「把不住述懐」<27>セラピスト
把不住述懐<27>
友人がセラピストなどについての長い文章を書いていた。暑くて目が覚めた私は、次に眠りにつくまで、いろいろ考えていた。
セラピー・マーケットからは身を引いている私だが、一度はプネ3なり4なりをこの目で確かめて来たいとは思う。
ひとつの潮流を最後まで見てやろうと思っていて、その潮流に巻き込こまれているかどうかは、ともかくとして、ひとつの潮流を見続けることが、他の潮流を理解するのにも役立つのかなと思う。
それは結局、自分自身を見つめ続けることによって、他者を理解することにも役立つことになるのかもしれない、と。
若い時の私はどの潮流にも属したくなかった。政治的にも、文化的にも、思想的にも。だけど、そうは行かなかった。思想的にも、仕事的にも、家族的にも、結局は自らの立ち位置を、仮設定であったとしても、ひとつの肉体を持った個として、この生を漂わせる以外になかった。
それ以外の方法もあったはずなのだが、自分の場合は、そうしかならなかった。聖者にもならなかったし、路頭に迷うようなライフスタイルにもならなかった。
それは結果論で、それ以外の道もあったはず。だから、私は、私とまったく別な道にいる人にも関心がある。あの人にはあの人の必然があったに違いないと。
OSHOについては一概に言えないが、私の硬い殻を一番たやすく割って入りきた存在で、驚きに値する。私が近づいたとか、彼がやって来たというより、そうなるようになっていた、という感覚に近い。
だから、まぁ他に関心のある潮流がないわけじゃ ないが、比較しようがない。良いとか悪いとか、よくわからない。ただ事実を出来るだけ見逃さないよう。
セラピー稼業で渡世する人々にも、それなりの必然があったに違いない。ひょっとすると、それは私のライフスタイルであったかもしれない。一時期はそう望んだような気がする。だけど、そうはならなかった。天の配剤である。その代わり、私には私の道ができた。
決して 前もって期待した道ではなかったのだが、それはそうだった。細々とした道ではあったが、私はその道を、時に応じて、歩いて来た。今も道に迷う、そしてまた、出口を見つけ歩き出す。その連続だ。こうしてあと何年か生きながらえるのだろう。
OSHOとともにある、というメタファーを使うなら、そして、その過去生というメタファーを使うなら、私の過去生を見てみる必要がある。そのメタファーの中で、彼と私の長い長い過去がどのようなつながりを持っているのか、今の私にはわかる。
自分で作った自分の神話に、特に大きな矛盾はない。これはこれで楽しもう。
私は、センターの看板を背負いながら、指導者にはなれないでいる。 名どころか、迷にもなれない。私はただひたすら自らの 迷いの道を吹っ切るために、ひとり座る。
時には人の力を借りる。よその人の道かもしれないが、それが好ましいと思う時もある。でもやっぱり、最後は私自身が私を助ける。看板に迷いはあるが、看板を背負うとしていることは確かだし、背負いたい。
世すぎ身すぎをセラピストとして過ごせる人々に、一抹の期待や不安を持ちつつも、距離を縮めようとはしていない。自分に必要のないものは必要ない。その人々の邪魔をしようとは思わないし、もちろん私の道も邪魔されたくはない。
時には、それぞれの道が交差する。それはそれでいい。ただ、柔らかく、硬く、時々の感触を忘れないようにして、時にはあばよ、という。時にはひとときの旅をともにする。
友人の長い文章で暑い夜を遊んでいた。感謝。
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