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2018年3月

2018/03/25

ビジネス

1)ビジネスとは選択のアートなのか?

2)選択しないことが、 直観の連続が、実存のアートなのか?

3)選択しないことで、ビジネスは存在しえないのか?

4)直観の中で、存在し続けることは可能なのか?

5)ビジネスとは、人生から切り離されたものなのか?

6)アートとビジネスは、直観でつながり得ないのか?

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7)今は、存在の中に身を投げる。直観とアートと、存在と。

8)究極のアート。ビジネスの究極。仕事。人間としてこの時間、この空間での生業。存在。

9)存在に身を投げる。LET IT GO!

10)宇宙と一体となる。宇宙がビジネスとして、足元に落ちてくる。

11)次から次とつながっていく。存在が永遠となる。

12)永遠が、今、ここになる。

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2018/03/22

選択

 1970年当時、大阪万博のシンボルの塔だった太陽の塔。岡本太郎を一気にポピュラーにした作品だった。万博制作に参加したことを誇らしく語る者もあれば、反万博のイベントを繰り返したカウンターカルチャーの旗手たち。太陽の塔の前をストリーキングしたダダカンこと糸井寛二。

 あの年、私は16歳。修学旅行の年だった。私は東北の高校生で、修学旅行は二つの中から選ぶことができた。一つは大阪万博を含めた関西旅行。もう一つは、北海道の大自然の中。私は、万博反対派だったので、北海道旅行を選んだ。摩周湖とか、アイヌの人々の文化を見学した。

 あれから何度も何度も、たくさんの選択の場面に出会ってきた。仕事、結婚、家づくり、イベント、災害、

 あの時の、私の選択は正しかったと思う。一度か二度、北海道旅行なら後からもいけたのだから、一回きりのチャンスの大阪万博もよかったのかな、と思ったことがあることはあった。だが、敢えて、あの年、北海道に行くことによって、万博に行かなかった、という履歴を残したことに納得する自分がいる。

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 でも、思えば、こうして太陽の塔の内部に岡本太郎が仕掛けた生命の樹を見ると、なるほど、太郎もまた縄文の血の爆発を思っていたのだ、と合点するところがある。機械的未来と、縄文的大自然。だが、どちらに行ったところで、結局は同じだったかもしれない、と今となっては思う。

 今度、大阪に行くチャンスがあったら、太陽の塔に登ってみよう。

 それから7年後の1977年、私は初めての海外旅行をするチャンスを与えられた。最初からインドにいくだけが目的ではなかった。アメリカの西海岸にいくか、インドに行くか、悩んだのだ。結局、私はインドに行った。機械的未来VS情念的大自然、という意味では、同じテーマであったように思う。

 でもあとからアメリカのオレゴンにいくことになるのだから、結局は同じことだったのかもしれない。あの時、最初にアメリカに行ったところで、あとからインドに行っただろうし、あまり選択なんかしないで、直観的に行動するのがいいのだと、気が付いた。

 今もまた、あるひとつの選択の場に立たされている。もう、ここは悩むまい。直観的でいいのだ。結果は同じだ。選択なんてものは、ない。必然だけだ。

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2018/03/20

OSHOスバガット瞑想センター

今、プーナのVatayanaから電話があった。長い間お休みしていたOSHOスバガット瞑想センターの名前をリスタートすることの了承を得た。

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2018/03/17

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古木梅紅白並びて只管打坐  把不住

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2018/03/16

時事

このところ、時事報道が喧しい。ニュースをよく見る。私の意見を代弁してくれそうな番組もるし、こいつの顏は見たくもない、という人間のウソも聞かざるを得ない。混沌としていて、謎解きの面白さがないわけでもないが、その謎が解けて、仮に問題が解決したとて、それがどうした。
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私にも理解できて、納得できる ニュースだけを追っかけていくこともできる。限りなくネットワークすることもできる。だが、最善と思われる解決を見ることは少ない。外側には限りない雑多なガラクタが転がっている。
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そんなこと追っかけて大事な人生を無駄にすることは、とっくの前にやめている。せいぜいティーンエイジャー時代までだ。幼い正義感は裏切られ、その後、修復されたことはない。明らかに私は別な道を選び始めた。
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あれから幾星霜、幼き精神はそのままだが、老いたる身体をひきずりながらも、時事に特段に深入りして来なかったことに、少し満足している。
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外側の騒々しい物どもを追いかけ続けることは、結局は、金網の観覧車を走り続ける実験用ネズミにも似て、どこにも行き着かず、徒労に終わる。虚しいだけである。
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立ち止まり、精神を定め、ひたすら、無思。暝目し、あるいは刮目し、あるいは祈りが立ち上る。
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この夜を過ぎれば、また朝が来る。この冬の終わりが近づけば、春の日差しが射し始める。
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目を覚まし、陽気を吸い、多少は時事時事の雑踏の中、ごく当たり前の日々を迎える。
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何事か、あったのか、なかったのか。それさえ関わりなく。

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2018/03/11

把不住述懐<25>新ブログ

<24>からつづく

把不住述懐<25>新ブログ

 3・11大災害から7年が経過した。これを契機に当ブログも一皮脱皮することとする。読書ブログとしての機能は2.0に残したまま、こちらは「把不住述懐」として独立する。
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 <26>につづく

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