にまったく思い当たらない、という人のほうが少ないだろう。いくつかの例は、思い当たるに違いない。逆に、この本に紹介されている側面のすべてが起こる、という人もそれほどいないのではないだろうか。
私もカウンセラーという資格を持っている限り、この本で有効な手段であるとされているカウンセリングが役立てばいいな、とは思う。だが、薬物治療を必要とするような領域には、クライエントの身はもちろん、自分の身を守る意味においても、不用意に近寄ることは憚れる。
この本に書いてあるように、この様な症例に近いと思う人は、むしろあまりこれらの関連の書籍を深読みすべきではない。そして家族もまた、あまり読み過ぎるな、と書いてある。その通りだろう。
それはおそらくまったく逆のことなのだ。影を追い過ぎている。いくら影を追いかけても、実体を捕まえないかぎり、影は捕まえることはできない。

壺なのか、人の横顔なのか? 少女なのか、老婆なのか? 見方を変えれば、まったく別の次元が開ける。あるいは、まったく普通のことなのだが、逆に非日常の風景が見えてしまうこともあるだろう。
病理について深い知識がない私ではあるが、ゲシュタルトを転換することをお勧めする。症状をひとつひとつ追いかけて研究するのではなく、できるだけ薬物治療(現代医学はすすんでいるので有効な場合も多いと信ずる)を可能なら早めに終えて、信頼できるカウンセラーと出会うことだ(もちろん同時の場合もあるでしょうね)。
そして、もし可能なら、軽い坐禅のような瞑想の手ほどきを受けるべきだろう。もちろん、禅堂のように、本格的な坐禅を学ぶのもいいだろう。症例を追いかけ続けることは、少なくとも私にはできないし、そうしなかった。
自分の人生体験において、まったく思い当たらない、などとは言わない。ひとつひとつについてなら、理解できないわけじゃない。それらを理解し、受け入れるキャパはあるべきだと思うし、おそらくすべての人に備わっている。
坐禅や瞑想は、また一部のマインドフルネスは、ゲシュタルトを転換してくれるだろう。影ではなくて、実体が垣間見える瞬間があるはずである。その症例が発症する真の原因が分かる可能性は高い。
この本はおそらく、影の部分を強調し過ぎているのではないだろうか。直視すべき具体的な実体を認識しないで、あれこれ影のデパート展示をしていても、周囲はもちろん、ご本人も、苦しくなるんではなかろうか。
病理学にうとい、一読者が、一冊本を贈ってもらって、まずは率直に思ったことをメモしておきます。あとから修正するかもしれません。
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コメント
贈呈先とこの本について対話した。この手のことは取り敢えず理解した。されど、当該者としては、あまりこの手の本や情報に深入りすることは、禁物なのではないかと。通常の、当たり前の生活こそ大切なのではないかと、そうこの本には書いてあるようだと。すると同意しつつも、この本には、いずれ治る可能性もある、とも書いてある。そこのところもしっかり読んでくれ、と反論された。
投稿: Bhavesh | 2018/08/09 03:37
驚くことに、この記事が人気記事ランキング のトップに来た。みんな、このような本に関心があるのかな。
瞬間的な記録だろうが 、書き手としては、興味深い現象だ。
投稿: Bhavesh | 2018/07/20 01:09