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2018/03/16

時事

このところ、時事報道が喧しい。ニュースをよく見る。私の意見を代弁してくれそうな番組もるし、こいつの顏は見たくもない、という人間のウソも聞かざるを得ない。混沌としていて、謎解きの面白さがないわけでもないが、その謎が解けて、仮に問題が解決したとて、それがどうした。
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私にも理解できて、納得できる ニュースだけを追っかけていくこともできる。限りなくネットワークすることもできる。だが、最善と思われる解決を見ることは少ない。外側には限りない雑多なガラクタが転がっている。
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そんなこと追っかけて大事な人生を無駄にすることは、とっくの前にやめている。せいぜいティーンエイジャー時代までだ。幼い正義感は裏切られ、その後、修復されたことはない。明らかに私は別な道を選び始めた。
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あれから幾星霜、幼き精神はそのままだが、老いたる身体をひきずりながらも、時事に特段に深入りして来なかったことに、少し満足している。
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外側の騒々しい物どもを追いかけ続けることは、結局は、金網の観覧車を走り続ける実験用ネズミにも似て、どこにも行き着かず、徒労に終わる。虚しいだけである。
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立ち止まり、精神を定め、ひたすら、無思。暝目し、あるいは刮目し、あるいは祈りが立ち上る。
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この夜を過ぎれば、また朝が来る。この冬の終わりが近づけば、春の日差しが射し始める。
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目を覚まし、陽気を吸い、多少は時事時事の雑踏の中、ごく当たり前の日々を迎える。
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何事か、あったのか、なかったのか。それさえ関わりなく。

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